ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
臨海実習の二日目。
朝の海風はまだ冷たさを残しているが、空はよく晴れていた。
陽光は水面に反射してきらきらと揺れ、波の音が規則正しく砂浜を叩いている。
今日からはいよいよ、本格的な臨海実習としてISの装備運用が始まる。
浜辺に整列した生徒たちは、専用機持ちと一般機組に分かれて説明を受けていた。
簪はまだ専用機が完成していないとのことで、一般生徒の方に振り分けられているらしい。
「……ってことは、今日もこのメンバーってわけね」
鈴が肩を回しながら言う。
しかし、そこにいるはずのない人物が混じっていた。
海風に揺れるポニーテールが、どこか戦闘前の緊張を帯びていた。
「で、なんで箒がこっちにいるのよ?」
鈴が眉をひそめる。
箒は腕を組んだまま、少し気まずそうに視線をそらした。
千冬が説明しようと一歩前に出た、その瞬間だった。
「ちーちゃんっっっ!!!」
甲高い声が断崖の上から響き、次の瞬間、影が砂浜へ向かって一直線に駆け下りてきた。
砂を巻き上げながら降りてくるその姿は、もはや人間離れしている。
「あいつ……」
千冬の呆れた様な声。
ちなみに、一夏と箒も苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
「ちーちゃんに会いたかったのぉぉぉっ!」
束が勢いそのままに抱きつこうと飛びつくが――
「……ふん」
千冬の膝蹴りが炸裂し、束は砂浜に転がった。
砂煙がふわりと舞い上がり、周囲の生徒たちが一斉に後ずさる。
「ひどいよぉ、ちーちゃん……愛の再会なのに!」
「どこがだ」
あの勢いで千冬の一撃をマトモに食らったはずなのに、束はすぐに立ち上がり、今度は箒を見つけてにじり寄る。
その動きは猫のようにしなやかで、しかし獲物を見つけた肉食獣のようでもあった。
「箒ちゃん、元気してた? お姉ちゃん寂しかったよぉ〜」
「ど、どうも……」
箒が後ずさる。
その様子を、一夏はどこか冷めた目で見ていた。
(……クラス対抗戦の黒幕が束さんだとしたら)
一夏は内心でため息をつく。
ちらりとセシリアと鈴の方を見ても、一夏と同じ様な複雑な表情を浮かべている。
思うところは一緒なのだろう。
そんな三人をよそに、ラウラが千冬へと歩み寄る。
軍人らしい無駄のない足取りだった。
「質問です。なぜ篠ノ之博士がここにいらっしゃるのでしょうか?」
千冬は少しだけ眉をひそめ、「篠ノ之……だとややこしいな」と前置きしてから答えた。
「箒にコイツから専用機を渡すらしくてな」
「専用機……!」
ラウラが驚きに目を見開く。
束は胸を張って、と満面の笑みを浮かべた。
「そういうこと〜! 箒ちゃんのために、世界最高の愛情と技術を詰め込んだ一機をね!」
束が胸を張って笑う一方で、周囲の空気はどこか張りつめていた。
束の箒に向ける視線は相変わらず何かをたくらむような、子供の様な表情だ。
千冬は束から視線を外し、全体に向けて声を張った。
「と言う訳で、篠ノ之に専用機の受け渡しを行う。──お前らは臨海実習に集中しろ」
その声はいつも通り冷静で、揺らぎがない。
だが、一夏は気づいていた。
千冬の肩が、ほんのわずかに強張っていることに。
(千冬姉……何を気にしてるんだ?)
束がここに来た理由が専用機の受け渡しだけとは思えない。
クラス対抗戦の事件は束が裏で動いていた可能性は高い。
そしてそれに一夏達が思い至った以上、千冬も同じ様に考えているのは疑いようもない。
セシリアが小声で一夏に囁く。
「……何か企んでいるように見えますわね」
「見える、じゃなくて……企んでるんだろうな」
一夏は低く答えた。
鈴も険しい表情で束を睨む。
「専用機を渡すって言っても、何も今日である必要はないでしょ。──わざわざ学園から切り離されたこのタイミングってのもね」
束はそんな視線など意に介さず、砂浜にしゃがみ込み、海風に髪を揺らしながら何かを端末で操作していた。
その横顔は、どこか研究者というより観察者のようで、この場にいる全員の反応を楽しんでいるかのようだった。
ラウラが千冬に再度問いかける。
「専用機の受け渡し……それだけのために、わざわざ博士が来る必要があるのでしょうか?」
千冬は短く息を吐き、
「……本来なら、ない」
とだけ答えた。
その言葉に、場の空気がさらに重くなる。
箒は拳を握りしめ、束を見つめた。
「姉さん……本当に、私のためだけに来たのか?」
束は顔を上げ、にっこりと笑った。
「もちろんだよ、箒ちゃん。お姉ちゃんは、いつだってあなたの味方だもん!」
その笑顔は、どこまでも優しく――しかし、どこまでも嘘の匂いがした。
(……ただの実習で終わる、なんて事はないよなあ)
一夏はその場に立つ全員の表情を見渡し、胸の奥に冷たいものが落ちていくのを感じていた。
と、束が上空を指さし、注目を集めるべく声を張り上げる。
「さあ! 大空をご覧あれ!」
言葉と共に、空から衝撃と共に何かが降ってきた。
周りを囲んでいた銀色の壁が粒子となって消えると、深紅の機体が姿を見せる。
「……これが、私の……」
箒は思わず息を呑む。
その横で束が、まるで子どもにプレゼントを渡すような笑顔で言った。
「そうだよ、箒ちゃん。あなたのためだけに設計した、世界に一つの専用機――
紅椿。
その名を聞いた瞬間、箒の胸に熱いものが込み上げた。
専用機があれば、一夏と一緒に訓練を出来る時間が増える。
専用機があれば、クラス対抗戦で見送るだけだったあの悔しさを味合わなくて済む。
専用機があれば、セシリアの様に一夏と並んで戦う事が出来る。
「じゃあパーソナライズとフィッティングをちゃちゃっと終わらせちゃおっか!」
「……頼みます」
コンソールとディスプレイを六つ呼び出し、叩き始める束。
その言葉通り、通常は時間のかかるそれらも、文字通りあっという間に進む。
(機体の特徴的に近接特化型か。まあ箒の性格と経験値的にはそれがベストか)
機体を見た一夏が内心で呟く。
とはいえ、『近接戦闘を基礎にした万能型』という束の言葉通りなら、白式ほど尖ってはないだろうが。
ほどなくして、束による紅椿の調整は終わったようだ。
「じゃあ、試運転も兼ねて飛んでみてよ」
「ええ、それでは試してみます」
箒が目を閉じて意識を集中させ、飛翔する。
深紅の残光が空に軌跡を描いた。
(白式よりも速い……。
一夏達が紅椿の動きを目で追いかけている中、束は武装の説明に入っていた。
二振りの刀の説明を受け、デモンストレーションを行う箒。
打突に合わせてエネルギー弾が放たれる雨月。
そして、斬撃の軌道から帯状にエネルギーを放つ空裂。
機動力に優れる白式をも超える速度。そして白式には出来なかった中距離戦闘を可能にした武装。
篠ノ之束の言葉に嘘はなく、紅椿は間違いなく、世界最高のスペックを持っていた。
「たっ、た、大変です! お、織斑先生!」
と、真耶の声。
慌ただしく駆け寄ってくる姿は非常事態を告げるそれだ。
もっとも、各国からすれば行方不明となっていた篠ノ之束が現れ、しかも新たなISの登場は非常事態と言ってもいいかもしれないが。
「どうした?」
「こ、これを」
そう言って差し出された小型端末の画面を見て、織斑先生の表情が曇った。
「──あの馬鹿め、なんて事をしでかしてくれたんだ」
小さく、けれどハッキリと織斑先生がそう呟く。
それでもすぐに表情を切り替える。けれどそれは、いつもとは違う、かつて
「現時刻を持って、実習は中止。各班はISを片付けて旅館にて待機。以後、許可なく行動を起こす者は身柄を拘束する!」
普段以上の千冬の気迫を当てられ、全員が慌てて動き出す。
「専用気持ちは全員集合しろ。―――篠ノ之もだ。急げ」
「はい!」
気合の入った返事をしたのは箒だった。
海は穏やかに波を寄せている。
だが、その静けさが逆に不気味だった。
☆☆☆
旅館の一番奥──普段なら宴会の笑い声が響くはずの広間は、今は重苦しい沈黙に満ちていた。
照明は落とされ、外からの光も遮断されている。薄闇の中に浮かび上がる大型ディスプレイだけが、場に集められた専用機持ちたちの顔を青白く照らしていた。
誰もが息を潜めている。
ただならぬ空気を、肌がひりつくほど感じていた。
「二時間前、アメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『シルバリオ・ゴスペル』──以後、『福音』と呼称するが、無人制御の試験中に突然制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したと連絡があった」
千冬の声は、いつも以上に冷たく、淡々としていた。
その声音が、逆に事態の深刻さを物語っている。
軍用IS──アラスカ条約で禁止されているはずの存在。
だが、形骸化していることは誰もが知っている。
それでも、そんな最高機密級の情報が、学生である自分たちに伝えられた理由となると話は別だ。
一夏は喉の奥がひりつくような感覚を覚えた。
嫌な予感が、胸の奥でじわりと広がっていく。
「その後、衛星による追跡の結果、福音はこちらに向かって飛行を続けている。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった」
千冬はなおも言葉を重ねる。
一夏──いや、一夏に限らず、ここに集められた面々は何を求められているのか、なんとなくは悟っているだろうが千冬は淡々と続ける。
ここに集められた全員が、薄々気づいていた。
自分たちが何を求められているのかを。
「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
その瞬間、場の空気がわずかに揺れた。
誰もが予想していた言葉。
だが、実際に告げられると、胸の奥がざわつく。
訓練機では第三世代機を止められない──そんなことは分かっている。
箒を含め、第三世代機は七機。
確率を考えれば、専用機持ちが出るしかない。
頭では理解している。
だが、一夏は自分の胸の奥に、ほんのわずかな恐れがあることを自覚していた。
それでも逃げる気はない。
ただ、心臓が少しだけ強く脈打つ。
「それでは
「はい」
静寂を破ったのはセシリアだった。
彼女の声は澄んでいて、迷いがない。
「目標の詳細スペックを要求します」
「了承しよう。ただし、これは二ヶ国の最重要機密だ。取扱いには注意しろ。情報が漏洩した場合、諸君らには査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」
「了解しました」
セシリアは一切怯むことなく頷いた。
その横顔には、英国貴族としての矜持が滲んでいる。
ディスプレイに福音のスペックが映し出される。
その瞬間、場の空気がさらに重く沈んだ。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「しかも攻撃と機動を高いレベルで両立している訳ね……」
「この特殊武装が曲者って感じだね。本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが届いたけど、連続防御は厳しい気がするよ」
「しかもこのデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」
ラウラが問いかける。
彼女の声は冷静だが、その瞳には鋭い警戒が宿っていた。
千冬は首を横に振る。
「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」
「一回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」
「となると──」
真耶の言葉に、全員の視線が一夏へと向いた。
その視線の重さに、一夏はほんの一瞬だけ下を向く。
だが、すぐに覚悟を決めたように顔を上げた。
「……俺、か」
その声には、迷いがなかった。
むしろ、覚悟を固めていたかのように静かだった。
「──俺の、白式の、零落白夜。それで落とすんですね?」
「……そうだ。織斑、やれるか?」
念押しするかの様に、千冬に先生が言葉をかけた。言外に、まだ引き返せるという意味を込めて。
「やれます。俺が、止めてみせます」
その視線をまっすぐ受け止めた一夏は逡巡すること無く答えてみせた。
「よし、では作戦の具体的な内容に入る。織斑を目標まで運ぶ必要がある。この中で最高速度を出せる機体は?」
「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。本国から強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています」
セシリアが手を挙げ答える。
通常状態でも白式に次ぐ機動力を誇り、かつパッケージによって機動力を上げればこの中で最高の機動力となる。
それに、二人は入学から行動を共にする機会も多く、先日行われたタッグマッチトーナメントでもペアを組んでいた。
機体性能、そして本人同士の相性も考えて、千冬は頷く。
「ふむ、ではこの作戦は――」
千冬が結論を告げようとした、その瞬間。
「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~」
天井のパネルが音もなく開き、そこからひょいと顔を出したのは篠ノ之束だった。
突拍子もない登場に、場の空気が一瞬で乱される。
緊張が張り詰めていた分、その異物感は凄まじい。
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっと良い作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」
「……出て行け」
千冬は額を押さえ、心底うんざりしたように吐き捨てる。
だが束はまるで気にしていない。むしろ嬉々として続けた。
「聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよ!」
「なに?」
「紅椿のスペックデータを見て! パッケージなんか無くても超高速機動が出来るんだよ!」
束が指を鳴らすと、空中に複数のディスプレイが展開され、紅椿のデータが映し出される。
その数値は確かにブルー・ティアーズを上回っていた。
「紅椿の展開装甲を調整して……ほら!これでスピードはバッチリ!」
束は胸を張る。
だが、一夏たちの意識は別の単語に引っ張られていた。
「展開装甲……?」
一夏が思わず漏らした呟きを、束は逃さない。
「しょうがないなあ、説明してあげようではないか! 展開装甲というのはだね、この天才束さんが開発した第四世代の装備なんだよ!」
誇らしげに語る束。
だが、その言葉の重さに場の空気が変わる。
第四世代──
それは、まだ世界が
各国が第三世代の試作機をようやく形にし始めた段階で、束はその先を作り上げたと言っている。
常識が通じない天才。
その言葉が、全員の脳裏をよぎった。
「それにしてもアレだなあ。海で暴走っていうと十年前の白騎士事件を思い出すね!」
束が軽い調子で言った瞬間、千冬の表情がわずかに歪む。
その変化をラウラは見逃さなかった。
十年前──
日本を狙う事が可能な二三四一発のミサイルが一斉にハッキングされ、発射された事件。
そして、それらをすべて
ISが世界に広まるきっかけとなった事件だ。
「しかし、それにしても~白騎士って誰なんだろうねえ~?ねーちーちゃん?」
「知らん」
「私の予想ではバスト八八センチの―――」
ごすっ。
鈍い音が響き、束が殴り飛ばされる。
普通の人間なら悶絶する一撃だが、束はけろりとしていた。
「あの事件では凄い活躍だったね、ちーちゃん!」
「そうだな、白騎士が、活躍したな」
千冬は気まずそうに返し、咳払いをして話題を強引に戻す。
「話を戻す。……束、紅椿の調整にはどれくらい時間がかかる?」
その言葉に、場がざわついた。
調整の時間次第で、千冬は箒を作戦に加える──そう判断したからだ。
「お、織斑先生!?」
セシリアが驚きの声を上げる。
「わたくしとブルー・ティアーズも作戦に!」
「そのパッケージはインストールしてあるのか?」
「そ、それはまだですが……」
「ふむ、では束。お前のかかる時間は?」
「七分もあれば余裕だね!」
束は胸を張って答える。
「よし、では本作戦は織斑、篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三〇分後、一一:三〇より行う」
千冬が締めようとしたその時。
「一つよろしいでしょうか」
ラウラが手を挙げた。
その声は静かだが、強い意志が宿っている。
「なんだ、ボーデヴィッヒ」
千冬もわずかに眉を寄せる。
ラウラが千冬に異を唱えるのは珍しい。
一夏も驚きに目を見開いた。
「この作戦は、一夏と箒しか起用しないのですか?」
「そうだ」
「作戦の成功率を高めるなら、機動力のある機体は何機あっても問題ないでしょう。セシリアを使わない理由をお聞かせ下さい」
ラウラの言葉は理路整然としていた。
そして言葉の奥には納得できないという感情が透けて見える。
「オルコットの機体はまだインストールを済ませていない。時間がかかるなら作戦参加は認められない」
「であれば、インストールが完了するまで待てば良いでしょう。幸い、目標はこちらに向かって進行中です。到着時刻を逆算した場合、この作戦において時間はそこまで求められていない筈です」
「くどい。目標はこちらに向かっているとはいえ、ここが目的地ではない可能性もある。急な進路変更に対応する為にも本作戦は時間との勝負だ。よって、織斑・篠ノ之で行う」
千冬の声は冷たく、揺るぎない。
ラウラは唇を噛み、しかしすぐに顔を上げる。
「でしたら、万が一、作戦が失敗した際の撤退の方法をご教授下さい。移動にエネルギーを使い果たした紅椿と、攻撃にエネルギーを使い果たした白式。これでどう撤退するのかを」
その問いは鋭く、逃げ道を許さない。
千冬は数秒、ラウラを見返したが──視線を逸らした。
「では、撤退の支援としてオルコットを起用する。それでいいな?」
「いえ、自分もお使い下さい。セシリアと自分なら遠距離からの撤退支援も可能です。移動は一夏と同じ様にセシリアに運んでもらいます」
「……わかった。撤退の支援部隊としてボーデヴィッヒとオルコットを起用する」
「ご配慮、ありがとうございます。采配に口を挟み、申し訳ありません」
ラウラは深く頭を下げた。
だが、その瞳にはまだ消えない疑念が宿っている。
「それでは各員、作戦準備に入れ、解散!」
千冬の号令とともに、場が一気に動き出す。
緊張と焦燥が入り混じった空気の中、ラウラはセシリアを捕まえた。
「セシリア、一夏。時間がない。質問に答えろ。──クラス対抗戦での乱入者の話だ」
「それは……」
一夏は言葉を詰まらせる。
かん口令が敷かれている以上、軽々しく話せる内容ではない。
だが、ラウラの真剣な眼差しに、逃げ場はなかった。
「──今回の件と、関連しているとお考えで?」
「そうだ。あの時、乱入者は誰を狙っていた?」
一夏は記憶を辿る。
いや、辿るまでもなかった。
あの瞬間の光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
「戦っている間は俺たちを狙っていたが、最後の瞬間にあいつが狙おうとしたのは、千冬姉、山田先生、そして箒のいるところだ」
「狙おうとした、というより、実際に撃ちましたわね。一夏さんが防がなければ、間違いなくシールドを貫通してましたわ」
「もう一つ。アレは無人機で、コアは未登録の物だった……そうだな?」
「ああ。搭乗者は誰もいなかった」
「織斑先生の話ではコアも未登録の物だったらしいですわね」
ラウラは小さく息を吐き、呟く。
「やはり、か……」
一夏が問い返すより早く、ラウラは次の指示を出した。
「セシリア、悪いがパッケージのインストールと並行して一夏に高速戦闘のレクチャーをしておいてくれ」
「構いませんが……ラウラさんが教えた方がよろしいのでは?」
「私は教官に聞きたいことがある、頼むぞ」
ラウラの表情は固く、迷いがない。
セシリアはそれ以上何も言わず頷いた。
話を切り上げたラウラは千冬を見つけると、すぐに駆け寄った。
幸い、周囲に人はいない。
「教官、少しよろしいでしょうか」
「お前も作戦の一員だろう。準備をしろ」
「その作戦の為にも、聞いておきたい事があります」
ラウラの声は低く、鋭い。
千冬もただならぬ気配を感じ取ったのか、動きを止めた。
「今回の事件と、白騎士事件。酷似していませんか?」
「……何が言いたい?」
「篠ノ之束が手がけた一番最初のISのデビュー戦となった白騎士事件。そして同じく篠ノ之束が手掛けた第四世代機とその妹のデビュー戦。ミサイルとISと異なりますが、制御不可になり、その暴走を止めるため出撃する。全く一緒です」
千冬の表情がわずかに揺れる。
「お前が考えていることはおおよそ分かる。……束がこれを仕組んだと言いたいのだろう?だったら妄想も良いとこ―――」
「教官も同じことを考えたからこそ、箒と一夏のみを作戦メンバーにしたのでしょう?」
千冬の目が見開かれた。
図星だったのだ。
「篠ノ之束が仕組んでいるのであれば、彼女のお気に入りの一夏と箒には危害を加えない、そう考えたのでは?」
「…………」
千冬は沈黙する。
だが、その沈黙こそが答えだった。
「相手は最新鋭の軍用IS。それに対し生徒の身でありながらも第四世代のISを駆り暴走を食い止める。華々しいデビューを飾るでしょう。そう、白騎士を駆り、日本を襲ったミサイルを食い止めた白騎士のように」
ラウラの声は静かだが、その奥には怒りがあった。
束の無邪気さが、どれほど危険かを理解しているからだ。
「ならば何も問題は無いだろう。お前の予想通りに行けば何の被害もなく、この事件は解決だ」
「お言葉ですが、でしたらクラス対抗戦での一幕はどうお考えですか」
ラウラの追及は止まらない。
「あの無人機も彼女が送り込んだ物でしょう。目的はわかりませんが、それでも一つだけハッキリしています。それは一夏が防がなければ、教官方は無事では済まなかった事です」
ラウラの追究に、千冬は目を閉じ、深く息を吐いた。
(……私が教官職から離れた後も、お前は研鑽を重ねていたんだな)
教え子の成長に想いを馳せつつ、千冬は目を開く。
「──ラウラ、私もお前と同じ考えだ」
クラス対抗戦で乱入してきたISは所属不明だったのは調べがついている。
今、この世界にあるISコアは全て把握できている。となれば所属不明の答えは一つ。新たに作られたコアであること。そしてそれが出来るのは篠ノ之束だけだった。
「同じ考えなのにどうして二人に任せようと考えたのですか?」
「あの二人相手なら、無傷とはいかなくても、殺しはしないと思った。だが、それ以外の人物が相手だとあいつは容赦なく手をかけるだろう。微塵の躊躇もなく」
「……流石に冗談でしょう?」
「本気だ。だからこそ私はお前とオルコットの参加を渋った。出来るなら、戦場に立たせたくは無かった」
ラウラは息を呑む。
束の危険性を、千冬がここまで明確に語るとは思っていなかった。
千冬はふっと口元を緩めた。
「怖気づいたなら抜けても良いぞ。さっきも言ったが、私としては抜けてくれた方がありがたい」
「まさか。軍人として一度受けた命令を覆して引き下がるつもりはありません」
「お前なら、そう言うと思っていたさ」
千冬は踵を返し、歩き出す。
だが、ふと立ち止まり、振り返った。
「最後に一つ」
「もしもの時はお前が頼りだ。みんなを頼むぞ」
その言葉は、重く、しかし確かな信頼が込められていた。