ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
海面を渡る風は穏やかだった。
しかし、その静けさはどこか張りつめていて、まるで嵐が息を潜めているかのようだった。
砂浜に立つ一夏は、胸の奥に沈む重さを振り払おうとしていた。
深呼吸をしても、胸の奥にまとわりつく不安は消えない。
戦いの前に感じる緊張とは違う──もっと嫌な、冷たい予感。
「やあやあ、いっくん」
背後から、聞き慣れた声がした。
その軽さが、逆に一夏の神経を逆撫でする。
「束さん……俺に何か用ですか?」
「んー? ちょっと気になるところがあってねぇ。ほら、白式って繊細だから。扱いを間違えるとすぐ拗ねちゃうんだよ?」
束は笑いながら、白式の待機状態であるガントレットを軽く叩く。
その仕草はいつも通り軽い。
「……そうなんですか?」
「うん、だから少し調整しただけ。いっくんが困らないようにね」
「調整?」
「ふふっ。気にしなくていいよ。いっくんは戦うことだけ考えてればいいんだから」
束は端末を閉じ、ガントレットを撫でるように手を滑らせた。
その指先が、ほんの一瞬だけ止まる。
まるで何かを隠すように。
一夏はその一瞬の違和感に、喉の奥がひりつくのを感じた。
「……頼んだよ、いっくん。白式も、きっと応えてくれるから」
束はそう言い残し、ひらひらと手を振って去っていった。
その背中は軽やかで、しかしどこか影が差しているようにも見えた。
一夏はしばらくその場に立ち尽くし、ガントレットに手を置く。
(……何だよ、今の……)
一夏の胸の奥に、言いようのないざらつきが残ったが、頭を振って払う。
そこへ、箒が歩み寄ってくる。
すでに紅椿を展開しており、その表情は静かに引き締まっていた──いや、違う。
その瞳の奥には、燃えるような昂揚が宿っていた。
力を得た者の自信。
戦場に立つ者の昂ぶり。
そして、一夏と肩を並べて戦えるという誇り。
そのすべてが、彼女の姿勢を自然と前のめりにさせていた。
「一夏、準備はできているか?」
声にも熱がある。
戦いを恐れるどころか、むしろ待ち望んでいるような気配すらあった。
「ああ。……行こう、箒」
「うむ。勝って帰るぞ。私とお前なら出来ない事はない」
短い言葉。
箒の瞳には、揺るぎない決意と、紅椿を得たことで増した自信が宿っていた。
──その自信が、少し危うい。
一夏は、箒の横顔を見ながら胸の奥に小さな不安を覚えた。
紅椿を手にしたことで、箒は明らかに攻撃的になっている。
その昂揚が、戦場で判断を鈍らせるのではないか──そんな予感が、喉の奥に引っかかった。
風が吹き抜け、海面が揺れた。
「作戦、開始!」
千冬の作戦開始の合図とともに、白式を載せた紅椿は、海風を切り裂きながら上昇していく。
青空は澄み渡っているのに、胸の奥には重い影が落ちていた。
──来る。
一夏は、白式のハイパーセンサーが拾う微細な反応に意識を集中させる。
遠く、空の彼方で何かが空気を震わせていた。
この時点で、一撃離脱の作戦は失敗に終わったことを二人は理解した。
「一夏、感じるか?」
「ああ……来るぞ、箒」
紅椿の展開装甲が光を帯び、箒の髪が風に揺れる。
その横顔には、恐怖よりも戦意が宿っていた。
むしろ、紅椿を手にしたことで、箒は戦いを迎え撃つことに高揚しているようにすら見えた。
次の瞬間、空間が歪んだ。
超音速の衝撃波が海面を叩きつけ、白い飛沫が巨大な柱となって立ち上がる。
その中心から、銀色の機影が姿を現した。
──福音。
その姿は、どこか無機質で、冷たい。
だが、確かに殺意だけははっきりと感じられた。
空気そのものが震え、肌に刺さるような圧が走る。
「……あれが、福音」
箒が息を呑む。
だが、その声には恐怖よりも闘志が混じっていた。
紅椿の柄を握る手に、力がこもる。
──紅椿を得たことで、箒は明らかに前のめりになっている。
その昂揚は、戦場においては強みでもあり、同時に危うさでもあった。
一夏は横目で箒を見る。
彼女の瞳は、まるで獲物を前にした獣のように光っていた。
(……箒、落ち着けよ)
胸の奥に、またひとつ不安が積もる。
福音は無人機のはずなのに、まるで意思を持つかのように二人を見据えていた。
その視線は、獲物を値踏みする捕食者のそれだ。
次の瞬間、福音の背部ユニットが展開し、無数の光点が生まれる。
「──来るぞ!」
一夏が叫ぶと同時に、光弾が一斉に射出された。
高速で豪雨のように降り注ぐ光の玉。
「くっ……!」
白式が急旋回し、紅椿が展開装甲を広げて衝撃を受け流す。
空間が光の軌跡で埋め尽くされ、二人の視界は一瞬で白く染る。
「箒、右へ!」
「わかっている!」
箒の声は鋭く、迷いがない。
白式と紅椿は、まるで一つの生き物のように連携して動く。
だが、福音の攻撃はそれを上回る速度で迫ってきた。
光弾が海面を抉り、爆風が空気を震わせる。
その衝撃が二人の身体を容赦なく揺さぶった。
「データよりも速い……!」
一夏の白式でさえ追いつけないほどの高速戦闘。
福音は、まるで逃げる獲物を弄ぶ捕食者のように、二人の周囲を旋回していた。
「一夏、後ろだ!」
「分かってる!」
白式が反転し、背後から迫る光弾を紙一重で回避する。
その瞬間、福音が距離を詰めてきた。
その速度は、視界に捉えるのがやっとだった。
「くっ……!」
白式の装甲がかすめられ、火花が散る。
衝撃が一夏の身体を貫き、肺から息が漏れた。
「一夏!」
「大丈夫だ、箒!」
だが、福音は容赦なく追撃を仕掛けてくる。
その動きは、まるで殺すことだけを目的とした兵器そのものだった。
「一夏、私が前に出る!」
「おい箒! それは──」
「分かっている! だが、このままでは押し切られる!」
箒の声には迷いがなかった。
紅椿の展開装甲が広がり、光の翼のように輝く。
彼女は福音へ向かって一直線に突撃した。
その姿は、まるで自分の限界を超えようとしているようだった。
紅椿を得たことで、箒は明らかに攻勢に傾いている。本来、箒の得意とする戦法は受けだったはずなのに、だ。
その勢いは頼もしい反面、危うさも孕んでいた。
「箒! 無茶すんなよ!」
一夏の胸がざわつく。
紅椿の刀が福音の装甲をかすめ、火花が散る。
だが、福音はまるで痛みを感じないかのように反撃を行う。
光弾が紅椿のシールドを削り、警告音が鳴り響く。
「くっ……!」
「箒!」
「まだだ──!」
箒は歯を食いしばり、紅椿を無理やり加速させる。
その姿勢は、まるで前へ前へと倒れ込むような攻めの姿勢。
紅椿の力を得たことで、箒は自分の限界を押し広げようとしていた。
だが──福音の攻撃は止まらない。
紅椿のシールドは限界に近づき、白式も損傷が増えていく。
このままでは──押し切られる。
一夏は奥歯を噛みしめた。
──使うしかない。
当初予定していた一撃離脱での使い方とは違うが、どのみち
「箒、下がれ!」
「一夏……?」
「俺がやる! ここで決める!」
雪片の刀身が展開した。
周囲の温度が一瞬で下がったような錯覚すら覚える。
白式の奥底で眠っていた白い力が、目を覚ます。
「──零落白夜!」
その瞬間、雪片の展開された部分から、白い光が爆発するように溢れ出した。
雪片の展開部分から溢れ出した白光が、空を白く染め上げる。
風が逆巻き、海面が震え、世界そのものが一瞬だけ静止したように見えた。
福音が反応し、距離を取ろうとする。
──だが遅い。
一夏の視界が研ぎ澄まされ、世界がスローモーションのように見えた。
雪片を、白い軌跡を描きながら構える。
(ここで終わらせる!)
一夏は、光の中で静かに息を吸う。
雪片の刀身から迸る白光は、まるで世界そのものを塗り替えるかのようだった。
空気が震え、海面が波紋を広げ、福音でさえ一瞬だけ動きを止める。
視界は澄み渡り、福音の動きが手に取るように分かる。
零落白夜の発動と同時に、一夏の意識は極限まで研ぎ澄まされていた。
「一夏……!」
箒の声が遠く聞こえる。
だが、今の一夏には届かない。
すべての意識が、ただ一点、福音へと向けられていた。
そして白く光る刀が振り下ろされる直前──
「……え?」
──白式の光が、突然、途切れた。
一夏の気の抜けたような言葉と共に、世界が急激に元の速度へと戻る。
視界が揺れ、身体が重力に引きずり落とされるような感覚に襲われた。
白式の警告音が耳をつんざく。
『シールドエネルギー残量──10%』
『零落白夜──強制停止』
『機体出力──低下』
「なっ……!」
一夏の身体から力が抜ける。
白式の光が完全に消え、刀身の輝きも霧散した。
零落白夜は──不発。
その事実が脳に追いつくより早く、福音が動いた。
銀色の機体が、まるで嘲笑うかのように急加速し、一夏へと迫る。
「一夏!」
箒の叫びが空を裂く。
紅椿が展開装甲を広げ、一夏の前へ飛び込む。
だが──福音の速度は、紅椿の反応を上回っていた。
「くっ……!」
一夏は必死に白式を動かそうとするが、先ほどまでの軽やかな反応が嘘のように、機体は鈍く重い。
福音の砲口が、一夏へと向けられる。
その瞬間、一夏の背筋に冷たいものが走った。
──死。
初めて、明確な死の予感が胸を締め付けた。
福音の砲口が光を帯びる。
空気が震え、海面がざわめく。
避けられない。
防げない。
光が収束し──放たれようとした、その刹那。
「一夏さん!!」
遠方から、青い光が飛び込んできた。
セシリアのスターライトMkⅢ。
その射撃が、福音の射線を逸らすように割り込んだ。
青い閃光が空を裂き、福音の攻撃が逸れる。
白式のすぐ横を、灼熱の光が通り抜けた。
「……っ!」
一夏は息を呑む。
ほんの数メートルでもずれていれば、確実に落とされていた。
通信越しに、セシリアの声が震えながら響く。
「一夏さん! 無事ですの!?」
「……助かったぜ……」
震える声で返す一夏。
だが、福音はまだ健在だ。
そして──零落白夜は使えない。
空中に、緊張が張り詰める。
福音がゆっくりとこちらを向く。
その無機質な瞳が、次の獲物を選ぶように光った。
福音の砲口が再びこちらへ向けられる。
白式も、紅椿も損傷が蓄積している。
セシリアの援護がなければ、一夏はすでに撃墜されていた。
銀色の機体がゆっくりと旋回し、次の標的を選ぶように動く。
その無機質な視線が、一夏へと向けられた。
「……くそ……!」
一夏は必死に白式を動かそうとする。
だが、白式は先ほどまでの軽やかさが嘘のように、ゆっくりとしか動かない。
その時。
空気を裂くような鋭い音が響いた。
「一夏、下がれ!」
黒い影が高速で割り込み、福音の射線に立つ。
「ラウラ……!」
「遅れてすまない。だが、セシリアを先行させたのは正しかったようだな」
ラウラの声は冷静で、しかし怒りを押し殺したような鋭さがあった。
福音がラウラへ砲口を向ける。
だが、ラウラは一歩も引かない。
「ここで落とす……!」
レールカノンが展開され、大口径の砲弾が福音へ向けて放たれる。
福音はそれを回避しながら距離を取るが、ラウラの追撃は止まらない。
その隙に、セシリアが一夏の元へ駆け寄る。
「一夏さん、白式の状態は!?」
「エネルギーが切れた……零落白夜を使った瞬間、急に……」
「そんなはずありませんわ! いくら消耗していたとはいえ、そんなすぐにエネルギーが無くなるなど──」
セシリアは白式のデータを確認する。
その表情が、みるみる青ざめていった。
「……これは……」
「セシリア?」
「……おかしいですわ。エネルギー残量の表示が……偽装されています」
「偽装……?」
「はい。実際にはエネルギーが減っているのに、まだあるかの様に表示されるように書き換えられていた……?」
一夏の背筋に冷たいものが走る。
「誰が……こんなことを……!」
セシリアは唇を噛み、悔しげに言った。
一夏の胸に、怒りとも困惑ともつかない感情が渦巻く。
福音の能力で、白式の計器を偽装し、零落白夜を不発に追い込んだのか?
──否、事前のデータにはそんな能力はなかった。
となると誰が。
(束さんが? いやでも、そんなことをして何の意味が──)
と、一夏の思考を切り裂くように、轟音が響いた。
ラウラのレーゲンが福音の攻撃を受け、火花を散らす。
福音はラウラを脅威と判断したのか、攻撃の密度を一気に上げてきた。
「ラウラ、無理するな!」
「問題ない! というか、お前は下がっていろ一夏!」
ラウラは光弾を回避しながら、福音の動きを読み切っていた。
その動きは、戦場で鍛えられた軍人そのもの。
だが──福音はそれ以上の速度で迫る。
「くっ……!」
レーゲンのシールドが削られ、警告音が鳴り響く。
ラウラは歯を食いしばりながら叫んだ。
「作戦は失敗だ! 撤退する!」
「……っ!」
福音の砲撃が空を裂き、レーゲンのシールドを削り取る。
ラウラは機体を無理やり捻って回避するが、その動きには焦りが滲んでいた。
「この……っ!」
ラウラも対抗するようにワイヤーブレードを展開し、福音へ向けて放つ。
だが、福音はそれを嘲笑うかのように軽々と回避し、逆にラウラへと迫ってきた。
その速度は、まるで死神が背後に立ったかのような圧迫感を伴っていた。
「ラウラ、下がれ! 無理だ!」
「まだだ!」
だが、ラウラの言葉とは裏腹に、レーゲンのシールド残量は確実に限界に近づいていた。
福音の砲口がラウラへ向けられる。
「……っ!」
ラウラは覚悟を決め、レーゲンを前に出す。
その瞬間──
「ラウラさん、下がってくださいまし!」
青い光が割り込み、福音の射線を逸らした。
セシリアのブルー・ティアーズだ。
「援護しますわ!」
「助かる……!」
ラウラは息を吐き、レーゲンを後退させる。
だが、福音は二人を同時に追い詰めるように軌道を変えた。
「ラウラ、セシリア! 一度下がれ!」
一夏の声が届く。
それと同時に千冬の声が割り込んだ。
『ボーデヴィッヒ、オルコット。撤退だ。織斑と篠ノ之の援護に徹しろ』
「しかし──!」
ラウラは悔しげに唇を噛む。
この状態で下がれば、一夏が狙われる。
だからこそ、ラウラは福音を引き離すべく立ち回っていた。
『命令だ!』
千冬の声は鋭く、戦場の空気を切り裂く。
ラウラは拳を握りしめ、怒りと悔しさを押し殺す。
「セシリア、下がるぞ!」
「はい!」
二人は後退しながらの射撃に切り替える。
だが──福音は動きが変わった事を見逃さなかった。
銀色の機体が急加速し、青い機体を目指す。
その砲口が、セシリアへ向けられた。
「っ……!」
セシリアは回避しようとするが、福音が速すぎた。
光弾が放たれ、ブルー・ティアーズのシールドが一気に削られる。
『シールドエネルギー残量──21%』
「くっ……!」
セシリアの呼吸が乱れる。
福音は容赦なく追撃を仕掛け、セシリアの逃げ道を完全に塞いだ。
「まずい……!」
ラウラが援護しようとするが、福音の牽制射撃がそれを阻む。
「セシリア!!」
箒が叫ぶが、距離が遠い。
福音の砲口が、セシリアの胸部へと向けられる。
──撃たれる。
セシリア自身も、それを悟った。
「……っ!」
覚悟を決め、目を閉じかけたその瞬間。
「セシリアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
一夏の叫びが空を震わせた。
エネルギーはほとんどない。
機体は損傷している。
それでも──
一夏の意思が、白式を無理やり動かした。
白式が白い残光を引きながら、セシリアへ向けて飛び出す。
「一夏さん……!?」
セシリアの瞳が見開かれる。
福音の砲撃が放たれ、その光がセシリアを貫こうとした瞬間──
「間に合えぇぇぇぇ!!」
白式がセシリアの前に割り込み、刀を横薙ぎに振る。
光弾が刀身に弾かれ、空へ逸れた。
爆風が二人を包み、海面が大きく波打つ。
「っ……!」
衝撃で一夏の身体が軋む。
白式の警告音が鳴り響く。
『機体負荷──限界値超過』
『推力制御──不安定』
『操縦者生命維持──危険域』
「そんなの……知るかよ……!」
一夏は歯を食いしばり、セシリアを抱えるようにして後退する。
「一夏さん……その状態で何を!?」
セシリアの頬が震え、涙が滲む。
だが、喜んでいる暇はない。
福音の無機質な光が、今度はラウラへ向けられる。
その瞬間、箒が紅椿を光の尾を引きながら割り込ませた。
「ラウラ!」
紅椿の展開装甲が広がり、光弾を受け流す。
装甲が軋み、火花が散る。
「箒、無理をするな!」
「無理をしなければ、誰かが落ちる!」
箒の声は震えていない。
むしろ、昂揚した戦意が、彼女を前へ前へと押し出していた。
その姿勢は頼もしい反面、危うさも孕んでいる。
福音は二人の連携を見抜いたかのように、攻撃の角度を変えた。
光弾が海面を抉り、爆風が二人を襲う。
「くっ……!」
箒の身体が揺れ、紅椿のシールドが大きく削られる。
『シールドエネルギー残量──19%』
福音は止まらない。
まるで獲物を追い詰める捕食者のように、二人へ迫る。
その時、千冬の声が通信に割り込んだ。
『ボーデヴィッヒ。撤退しろ。海域を封鎖している訓練機の一部と、凰とデュノアも支援に向かわせている』
「しかし、まだ一夏達が!」
ラウラの声には焦りと怒りが混じっていた。
『──出撃前に言った可能性に賭けるしかあるまい。織斑が
ラウラは悔しげに唇を噛む。
「……了解しました。──箒、下がるぞ!」
「……ああ!」
箒は返事をしたものの、その声には明らかな葛藤があった。
撤退という選択を拒んでいる。
それでも、千冬の命令は絶対だ。
二人は同時に後退を開始する。
だが──福音はそれを許さなかった。
銀色の機体が急加速し、二人の退路を塞ぐように回り込む。
「まずい……!」
福音の砲口が、箒へ向けられる。
「っ……!」
箒は紅椿を無理やり加速させ、光弾を回避する。
だが、避け切れなかった光弾が命中し、装甲片が空へ散った。
『装甲──損傷率62%』
福音が距離を詰め、紅椿の胸部へ砲口を向ける。
「箒!」
ラウラが叫ぶが、間に合わない。
福音の砲口が光を帯びる。
「やらせん!」
ラウラが横から突っ込み、箒を弾き飛ばすようにして庇った。
次の瞬間、福音の砲撃がレーゲンを貫いた。
「ぐっ……!」
ラウラの身体が大きく揺れ、機体がスパークを散らす。
『シールドエネルギー残量──5%』
「ラウラ!」
「問題……ない……! 箒、お前も下がれ……!」
ラウラは必死に姿勢を立て直し、レーゲンを後退させる。
だが、福音は追撃を止めない。
「ラウラ、箒! こっちだ!」
一夏が白式を動かし、二人の退路を作るように割り込む。
白式の刀が福音の攻撃を弾き、爆風が空を裂く。
「一夏……! なぜ戻ってきた!?」
「うるせえ! 今は撤退が最優先なんだろ!」
ラウラと箒は互いに頷き、後退を続ける。
セシリアもブルー・ティアーズを引きずるようにして後退させるのが一夏の目に映った。
福音は追撃しようとするが──
「させるかよ……!」
一夏が白式を前に出し、福音の進路を塞ぐ。
「行け!」
「一夏さん! あなたも一緒に!」
「どのみち、誰かが残らねえと逃げきれねえだろ!」
一夏の叫びが空に響く。
福音は追おうとするが──白式がその前に立ちはだかる。
白式のエネルギーは残りわずか。
それでも、一夏は退かない。
仲間を逃がすために。
「ラウラ! お前ならわかってるだろ!? 俺が残るのが一番マシな選択ってのは!」
ラウラは息を呑む。
出撃前に千冬と交わした会話が脳裏をよぎる。
束が首謀者だとしたら──一夏や箒は死にはしない。
だが、ラウラやセシリアなら容赦をしない。
それならば、生き残る可能性が高いのは一夏と箒を残すこと。
だが──
(──撤退戦で、ここまでかかり気味の箒は残す事はできん……!)
ラウラは奥歯を噛みしめる。
手札は薄く、勝機は乏しい。
全員でまとまって撤退することも困難だと理性が告げる。
数瞬の迷いの後、ラウラは決断を下す。
「……箒、セシリア。一夏を残し撤退する」
「ふざけるな! 一夏を残して撤退するなど──」
激高した箒が言い切る前に、ラウラが紅椿を掴んで引き寄せる。
「一夏の為に
文字通り突き放すように言うと、箒は力を失ったかのようにうなだれ、退がっていく。
「一夏! 無理はするな! 私たちが安全圏に下がったらお前も撤退しろ」
ラウラは言い切ると、一夏が返事をするよりも早く踵を返す。
自分たちがこの場に長くいればいるほど、一夏の生還率が下がるのがわかっている。
ラウラ、箒、そしてセシリアの姿が小さくなっていく。
一夏はその背中を見送りながら、雪片を構えた。
白式のエネルギーは残りわずか。
機体は損傷し、警告音が断続的に鳴り続けている。
それでも──退く気はなかった。
胸の中で、守るべきものの輪郭がはっきりしている。
「来いよ……福音」
白式が微かに光り、一夏の覚悟に応えるように震えた。
福音は、まるで邪魔者が消えたとでも言うように、静かに一夏へ向き直る。
銀色の機体が、ゆっくりと距離を詰めてきた。
その動きには焦りも迷いもない。
ただ──殺すためだけに最適化された、冷たい機械の動き。
福音の背部ユニットが展開し、光点が生まれる。
今度は完全に一夏だけを狙っている。
「っ……!」
一夏は白式を無理やり加速させ、光弾の雨をかいくぐる。
だが、機体の反応が遅い。
損傷とエネルギー不足が、白式の動きを鈍らせていた。
光弾が肩部装甲をかすめ、火花が散る。
『損傷率──72%』
「まだだ……!」
一夏は歯を食いしばり、白式を旋回させる。
福音の背後へ回り込み、刀を振り下ろす──
だが、福音はそれを読んでいた。
銀色の腕が振るわれ、白式の刀を弾き飛ばす。
「くっ……!」
衝撃で一夏の身体が揺れ、視界が一瞬白く染まる。
福音は間髪入れずに追撃を仕掛けた。
砲口が白式の胸部へ向けられる。
「──っ!」
一夏は咄嗟に機体を捻り、直撃を避ける。
だが、光弾が白式の脚部を貫いた。
『左脚部──機能停止』
「ぐっ……!」
白式がバランスを崩し、空中で大きく揺れる。
その隙を福音は逃さない。
まるで処刑のように、ゆっくりと距離を詰めてきた。
(まだ……まだ俺はセシリアに……!)
だが、白式はもう限界だった。
エネルギー残量は一桁。
推力は不安定。
警告音が途切れなく鳴り続ける。
福音の砲口が、一夏の胸部へ向けられる。
その光が収束し──
「……っ!」
一夏が覚悟を決めたその瞬間、福音の砲撃が放たれた。
白式の胸部装甲が砕け、爆風が一夏の身体を吹き飛ばす。
「があああああああああっ!!」
白式は制御を失い、海面へと落下していく。
視界が回転し、空と海がぐちゃぐちゃに混ざる。
白式の警告音が遠くで鳴り続ける。
『生命維持──危険域』
『機体制御──不能』
『墜落──不可避』
「……くそ……俺は……セシリア……」
白式が、ゆっくりと海中に沈んでいく。
水圧が機体を軋ませ、視界が暗く染まる。
福音は白式が沈むのを満足そうに見た後、次の獲物を探すかのように身を翻し飛び去り、海面には、白式が沈んだ跡だけが残された。
密漁船「俺の出番はないんですか?」