ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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沈む意志

 海面を渡る風は穏やかだった。

 しかし、その静けさはどこか張りつめていて、まるで嵐が息を潜めているかのようだった。

 砂浜に立つ一夏は、胸の奥に沈む重さを振り払おうとしていた。

 深呼吸をしても、胸の奥にまとわりつく不安は消えない。

 戦いの前に感じる緊張とは違う──もっと嫌な、冷たい予感。

 

「やあやあ、いっくん」

 

 背後から、聞き慣れた声がした。

 その軽さが、逆に一夏の神経を逆撫でする。

 

「束さん……俺に何か用ですか?」

「んー? ちょっと気になるところがあってねぇ。ほら、白式って繊細だから。扱いを間違えるとすぐ拗ねちゃうんだよ?」

 

 束は笑いながら、白式の待機状態であるガントレットを軽く叩く。

 その仕草はいつも通り軽い。

 

「……そうなんですか?」

「うん、だから少し調整しただけ。いっくんが困らないようにね」

「調整?」

「ふふっ。気にしなくていいよ。いっくんは戦うことだけ考えてればいいんだから」

 

 束は端末を閉じ、ガントレットを撫でるように手を滑らせた。

 その指先が、ほんの一瞬だけ止まる。

 まるで何かを隠すように。

 一夏はその一瞬の違和感に、喉の奥がひりつくのを感じた。

 

「……頼んだよ、いっくん。白式も、きっと応えてくれるから」

 

 束はそう言い残し、ひらひらと手を振って去っていった。

 その背中は軽やかで、しかしどこか影が差しているようにも見えた。

 一夏はしばらくその場に立ち尽くし、ガントレットに手を置く。

 

(……何だよ、今の……)

 

 一夏の胸の奥に、言いようのないざらつきが残ったが、頭を振って払う。

 そこへ、箒が歩み寄ってくる。

 すでに紅椿を展開しており、その表情は静かに引き締まっていた──いや、違う。

 その瞳の奥には、燃えるような昂揚が宿っていた。

 力を得た者の自信。

 戦場に立つ者の昂ぶり。

 そして、一夏と肩を並べて戦えるという誇り。

 そのすべてが、彼女の姿勢を自然と前のめりにさせていた。

 

「一夏、準備はできているか?」

 

 声にも熱がある。

 戦いを恐れるどころか、むしろ待ち望んでいるような気配すらあった。

 

「ああ。……行こう、箒」

「うむ。勝って帰るぞ。私とお前なら出来ない事はない」

 

 短い言葉。

 箒の瞳には、揺るぎない決意と、紅椿を得たことで増した自信が宿っていた。

 

──その自信が、少し危うい。

 

 一夏は、箒の横顔を見ながら胸の奥に小さな不安を覚えた。

 紅椿を手にしたことで、箒は明らかに攻撃的になっている。

 その昂揚が、戦場で判断を鈍らせるのではないか──そんな予感が、喉の奥に引っかかった。

 風が吹き抜け、海面が揺れた。

 

「作戦、開始!」

 

 千冬の作戦開始の合図とともに、白式を載せた紅椿は、海風を切り裂きながら上昇していく。

 青空は澄み渡っているのに、胸の奥には重い影が落ちていた。

 

──来る。

 

 一夏は、白式のハイパーセンサーが拾う微細な反応に意識を集中させる。

 遠く、空の彼方で何かが空気を震わせていた。

 この時点で、一撃離脱の作戦は失敗に終わったことを二人は理解した。

 

「一夏、感じるか?」

「ああ……来るぞ、箒」

 

 紅椿の展開装甲が光を帯び、箒の髪が風に揺れる。

 その横顔には、恐怖よりも戦意が宿っていた。

 むしろ、紅椿を手にしたことで、箒は戦いを迎え撃つことに高揚しているようにすら見えた。

 次の瞬間、空間が歪んだ。

 超音速の衝撃波が海面を叩きつけ、白い飛沫が巨大な柱となって立ち上がる。

 その中心から、銀色の機影が姿を現した。

 

──福音。

 

 その姿は、どこか無機質で、冷たい。

 だが、確かに殺意だけははっきりと感じられた。

 空気そのものが震え、肌に刺さるような圧が走る。

 

「……あれが、福音」

 

 箒が息を呑む。

 だが、その声には恐怖よりも闘志が混じっていた。

 紅椿の柄を握る手に、力がこもる。

 

──紅椿を得たことで、箒は明らかに前のめりになっている。

 

 その昂揚は、戦場においては強みでもあり、同時に危うさでもあった。

 一夏は横目で箒を見る。

 彼女の瞳は、まるで獲物を前にした獣のように光っていた。

 

(……箒、落ち着けよ)

 

 胸の奥に、またひとつ不安が積もる。

 福音は無人機のはずなのに、まるで意思を持つかのように二人を見据えていた。

 その視線は、獲物を値踏みする捕食者のそれだ。

 次の瞬間、福音の背部ユニットが展開し、無数の光点が生まれる。

 

「──来るぞ!」

 

 一夏が叫ぶと同時に、光弾が一斉に射出された。

 高速で豪雨のように降り注ぐ光の玉。

 

「くっ……!」

 白式が急旋回し、紅椿が展開装甲を広げて衝撃を受け流す。

 空間が光の軌跡で埋め尽くされ、二人の視界は一瞬で白く染る。

 

「箒、右へ!」

「わかっている!」

 

 箒の声は鋭く、迷いがない。

 白式と紅椿は、まるで一つの生き物のように連携して動く。

 だが、福音の攻撃はそれを上回る速度で迫ってきた。

 光弾が海面を抉り、爆風が空気を震わせる。

 その衝撃が二人の身体を容赦なく揺さぶった。

 

「データよりも速い……!」

 

 一夏の白式でさえ追いつけないほどの高速戦闘。

 福音は、まるで逃げる獲物を弄ぶ捕食者のように、二人の周囲を旋回していた。

 

「一夏、後ろだ!」

「分かってる!」

 

 白式が反転し、背後から迫る光弾を紙一重で回避する。

 その瞬間、福音が距離を詰めてきた。

 その速度は、視界に捉えるのがやっとだった。

 

「くっ……!」

 

 白式の装甲がかすめられ、火花が散る。

 衝撃が一夏の身体を貫き、肺から息が漏れた。

 

「一夏!」

「大丈夫だ、箒!」

 

 だが、福音は容赦なく追撃を仕掛けてくる。

 その動きは、まるで殺すことだけを目的とした兵器そのものだった。

 

「一夏、私が前に出る!」

「おい箒! それは──」

「分かっている! だが、このままでは押し切られる!」

 

 箒の声には迷いがなかった。

 紅椿の展開装甲が広がり、光の翼のように輝く。

 彼女は福音へ向かって一直線に突撃した。

 その姿は、まるで自分の限界を超えようとしているようだった。

 紅椿を得たことで、箒は明らかに攻勢に傾いている。本来、箒の得意とする戦法は受けだったはずなのに、だ。

 その勢いは頼もしい反面、危うさも孕んでいた。

 

「箒! 無茶すんなよ!」

 

 一夏の胸がざわつく。

 紅椿の刀が福音の装甲をかすめ、火花が散る。

 だが、福音はまるで痛みを感じないかのように反撃を行う。

 光弾が紅椿のシールドを削り、警告音が鳴り響く。

 

「くっ……!」

「箒!」

「まだだ──!」

 

 箒は歯を食いしばり、紅椿を無理やり加速させる。

 その姿勢は、まるで前へ前へと倒れ込むような攻めの姿勢。

 紅椿の力を得たことで、箒は自分の限界を押し広げようとしていた。

 だが──福音の攻撃は止まらない。

 紅椿のシールドは限界に近づき、白式も損傷が増えていく。

 このままでは──押し切られる。

 一夏は奥歯を噛みしめた。

 

──使うしかない。

 

 当初予定していた一撃離脱での使い方とは違うが、どのみちコレ(・・)なしでは福音は倒せない。

 

「箒、下がれ!」

「一夏……?」

「俺がやる! ここで決める!」

 

 雪片の刀身が展開した。

 周囲の温度が一瞬で下がったような錯覚すら覚える。

 白式の奥底で眠っていた白い力が、目を覚ます。

 

「──零落白夜!」

 

 その瞬間、雪片の展開された部分から、白い光が爆発するように溢れ出した。

 雪片の展開部分から溢れ出した白光が、空を白く染め上げる。

 風が逆巻き、海面が震え、世界そのものが一瞬だけ静止したように見えた。

 福音が反応し、距離を取ろうとする。

 

──だが遅い。

 

 一夏の視界が研ぎ澄まされ、世界がスローモーションのように見えた。

 雪片を、白い軌跡を描きながら構える。

 

(ここで終わらせる!)

 

 一夏は、光の中で静かに息を吸う。

 雪片の刀身から迸る白光は、まるで世界そのものを塗り替えるかのようだった。

 空気が震え、海面が波紋を広げ、福音でさえ一瞬だけ動きを止める。

 視界は澄み渡り、福音の動きが手に取るように分かる。

 零落白夜の発動と同時に、一夏の意識は極限まで研ぎ澄まされていた。

 

「一夏……!」

 

 箒の声が遠く聞こえる。

 だが、今の一夏には届かない。

 すべての意識が、ただ一点、福音へと向けられていた。

 そして白く光る刀が振り下ろされる直前──

 

「……え?」

 

──白式の光が、突然、途切れた。

 

 一夏の気の抜けたような言葉と共に、世界が急激に元の速度へと戻る。

 視界が揺れ、身体が重力に引きずり落とされるような感覚に襲われた。

 白式の警告音が耳をつんざく。

 

『シールドエネルギー残量──10%』

『零落白夜──強制停止』

『機体出力──低下』

 

「なっ……!」

 

 一夏の身体から力が抜ける。

 白式の光が完全に消え、刀身の輝きも霧散した。

 零落白夜は──不発。

 その事実が脳に追いつくより早く、福音が動いた。

 銀色の機体が、まるで嘲笑うかのように急加速し、一夏へと迫る。

 

「一夏!」

 

 箒の叫びが空を裂く。

 紅椿が展開装甲を広げ、一夏の前へ飛び込む。

 だが──福音の速度は、紅椿の反応を上回っていた。

 

「くっ……!」

 

 一夏は必死に白式を動かそうとするが、先ほどまでの軽やかな反応が嘘のように、機体は鈍く重い。

 福音の砲口が、一夏へと向けられる。

 その瞬間、一夏の背筋に冷たいものが走った。

 

──死。

 

 初めて、明確な死の予感が胸を締め付けた。

 福音の砲口が光を帯びる。

 空気が震え、海面がざわめく。

 避けられない。

 防げない。

 光が収束し──放たれようとした、その刹那。

 

「一夏さん!!」

 

 遠方から、青い光が飛び込んできた。

 セシリアのスターライトMkⅢ。

 その射撃が、福音の射線を逸らすように割り込んだ。

 青い閃光が空を裂き、福音の攻撃が逸れる。

 白式のすぐ横を、灼熱の光が通り抜けた。

 

「……っ!」

 

 一夏は息を呑む。

 ほんの数メートルでもずれていれば、確実に落とされていた。

 通信越しに、セシリアの声が震えながら響く。

 

「一夏さん! 無事ですの!?」

「……助かったぜ……」

 

 震える声で返す一夏。

 だが、福音はまだ健在だ。

 そして──零落白夜は使えない。

 空中に、緊張が張り詰める。

 福音がゆっくりとこちらを向く。

 その無機質な瞳が、次の獲物を選ぶように光った。

 福音の砲口が再びこちらへ向けられる。

 白式も、紅椿も損傷が蓄積している。

 セシリアの援護がなければ、一夏はすでに撃墜されていた。

 銀色の機体がゆっくりと旋回し、次の標的を選ぶように動く。

 その無機質な視線が、一夏へと向けられた。

 

「……くそ……!」

 

 一夏は必死に白式を動かそうとする。

 だが、白式は先ほどまでの軽やかさが嘘のように、ゆっくりとしか動かない。

 その時。

 空気を裂くような鋭い音が響いた。

 

「一夏、下がれ!」

 

 黒い影が高速で割り込み、福音の射線に立つ。

 

「ラウラ……!」

「遅れてすまない。だが、セシリアを先行させたのは正しかったようだな」

 

 ラウラの声は冷静で、しかし怒りを押し殺したような鋭さがあった。

 福音がラウラへ砲口を向ける。

 だが、ラウラは一歩も引かない。

 

「ここで落とす……!」

 

 レールカノンが展開され、大口径の砲弾が福音へ向けて放たれる。

 福音はそれを回避しながら距離を取るが、ラウラの追撃は止まらない。

 その隙に、セシリアが一夏の元へ駆け寄る。

 

「一夏さん、白式の状態は!?」

「エネルギーが切れた……零落白夜を使った瞬間、急に……」

「そんなはずありませんわ! いくら消耗していたとはいえ、そんなすぐにエネルギーが無くなるなど──」

 

 セシリアは白式のデータを確認する。

 その表情が、みるみる青ざめていった。

 

「……これは……」

「セシリア?」

「……おかしいですわ。エネルギー残量の表示が……偽装されています」

「偽装……?」

「はい。実際にはエネルギーが減っているのに、まだあるかの様に表示されるように書き換えられていた……?」

 

 一夏の背筋に冷たいものが走る。

 

「誰が……こんなことを……!」

 

 セシリアは唇を噛み、悔しげに言った。

 一夏の胸に、怒りとも困惑ともつかない感情が渦巻く。

 福音の能力で、白式の計器を偽装し、零落白夜を不発に追い込んだのか?

 

──否、事前のデータにはそんな能力はなかった。

 

 となると誰が。

 

(束さんが? いやでも、そんなことをして何の意味が──)

 

 と、一夏の思考を切り裂くように、轟音が響いた。

 ラウラのレーゲンが福音の攻撃を受け、火花を散らす。

 福音はラウラを脅威と判断したのか、攻撃の密度を一気に上げてきた。

 

「ラウラ、無理するな!」

「問題ない! というか、お前は下がっていろ一夏!」

 

 ラウラは光弾を回避しながら、福音の動きを読み切っていた。

 その動きは、戦場で鍛えられた軍人そのもの。

 だが──福音はそれ以上の速度で迫る。

 

「くっ……!」

 

 レーゲンのシールドが削られ、警告音が鳴り響く。

 ラウラは歯を食いしばりながら叫んだ。

 

「作戦は失敗だ! 撤退する!」

「……っ!」

 

 福音の砲撃が空を裂き、レーゲンのシールドを削り取る。

 ラウラは機体を無理やり捻って回避するが、その動きには焦りが滲んでいた。

 

「この……っ!」

 

 ラウラも対抗するようにワイヤーブレードを展開し、福音へ向けて放つ。

 だが、福音はそれを嘲笑うかのように軽々と回避し、逆にラウラへと迫ってきた。

 その速度は、まるで死神が背後に立ったかのような圧迫感を伴っていた。

 

「ラウラ、下がれ! 無理だ!」

「まだだ!」

 

 だが、ラウラの言葉とは裏腹に、レーゲンのシールド残量は確実に限界に近づいていた。

 福音の砲口がラウラへ向けられる。

 

「……っ!」

 

 ラウラは覚悟を決め、レーゲンを前に出す。

 その瞬間──

 

「ラウラさん、下がってくださいまし!」

 

 青い光が割り込み、福音の射線を逸らした。

 セシリアのブルー・ティアーズだ。

 

「援護しますわ!」

「助かる……!」

 

 ラウラは息を吐き、レーゲンを後退させる。

 だが、福音は二人を同時に追い詰めるように軌道を変えた。

 

「ラウラ、セシリア! 一度下がれ!」

 

 一夏の声が届く。

 それと同時に千冬の声が割り込んだ。

 

『ボーデヴィッヒ、オルコット。撤退だ。織斑と篠ノ之の援護に徹しろ』

「しかし──!」

 

 ラウラは悔しげに唇を噛む。

 この状態で下がれば、一夏が狙われる。

 だからこそ、ラウラは福音を引き離すべく立ち回っていた。

 

『命令だ!』

 

 千冬の声は鋭く、戦場の空気を切り裂く。

 ラウラは拳を握りしめ、怒りと悔しさを押し殺す。

 

「セシリア、下がるぞ!」

「はい!」

 

 二人は後退しながらの射撃に切り替える。

 だが──福音は動きが変わった事を見逃さなかった。

 銀色の機体が急加速し、青い機体を目指す。

 その砲口が、セシリアへ向けられた。

 

「っ……!」

 

 セシリアは回避しようとするが、福音が速すぎた。

 光弾が放たれ、ブルー・ティアーズのシールドが一気に削られる。

 

『シールドエネルギー残量──21%』

「くっ……!」

 

 セシリアの呼吸が乱れる。

 福音は容赦なく追撃を仕掛け、セシリアの逃げ道を完全に塞いだ。

 

「まずい……!」

 

 ラウラが援護しようとするが、福音の牽制射撃がそれを阻む。

 

「セシリア!!」

 

 箒が叫ぶが、距離が遠い。

 福音の砲口が、セシリアの胸部へと向けられる。

 

──撃たれる。

 

 セシリア自身も、それを悟った。

 

「……っ!」

 

 覚悟を決め、目を閉じかけたその瞬間。

 

「セシリアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 一夏の叫びが空を震わせた。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)──白式が悲鳴を上げるほどの無理な加速。

 エネルギーはほとんどない。

 機体は損傷している。

 

 それでも──

 

 一夏の意思が、白式を無理やり動かした。

 白式が白い残光を引きながら、セシリアへ向けて飛び出す。

 

「一夏さん……!?」

 

 セシリアの瞳が見開かれる。

 福音の砲撃が放たれ、その光がセシリアを貫こうとした瞬間──

 

「間に合えぇぇぇぇ!!」

 

 白式がセシリアの前に割り込み、刀を横薙ぎに振る。

 光弾が刀身に弾かれ、空へ逸れた。

 爆風が二人を包み、海面が大きく波打つ。

 

「っ……!」

 

 衝撃で一夏の身体が軋む。

 白式の警告音が鳴り響く。

 

『機体負荷──限界値超過』

『推力制御──不安定』

『操縦者生命維持──危険域』

 

「そんなの……知るかよ……!」

 

 一夏は歯を食いしばり、セシリアを抱えるようにして後退する。

 

「一夏さん……その状態で何を!?」

 

 セシリアの頬が震え、涙が滲む。

 だが、喜んでいる暇はない。

 福音の無機質な光が、今度はラウラへ向けられる。

 その瞬間、箒が紅椿を光の尾を引きながら割り込ませた。

 

「ラウラ!」

 

 紅椿の展開装甲が広がり、光弾を受け流す。

 装甲が軋み、火花が散る。

 

「箒、無理をするな!」

「無理をしなければ、誰かが落ちる!」

 

 箒の声は震えていない。

 むしろ、昂揚した戦意が、彼女を前へ前へと押し出していた。

 その姿勢は頼もしい反面、危うさも孕んでいる。

 福音は二人の連携を見抜いたかのように、攻撃の角度を変えた。

 光弾が海面を抉り、爆風が二人を襲う。

 

「くっ……!」

 

 箒の身体が揺れ、紅椿のシールドが大きく削られる。 

 

『シールドエネルギー残量──19%』

 

 福音は止まらない。

 まるで獲物を追い詰める捕食者のように、二人へ迫る。

 その時、千冬の声が通信に割り込んだ。

 

『ボーデヴィッヒ。撤退しろ。海域を封鎖している訓練機の一部と、凰とデュノアも支援に向かわせている』

「しかし、まだ一夏達が!」

 

 ラウラの声には焦りと怒りが混じっていた。

 

『──出撃前に言った可能性に賭けるしかあるまい。織斑が殿(しんがり)だ』

 

 ラウラは悔しげに唇を噛む。

 

「……了解しました。──箒、下がるぞ!」

「……ああ!」

 

 箒は返事をしたものの、その声には明らかな葛藤があった。

 撤退という選択を拒んでいる。

 それでも、千冬の命令は絶対だ。

 二人は同時に後退を開始する。

 だが──福音はそれを許さなかった。

 銀色の機体が急加速し、二人の退路を塞ぐように回り込む。

 

「まずい……!」

 

 福音の砲口が、箒へ向けられる。

 

「っ……!」

 

 箒は紅椿を無理やり加速させ、光弾を回避する。

 だが、避け切れなかった光弾が命中し、装甲片が空へ散った。

 

『装甲──損傷率62%』

 

 福音が距離を詰め、紅椿の胸部へ砲口を向ける。

 

「箒!」

 

 ラウラが叫ぶが、間に合わない。

 福音の砲口が光を帯びる。

 

「やらせん!」

 

 ラウラが横から突っ込み、箒を弾き飛ばすようにして庇った。

 次の瞬間、福音の砲撃がレーゲンを貫いた。

 

「ぐっ……!」

 

 ラウラの身体が大きく揺れ、機体がスパークを散らす。

 

『シールドエネルギー残量──5%』

「ラウラ!」

「問題……ない……! 箒、お前も下がれ……!」

 

 ラウラは必死に姿勢を立て直し、レーゲンを後退させる。

 だが、福音は追撃を止めない。

 

「ラウラ、箒! こっちだ!」

 

 一夏が白式を動かし、二人の退路を作るように割り込む。

 白式の刀が福音の攻撃を弾き、爆風が空を裂く。

 

「一夏……! なぜ戻ってきた!?」

「うるせえ! 今は撤退が最優先なんだろ!」

 

 ラウラと箒は互いに頷き、後退を続ける。

 セシリアもブルー・ティアーズを引きずるようにして後退させるのが一夏の目に映った。

 福音は追撃しようとするが──

 

「させるかよ……!」

 

 一夏が白式を前に出し、福音の進路を塞ぐ。

 

「行け!」

「一夏さん! あなたも一緒に!」

「どのみち、誰かが残らねえと逃げきれねえだろ!」

 

 一夏の叫びが空に響く。

 福音は追おうとするが──白式がその前に立ちはだかる。

 白式のエネルギーは残りわずか。

 それでも、一夏は退かない。

 仲間を逃がすために。

 

「ラウラ! お前ならわかってるだろ!? 俺が残るのが一番マシな選択ってのは!」

 

 ラウラは息を呑む。

 出撃前に千冬と交わした会話が脳裏をよぎる。

 束が首謀者だとしたら──一夏や箒は死にはしない。

 だが、ラウラやセシリアなら容赦をしない。

 それならば、生き残る可能性が高いのは一夏と箒を残すこと。

 だが──

 

(──撤退戦で、ここまでかかり気味の箒は残す事はできん……!)

 

 ラウラは奥歯を噛みしめる。

 手札は薄く、勝機は乏しい。

 全員でまとまって撤退することも困難だと理性が告げる。

 数瞬の迷いの後、ラウラは決断を下す。

 

「……箒、セシリア。一夏を残し撤退する」

「ふざけるな! 一夏を残して撤退するなど──」

 

 激高した箒が言い切る前に、ラウラが紅椿を掴んで引き寄せる。

 

「一夏の為に(いか)っているのなら、大人しく命令を聞け。それが一夏の為になる。──だが、そうでないなら、勝手に突っ込んで死ねばいい」

 

 文字通り突き放すように言うと、箒は力を失ったかのようにうなだれ、退がっていく。

 

「一夏! 無理はするな! 私たちが安全圏に下がったらお前も撤退しろ」

 

 ラウラは言い切ると、一夏が返事をするよりも早く踵を返す。

 自分たちがこの場に長くいればいるほど、一夏の生還率が下がるのがわかっている。

 ラウラ、箒、そしてセシリアの姿が小さくなっていく。

 一夏はその背中を見送りながら、雪片を構えた。

 白式のエネルギーは残りわずか。

 機体は損傷し、警告音が断続的に鳴り続けている。

 それでも──退く気はなかった。

 胸の中で、守るべきものの輪郭がはっきりしている。

 

「来いよ……福音」

 

 白式が微かに光り、一夏の覚悟に応えるように震えた。

 福音は、まるで邪魔者が消えたとでも言うように、静かに一夏へ向き直る。

 銀色の機体が、ゆっくりと距離を詰めてきた。

 その動きには焦りも迷いもない。

 ただ──殺すためだけに最適化された、冷たい機械の動き。

 福音の背部ユニットが展開し、光点が生まれる。

 今度は完全に一夏だけを狙っている。

 

「っ……!」

 

 一夏は白式を無理やり加速させ、光弾の雨をかいくぐる。

 だが、機体の反応が遅い。

 損傷とエネルギー不足が、白式の動きを鈍らせていた。

 光弾が肩部装甲をかすめ、火花が散る。

 

『損傷率──72%』

「まだだ……!」

 

 一夏は歯を食いしばり、白式を旋回させる。

 福音の背後へ回り込み、刀を振り下ろす──

 だが、福音はそれを読んでいた。

 銀色の腕が振るわれ、白式の刀を弾き飛ばす。

 

「くっ……!」

 

 衝撃で一夏の身体が揺れ、視界が一瞬白く染まる。

 福音は間髪入れずに追撃を仕掛けた。

 砲口が白式の胸部へ向けられる。

 

「──っ!」

 

 一夏は咄嗟に機体を捻り、直撃を避ける。

 だが、光弾が白式の脚部を貫いた。

 

『左脚部──機能停止』

「ぐっ……!」

 

 白式がバランスを崩し、空中で大きく揺れる。

 その隙を福音は逃さない。

 まるで処刑のように、ゆっくりと距離を詰めてきた。

 

(まだ……まだ俺はセシリアに……!)

 

 だが、白式はもう限界だった。

 エネルギー残量は一桁。

 推力は不安定。

 警告音が途切れなく鳴り続ける。

 福音の砲口が、一夏の胸部へ向けられる。

 その光が収束し──

 

「……っ!」

 

 一夏が覚悟を決めたその瞬間、福音の砲撃が放たれた。

 白式の胸部装甲が砕け、爆風が一夏の身体を吹き飛ばす。

 

「があああああああああっ!!」

 

 白式は制御を失い、海面へと落下していく。

 視界が回転し、空と海がぐちゃぐちゃに混ざる。

 白式の警告音が遠くで鳴り続ける。

 

『生命維持──危険域』

『機体制御──不能』

『墜落──不可避』

「……くそ……俺は……セシリア……」

 

 白式が、ゆっくりと海中に沈んでいく。

 水圧が機体を軋ませ、視界が暗く染まる。

 福音は白式が沈むのを満足そうに見た後、次の獲物を探すかのように身を翻し飛び去り、海面には、白式が沈んだ跡だけが残された。

 

 




密漁船「俺の出番はないんですか?」
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