ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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涙のあとに残るもの

 星が光る暗闇の中、ラウラを抱え飛ぶ一夏が気まずそうにつぶやく。

 

「あー……カッコつけて帰ろうとか言ってアレなんだが、エネルギーが無くなっちまって……」

「しまらないわねー、アンタは」

 

 やれやれと言わんばかりに肩をすくめた鈴が、ラウラを引き受ける。

 そういえば、と鈴が一夏の身体をじっと見る。

 

「つーかアンタ、身体は大丈夫なの?」

「あー……元々外傷はほとんどなかったしな」

 

 ふーんとあまり納得していない様子の鈴は、今度は白式全体を見る。

 

(第二形態移行(セカンド・シフト)をした……ってワケじゃなさそうね)

 

 一夏が纏う白式は、これまで何度も見てきた姿そのものだ。

 だが、そうなると先ほどまでの鬼神の如く戦っていたのは今までの白式そのものだというのだろうか。

 と、普段なら進んで声をかけに来るセシリアが黙ったままだと鈴が気付く。

 セシリアは、まるで何かを言いかけて飲み込んだように、ただ一夏の背中を見つめていた。

 その沈黙に気付いた鈴が、眉をひそめる。

 

「……セシリア? どうしたのよ。さっきから静かじゃない」

 

 呼びかけられたセシリアは、はっとしたように瞬きをし、しかしすぐに視線を逸らした。

 

「い、いえ……その……。一夏さんのあれ(・・)は、本当に……」

あれ(・・)って?」

 

 鈴が問い返すと、セシリアは言葉を選ぶように口を開く。

 

「先ほどの戦い方……まるで、白式が別物(・・)になったみたいでしたわ。でも、外見は変わっていません。……つまり、第二形態移行(セカンド・シフト)をした訳でもない……。なのに、あの出力と反応速度……どう考えても、今までの白式では説明がつきませんわ」

 

 一夏は頭をかきながら、気まずそうに笑う。

 

「あー……まあ、なんつーか……俺にもよく分かってねえんだよな。気付いたら身体が勝手に動いてて……」

「勝手に、って……一夏さあ」

 

 シャルロットが呆れたように言うが、その表情にはわずかな不安が混じっていた。

 ラウラを抱え直した鈴の横で、セシリアは小さく息を呑む。

 その沈黙が、妙な緊張を生む。

 

――白式が暴走したのか。

――それとも、一夏自身に何かが起きているのか。

 

 誰も口には出さないが、全員が同じ疑問を抱いていた。

 そんな空気を破ったのは、ラウラのかすれた声だった。

 

「……一夏。お前……あの時、誰か(・・)に呼ばれたような感覚はなかったか?」

「……呼ばれた、って……どういう意味だよ、ラウラ」

「私があの状態になった原因はおそらくそれだ」

 

 問い返す一夏の声は、どこか自分でも気付かない不安を含んでいた。

 ラウラは鈴に支えられながら、ゆっくりと顔を上げる。

 

「おそらく、VTシステム……ヴァルキリー・トレース・システムが載せられていた。発動条件は操縦者の精神状態、機体状態……あとは、操縦者の願望のあたりか、それによって発動するようになっていたと思う」

「それが白式にも乗せられていたとお考えで?」

 

 セシリアが問いかけると、ラウラが頷く。

 だが、言っているラウラもそしてセシリアをはじめとするここにいる全員がそれはない、と思っていた。

 

「だが、ラウラは千冬さんそのものに、暮桜を纏った姿になっていたが、一夏はそうではない」

 

 箒の言葉を引き継ぐように、シャルロットも言葉を重ねる。

 

「それに、一夏は意思疎通できてたしね。ラウラは何度呼び掛けてもだんまりだったけど」

 

 VTシステムによって、ラウラのISは作り替えられ、かつ意思疎通もできないほどだった。

 だが、一夏は違う。

 白式の姿は変わっていないし、確実にそこに意思があった。

 

「となると、第二形態移行(セカンド・シフト)しか考えられませんが……」

「だとすると見た目が変わらなさすぎなのよね」

 

 そう。

 福音がそうであったように、第二形態移行(セカンド・シフト)をしたのであれば見た目は少なからず変わる。

 だが、白式の姿は何も変わっていない。

 

「今までの一夏さんの戦い方を発展させたと考えるのが妥当なんでしょうけど……」

 

 入学当初の初戦となった対セシリア戦。

 そして、クラス対抗戦での乱入者と戦った時の動き。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に機体を動かすといった無茶な動きを繰り返していた一夏の事を理解し、そこに合わせて進化した、と言う意味では第二形態移行(セカンド・シフト)の特徴と言っても違和感はない。

 

(それに……)

 

 セシリアは他にも気になっていた事がある。

 タッグマッチトーナメントで二度、一夏は突然動きが良くなる瞬間があった。

 あの時は、こちらの問いかけに反応している様子はなかったし、本人も良く覚えていなかったという。

 だが、今日、ラウラと対峙した時に一夏はその状態に入った筈だ。

 けれど、今回は意思の疎通も出来ていた。

 

(何もなければいいですけど……)

 

 勝利した凱旋の帰還のはずなのに、セシリアの胸の内には言い知れぬ不安が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 帰投後、ラウラはすぐに医務室へ運ばれた。

 担架に横たわる彼女の視界には、天井の白い蛍光灯がゆっくりと流れていく。

 その光はどこか滲んで見えた。痛みのせいか、疲労のせいか、それとも胸の奥に渦巻く別の感情のせいなのか、自分でも判然としない。

 VTシステムの反動は、想像以上に深刻だった。

 全身の筋肉が強制的に引き絞られたような感覚が残り、指先ひとつ動かすだけでも、まるで重りを持ち上げるような負荷がかかる。

 戦闘中、システムが暴走した瞬間の記憶が、断片的に脳裏をよぎる。

 視界が赤く染まり、身体が自分の意思とは無関係に動き、ただ破壊だけを求めるような感覚――。

 その記憶に触れた瞬間、ラウラの胸が強く締め付けられた。

 医務室に入ると、消毒液の匂いが鼻を刺した。

 白いシーツ、整然と並ぶ器具、規則正しく点滅するモニター。

 どれもが、戦いの余韻を否応なく思い出させる。

 医療スタッフは手際よく彼女の身体を診察し、筋肉の損傷や神経の反応を確認していく。

 ラウラはその間、ただ天井を見つめていた。

 自分の身体が自分のものではないような、奇妙な感覚。

 やがてスタッフが離れ、静けさが戻る。

 

「……私は……」

 

 白いシーツの上で、ラウラは震える拳を握りしめる。

 その指先には、悔しさと恐怖と、どうしようもない自己嫌悪が絡みついていた。

 

「皆を傷つけ……一夏まで……」

 

 声はかすれ、喉の奥で途切れそうだった。

 胸の奥に沈んだ罪悪感が、呼吸をするたびに鋭く突き上げてくる。

 自分が制御できなかった弱さ。憧れに縋った未熟さ。

 それらが一気に押し寄せ、彼女の心を締め付けていた。

 

「違う」

 

 その思考を断ち切るように、一夏の声が落ちてきた。

 ベッドの横に立つ彼は、迷いのない瞳でラウラを見つめていた。

 

「ラウラのせいじゃない。あれは……システムが勝手に暴走しただけだ」

 

 その言葉は優しく、しかし強い芯があった。

 ラウラの胸に、ほんの少しだけ温かいものが灯る。

 だが、それでも罪悪感は消えない。

 

「だが……!」

 

 ラウラの声が震える。

 自分が振るった力が、仲間を傷つけたという事実は変わらない。

 その重さが、彼女の心を押し潰そうとしていた。

 一夏はその表情を見て、言葉を探すように一瞬だけ視線を落とした。

 だがすぐに顔を上げ、まっすぐにラウラを見つめる。

 

「俺は無事だよ。ほら、こうして立ってる」

 

 その言葉は、慰めではなく事実としての強さを持っていた。

 ラウラは唇を噛む。

 自分が傷つけようとした相手が、こんなにも優しい言葉をかけてくれることが、逆に胸を締め付けた。

 そのとき、医務室の扉が勢いよく開いた。

 

「医務室で騒ぐな馬鹿者」

 

 低く鋭い声。

 千冬だった。

 彼女が一歩踏み込むだけで、空気が張り詰める。

 ラウラは反射的に背筋を伸ばした。

 軍人としての習性が、身体の奥から勝手に反応する。

 

「教官……」

 

 その名を呼ぶ声は、どこか怯えにも似ていた。

 だが千冬は、ラウラの顔を一瞥すると、小さく息を吐いた。

 その表情には叱責だけでなく、痛ましさのようなものが滲んでいた。

 

「……ボーデヴィッヒ。お前は私にはなれない」

 

 その言葉は、刃のように鋭く、しかし同時に温かさを含んでいた。

 ラウラの胸に突き刺さり、そしてゆっくりと溶けていく。

 ラウラは息を呑む。

 その一言は、彼女がずっと心の奥で抱えていた答え(・・)に触れていた。

 千冬はゆっくりと歩み寄り、ラウラのベッドの横に立つ。

 

「だが──お前は、お前のままで強くなれる」

 

 千冬の声は静かだったが、揺るぎない確信があった。

 その言葉に、ラウラの瞳が揺れる。

 否定でも反発でもなく、救われたいという小さな願いのような揺れだった。

 

「……私は……」

 

 言葉が続かない。

 胸の奥に溜め込んでいた感情が、喉の奥で絡まり、声にならなかった。

 

「お前が私になろうとしたから、システムは暴走した。だがそれは、弱さではない。憧れを持つことは、誰にでもある」

 

 千冬は言いながら、一夏へ視線を向ける。

 

「一夏もそうだ。だがこいつは、私になろうとはしなかった。自分の強さ(・・・・・)を探した」

 

 一夏は照れくさそうに頬を掻く。

 その仕草が、ラウラの胸の奥に少しだけ温かいものを灯した。

 自分にはない、柔らかい強さ。

 それを持つ彼が、羨ましくもあり、眩しくもあった。

 

「ラウラ。お前も、自分の強さを見つけろ……大丈夫だ、お前もかつて変われた。そして、強さの形は一つなんかじゃないとお前は知っているはずだ」

 

 千冬の言葉は、ラウラの心にそっと触れた。

 張り詰めていたものがほどけ、胸の奥に溜め込んでいた感情が一気に溢れ出す。

 

「一夏には一夏の強さがあるように、お前にはお前の強さがある」

 

 視界が滲む。

 涙が頬を伝い、シーツに落ちた。

 

「……はい、教官……」

 

 ラウラは涙をこぼしながら、しかし確かに頷いた。

 その涙は悔しさだけではなく、救われた安堵と、これからの自分を信じたいという小さな決意の涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 千冬と一夏が医務室を出ていったあと、静寂が戻った。

 機械の規則的な電子音だけが、ラウラの呼吸と重なるように響いている。

 涙の跡が頬に残ったまま、ラウラは天井を見つめていた。

 胸の奥に渦巻いていた重苦しい感情は、さっきよりも少しだけ軽くなっている。

 だが、代わりにぽっかりと空いた穴のような感覚があった。

 

――私は、何を目指していたのだろう。

 

 千冬の言葉が、何度も頭の中で反芻される。

 

──お前は私にはなれない

──お前は、お前のままで強くなれる

 

 その言葉は、ラウラの胸に深く刻まれていた。

 憧れ、追いかけ、そして追いつけなかった理想(・・)

 それを目指すことが間違いだとは思わない。

 だが、そこに囚われすぎていたのだと、今ならわかる。

 ラウラはゆっくりと目を閉じた。

 瞼の裏に浮かぶのは、戦闘中の赤い視界。

 自分の意思とは無関係に動く身体。

 

 そして──皆の驚く顔。

 

 胸が痛む。

 だが、その痛みはさっきまでのような自己嫌悪ではなく、もっと静かで、もっと深い、後悔と決意の混じった痛みだった。

 そのとき、医務室の襖がゆっくりと開く。

 

「……ラウラ?」

 

 窺う様な柔らかい声。

 シャルロットだった。

 

「シャルロットか……」

 

 ラウラは上体を起こそうとしたが、すぐに痛みが走り、顔をしかめた。

 

「無理しないで、まだ動いちゃだめだよ」

 

 シャルは慌てて駆け寄り、ラウラの肩を支えた。

 その手は温かく、優しかった。

 

「……私は……皆に迷惑を……」

「そんなことないよ」

 

 シャルは即座に否定した。

 その瞳には、怒りでも呆れでもなく、ただ心配が滲んでいた。

 

「暴走したのはシステムでしょ? ラウラのせいじゃない。それに……そのおかげで福音は落とせたし」

 

 ラウラは言葉を失った。

 シャルロットの優しさが、胸に染み込んでいく。

 

「……私は、弱いな」

「弱くなんかないよ」

 

 シャルロットは首を振る。

 

「強くなろうとして、もがいて、傷ついて……それでも前に進もうとしてる。そんな人を、弱いなんて言わない」

 

 その言葉は、千冬の言葉とは違う温かさを持っていた。

 厳しさではなく、寄り添うような優しさ。

 ラウラは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 

「……私は、どうすれば……」

 

 自分の声が震えているのがわかった。

 シャルは少しだけ考えるように視線を落とし、そして微笑んだ。

 

「まずは、休むこと。それから……自分自身を知ることじゃないかな」

「私自身……?」

 

 僕が言うなって話なんだけど、とシャルロットは口を開く。

 

「うん。僕はずっと偽りの自分になろうとしてた。でも、皆が僕が僕としてここにいさせてくれるようにしてくれた。だったら、自分が何を好きで、何を嫌いで、何を大切にしたいのか……そういうのを、少しずつ見つけていけばいいと思う」

 

 ラウラは目を見開いた。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 自分は兵士で、戦うために生まれ、戦うために育てられた。

 そして、千冬に出会い救われてからは、千冬の為に、そして一夏の為に鍛錬を重ねた。

 自分(・・)というものを考えたことなどなかった。

 

「……私は……何を……」

「それを探すんだよ。ゆっくりでいいから」

 

 シャルロットは優しく微笑んだ。

 そのとき、医務室の外から足音が聞こえた。

 軽快で、どこか落ち着きのないリズム。

 

「ラウラ、大丈夫か!?」

 

 勢いよく襖が開き、箒が顔を覗かせた。

 

「ちょっと箒! もう少し静かに……!」

 

 後ろから鈴も慌ててついてくる。

 

「そういう鈴さんも、声が大きいですわ」

 

 セシリアも二人に続いて部屋に入ってくる。

 ラウラは呆気に取られた。

 自分のために、こんなにも多くの人が駆けつけてくれるなど、想像したこともなかった。

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 

「……私は……一人では……ないのだな……」

 

 思わず漏れた呟きに、シャルロットが微笑む。

 

「当たり前だよ。あなたはもう、仲間なんだから」

 

 その言葉は、ラウラの心に深く染み渡った。

 今まで感じたことのない温かさが、胸の奥に広がっていく。

 

 ――私は、変われるのだろうか。

 

 一夏の言葉、千冬の言葉、シャルロットの言葉。

 それらが胸の中で混ざり合い、ゆっくりと形を成していく。

 ラウラは静かに目を閉じた。

 自分の強さ。

 自分の在り方。

 自分の未来。

 それらを探す旅は、まだ始まったばかりだ。

 

 だが――

 

 今なら、ほんの少しだけ前を向ける気がした。




下手にVTシステムなんて絡めたから後処理がややこしすぎる…2巻と3巻を同時にやってるもんだぞ…(自業自得)

次は束のお話、その次に終わりって感じでまとめます…(出来るとは言ってない)
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