ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
雑務を終えた――いや、正確にはまだ対処しなければならない事はある。それでも千冬は、旅館を出て夜気の中へと歩き出していた。
夏の夜は、昼間の熱が嘘のように、どこか湿り気を帯びている。
遠くで虫の声が細く響き、舗道に落ちる街灯の光は頼りなく揺れていた。
その光に照らされて伸びる自分の影が、やけに細く、長い。まるで心の奥にある不安や苛立ちが形になったようで、千冬はふと足を止めた。
頬を撫でる風は生ぬるく、しかしどこかざわついている。
千冬は、夜の静寂に向けて呼びかける。
「……束。いるんだろう」
呼びかけた声は、思った以上に低く、硬かった。
声を出した千冬自身が驚くほどに。
「やっほー、ちーちゃん。そんな怖い声出して、怒ってる?」
空気が水面のように揺らぎ、影の縁から束が滲み出るように姿を現した。
その笑顔は無邪気そのものだが、底に潜む光は冷たく計算高い。
「束……今回ばかりはやり過ぎだ」
怒りを抑えようとするほど、声は震えた。
束の行動は理解を超えている。
いや──理解したくないのかもしれない。
「えー? でもしょうがないよ。これはちょっとした
影。
その言葉が千冬の胸に刺さる。
千冬は、自分が一夏の足枷になっているという事実を、誰よりも自覚していた。
だからこそ、束の言葉は痛い。
「だってさぁ、ちーちゃんのデータを相手に本気で戦って、それを
千冬の胸の奥で、怒りが静かに膨れ上がる。
束はその気配を楽しむように、唇を弧にした。
「だから、ドイツの出来損ないちゃんにVTシステムを仕込んでおいたの。だって
「束! お前はどうしてそこまで!」
千冬は反射的に束の胸倉を掴んでいた。
布が擦れる音が夜気にやけに大きく響く。
だが束は、掴まれていることすら気にしない。むしろ楽しげに肩を揺らした。
「あ、もちろんが死なないようには調整はしたよ? 束さんだってそこまで鬼じゃないし。ただ──ちーちゃんの影を超えるには、ちーちゃんそのものを倒すしかないでしょ?」
千冬の拳が震える。
怒りか、悔しさか、それとも別の感情か。
自分でも判別できないほど、胸の内は荒れていた。
「だから、ちーちゃんのデータをトレースさせたの。いっくんが
束はウインクし、千冬の怒りを煽るように笑う。
「結果は大成功。いっくんはちゃんとちーちゃんを超えたよ? よかったね、ちーちゃん」
「……束。お前は……!」
千冬の声は低く、深く沈んでいた。
怒りを押し殺すその声音に、夜の空気が震える。
だが束は、ひらひらと手を振るだけだった。
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ。──それに、クラス対抗戦の時も大変だったんだよ?」
束はくすくすと笑い、思い出すように目を細める。
「いっくん、せっかくの零落白夜を全然使おうとしないんだもん。あれ、束さんとしてはすっごく不満だったんだよ?」
千冬のこめかみがピクリと動く。
「……やはりあの時もお前の仕業か」
「仕業だなんて人聞きの悪い。私はただ、
束の声は軽い。
だがその軽さが、千冬の怒りをさらに刺激した。
束は指を立て、くるくると回しながら言う。
「だからね、今回も同じ。出来損ないちゃんにVTシステムを仕込んだのは──いっくんが
千冬の拳が、さらに強く震えた。
「……束。お前は、子どもたちを何だと思っている」
「素材?」
即答。
迷いも、罪悪感も、何もない。
千冬の胸の奥で、怒りが一気に膨れ上がる。
「っ……!」
束の胸倉を掴む手がギリギリと強く握られていた。
だが束は、まるでそれすら予定調和であるかのように微笑む。
「もちろん、死なないように調整はしてるよ。束さんも、そこまで鬼じゃないし。ただね──ちーちゃんを超えるって、そういうことなんだよ」
千冬の拳が震える。
怒りだけではない。
束の言葉の奥にある真実が、千冬の心を揺らしていた。
──自分は、一夏にとって重荷なのか。
──自分は、一夏を苦しめているのか。
その問いが、胸の奥で疼く。
「勝手な理屈を……!」
「勝手じゃないよ。いっくんはね、ちーちゃんの影が濃すぎて、自分の力を出し切れないの。だから私は、ちょっと背中を押してあげただけ」
背中を押す。
束の言うそれは、千冬の知る優しさとは違う。
突き落とすような、冷徹な愛情だ。──否、愛情と言えるかも怪しい。
「背中を押す……だと? 雪片を零落白夜を得て一夏がどれだけ苦しんだと思う!?」
一夏の苦悩に歪んだ表情が千冬の脳裏に浮かぶ。
あれほど苦しめておきながら、束は一夏の為だという。
「そうそう。アレは良かったよねぇ。いっくん、すっごく揺れてた。ああいうのが大事なんだよ?」
束の声は楽しげだ。
千冬の怒りは、もはや言葉にできないほど膨れ上がっていた。
「……束。お前は一夏を壊す気か」
「壊さないよ。むしろ
拒む。
その言葉に、千冬の心が一瞬だけ揺れた。
──自分は逃げているのか?
──一夏と向き合うことから。
「ちーちゃん、いっくんに
千冬は言葉を返せない。
束の無邪気な残酷さが胸に突き刺さる。
「……黙れ」
「図星……でしょ?」
束の笑みは、千冬の反応を楽しむ子どものようだ。
だがその裏には、鋭い観察者の目が潜んでいる。
「束……これ以上、勝手な真似をすれば──」
「──すれば?」
束は首を傾げ、無邪気な笑みを浮かべる。
その笑みが、千冬の怒りをさらに煽る。
「ちーちゃんが私を止めるの? でも無理でしょ。だって──ちーちゃん、私と遊べなくなったんでしょ?」
「っ!」
「だから私は、
束はひらりと手を振り、影に溶けるように姿を消した。
残された千冬は、夜空を見上げる。
胸の奥に残ったのは、怒りだけではない。
束の言葉が突きつけた自分の弱さが、静かに疼いていた。
「……あいつは……本当に……」
その声は、怒りとも、悔しさとも、哀しさともつかない。
夏の夜風が、千冬の揺れる心をそっと撫でていった。
☆☆☆
薄暗い研究室。
壁一面に浮かぶホログラムが、青白い光で束の横顔を照らしていた。
その光は冷たく、無機質で、まるで彼女の心の奥底を象徴しているかのようだった。
ラウラの戦闘データ、一夏の反応速度、白式の限界値──
膨大な情報が高速で流れ続ける。
束はそのすべてを、まるで呼吸をするように自然に処理していた。
だが、彼女の意識はデータそのものよりも、データの向こう側にいる少年へと向けられている。
椅子を回しながら、束は足をぶらぶらと揺らす。
その仕草は幼い。
しかし、その胸の内に渦巻く感情は、幼さとは程遠いところにあった。
「ふふ……やっぱりいっくんは面白いなぁ」
小さく呟いた声には、期待と興奮が混ざっていた。
束の視線はホログラムの一点に吸い寄せられる。
「ちーちゃんの影を越えたと思ったら、今度は──」
彼女は唇を吊り上げ、指先でホログラムを軽く弾く。
「──
同じことなのにね、と束は嘯く。
束はその変化を眺めながら、まるでお気に入りの玩具を分解して遊ぶ子どものように目を輝かせる。
光の粒が散り、また新たなデータが流れ始めた。
「この戦いでもっと白式は変わると思ったんだけど……」
束は頬に指を当て、わざとらしく考えるふりをする。
だが、その瞳は冷静に、残酷なまでに分析を続けていた。
「まあ、これはこれで面白そうだしいっか」
軽い口調。
しかし、その裏には次の一手をすでに描き終えた者の余裕があった。
束の瞳が怪しく光る。
その光は、好奇心と執着と、ほんの少しの狂気が混ざった色。
「でもねぇ……いっくん。あなたが本当に強くなるには、まだ
机の上のデータチップを指で弾く。
乾いた音が研究室に響き、束の思考が次の段階へと滑り出す。
刺激。
束にとってそれは、単なる戦闘データの話ではない。
一夏の心を揺らし、価値観を揺らし、
「ドイツの出来損ないちゃんは第一段階。次は……もっと強い子じゃないとねぇ」
束は椅子をくるりと回し、ホログラムを切り替える。
その動作は楽しげで、しかしどこか残酷だ。
「候補は何人かいるけど……いっくんが一番
映し出されたのは──
セシリア、鈴、シャルロット。
そして、織斑●●●のデータ。
束は画面に映る名前を順に指でなぞりながら、くすりと笑う。
「ふふっ……どの子にしようかな。いっくんが本気で泣いちゃうくらいの
その声音は甘く、しかし底冷えするほど冷たい。
まるで、相手の心を壊す方法を吟味しているかのようだ。
束は椅子を回転させ、天井を見上げる。
蛍光灯の白い光が瞳に映り、彼女の笑みをより不気味に照らし出す。
「さあ、次の準備をしなきゃ。いっくんの
その笑みは、天才の無邪気さと、災厄の予兆が混ざったものだった。
研究室の空気が、束の期待に呼応するように静かに震えていた。
いっくんの成長はまだまだこれからだ! 完!
と言う訳で束さんの思惑回でした。
本作は、原作の様な第三世代機を暴走させて箒ちゃんのデビュー戦を飾ろうぜ!
ではなく
ちーちゃんが遊んでくれなくなっちゃったなあ……せや!いっくんを強くすればええんや!
からの
え?いっくん零落白夜を使わないの!? じゃあ、クラス対抗戦で無人機乱入させて使えるようにしよ!
↓
あれ、でもなんか普段は使わないとか言い出してる……んーじゃあVTシステムを使って使わせるように仕向けてっと……ってドイツのこの銀髪少女使わなかったんだけど!?
↓
あー臨海実習で箒ちゃんに専用機渡すし、そこで福音を暴走させるか……
↓
そうはいっても簡単に勝たれたら試練にならないじゃん! あーもうとりあえずエネルギー残量偽装させちゃえ!
↓
いっくんは落ちちゃったけど、白式が復活させてくれるとして、試練はどうしよっかなー……あ、福音がドイツ娘を落として、VTシステムが起動したぞ!
↓
ちーちゃんの影を乗り越えたいっくん、また強くなれたね!
↓
さあ次はどうしようか…
って感じでした。