ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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どうでもいいことと、どうでもよくないこと

「一夏! 大丈夫か!?」

「ちふゆ、ねえ」

 

 セシリアが一夏を引っ張り、ピットに戻ると千冬が取り乱した様子で出迎える。

 今この場に、自分と真耶しか居なくて良かったとセシリアは心底感じた。

 彼女に心酔している学園の生徒がこの光景を見たら、卒倒する人も出てくるだろう。それぐらい、千冬は神格化されている。

 そんな彼女でも、唯一の肉親にはこんな顔をするのか、とセシリアは場違いな事を考えていた。

 

「ISの解除は出来るか?」

「あ、ああ。できる」

 

 時間がかかったものの、一夏は白式を解除する。

 最適化処理(フィッティング)は終了している為、白式はガントレットの形に収束した。普通、待機状態はアクセサリーの形をとることが多いのだが、一夏のは完全に防具と化していた。

 ISを解除した一夏は、そこで力を失ったかのように、グラリと身体が崩れるる。

 

「……と」

 

 倒れ込みそうになった一夏を千冬が優しく受け止める。

 そのまま、背負うようにして一夏を更衣室に連れて行く。

 セシリアもその後ろをついていこうとして、振り返った千冬に止められた。

 

「悪いが、お前はここまでだ。一夏の事が心配かもしれんが、私にまかせてくれ」

 

 どうして一夏がこうなってしまったかは気になるが、千冬にこう言われてしまえばセシリアとしては頷くほか無い。

 千冬に背負われている一夏は、これまで彼が見せることのない、どこか弱りきった顔をしていた。

 その表情を見てしまったセシリアは、気付かれないように二人の背中を追った。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 更衣室に足を踏み入れた千冬は、近くにあったベンチに一夏を座らせる。

 一夏は足と足との間に手を組み、頭を垂れる。

 

「ごめん千冬姉。もう大丈夫だから、戻って続きを──」

「駄目に決まってるだろう。馬鹿者が」

 

 後頭部に軽いチョップをお見舞いしつつ、千冬は一夏の隣に座った。

 どうやら、互いに先程よりは落ち着きを取り戻しているようだ。

 

「白式に、何があった。──いや、装備になにがあった?」

「雪片弐型。弐型ってなってるけど、間違いなく雪片だ。昔、千冬姉の使ってた刀だ」

「そうか」

 

 沈黙。

 静まり返った更衣室の中で、一夏は強く拳を握った。

 

「雪片の名前を見ただけで、どうしようもなく怖くなった。俺がコイツを使うと考えただけで、身がすくんだ」

「そうか」

 

 強く握った拳から血が流れる。

 それでも、一夏は握った拳を開かない。

 

「これは千冬姉の物だ。千冬姉だけが使っていい物だ。俺なんかが使っちゃ駄目なんだ……!」

 

 ──千冬姉の名誉を傷付けた俺が、どの面下げて使えばいいんだ……!

 

 そう絞り出した一夏の頭に、千冬が手を乗せた。

 彼の頭を撫でながら、優しい声音で彼女はささやく。

 

「別に、気にしなくていいと言っただろう? 私にとっては、世界最強(ブリュンヒルデ)の称号よりも、お前の事の方がよほど大事なんだ」

「でも、俺を……俺なんかのせいで千冬姉は優勝を逃したんだ……!」

 

 ISの世界大会、モンド・グロッソ。

 その第二回大会の決勝戦で起きた事件。織斑一夏の誘拐と、一夏の救出を優先したがゆえの千冬の不戦敗。

 もっとも、一般人にはこの事件は知らされていない。

 だから、一夏に対して千冬の二連覇を邪魔したとは非難を浴びることは無かった。

 幸い、千冬は伝説的なIS乗りとして崇拝の域まで達している。表立って非難を浴びせる人は居なかった。

 だが、一夏は今でも覚えている。コンビニに立ち寄って、表紙に千冬の名前が書いてあったからどんな記事なのか気になって手にとった週刊誌に踊っていた文字を。

 

『織斑千冬は日本の期待を背負っていながら決勝を棄権』

『棄権理由は公表せず、逃げるように現役引退。そしてドイツへ国外逃亡』

 

 ──思わず、週刊誌を破きそうになった。

 ──大声で叫んでやりたかった。千冬姉は逃げたわけじゃないと。

 

 だが、出来なかった。

 やろうと思えばやれた。だが、やれなかった。

 怖かったのだ。事実を知った千冬の信奉者達は、自分に非難を浴びせることだろう。

 だから、一夏は黙ったままだった。事実を知っていながら、千冬の名誉を取り返す手段を持ってながら、自己保身に走ったのだ。

 

「だから、二度ともう千冬姉の名誉は汚させやしないと。……どうしたってみんなは俺のことを千冬姉の弟って目で見てくる。だから千冬姉の弟なのにって言われないようにISの事もしっかり勉強しようって決めた」

 

 それが、一夏がISを懸命に取り組む理由だった。

 クラスメートのように、志を持って学ぶわけでもない。

 セシリアのように、誇りを胸に使うわけでもない。

 

「だけど、やっぱこの刀は使えねえよ。俺には使う資格なんてねえよ……」

 

 一夏の言っていることは、ハッキリ言って支離滅裂で滅茶苦茶だ。

 週刊誌で書かれている内容など、ほとんどの人間が気にしてなどいない。

 なにより、千冬自身が気にもとめてないのだ。もっとも、言っても伝わらないから千冬も苦悩しているのだが。

 

「お前がそう思うならそうすればいい。武器だって載せ替えればいいだけだしな」

「ごめん、千冬姉の武器をいらないなんて言って」

「良いんだ。お前が使いたくないのなら別に。お前は、お前だ。そして、私は私だ」

 

 優しく抱きしめると、千冬は立ち上がる。

 

「今日はもう帰って休め。オルコットとの話を聞いたが、徹夜明けなんだろう?」

「あ、ああ。わかったよ」

「後で専用機の規則について資料を持っていく。部屋にはいろよ? ……ああ、それと白式を貸してくれ。色々調べることがある」

 

 一夏が頷くのを確認した千冬は、白式を受け取り更衣室を出る。

 更衣室の扉が閉まるのを確認してから千冬は扉の横に佇んでいたセシリアに声をかけた。

 

「盗聴とは、さすがイギリス生まれだな。もっとも、撤退のタイミングを逸しているようでは落第も良いところだが」

「はい、すみません……」

「まあ良い。お前も今日は上がれ」

「はい……」

「それと、盗み聞きの罰だ。夕食後、私の部屋に来い」

 

 ──まったく、手のかかる生徒が多いことだ。

 

 声には出さず、呟くと千冬はピットを去る。

 残された一夏とセシリアは、しばらく虚空を見続けていた。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「お、ちゃんと来たな。感心感心」

「ご命令ですから」

「それもそうか。──まあ、座れ」

 

 夕食後、セシリアは千冬との約束通り千冬の部屋に来ていた。

 千冬は普段のスーツ姿ではなく、ジャージ姿とラフな格好だ。

 ……千冬の対面に座ると、机の上には缶ビールが置いてあったりした。

 セシリアの視線に気付いたのか、千冬はニヤリと笑ってみせると、缶を持って一言。

 

「どうだ? お前もやるか?」

 

 実は、イギリスではお酒に関する法律は緩かったりする。

 18歳以上なら問答無用で飲め、保護者同伴であれば16歳からレストランで飲め、家であれば5歳から飲める。

 まあ親族がいないセシリアにとっては関係のない話ではある。

 まあ、苦しい言い訳だが、寮を自宅と想定しオルコット家当主として独立した個人とすれば飲めるんじゃないかとも思うが。

 とはいえ、アルコール類に興味はない。千冬の提案に首を横に振る。

 

「結構ですわ」

「む、つまらん奴め。だとしたら、他に出せるのは一夏の淹れたコーヒーとお茶くらいか」

「では織斑さんのコーヒーで」

「即答か」

 

 くっくと笑いながら、千冬はカップにコーヒーを注ぎセシリアに差し出す。

 カップを受け取った彼女は、一口すする。……苦い。おそらく、水出しコーヒーではない。

 

「私専用ブレンドだ。苦いだろう?」

 

 どこか自慢げな表情の千冬を見て、この人も姉なんだと思わされた。

 と、一息で残ったビールを飲み干すと、冷蔵庫から新しい缶を取り出す。

 

「さて、本題と行くか。……オルコット、お前いつから聞いていた?」

「えっと……その……すみません。最初から……」

「だろうな……」

 

 ふう、と千冬が一つ息を吐く。

 

「昨日から、気にはなっていました。織斑先生の弟にもかかわらず、ISに関することは不思議なほど知らない。──なんてことはない。彼自身がこれまでISに触れないようにしてたのですね」

「ああ。私は最初、誘拐されたトラウマだと思っていたんだがな。……まさか、私へのバッシングがトラウマになっていたとは、夢にも思わなかったよ」

 

 意味がわからない、と言い切るのは簡単だ。

 だが、トラウマとは得てしてそういう物だ。どんなに他人にとってどうでも良いことでも、本人にとっては何よりも大切な事だという事もある。

 一夏にとっては、自分が誘拐されたことよりも、姉の名誉を傷付けた方が辛かったのだろう。

 

「織斑さんは、織斑先生の事が大好きなんですね。そして尊敬してらっしゃる」

「さあ、な」

 

 千冬の頬が赤く染まっているのは、アルコールの影響か、照れているのか。

 おそらく彼女は前者と言い張るのだろう。

 

「まあでも、なにも無理に雪片を使わなくていいではありませんか。基本装備が刀一振りだけなら拡張領域(バススロット)はまだ余裕があるでしょうし」

 

 基本的に、ISは復数の装備を後付で載せる事が出来る。

 事実、セシリアの使っているブルー・ティアーズは基本兵装の他に、レーザーライフルとショートブレードが後付で搭載されていた。

 そういうわけで、一夏の白式にもまだ空きがあると思ったのだが──そこで、千冬が苦い顔をしているのに気付く。

 

「そうだったら良かったんだがな。あいつのISには拡張領域(バススロット)の空きがもうない」

「……は?」

 

 思わず、呆けた声を出してしまったが、無理もない。

 たった一振り。たった一振りの刀だけで拡張領域(バススロット)が一杯になるはずがない。

 

「こちらとしても前代未聞の事で驚いているんだがな……。信じられるか? あいつのISは既に単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が発現している」

「まさか……単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)二次移行(セカンドシフト)からでしか発現しないはずでは? いや、それすら発現しない方が多い筈ですのに。一次移行(ファーストシフト)で、もうですか?」

「嘘だと思いたいが、事実だ。それもよりにもよって発現したのは零落白夜だ」

 

 まさか、ここまで似るとは。

 零落白夜、それも千冬がかつて使っていた力だ。

 

「雪片でさえ、あの状態だ。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)も私と同じだと知れば……」

 

 その先は、千冬が言わなくてもセシリアにもわかってしまった。

 しかし、どうすれば良いのかはわからない。

 専用機を使わないという選択肢もない。最悪の場合は素手で戦う可能性もあった。

 

「このまま使えないという事になれば……」

「その場合は、打鉄の近接ブレードを使わせる。使用許諾(アンロック)して手持ちで戦ってもらう」

 

 こともなげに言っているが、それは大きなハンデだった。

 通常の武器なら、手から離れても量子化して、再び展開すれば良い。だが、使用許諾(アンロック)されただけの武器ではなにかの拍子に手から離れてしまえばその瞬間、一夏は戦う力を喪う。

 しかし、それしか手がないのも事実だった。

 

「厳しい戦いになりますわね……」

「だが、あいつが雪片を使えない以上それしかあるまい」

 

 飲み干した二本目の缶を千冬がグシャリと握りつぶす。

 ゴミ箱に放り投げ、流れる動作で三本目の缶を取り出しフタをを空けた。

 

「で、お前昨日はどうだったんだ?」

「あー……」

「その様子だと何事も無かったようだな」

 

 ニヤリと笑ったかと思うと、千冬は急に真面目な表情を見せた。

 

「……お前の事はある程度調べがついている。その年で大分……いや、かなり苦労しているじゃないか」

 

 千冬の声音には、同情心だけではない。まるで、自分も似たような経験をしていたかのような、そんな感情が込められてるような気がした。

 まあ、特に隠しているわけではないから、すぐにわかることだろうとセシリアとしても想定していたが。

 織斑姉弟は捨て子だ。そのくらいのことはイギリス政府の調べがついている。おそらく千冬はそうした姿を自分と照らし合わせたのだろう。

 

「ご心配、痛み入りますわ」

「まあ、私が護るべき存在は一夏だけだったからな。護るものが多かったお前の方が大変だったとは思うがな」

 

 千冬は何が言いたいのだろうか。

 まさか、ただ同情しているわけではあるまい。

 考えられることとすれば、一夏に近づくなということくらいしかない。

 

「なにが、おっしゃりたいのですか? 織斑さんにはもう近づくな、そう言いたいのですか?」

「お前が、完璧な国の犬だったとしたら、そう言ったかもしれないな。だが、お前はそこまで国に忠誠を誓っていないだろう?」

「それは……」

 

 見抜かれていた。

 確かに、セシリアはイギリスという国にそこまでの愛着はない。

 それでも、周りには愛国者だという印象を持たれていると思っていた。そういう印象を持たれるように振る舞ってきていた。

 あくまでも、親が残してくれた資産を護るための手段としてしか見ていなかった。

 そういった思いを千冬は見抜いたというのか。さすが、引退したとはいえ世界最強(ブリュンヒルデ)としての観察力は錆びていないということか。

 

「なら、お前に一夏を任せても問題はないさ。器量良しの常識人家事は……お嬢様だから期待はできないが。なに、心配するな。それは一夏が上手いことやるだろうさ」

「織斑先生酔ってますね。絶対酔ってますわね」

 

 そういえば、本国の整備担当にも同じことを言われたような気がする。

 というか、本来ハニトラを阻止するべきこの人が、とめるどころかむしろ推奨している。この状況にセシリアは割とテンパっていた。

 

「一夏の何が不満なんだ。見た目も良いし、家事も出来て料理も美味い。食後のコーヒーは言わずもがな、風呂上がりにはマッサージもついてくる。こんな良い物件中々ないぞ?」

「わかりましたから。わかりましたから、今日はもうお開きにしましょう」

 

 なんというか。これ以上は千冬を見る目が変わってしまう。

 これが、世界のIS乗りが尊敬しているIS操縦者なのか。

 これが、自分がこれまで尊敬していたIS操縦者なのか。

 もう手遅れのような気がするが、セシリアは逃げるように千冬の部屋を飛び出て後手で扉を閉めた。

 

「──何してんだお前。そこは千冬姉の部屋だろ」

 

 と、不思議そうな顔で一夏がこちらを見ていたのに気付いた。

 あなたの過去を聞かされていました。──なんて言えないセシリアは話題を逸らした。

 

「そういう織斑さんこそ。こんな時間にどうされたんですか?」

「千冬姉が後から部屋になんか届けに来るとか言ってたから待ってんのに、いつまでたっても来ないからな。だったらこっちから出向いてやろうと」

 

 そういえば、盗み聞きしていた時、千冬がそんな事を言っていたな、とセシリアは思い出す。

 まさか忘れてたのかと、セシリアの千冬評価がグングンと下がっていくのを感じた。

 とにかく、今の千冬に会わせるのはなんとなく嫌な予感がした。なんか、一夏にも「オルコットはいい女だぞ」とか言い出しかねない。

 

「今日専用機の取り扱いルールを渡すと徹夜すると思ったのでしょう。ここはお姉さまのご厚意に甘えるべきでは?」

 

 そんなセシリアにセリフに、一夏は眉をひそめた。

 そして、彼女も気付いた。自分が結構な失言をしたことに。

 

「なんでお前が持ってくる中身を知ってるんだ?」

 

 一夏の疑問は当然だ。

 更衣室の会話を知るものじゃないと、答えなんてわからないのだから。

 

「お前、さては話を聞いてたな?」

「……はい。申し訳ありません」

 

 素直にセシリアが頭を下げると、一夏はしばらく彼女をみて、息を一つ吐いた。

 

「……まあ、いいか。俺がお前の立場でも気になっただろうし」

 

 セシリアに背を向け、一夏が歩き出す。

 顔だけ傾けつつ、彼は続けた。

 

「盗み聞きした罰だ。ちょっと付き合え」

 

 偶然にも、一夏がセシリアにかけた言葉は千冬と同じだった。

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