ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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軍靴の影、貴族の盾

 政治家たちとの一件が収まると、研究局の職員たちはどこか張り詰めた空気を残しつつも、予定されていた視察の工程へと戻っていった。

 一夏とセシリアも、案内役の研究員に導かれ、施設の奥へと進んでいく。

 廊下は白を基調とした無機質なデザインで、壁面には最新鋭のISパーツや試験データが並んでいた。 

 歩くたびに、足音が静かに反響する。

 

「……さっきの、やり過ぎちゃったかな?」

 

 一夏が小声で尋ねると、セシリアは横目で彼を見て、ふっと微笑んだ。

 

「いえ、むしろ救われましたわ。あなたが隣にいてくださるだけで、どれほど心強いことか」

 

 その言葉に、一夏は照れくさくなりつつも、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 やがて、重厚な扉の前で案内役が立ち止まる。

 

「こちらが、試作二号機のブリーフィングルームになります。オルコット嬢のデータを基に開発された機体ですので、ぜひご確認ください」

 

 扉が開くと、広い室内に複数のホログラム投影装置が並び、中央には整備士らしき人物が待っていた。

 彼は二人を見ると、軽く会釈し、端末を操作する。

 

「お待ちしておりました、オルコット嬢。そして織斑様」

 

 早速、説明させていただきますとの言葉に合わせて、室内の照明が落ち、中央に紫色の機体のホログラムが浮かび上がる。

 

「――さて。今日はブルー・ティアーズ試作二号機『サイレント・ゼフィルス』についてお話をさせていただきます。まだ試験段階の機体ですが、近いうちに実戦投入される予定です」

 

 整備士が端末を操作すると、室内の照明がわずかに落ち、中央に紫色の機体が立体投影される。

 青を基調としたブルー・ティアーズとは対照的に、ゼフィルスは深い紫を纏い、どこか獰猛な印象を与えた。

 

「まず、このサイレント・ゼフィルスはブルー・ティアーズの後継機として進められています。当然、オルコット嬢の機体のデータや戦闘データが基礎となっています。遠距離戦特化の路線をさらに推し進めつつ、弱点の克服を目指しました」

 

 セシリアは誇らしげに胸を張る。

 自分の戦い方が、次世代機の礎になっているという事実が、彼女の瞳に確かな自信を宿らせていた。

 

「最大の特徴は、ビット兵器の増設と制御システムの刷新です。ブルー・ティアーズが四基だったのに対し、ゼフィルスは六基。また、制御AIが搭載されており操縦者の負担を減らしつつ、精密な射撃及び防御を可能にする事が出来ます」

 

 整備士はセシリアに向き直り、言葉を続ける。

 

「つまり、操縦者がこれまで担っていた部分を、機体側がサポートする形になります。ビットの挙動はより自然に、より正確に。操縦者は戦術判断に集中できるようになります」

 

 ホログラムが切り替わり、ゼフィルスの内部構造が映し出される。

 スラスター配置、重量バランス、内部フレームの補強――その全てが、ブルー・ティアーズとは別物だった。

 

「それから、機動性。ブルー・ティアーズは遠距離戦に特化している分、近距離での取り回しに難がありました。追加パッケージ『ストライク・ガンナー』はその補助として優秀でしたが……ゼフィルスでは、推進器の配置と重量バランスを全面的に見直しています」

 

 一夏が首をかしげる。

 

「つまり、近距離でも戦えるってことですか?」

「ご明察の通りです。逃げながら(・・・・・)撃つだけでなく、詰めながら(・・・・・)撃つことも可能になります。遠距離型でありながら、相手の懐に入ることを前提とした設計です」

 

 整備士は武装の図面を拡大する。

 

「主兵装はスター・ブレイカー。高出力ビームと実弾を切り替えられる複合ライフルです。銃剣を備えており、近接戦にも対応可能。ビットで死角を塞ぎつつ、スター・ブレイカーで本命の一撃を撃つ――これがゼフィルスの基本戦術となります」

 

 ホログラムの紫色の機体が、ビットを展開しながらスター・ブレイカーを構える姿が映し出される。

 その動きは滑らかで、まるで生き物のようだった。

 

「総じて言えば――ブルー・ティアーズの純粋な強化版となります。遠距離戦の性能はそのままに、弱点だった近距離対応力を底上げしております。英国の──EUの次期主力候補としては申し分ない出来だと自負しております」

 

 整備士は二人を見回し、少しだけ表情を引き締める。

 

「ただし、まだまだ試作段階です。正式運用には時間がかかりますし、実戦データもこれから集めるところです」

 

 その言葉には、期待と同時に国家プロジェクトとしての重さが滲んでいた。

 整備士の説明が終わると、室内に静かな沈黙が落ちた。

 紫の機体ホログラムは、まるで生き物のように淡い光を放ち、二人を見下ろしている。

 その時、後方で控えていた研究員の一人が、ためらいがちに口を開いた。

 

「……本来であれば、ゼフィルスの完成はまだまだ先の予定でした。しかし……上層部が急げ(・・)と。予算委員会が、次期主力機の進捗を厳しく追及しておりまして」

 

 整備士が眉をひそめる。

 

「おい、余計なことを……」

 

 だが研究員は止まらなかった。

 むしろ、今まで溜め込んでいた鬱憤が漏れ出すように続ける。

 

「各国が新型ISの開発を加速させています。特に――アメリカとイスラエルの共同開発を行っていた福音。最終的には撃墜されたとはいえ、第四世代機を含む五機のISと対等以上に立ち回ったと聞いています」

 

 小さく息を吐き、さらに言葉を重ねる。

 

「EU内でも、フランスとドイツも開発を進めています。英国だけが遅れを取るわけにはいかないのです」

 

 その言葉に、一夏はわずかに眉をひそめる。

 

「……だから、セシリアの一時帰国に合わせて、この集まりを開いたって事ですか?」

 

 研究員は苦笑した。

 その笑みは、研究者というより政治に振り回される現場の人間のソレだ。

 

「……正直に申し上げれば、そうです。オルコット嬢の戦闘データとBT適正の高さは、他に代えがたいのです。正直に言えば――彼女のデータがなければ、予算は削られ、研究局は縮小されていたでしょう」

 

 セシリアは静かに目を伏せた。

 整備士が、少しだけ声を落として付け加える。

 

「……本音を言えば、我々はオルコット嬢に早く乗ってほしいのです。試作機とはいえ、実戦データがなければ予算も下り難い。政治家たちは目に見える結果(・・)を求めています」

 

 その言葉は、明らかに建前ではなかった。

 むしろ、研究局の焦りと打算がむき出しになっていた。

 一夏の胸に、怒りが込み上げる。

 

「……セシリアを道具みたいに扱うのは止めてください」

 

 整研究員は一瞬だけ目をそらし、そして――観念したように言った。

 

「……国家プロジェクトとは、そういうものです。優秀な操縦者は資源(・・)であり、戦力(・・)であり……時に政治的なカード(。・・・・・・)にもなります」

 

 その瞬間、一夏は理解した。

 

 ――セシリアは、ただの優秀な操縦者ではないのだと。

 

 英国の軍事力を支える()として扱われている。

 

「……実を言えば、急いでいるのはゼフィルスだけではありません。英国は、次の切り札(・・・)を求めています」

 

 研究員は、セシリアではなく一夏をじっと見つめる。

 その意味が分からない一夏ではない。

 

「俺、ですね」

「他国は男性操縦者の存在を探っています。日本に織斑一夏という前例が現れた以上、どの国も次を欲しがっている。英国も例外ではありません」

 

 一夏の背筋が冷たくなる。

 

「……俺を、どうするつもりなんですか」

 

 研究員は苦い顔をした。

 

「どうもしませんよ。少なくとも、我々研究局は。ただ……政治家や軍上層部がどう考えているかは、別の話です」

 

 その言い方は、明らかに危険な匂いを含んでいた。

 

「あなたの存在は、世界的に見ても異常です。男性でありながらISを起動できる――それは、国家戦略を左右する要素になり得る」

 

 整備士がため息をつき、言葉を継ぐ。

 

「……正直に言えば、あなたが英国に来たこと自体、上層部は千載一遇の機会だと考えているでしょう。あなたのデータを少しでも得られれば、似た条件による調査も可能になります」

 

 一夏は目を瞑り、息を吐く。

 IS学園と言う箱庭が、どれだけ恵まれていたのかを自覚する。

 

「……俺を、利用する気ですか」

「利用というより……確保(・・)したいのでしょうね。あなたがどの国に協力するかで、軍事バランスが変わる。それほどの存在なのです、織斑一夏と言う存在は」

 

 セシリアが一歩前に出た。

 その瞳は怒りに揺れている。

 

「……わたくしの前で、一夏さんを資源(・・)のように扱わないでくださる?」

 

 研究員たちは一瞬たじろぎ、慌てて頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません……! ただ、現実として――」

「現実など知っていますわ。ですが、わたくしは一夏さんを国家の道具にするつもりはありません」

 

 セシリアは静かに顔を上げ、研究員たちを見渡した。

 その瞳には、怒りでも悲しみでもなく――覚悟が宿っている。

 

「わたくしは必要とされているのなら、応えます。ただし――わたくしの意思を無視するような真似をなさらないのであれば、ですけれど」

 

 その声音には、オルコット家当主としての威厳が宿っていた。

 研究員たちは一斉に姿勢を正し、深く頭を下げる。

 

「もちろんです、オルコット嬢。あなたの協力があってこそ、この計画は成り立っています」

 

 整備士が端末を閉じ、姿勢を正す。

 

「では……次は実機をご覧いただきます。ゼフィルスは格納庫で最終チェック中です」

 

 その言葉と同時に、室内の空気がわずかに変わった。

 説明の場から、国家の思惑が渦巻く戦場の入口へと移るような冷たい緊張が走る。

 セシリアは一夏の方へ振り返り、そっと手を差し出した。

 

「行きましょう、一夏さん」

 

 一夏はその手を握り返し、深く頷く。

 

「……ああ。しっかり見届けるよ」

 

 そして二人は、紫の新型機が待つ格納庫へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 格納庫を出て間もなく、研究局の廊下の先に軍服の男たちが立ち塞がっていた。

 政治家のような柔らかい笑みはない。

 そこにあるのは、鍛えられた肉体と、戦場の匂いを纏った視線だけだった。

 先頭の男が一歩前に出る。

 肩章には英国軍の高位を示す徽章。

 その眼光は、まるで一夏を値踏みするように鋭い。

 

「織斑一夏殿。英国軍、戦略開発局のハリントン准将だ。少し、お時間をいただきたい」

 

 一夏は反射的に身構えた。

 軍人特有の圧が、言葉より先に胸へと刺さってくる。

 

「……俺に、何の用ですか」

 

 ハリントン准将は微動だにせず、一夏を見据えた。

 

「なに、かの高名なブリュンヒルデの弟君で、唯一の男性候補者である君と、少し話がしたいと思ってね。──構わないだろうか?」

 

 その言葉は、丁寧でありながら、どこか命令のように一夏の頭に響いた。

 セシリアが一歩前に出る。

 

「准将。一夏さんは本日、わたくしの随伴として来ております。わたくしを差し置いて勝手な接触は控えていただけますかしら」

 

 ハリントンは視線をセシリアへ向けた。

 その目には、軍人としての誇りと、国家戦略を担う者としての冷徹さが同居している。

 

「オルコット嬢。あなたの立場は理解している。しかし、我々軍としても、彼と話す必要がある」

「必要があるのは、あなた方の都合でしょう?」

 

 セシリアの声は静かだが、鋭い。

 ハリントンはわずかに目を細めた。

 

「……織斑殿。あなたは男性でありながらISを起動できる。英国としては、その能力の由来、再現性、適性範囲――全てを把握したい」

「正直にどうも、言葉を飾らずに伝えてくれる事には好感が持てますよ」

「あなたがどの国に協力するかで、戦略地図が変わる。そこは理解していただきたい」

 

 その言葉は、脅しではない。

 ただの事実として告げられている。

 だからこそ、一夏の背筋に冷たいものが走った。

 セシリアが一夏の前に立つ。

 

「准将。わたくしの許可なく、一夏さんに触れることは遠慮いただきたく。彼は英国の所有物(・・・)ではありませんわ」

 

 ハリントンはしばし沈黙し、やがて低く息を吐いた。

 

「……オルコット嬢。あなたが彼を守ろうとする理由は理解する。しかし、我々にも国家としての責務がある」

「責務を盾に、人を()として扱うのは軍の悪癖ですわね」

 

 その言葉に、周囲の軍人たちがわずかに身じろぎした。

 だがハリントンは動じない。

 

「織斑殿。あなたに敵意はない。むしろ、英国はあなたを歓迎したいと考えている。だが――」

 

 その目が、一夏の奥底を射抜く。

 

「あなたの存在は、あまりに大きい。ゆえに、我々は把握(・・)せねばならない」

 

 一夏は息を呑んだ。

 それは、優しい言葉に包まれた拘束(・・)の宣告に等しかった。

 セシリアが静かに告げる。

 

「准将。これ以上の接触は、お断りいたしますわ」

 

 ハリントンはしばし沈黙し、やがて低く呟いた。

 

「軍としては、あなた方の安全も確保する必要があると判断します。護衛を付けさせていただく」

 

 セシリアは言葉を発しない。

 だが、その瞳は冷たく、先ほどとは違う色を帯びている。

 

「誤解のないように言っておく。護衛強化はあなた方を拘束する意図ではない。あくまで安全確保のためだ」

「安全確保、ですか」

 

 セシリアはゆっくりと、准将を見据えた。

 

「ではお伺いしますわ。わたくしの安全を脅かしているのは、誰ですの?」

 

 ハリントンは言葉を詰まらせた。

 セシリアは一歩、彼に近づく。

 

「外部の脅威? それとも――内部の思惑かしら?」

 

 准将の眉がわずかに動く。

 セシリアは続けた。

 

「わたくしはオルコット家の当主です。英国軍の所属(・・)ではありません。わたくしの行動を制限するのであれば、相応の理由と根拠を提示していただきたいものですわ」

 

 その声音は、軍人相手でも一歩も引かない貴族の威厳にあふれていた。

 ハリントンは息を吐き、言葉を選ぶように口を開く。

 

「……あなたの身に何かあれば、英国の防衛計画は大きく揺らぐ。だからこそ、我々は――」

「──その英国の防衛計画に、一夏さんを巻き込むつもりはありませんわ」

 

 セシリアの言葉は鋭く、容赦がない。

 

「准将。あなた方が軍人として一夏さんを戦略要素(・・・・)として扱っていることは理解しています。ですが――」

 

 セシリアは一夏の手を取り、はっきりと言い切った。

 

「彼はわたくしの大切な人です。軍の都合で勝手に利用されることは、断じて許しません」

 

 廊下の空気が凍りつく。

 ハリントンはしばし沈黙し、やがて低く呟いた。

 

「……オルコット嬢。あなたは、当主としての責務を理解しているのか?」

「もちろんですわ。だからこそ、軍の横暴には屈しません」

 

 セシリアは一歩も退かない。

 その姿は、まるで英国そのものを背負って立つ貴族の盾だ。

 

「護衛は受け入れます。ですが――」

 

 セシリアは鋭い視線を准将に向ける。

 

「先ほどから申し上げている通り、一夏さんへの接触は、すべてわたくしを通して行っていただきます。軍の誰であろうと、例外は認めません」

 

 ハリントンは目を細めた。

 

「……それが、オルコット家当主としての意志で?」

「ええ。わたくしの、オルコット家当主としての決定(・・)ですわ。──それに、彼の国籍はいまだ日本国にあります。必要であれば、正式な外交ルートを通して交渉されるのが先でしょう。……かの国に何も知らせず、自国民を確保されたと知れば、両国の間に影を落とすのは明白ですわ」

 

 そこでセシリアは言葉を区切ると、目を細める。

 

「……それが、英国軍准将としての意思で?」

 

 その瞬間、軍高官の表情がわずかに変わった。

 怒りでも反発でもない――認めざるを得ないという納得の色。

 

「……了解した。オルコット嬢。あなたの意志を尊重しよう」

 

 ハリントンは敬礼し、部下を連れて去っていく。

 その背中には、軍人としての誇りと、貴族に対する敬意が入り混じっていた。

 去っていく彼らを見送った後、一夏は隣のセシリアを見つめる。

 

「……すごいな、セシリア。お前、ガチのマジで貴族だったのな」

「当然ですわ。──言ってませんでした? わたくし、エリート中のエリートですから」

 

 セシリアは微笑む。

 その笑みは、一夏の緊張を溶かすように優しかった。

 

 




肩書やら階級やらは割とノリと勢いで決めました。
……やっぱこう、准将って響きが良いんですよね……

あと、准将は悪そうに書いてますが、一夏を確保したらやりたかったのは血を少し抜かせて下さいとかそんなレベルです。
彼もまた、国の為に働く常識人枠です。
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