ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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紫の少女、白の少年

 セシリアの柔らかな笑みを見て、一夏はようやく肩の力を抜いた。

 だが、安堵の時間は長く続かなかった。

 

──警報が鳴り響いたのだ。

 

 廊下の天井に設置されているスピーカーから、鋭い電子音が連続して流れ、研究局全体がざわめきに包まれる。

 研究員たちが一斉に端末を確認し、軍人たちは即座に持ち場へ散っていく。

 

「な、なんだ……?」

 

 一夏が周囲を見回すと、近くの研究員が青ざめた顔で叫んだ。

 

「格納庫三番でセキュリティ異常! 識別不能のアクセスが……!」

 

 セシリアの表情が一瞬で引き締まる。

 

「ゼフィルスの格納庫ですわね」

 

 その言葉に、一夏の胸がざわついた。

 まさか、と思う間もなく、ハリントンが戻ってくる。

 先ほどまでの冷静さは影を潜め、軍人としての鋭さが前面に出ていた。

 

「オルコット嬢、織斑殿。護衛を付けるので退避を──」

「──格納庫に向かいますわ」

 

 セシリアは准将の言葉を遮った。

 その声は、迷いの欠片もない。

 

「先日発生した福音の暴走事件──今回もそれが発生する可能性があります。対処するためにはISが必要です」

 

 その事はハリントンとて承知していた。

 だが、と脳内でセシリアの安全を秤にかける。

 

「俺も行きます。万が一の為に、対処できるISは多い方が良い」

 

 ハリントンは一瞬だけ目を閉じ、決断する。

 そこには、間近で一夏のデータを採れる、と言う打算もあった。

 

「……分かった。だが、私の部隊が同行する。あなた方を守るためだ」

 

 軍人たちが周囲を固め、セシリア達は格納庫へと向かって駆け出した。

 廊下を走るたび、警報の赤い光が壁を照らし、緊張が肌を刺す。

 やがて、格納庫三番の巨大な扉が視界に入った。

 扉は半ば開いており、内部からは淡い紫の光が漏れている。

 セシリアが息を呑む。

 

「……ゼフィルスが、起動している……?」

 

 通常、試作機が勝手に起動することなどあり得ない。

 だが、確かに格納庫の奥で、紫の機体がゆっくりと立ち上がっていた。

 その姿は、まるで誰かに呼び起こされたかのように。

 

「誰が……?」

 

 一夏が呟いた瞬間、格納庫内に冷たい電子音が響いた。

 冷たい電子音が格納庫に反響し、照明が一瞬だけ明滅した。

 

『──起動シーケンス、完了。パイロット認証……確認』

 

 その声は機械的でありながら、どこか人の息遣いを含んでいた。

 セシリアが眉をひそめる。

 

「パイロット認証……? 一体誰が……?」

 

 紫の機体──サイレント・ゼフィルスに目をやる、

 そこにいたのは、小柄な少女だった。

 黒いISスーツに身を包み、顔には光学バイザー。

 素顔は完全に隠され、表情は読み取れない。

 だが、その佇まいには妙な既視感(・・・)があった。

 

「……誰だ?」

 

 少女の動きは、訓練された兵士のそれではない。

 もっと自然で、もっと軽い──まるでISと呼吸を合わせるような動き。

 少女は一夏の方へ顔を向けた。

 バイザー越しに、視線がぶつかる。

 

「……やっと見つけた」

 

 その声は幼く、しかしどこか冷たい。

 一夏は眉をひそめる。

 

「俺を……?」

「ずっとこの日を待ちわびていた……!」

 

 セシリアが一歩前に出る。

 

「あなた、何者ですの? どうやってその機体に……!」

 

 少女はセシリアを一瞥し、興味なさそうに言った。

 

「貴様はどうでもいい。私が欲しいのは──織斑一夏だけだ」

 

 その瞬間、ゼフィルスの六基のビットがふわりと浮かび上がり、一夏へと照準を向けた。

 ハリントンが怒気を含んだ声を上げる。

 

「貴様……どうやって軍のセキュリティを突破した!」

 

 少女は首を傾げる。

 

「愚問だな。ありとあらゆるセキュリティが意味をなさない人間が、この世界にはいるだろう?」

 

 その言葉に、軍人たちがざわめく。

 一夏の心臓が跳ねた。

 

(まさか、また束さんの仕業か!?)

 

 一夏の考えを肯定するかのように、少女が口を開く。

 

「私がここに来られたのは、あの人のおかげだな。力と、そして貴様に出会えた」

「どういう意味だ……?」

 

 一夏が問いかけると、少女はバイザー越しに微笑んだように見えた。

 

「貴様のことを調べる方法をくれた。『織斑一夏に会いたいなら』とな」

 

 その瞬間、一夏の背筋に冷たいものが走る。

 セシリアが一夏の前に立ち、少女を睨みつける。

 

「あなた……篠ノ之博士と繋がっているのですの?」

 

 少女は軽く肩をすくめた。

 

「繋がってる、というより……利用されたに近いか。だが、私も利用した。あの人の力がなければ、ここまで辿り着けなかったからな」

 

 ハリントンが怒気を含んだ声で叫ぶ。

 

「まさか、軍のセキュリティを──」

「──あの人が願えば、どんな扉も開く」

 

 少女は淡々と続ける。

 

「あの人は世界中のどこにでもいて(・・・・・・・)どこにでもいない(・・・・・・・・)のだから」

 

 その言葉に、軍人たちの顔色が変わった。

 一夏は拳を握りしめる。

 

「束さんは……お前に何をさせようとしてるんだ」

 

 マドカは首を横に振った。

 

「違う。あの人は私が何をしたい(・・・・・・・)かを聞いただけ。そして、必要なものは全てくれた」

 

 少女は一夏をまっすぐ見つめた。

 

「──貴様に会うこと」

 

 少女の口元が歪む。

 

「──貴様を連れていくこと」

 

 サイレント・ゼフィルスが浮かび上がった。

 

「──私の隣に立ってもらうこと」

 

 その声は、幼いのに、どこか狂気じみた執着を含んでいた。

 紫の機体──サイレント・ゼフィルスが、まるで少女の感情に呼応するように低く唸りを上げる。

 六基のビットが一夏を中心に円を描き、ゆっくりと軌道を変えながら包囲する。

 

「……っ!」

 

 一夏は反射的にガントレットを掴む。

 ハリントンに目配せをすると、彼も一夏の意図を察したのか部下を下げさせる。

 

「あいにくと、誰の隣に立つかってのはもうとっくに決まっててな──」

 

 白い光が身を包んだ。

 数瞬の浮遊感の後、白式が展開された。

 

「──アプローチをするなら、顔を見せてからにしろ!」

 

 一夏が宣言すると同時に、少女は取り囲んでいたビットからレーザーを放つ。

 文字通り一瞬の内に、一夏の身に殺到して──

 

「鈴の言葉を借りるなら、クソゲーってっヤツだ」

 

 白式の纏う白い光に打ち消された。

 エネルギー兵器は、零落白夜を纏った一夏には通用しない。

 少女の攻撃が白式に弾かれた瞬間、格納庫の空気がさらに張り詰めた。

 紫のビットは一度散開し、まるで獲物を観察するように軌道を変える。

 少女は小さく息を吐いた。

 

「……やはり、これじゃ届かないか。白式は特別(・・)だからな」

 

 その声音には焦りも怒りもない。ただ、確信だけがあった。

 セシリアが白式の横に並び、青い光をまとわせる。

 

「あなたの好きにはさせませんわ。──一夏さんは渡しません!」

 

 少女はバイザー越しにセシリアを見つめ、わずかに首を傾げた。

 

「……理解できないな。どうしてそこまで織斑一夏に執着する?」

「執着で結構。仲間として、友人として──そして、恋人として、彼を守りたいだけですわ!」

 

 少女は一瞬だけ沈黙し、そして小さく笑った。

 

「……そうか。なら、なおさら邪魔だ」

 

 サイレント・ゼフィルスの背部ユニットが展開し、紫の光が格納庫を満たす。

 その光は、まるで少女の感情そのものが形になったかのように揺らめいていた。

 一夏は雪片を構え、少女をまっすぐに見据える。

 

「お前が何者で、何を考えてるのか……それは後で全部聞かせてもらう」

 

 白い光がさらに強く輝く。

 

「けどな、その機体はここにいる全員が作った想いの全てだ。──返してもらうぞ」

 

 少女はその言葉に、ほんの一瞬だけ動きを止めた。

 バイザーの奥で、何かが揺れたように見えた。

 

「……やはり、そうだ。あの人の言った通りだ」

 

 ゼフィルスのビットが一斉に収束し、紫の光が一点に集まる。

 

「織斑一夏。貴様を連れていく。それが私の願い(・・)だ」

 

 次の瞬間、格納庫の床が震えた。

 ゼフィルスが加速し、一夏へと一直線に迫る。

 セシリアが叫ぶ。

 

「一夏さん、来ますわ!」

 

 一夏は雪片を構え、迫り来る紫の影に向かって踏み込んだ。

 白と紫の閃光が弾け、格納庫全体が震えた。

 衝撃波が床を走り、周囲のコンテナが軋む。

 一夏は雪片でスター・ブレイカーの銃剣を受け止め、火花が散る中で押し返した。

 

(さっき説明してもらったカタログスペックよりも速い……! 初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)も終わってないだろ!?)

 

 ゼフィルスの動きは、ただの機体性能だけでは説明できない。

 少女自身の反応速度が、まるでISと完全に同調しているかのようだった。

 少女は軽やかに後方へ跳び、空中で姿勢を整える。

 

「やはり……貴様は特別(・・)だ。あの人が執着する理由も分かる」

「束さんが……俺に何を──」

「それは後でいい。今は連れていく(・・・・・)だけだ」

 

 スター・ブレイカーから今度はレーザーではなく、紫の残光を引く実弾が放たれた。

 

「っ……!」

 

 一夏が身を翻して避けると、弾丸は床に当たり、衝撃で窪ませた。

 セシリアが青い光をまとわせ、少女の背後へ回り込む。

 

「わたくしがここにおりましてよ!」

 

 スターライトMkⅢから放たれた青い閃光が少女を狙う。

 少女は振り返りもせず、ビットの一つをシールドモードで展開し受け止めた。

 

「……邪魔だと言ったはずだ」

 

 少女の言葉と同時に、ビットが鋭い軌道を描いてセシリアへ殺到する。

 

「くっ……!」

 

 ビットの一つから放たれた閃光がブルー・ティアーズの装甲に命中し、火花が散る。

 一夏は歯を食いしばり、少女へと踏み込んだ。

 

「ビットの操作中は動けねぇんだろ!?」

 

 雪片が紫の残光を切り裂き、少女の前へ迫る。

 だが──少女はビットを操作しながらも、半歩だけ横へ滑るように避けた。

 少女のスター・ブレイカーが逆手に構えられ、一夏の脇腹へ鋭く突き込まれる。

 一夏は雪片を間に差し込み受け流すが、衝撃が白式の装甲を震わせた。

 

(ビットの操作はAIが補助しているって言ってたっけ……! いや、違う。それだけじゃなくて俺の動きを読んで──)

 

 少女は淡々と告げる。

 

「織斑一夏。貴様の戦い方は、知っている」

「俺の……戦い方を?」

 

 少女は答えず、ビットが再び展開される。

 今度は一夏とセシリアの間を狙うように配置され、二人を分断しようとしていた。

 

「セシリア、離されるな!」

「わかってますわ!」

 

 だが、少女の動きはさらに速かった。

 ゼフィルスの脚部スラスターが紫の光を噴き、一夏の死角へ一瞬で回り込む。

 

「……やっと、二人きりになれた」

 

 その声は、妙に嬉しそうで──しかし底冷えするほど冷たかった。

 

「お前……何なんだよ。俺の何を知ってる!」

 

 少女はバイザー越しに一夏を見つめ、静かに言った。

 

「全部だよ。貴様が知らない貴様自身(・・・・)も含めて」

 

 一夏の背筋に、言いようのない寒気が走る。

 その瞬間、格納庫の天井が震えた。

 ハリントンの部隊が上階から支援射撃を開始したのだ。

 IS相手には効果はないが、それでも注意を引くことは出来る。

 何より、子供たちだけに戦わせることなど、軍人としての誇りが許さなかった。

 

「一夏さん! 合わせてください!」

 

 セシリアが、少女の背後に向けてスターライトを構える。

 少女は舌打ちし、ビットを一夏からセシリアへ向けて切り替えた。

 

「……邪魔だと言っている!」

 

 一夏は雪片を構え直し、少女を睨みつける。

 

(こいつ……ただの敵じゃない。俺のことを知りすぎてる……!)

 

「織斑一夏。貴様は私の願い(・・)だ。だから──必ず連れていく」

 

 その言葉とともに、ゼフィルスの全身が紫に輝き始めた。

 紫の光が格納庫を満たし、ゼフィルスの輪郭が揺らめく。

 少女の声は、先ほどまでよりも低く、静かだった。

 

「……遊び(・・)は終わりだ」

 

 次の瞬間、ゼフィルスの姿が掻き消えた。

 

「っ──消えた!?」

 

 一夏が反射的に周囲を見渡す。

 だが、視界のどこにも紫の機影はない。

 セシリアが息を呑む。

 

「一夏さんうし──」

 

 言い終える前に、白式の背後で金属音が弾けた。

 

「──遅い」

 

 少女の声が耳元で囁かれ、一夏は咄嗟に雪片を後ろに振り斬る。

 火花が散り、スター・ブレイカーの刃が白式の装甲をかすめた。

 

(速い……! いや、これは速度じゃない。動きが……読まれている!?)

 

 少女は軽やかに距離を取り、バイザー越しに一夏を見つめる。

 

「貴様の反応の速さも知っている。だから、その半歩先(・・・)を取ればいいだけだ。──貴様も、やっていただろう?」

 

 少女はビットを六基すべて展開する。

 その軌道は、先ほどよりも明らかに複雑で、まるで生き物のようにうねっていた。

 

「セシリア、気をつけろ! さっきまでと動きが違う!」

「承知しておりますわ!」

 

 セシリアがスターライトMkⅢを構えた瞬間──

 ビットの一つが、彼女の死角から高速で突っ込んだ。

 

「くっ……!」

 

 セシリアは避け切れず、後方へ弾き飛ばされる。

 

「セシリア!」

「わ、わたくしは大丈夫ですわ……! ですが、この方……!」

 

 セシリアは震える声で続けた。

 

「まるで……わたくしの動きを先読み(・・・)しているような……!」

 

 違う、と一夏は直感した。

 それは、以前からたまに落ちるあの感覚。

 

(……先読みじゃない。俺と同じなら、ただ視えて(・・・)いるだけ……!)

 

 少女はゼフィルスの腕部ユニットを展開しながら静かに言った。

 

「織斑一夏。──このままなら、周りの者は守れないぞ」

 

 その言葉は脅しではなく、事実を述べているだけのようだった。

 一夏は雪片を構え直し、セシリアの前に立つ。

 

「ふざけんな……!」

 

 少女は小さく息を吐いた。

 ゼフィルスの背部スラスターが紫に輝き、格納庫の床が震える。

 

「──貴様は必ず連れていく」

 

 次の瞬間、ゼフィルスが白式へと突撃した。

 金属が軋み、床が波打つほどの衝撃。

 スター・ブレイカーが一夏の雪片を弾き、少女は一瞬で懐へ潜り込んだ。

 白式の装甲に紫の刃が触れ──火花が散る。

 

「くっ……!」

 

 白式が後方へ吹き飛ばされる。

 衝撃で床に深い溝が刻まれた。

 

「一夏さん!」

 

 セシリアが青い光をまとわせ、少女の背後へ回り込む。

 スターライトの砲身が輝き──

 

「──逃がしませんわ!」

 

 青い閃光が少女を貫かんと放たれた。

 だが、少女は振り返りもせず、その身をわずかに動かして躱す。

 

「面倒だな。──周りのモノから沈めるか」

 

 ビットがセシリアへ向けて一斉に照準を合わせた。

 

──撃たれる。

 

 一夏の脳裏にその言葉がよぎった瞬間、カチリと何かが嵌る音が聞こえた。

 

「──セシリアは、やらせない」

 

 一夏は白式のスラスターを全開にし、少女へ突撃する。

 雪片が白い軌跡を描き、少女の刃と激突した。

 火花が散り、二人の距離がゼロになる。

 

「……どうしてだ」

 

 少女が呟いた。

 その声は、戦闘中とは思えないほど震えていた。

 

「どうして……貴様は、貴様たちは私を見てくれない」

「は……?」

 

 少女はバイザー越しに一夏を見つめる。

 その奥で、何かが揺れていた。

 

「ずっと……ずっと、貴様を探していたのに……!」

 

 ゼフィルスの出力が跳ね上がる。

 紫の光が爆ぜ、一夏の白式が押し負ける。

 

「ぐっ……!」

 

 白式の装甲が軋み、床にひびが走る。

 少女の声が、悲鳴のように響いた。

 

「どうして……どうしてあの時(・・・)みたいに、私を見てくれない!」

 

 一夏の脳裏に、微かな既視感が走る。

 

(あの時……? どの時だ……?)

 

 ゼフィルスの背部ユニットが展開し、紫の光が渦を巻く。

 空間が歪み、重力がねじれるような感覚が走る。

 

「──連れていく。今度こそ……絶対に!」

 

 紫の渦が一夏の身体を包み込もうと迫る。

 

「一夏さん!!」

 

 セシリアの声。

 手に持ったライフルが主の想いに応えるように光を放つ。

 

「わたくしの大切な人を……渡しませんわ!!」

 

 放たれた閃光が、ゼフィルスに命中。格納庫が爆音と共に揺れた。

 その衝撃で、少女の集中が一瞬だけ途切れる。

 

「……っ!」

 

 一夏はその隙を逃さず、雪片を振り抜いた。

 白い光が紫の渦を切り裂き、空間の歪みが消える。

 少女は後方へ跳び、ゼフィルスの姿勢を立て直す。

 だが、その腕部の装甲には白い裂傷が走っていた。

 少女はそれを見下ろし、震える声で呟く。

 

「……やはり、貴様は……特別だ」

 

 バイザーの奥で、涙のような光が揺れた。

 その呟きは、敗北の言葉ではなかった。

 むしろ、確信を深めた者の声だった。

 一夏は雪片を構えたまま、少女を睨みつける。

 

「終わりだ。エネルギーもほとんど残っていない筈だろ」

 

 少女はゆっくりと顔を上げた。

 バイザー越しでも分かるほど、その視線はまっすぐ一夏だけを捉えている。

 

「終わり……? それは違うな」

 

 ゼフィルスの背部ユニットが再び展開し、紫の光が渦を巻く。

 だが先ほどのような攻撃の気配はない。

 

「今日は……ここまで(・・・・)だ」

「俺が、俺たちが逃がすと思うか?」

 

 一夏が一歩踏み込む。

 だが、少女は静かに首を振った。

 

「貴様が……本当にここにいるのか、確かめたかった」

 

 その声は、どこか震えていた。

 怒りでも狂気でもない──もっと深い、切実な感情。

 

「次は……必ず」

 

 紫の光が一気に収束し、ゼフィルスの輪郭が揺らぐ。

 

「待て!」

 

 一夏が手を伸ばす。

 

 だが、少女の姿は紫の光に包まれ──

 

「また会おう、織斑一夏」

 

 その言葉を最後に、サイレント・ゼフィルスは空間ごと掻き消えた。

 残されたのは、紫の残光と、焦げた床の匂いだけ。

 静寂が戻り、格納庫に一夏の荒い息だけが響く。

 

「……くそっ……!」

 

 一夏は拳を握りしめた。

 震える声で呟いた。

 

「……あいつ……誰なんだよ……」

 

 その問いに答えられる者は、誰もいなかった。

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