ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

78 / 87
空白の記憶が呼ぶもの

 翌朝。

 ロンドン郊外にあるオルコット家の屋敷は、普段の優雅さとは違う、どこか張り詰めた空気に包まれていた。

 セシリアは紅茶を前にしても落ち着かず、何度もカップを持ち上げては置き直す。

 昨夜の戦闘の余韻が、まだ胸の奥に残っている。

 指先には微かな震えが残り、紅茶の香りすら緊張を和らげてはくれなかった。

 と、玄関ホールから重い足音が響いた。

 

「オルコット嬢、織斑殿。急な訪問、失礼する」

 

 ハリントン准将が護衛を伴って現れた。

 軍服を纏う彼の表情には、昨日の混乱を象徴するように深い疲労が滲んでいる。

 その目の奥には、軍人としての覚悟と、事態の重さを理解している者だけが持つ陰りがあった。

 セシリアは立ち上がり、礼を取る。

 

「准将……昨夜の件で、何か進展が?」

 

 セシリアが立ち上がり、応接室へ案内する。

 一夏も席を立ち、軽く頭を下げた。

 

「まず最初に伝えねばならんことがある」

 

 ハリントンは書類を机に置き、重々しく言った。

 

「今回のサイレント・ゼフィルス強奪事件はアラスカ条約に基づき、外部への公開が義務付けられた」

 

 セシリアの表情が強張る。

 IS学園内で起きた事件であれば、隠匿する事は可能だが、ここは学園の外。隠匿することは許されない。

 セシリアの胸に冷たいものが落ちる。

 

「公開……ということは、各国にも?」

「軍事機密ではあるが、条約上IS関連の重大事案は隠せん。特に今回は、軍施設への侵入、ISの強奪、そして……織斑殿が標的になった」

 

 一夏は眉をひそめた。

 となると、公開される情報は強奪された事だけにはとどまらない。

 自分が世界規模の問題の中心に立たされているという現実が、じわじわと胸にのしかかってくる。

 

「俺が狙われた理由も、ですね」

「そうだ。各国は必ず理由(・・)を求めてくる。なぜ織斑一夏が狙われたのか──その説明が必要になる。唯一の男性操縦者……と言うだけでは納得がいかないのは君もだろう?」

 

 ハリントンは続けた。

 

「そしてもう一つ。この件を受けて──君の姉君が、イギリスに来たいと言っている」

「千冬姉が……?」

「彼女は調べたいことがあると言っていた。篠ノ之束が関与している事、そしてゼフィルスの操縦者について」

 

 セシリアは驚きつつも、どこか納得したように頷いた。

 ただの強奪事件なら千冬が出張ることはなかっただろうが、敵の目的は一夏に合った様に思う。

 目的が一夏に会う為で、その為の手段として強奪事件を起こした様にセシリアは思う。

 胸の奥に、説明のつかない不安が渦巻く。だが同時に、千冬が来るという事実が心強くもあった。

 

 

「千冬姉さまなら……当然ですわね。一夏さんが狙われたのですもの」

 

 ハリントンは腕を組み、低い声で続けた。

 

「織斑殿。昨日の戦闘で、少女があなたを知っているようだったと」

 

 一夏は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。

 

「……わかりません。でも……あいつの声を聞いた時、胸がざわついた。まるで……昔、どこかで会ったことがあるみたいで」

 

 その感覚は曖昧で、霧の中に手を伸ばすような不確かさだったが、確かに心の奥を揺さぶった。

 ハリントンは目を細める。

 

「失礼ながら、我々は貴殿の過去を調べさせてもらった。──貴殿の幼少期には不自然な空白がある。それは姉君も同様だ」

 

 一夏は息を呑んだ。

 

(やはり……そうなのか)

 

 胸の奥に沈んでいた疑念が、形を持って浮かび上がる。

 知らないはずの過去が、自分の足元を揺らすような感覚に襲われた。

 ハリントンは立ち上がり、二人を見渡した。

 

「アラスカ条約に基づき、我々は各国と情報共有を行う。だが、ゼフィルスを強奪した彼女の正体は依然不明なままだ」

 

 セシリアが拳を握る。

 

「彼女……一夏さんを狙っていました。理由がわからないままでは……また襲われるかもしれませんわ」

「その通りだ。だからこそ、織斑千冬の協力は大きい」

 

 ハリントンは一夏に視線を向けた。

 

「織斑殿、オルコット嬢。これからの数日間は、軍の護衛を増やす。特に織斑殿は、単独行動を控えてもらう」

 

 異論はありませんな? と続けた准将に、セシリアは頷きを返す。

 セシリアとて、その重要性は痛いほどわかっている。

 昨日、要求を跳ね除けた時とは状況が変わり過ぎている。

 

「織斑殿。あなた自身が、この事件の鍵だ。覚悟しておいてくれ」

 

 一夏はゆっくりと頷いた。

 

「……わかりました」

 

 応接室に静寂が落ちた。

 外では護衛の兵士たちが配置につく気配があり、屋敷全体がまるで要塞のように緊張を帯びていく。

 その音ひとつひとつが、一夏の胸に重く響いた。

 一夏は拳を握りしめ、胸の奥に渦巻く不安を押し込める。

 

「……俺が鍵、か」

 

 呟きは小さかったが、セシリアにははっきり聞こえた。

 彼女はそっと一夏の隣に立ち、迷いのない瞳で見上げる。

 

「一夏さん。あなたが狙われた理由……必ず突き止めましょう。わたくしも、全力でお力になりますわ」

 

 一夏は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう、セシリア。でも……巻き込みたくないんだ」

 

 セシリアは肩をすくめると、やれやれと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「巻き込んだのはこちら側でしてよ」

 

 その言葉は、静かに一夏の心を支える温もりを持っていた。

 ハリントン准将は二人のやり取りを見守り、やがて咳払いを一つ。

 

「織斑殿。姉君は明日にはロンドン入りする。到着次第、我々と合流し、情報の照合を行う予定だ」

「千冬姉が……」

「彼女は篠ノ之博士が動いた理由を知りたがっていた。今回の件は、単なる強奪事件では済まん可能性がある」

 

 セシリアの表情が曇る。

 

「ゼフィルスを操っていた少女……彼女は一夏さんを知っているようでした。もし本当に過去に関係があるのだとしたら……」

「その過去が、意図的に隠されている可能性があるということだ」

 

 ハリントンの言葉に、一夏の胸がざわつく。

 

──幼少期の空白。

──少女の声に覚えた既視感。

 

「……俺の過去に、何があったんだ」

 

 思わず漏れた呟きに、セシリアがそっと手を伸ばした。

 その手は震えていたが、温かかった。

 

「一夏さん。どんな過去でも……わたくしはあなたの味方ですわ」

 

 一夏はその手を見つめ、ゆっくりと握り返した。

 そのぬくもりが、混乱する心に小さな明かりを灯す。

 ハリントンは静かに頷く。

 

「オルコット嬢はともかく、覚悟を決めておいてくれ。これから先は、ただの学生ではいられん」

 

 その言葉が落ちた瞬間、屋敷の外でヘリの音が響いた。

 軍の増援だろう。

 世界が動き始めている──そんな予感が、一夏の胸に重くのしかかった。

 ヘリの音が遠ざかっていく頃、オルコット家の屋敷には再び静けさが戻っていた。

 だがその静けさは、嵐の前のそれに近い。

 セシリアと一夏がハリントンの見送りの為、応接室を出ようとした時、そのハリントンの通信端末が震えた。

 画面を確認した彼は、わずかに眉を上げる。

 

「……織斑千冬殿が、予定より早く到着した」

「えっ、もう?」

 

 一夏が驚きの声を上げる。

「軍の専用機を使ったらしい。こちらに向かっているとのことだ」

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 屋敷の前庭に黒塗りの軍用車が滑り込む。

 ドアが開き、織斑千冬その人が降りる。

 その姿を見た瞬間、一夏の表情が緩む。

 

「千冬姉!」

 

 だが千冬は、弟の顔を見るなり一瞬だけ表情を曇らせた。

 すぐにいつもの冷静な仮面に戻るが、その一瞬をセシリアは見逃さなかった。

 その曇りは、千冬の胸に秘めた葛藤の影だった。

 

(……千冬姉さまは、何かを知っている……?)

 

 千冬はハリントンと短く挨拶を交わし、すぐに本題へ入る。

 一夏を見るその目は、昨夜の戦闘の余韻を探るように冷たく、しかしどこか焦りを含んでいる。

 その視線は、弟を守りたいという強い意志と、避けられない現実への覚悟が入り混じっていた。

 一夏が駆け寄ろうとした瞬間、千冬は手を軽く上げて制した。

 

「状況はハリントン准将から聞いた。……お前が無事で何よりだ」

 

 千冬は応接室に入り、机の上に置かれた資料に目を通す。

 ページをめくる指先は迷いなく、しかしその瞳の奥には深い葛藤が揺れていた。

 

──ゼフィルスを操っていた少女。

──織斑一夏を狙った謎の存在。

 

 千冬はその正体を知っている。

 織斑マドカ──自分と一夏の家族(・・)である少女。

 だが千冬は、その名を口にしなかった。

 一夏の記憶には空白がある。

 その空白に触れれば、彼の心に余計な負担を与えるだけだと知っていた。

 

(……今はまだ言えん。あの子の名も、過去も)

 

 千冬の胸に、重い決断が沈んでいた。

 守るために隠す──その選択が正しいのかどうか、答えは出ないままだ。

 千冬は資料を閉じ、ハリントンへ向き直る。

 

「サイレント・ゼフィルスを強奪した操縦者については、私の方でも調べている。だが……まだ確証はない」

 

 一夏が不安げに千冬を見る。

 

「千冬姉……俺、あいつの声を聞いた時……」

「一夏」

 

 千冬は弟の言葉を遮り、静かに首を振った。

 

「今は余計なことを考えるな。今のお前は守る側ではなく、守られる側の立場だ」

 

 その言葉は優しさと厳しさが同居していた。

 一夏はそれ以上踏み込めず、唇を噛む。

 千冬の言葉の裏にある真実(・・)を感じ取りながらも、問いただす勇気が出なかった。

 セシリアは胸の奥がざわつくのを感じた。

 千冬の態度は明らかに何かを隠しているモノのそれだった。

 

 その時──

 応接室の扉が勢いよく開き、英国軍の将校が駆け込んできた。

 

「准将! 緊急連絡です!」

 

 ハリントンが眉をひそめる。

 

「どうした」

「サイレント・ゼフィルスの反応を確認! ロンドン北部の空域に微弱な反応が……!」

 

 室内の空気が一瞬で凍りつく。

 

「サイレント・ゼフィルス……!?」

 

 一夏が思わず立ち上がる。

 セシリアも息を呑んだ。

 胸が強く脈打ち、全身が冷たくなる。

 将校は続ける。

 

「まだ距離はありますが、こちらの監視網に引っかかりました! 進行方向は……オルコット家方面の可能性があります!」

 

 千冬の瞳が鋭く光った。

 

「来たか……」

 

 その声には、覚悟と怒り、そして焦燥が混じっていた。

 千冬の中で、過去と現在が激しく衝突していた。

 ハリントンは即座に指示を飛ばす。

 

「全軍に通達! 対空監視を厳に! 織斑殿とオルコット嬢は至急避難を──」

 

 だが千冬がその言葉を遮った。

 

「待て。標的は一夏だ。動けば逆に危険だ」

 

 千冬は一夏の肩に手を置き、真っ直ぐに見つめる。

 

「一夏。落ち着け。……いいな?」

 

 一夏は息を呑み、震える声で答えた。

 

「……ああ」

 

 セシリアは拳を握りしめ、一夏の隣に立つ。

 

「一夏さんは……わたくしが守りますわ」

 

 千冬は一瞬だけセシリアを見つめ、わずかに頷いた。

 

「頼む。……お前なら任せられる」

 

 その言葉には、姉としての信頼が込められていた。

 セシリアの胸に、強い決意が燃え上がる。

 外ではすでにヘリが再び飛び立ち、兵士たちが慌ただしく動き始めている。

 嵐は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 英国軍の報告を聞きながら、千冬は表情一つ変えずに立っていた。

 冷静さを装おう程に、胸の内は嵐の様に荒れている。

 弟の前では決して見せない焦りが、心の奥で渦巻いていた。

 サイレント・ゼフィルス反応──その操縦者は、ほぼ間違いなくマドカだ。

 千冬はその事実を知っている。

 だが、一夏には言えない。言わない。

 

(あの子の存在を伝えれば……一夏は……)

 

 一夏の記憶の空白。

 その空白に触れれば、彼の心は崩れてしまうかもしれない。

 だから千冬は、あえて何も言わない。

 一夏を守るために。

 胸の奥に沈んだ決意は、鋼のように固く、しかし同時に痛みを伴っていた。

 家族を守るために──否、家族であろうとする(・・・・・・・・・)ために嘘をつくその重さを、千冬は誰よりも理解していた。

 

(私が背負えばいい。あの子のことも、一夏のことも)

 

 千冬は拳を握りしめた。

 その指先が白くなるほど強く。

 

(……マドカ。お前が何を望んでいるのか、私はわかっている)

 

 だが、それを叶えることはできない。私が、させない。

 一夏を守るために。

 千冬は深く息を吸い、冷静な仮面を再びかぶる。

 

(……来るなら来い。だが、一夏には指一本触れさせん)

 

 その決意は鋼のように固かった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。