ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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もう一人の

 報告を受けた瞬間から、千冬の動きには一切の迷いがなかった。

 応接室を出た彼女の足取りは鋭く、まるで戦場へ向かう兵士そのものだった。

 

「千冬姉、どこへ──」

 

 一夏が追いかけようとしたその時、屋敷の裏手で重い金属音が響いた。

 空気が震え、微かな光が走る。

 セシリアが息を呑む。

 

「……まさか……!」

 

 庭へ出た一夏の目に飛び込んできたのは──

 淡い桜色の光を纏い、静かに浮かび上がる一機のIS。

 その姿は、どこか神秘的で、しかし圧倒的な威圧感を放っていた。

 

「暮桜……!」

 

 セシリアが驚愕の声を上げる。

 英国軍の兵士たちもざわめき、ハリントン准将でさえ目を見開いた。

 そして──織斑千冬。

 

「ち、千冬姉……そのIS……!」

 

 狼狽が声に滲む。

 千冬がISを纏う姿など、あの日──自身が誘拐された日を最後に見ていない。

 ましてや暮桜は、千冬が封印同然に扱っていた機体だ。

 千冬は振り返り、一夏を見据えた。

 

「一夏。ここから先は私が行く」

「でも……! そのIS、どうして……!」

 

 千冬は短く息を吐き、冷静な声で告げた。

 

「必要だからだ。……お前を守るためにな」

 

 その言葉は、鋼のように揺るぎなかった。

 千冬は視線を空へ向ける。

 遠く、北の空に微かな光点が見えた。

 サイレント・ゼフィルス──マドカが乗る機体。

 千冬の声が低く響く。

 

「出るぞ」

 

 その瞬間、暮桜の背部スラスターが桜色の光を噴き上げた。

 風が爆ぜ、地面の草が一斉になびく。

 

「千冬姉──!」

 

 一夏が思わず手を伸ばす。

 だが千冬は振り返らず、ただ一言だけ残した。

 

「一夏。……絶対に戦場に上がるな」

 

 次の瞬間──暮桜は桜吹雪のような光を散らしながら、空へと跳躍した。

 その姿は、まるで空へ舞い上がる刃の様。

 セシリアは震える声で呟く。

 

「……千冬姉さまが、暮桜を……」

 

 一夏は拳を握りしめ、空を見上げた。

 胸の奥が締め付けられる。

 

(また、俺は千冬姉に守ってもらうだけなのか……!)

 

 空の彼方で、二つの光が交差しようとしていた。

 桜色の光──暮桜。

 そして、紫の影──サイレント・ゼフィルス。

 空へ跳躍した暮桜は、桜色の残光を尾に引きながら一気に加速した。

 その軌跡は、まるで空を裂く一筋の光。

 対する紫の影──サイレント・ゼフィルスもまた、千冬の接近を察知したかのように軌道を変え、迎撃態勢へ移行する。

 空の高みで、二つの光がぶつかり合った。

 衝突の瞬間、空気が悲鳴を上げた。

 衝撃波が円形に広がり、雲が裂ける。

 暮桜の雪片が弧を描き、ゼフィルスの銃剣と激突した瞬間、桜色と紫の火花が散りる

 空気が震え、光が弾ける。

 

「……来たか、織斑千冬」

 

 マドカの声が、静かに響く。

 その表情は冷静だが、瞳の奥には確かな緊張が宿っていた。

 暮桜が一瞬で間合いを詰める。

 千冬の動きは、かつて世界最強と呼ばれた頃と何ひとつ変わらない。

 いや──束であれば、陰りが見えているのに気が付いたかもしれないほどの、動き。

 ゼフィルスの、スター・ブレイカーに取り付けられた銃剣が弧を描き、暮桜の雪片と交差する。

 火花のような光が散り、空が一瞬だけ白く染まった。

 地上から見上げる一夏は、ただ見ているしか出来ない。

 

「千冬姉……!」

 

 一夏の胸が締め付けられる。

 自分はまた、守られる側に立っている。

 自身の姉が危険な空へ飛び立ち、自分は地上で見ているだけ。

 

(俺は……何もできないのか)

 

 拳を握りしめたその時──空で、光が大きく弾けた。

 暮桜がサイレント・ゼフィルスの攻撃を受け流し、逆に一撃を叩き込んだのだ。

 紫の影がわずかに揺らぎ、マドカの息が乱れる。

 

「……さすが、織斑千冬だな」

 

 だが、マドカは笑った。

 その笑みは、どこか哀しげで、そして決意に満ちていた。

 

「でも──私は退けない。これが、私の願い(・・)だから」

 

 ゼフィルスの全身が紫光を強く放つ。

 まるで闇が凝縮したような、冷たい輝き。

 千冬はその変化を見逃さない。

 

「……来るか」

 

 暮桜の桜光がさらに濃くなる。

 空の中心で、二つの光が再び交差しようとしていた。

 次の瞬間、ゼフィルスが弾丸のように突進する。

 紫の光が千冬の視界を塗りつぶし、銃剣が横薙ぎに迫るが、千冬はわずかに顎を引き、雪片を縦に構えて受け止めた。

 金属同士が擦れ合う甲高い音が空に響き、火花が散る。

 その火花一つ一つが、まるで桜の花弁のように舞い落ちていく。

 千冬がサイレント・ゼフィルスの銃剣を弾くと同時に、返す刀でその身を斬りつける。

 紫の影──サイレント・ゼフィルスが大きく揺らいだ。

 暮桜の一撃は確かにマドカの機体を捉え、ゼフィルスは制御を失ったように回転しながら高度を落としていく。

 

「……堕ちるぞ!」

 

 地上で見ていた英国軍の兵士たちがざわめき、セシリアが口元を押さえる。

 だが──千冬は追撃しない。

 その視線は、落下するゼフィルスの挙動に釘付けになっていた。

 

「……違う。あれは墜ちている(・・・・・)んじゃない」

 

 一夏が呟く。

 紫の光が、黒へと変質していく。

 落下していたゼフィルスが、地面に触れる寸前で──静止した。

 空気が凍りついたような、異様な沈黙。

 風すら動きを止め、世界が黒い機体の変貌を見守っているかのようだった。

 まるで空間そのものが凍りついたような、不気味な静止。

 次の瞬間、ゼフィルスの装甲が音もなく割れ、黒い霧のようなエネルギーが噴き出す。

 その霧は装甲を塗りつぶすように広がり、機体全体を包み込んだ。

 

「……第二形態移行(セカンド・シフト)……!」

 

 千冬の声が低く震える。

 その姿は──黒。

 黒式の表面を走る黒光は、まるで生き物のように脈動し、形を変え続けていた。

 白式のシルエットをそのまま反転させたような、禍々しい黒。

 だが、ただの模倣ではない。

 白式の()が実体化したような、異様な存在感。

 地上の兵士たちが思わず後ずさる。

 同じ、サイレント・ゼフィルスの変化を見ていた見ていた一夏は、かすれた声で呟く。

 

「……白式……なのか……?」

 

 胸の奥がざわつく。

 白式は自分の機体だ。

 その黒い影(・・・)が空に浮かんでいるというだけで、心臓が締め付けられるような感覚が走る。

 マドカは静かに目を開いた。

 その瞳は、先ほどまでの冷静さとは違う。

 深い闇を宿したような、覚悟の色。

 

「……これが、私に与えられたもう一つの役目(・・・・・・・)

 

 黒いゼフィルスが、ゆっくりと千冬へ向き直る。

 

「私が織斑千冬(・・・・)になれれば、また一夏と一緒にいられる」

 

 千冬は雪片を構え直す。

 

「……マドカ。お前は、どこまで──」

 

 黒い白式──黒式が、低く唸るような音を発した。

 次の瞬間、空気が裂けた。

 黒式の突進は、先ほどとは比べ物にならない速度だった。

 視界から消えたかと思えば、次の瞬間には千冬の懐へ入り込んでいる。

 千冬は反射的に雪片を横へ払うが、黒式の刃はその上を滑るようにかわし、逆に千冬の肩口へ迫る。

 

「千冬姉──!」

 

 一夏が叫ぶ。

 だが千冬は振り返らない。

 ただ、静かに呟いた。

 

「……一夏、お前が戦場に上がらずに済むように──私がここで終わらせる」

 

 雪片の刀身が白く輝き、黒い影へ向けて閃いた。

 空で激突する桜色と黒の光。

 その中心にある黒式。

 一夏は、目を離せなかった。

 恐怖でも、驚愕でもない。

 もっと根源的な、胸の奥を掴まれるような感覚。

 

(……なんだ……あれ……)

 

 黒式は、まるで一夏の視線に応えるように、ゆっくりと頭をこちらへ向けた。

 

──心臓が跳ねた。

 

 視線が合ったわけではない。

 だが、確かに見られた(・・・・)と感じた。

 黒式の装甲が、脈動するように黒光を放つ。

 その光は、白式の起動時に感じる反応とどこか似ていた。

 

(白式……? いや……違う……でも……)

 

「一夏さん、どうされました……?」

 

 セシリアの声が遠く聞こえる。

 一夏は答えられなかった。

 黒式は、千冬と交戦しながらも、確かに一夏(自分)の存在を捉えている。

 そんな気配が、全身を締め付ける。

 千冬が雪片で黒い影を斬り払う。

 だが黒式は、まるで痛みを感じないかのように動きを止めない。

 

(呼んでいるのか……? 俺を……?)

 

 黒い白式が、再び脈動した。

 その光は、まるで一夏の心臓の鼓動と同期するかのように強弱を繰り返す。

 

「……白式……?」

 

 思わず呟いた瞬間、ガントレットが輝いた気がした。

 黒式が、空中で千冬との攻防を続けながらも、確かに一夏へ向けて()を伸ばす。

 その動きは、まるで──一夏に来いと誘うようで。

 

「一夏! 見るな!」

 

 千冬の叫びが響く。

 だが一夏の足は、無意識に前へ出ていた。

 

(……俺は……呼ばれている……?)

 

 黒式の光が、一夏の瞳に焼き付く。

 その奥に、言葉にならない何か(・・)があった。

 恐怖と、懐かしさと、そして──

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 黒式──サイレント・ゼフィルスの第二形態が、空で禍々しい光を放ちながら千冬と交戦する。

 だがその動きの端々に、明らかに別の意図が混じっていた。

 一夏へ向けられた、あの伸ばされた手。

 千冬はそれを見逃さなかった。

 

「一夏、下がれ! 絶対に前へ出るな!」

 

 暮桜の刀で黒式と斬り合いながら、千冬は鋭く叫ぶ。

 その声には、指揮官ではなく──弟を守ろうとする姉の必死さが滲んでいた。

 だが一夏の足は止まらない。

 

「千冬姉……俺、なんか……呼ばれて……!」

「そんな訳がない!」

 

 千冬が叫んだ瞬間──黒式が、千冬の背後に回り込んだ。

 

「──弱くなったな」

 

 振り向きざまに千冬は雪片を振るう。

 白き刃が黒式を切り裂くが、浅い。

 黒式は千冬を無視するかのように、一夏の方へ向き直る。

 千冬の顔が険しくなる。

 

「一夏に近づくな!」

 

 暮桜が加速し、黒式の進路を塞ぐ。

 だが黒式は、千冬の攻撃を避けるのではなく──千冬ごと押しのけた。

 黒い腕が暮桜の刀を掴み、力任せに弾き飛ばす。

 千冬の身体が空中で揺れ、バランスを崩す。

 

「千冬姉!」

 

 叫ぶ一夏の声に、黒式の頭部がゆっくりと向けられる。

 その瞬間──一夏が腕に嵌めている、ガントレットが強烈に脈動した。

 

 痛みではない。

 熱でもない。

 引き寄せられる。

 黒い白式の存在が、一夏の心を掴んで離さない。

 

(……なんで……俺は……)

 

 黒式が、地上へ向けて降下を始める。

 その軌道は、まっすぐ一夏へ。

 千冬が体勢を立て直し、叫ぶ。

 

「一夏、逃げろ! あれは──お前を!」

 

 だが一夏の足は動かない。

 黒式の黒光が、視界を支配する。

 その姿は、まるで──持ち主を取り戻しに来たかのように。

 

「お前は……!」

 

 声が震える。

 恐怖ではない。

 胸の奥を掴まれるような、抗いがたい引力。

 黒式の黒光が、まるで呼応するように脈動した。

 

──その瞬間。

 

 白い光が、一夏の身体を包んだ。

 

「……え?」

 

 ガントレットが眩い光を放ち、白式のフレームが空間に展開されていく。

 白い羽根のような粒子が舞い、一夏の身体を包み込む。

 

「白式……! なんで、勝手に……!」

 

 だが、白式は一夏の声を無視する。

 黒式の呼び声に対抗するかのように。

 次の瞬間──白式が完全展開され、一夏の身体はふわりと浮かび上がる。

 

「一夏!?」

 

 千冬の驚愕が空に響く。

 黒式が、白式の起動を見て動きを止めた。

 その黒い頭部が、ゆっくりと一夏へ向けられる。

 そして──

 黒式は、白式へ向けて手を伸ばした。

 

「来い……と言ってるんだな」

 

 自分でも驚くほど冷静な声が出た。

 白式の刀──雪片が手に収まる。

 黒式が動いた。

 白と黒、二つの光が空で弾け、衝突の衝撃が空気を震わせた。

 一夏の視界が一瞬、白と黒の光で塗りつぶされる。

 黒式の刃が弧を描き、一夏の首元を狙う。

 一夏はほぼ無意識で反応し、雪片がその軌道を受け止めた。金属音ではなく、光が擦れ合うような鋭い音が響く。

 

「速い……!」

 

 黒式の動きは、千冬と戦っていた時よりも明らかに鋭い。

 まるで一夏が相手であることを前提に、最適化されたような軌道。

 刃と刃が交差するたび、黒式の動きになんらかの意図(・・)が宿っているのが分かる。

 黒式の膝蹴りが白式の腹部を打ち抜く。

 衝撃が走り、一夏の身体が後方へ弾かれるが、一夏は空中で体勢を立て直す。

 

「くそっ……!」

 

 雪片を構え直した瞬間、黒式はすでに一夏の目の前にいた。

 黒い光が尾を引き、刃が横薙ぎに迫る。

 一夏は反射的に雪片を振り上げ、受け止めると火花のような光が散った。

 斬り合いは加速する。

 白と黒の軌跡が空に幾重にも重なり、まるで空そのものに線を刻むようだった。

 黒式の動きはどこか懐かしく、しかし圧倒的に鋭い。

 一夏の身体が、知らぬ間にそのリズムに引き込まれていく。

 

「チィィ……!」

 

 白式の雪片が黒式の腕を弾き、黒式の刃が白式の肩をかすめる。

 衝撃はあるが、痛みはない。

 ただ、黒式の動きが──どこか懐かしい。

 

(……なんなんだよ、お前……)

 

 黒式が一瞬、動きを止めた。

 その隙を逃さず、一夏は雪片を振り抜く。

 白い軌跡が黒式の頭部をかすめ──バイザーが割れた。

 黒い破片が空に散り、露わになった素顔。

 

「……え……?」

 

 一夏の動きが止まる。

 そこにあったのは──千冬に、あまりにもよく似た少女の顔。

 瞳の色も、輪郭も、表情の強さも。

 だが、どこか幼く、儚い。

 

「……千冬姉……?」

 

 少女は静かに微笑んだ。

 その笑みは、どこか諦めを含んでいた。

 

「私はマドカ。──私は織斑千冬ではなく、私は貴様(・・・・)だ」

 

 黒式の全身が黒い霧に包まれる。

 

「今日は、ここまでだな」

「待て! お前は──!」

「また会えるさ。だって……」

 

 黒い霧が濃くなり、輪郭が揺らぐ。

 

「──私は、一夏の()なのだから」

 

 その言葉を最後に、黒式は虚空へ消えていった。

 残されたのは、白式を纏ったまま呆然と空を見上げる一夏と──静かに降り立つ暮桜を纏った千冬のみ。

 

「……一夏……」

 

 胸の奥がざわつき、呼吸が浅くなる。

 千冬にそっくりな少女。

 そして──私は貴様だ(・・・・・)という言葉。

 

(……マドカ……君は……)

 

 白式の光がゆっくりと消えていく中、一夏はただ空を見つめていた。

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