ちょっと大人なインフィニット・ストラトス   作:たんたんたんめん@オルコッ党員

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交わる決意

 ロンドン郊外に広がる広大な敷地。

 薄い雲が垂れ込め、陽光は弱々しく屋敷の外壁を照らしていた。広大な庭園は静まり返り、風が草木を揺らす音だけが微かに響いている。

 その中心に建つオルコット家の屋敷は、外観こそ優雅さを保っているが、内部には急ごしらえの警備網と、緊張した空気が張り詰めている。

 普段ならば格式ある静けさが漂うはずの廊下も、今はどこか落ち着かず、空気が重い。

 使用人たちの姿がないだけで、屋敷はまるで別の場所のようだった。

 応接室は、重厚な調度品に囲まれながらも、どこか落ち着かない雰囲気を漂わせていた。

 壁に掛けられた絵画や古い時計の針の音さえ、今は妙に大きく聞こえる。

 ここにいる三人──一夏、セシリア、そして千冬は、これからの行動をどうするか話し合いをするために集まっている。

 ここに、ハリントンをはじめとする軍人がいないのも理由があった

 

「……さて、状況を整理するぞ」

 

 千冬が背もたれから身を起こし、静かに口を開いた。

 その声音は、屋敷の静寂を切り裂くように鋭い。

 一夏はその声に、胸の奥がわずかに強張るのを感じた。千冬が本気である証拠だ。

 

「学園に戻れば、情報の秘匿はしやすい。夏休みではあるが、箒、鈴、デュノアは帰省はせずに学園内に留まっている。戦力は揃う」

 

 イギリスにもIS部隊はあるが、その全てをここに集結させる事は出来ない。

 だが、学園に戻れば専用機持ちが複数人揃えられる。

 学園に戻るメリットは十分にあった。

 だが、とセシリアは膝の上で指を絡め、不安げに視線を落とした。

 彼女の瞳には、恐れと責任感が複雑に揺れていた。

 

「……学園に戻る途中で襲撃を受ければ、他国の領空で戦う事になりますわ。それは、あまりにも危険です。外交問題に発展しかねません」

「その通りだ」

 

 千冬は短く頷く。

 

「だが、ここに留まれば留まったで、また一般人を巻き込む可能性がある。敵の狙いが一夏だとすれば、なおさらだ」

 

 一夏はその言葉に肩を揺らし、苦い表情を浮かべた。

 胸の奥に、じわりとした罪悪感が広がる。

 自分が原因で誰かが傷つくかもしれない──その恐怖は、何度経験しても慣れるものではなかった。

 

「……俺が狙われてるなら、どこにいても危険なんだと思う。でも、学園に戻れば、みんなを巻き込むかもしれない」

 

 セシリアは顔を上げ、一夏を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には揺るぎない決意が宿っている。

 恐怖よりも、一夏を守りたいという想いが勝っていた。

 

「一夏さん……あなたのせいではありませんわ。ですが、ここで戦えば、私の家の者や近隣の方々に被害が出るかもしれません。それは承知の上ですか?」

「それでも」

 

 一夏はゆっくりと息を吸い、二人を見渡した。

 自分の中で何かが固まっていく感覚があった。逃げるのではなく、向き合う覚悟。

 

「ここで逃げるみたいに帰るのは、違うと思うんだ。マドカが何を考えてるのか、どうして俺を狙うのか……それを掴まない限り、どこにいても同じだろ」

 

 千冬は目を細め、わずかに顎を引いた。

 

「つまり、イギリスに留まり、敵の動きを探る……そう言いたいのか」

「ああ。それに、ここならセシリアの家のコネも使えるし、情報は集めやすいはずだ。それに、戦闘になっても、俺たちだけでも十分に対処できるだろ」

 

 セシリアは驚いたように瞬きをしたが、すぐに表情を引き締めた。

 一夏が自分を頼りにしてくれる──その事実が、胸の奥に温かい光を灯す。

 

「……確かに、イギリスであれば私の家の力を使えますわ。政府や軍とも連携できますし、動向を追うには最適ですわね」

 

 近隣の住民は避難させ、家の使用人も当面の間、暇を与えれば人的被害は抑えられる。

 何より、一夏がこうして自身頼ってくれることが嬉しかった。

 

「ただし」

 

 千冬が鋭い視線を向ける。

 その視線は、弟を案じる姉としてのものだった。

 

「留まる以上、次の襲撃は確実に来ると考えろ。その覚悟があるか、一夏」

 

 一夏は迷わず頷いた。

 

「どこへ逃げても、狙われるのは変わらない。だったら――」

 

 言葉を区切り、強い意志を宿した瞳で二人を見据える。

 

「ここで迎え撃つ。アイツの狙いを突き止めて、終わらせる」

 

 セシリアは胸に手を当て、小さく微笑んだ。

 その笑みには、恐れよりも信頼があった。

 

「……でしたら、私も全力で協力いたしますわ。一夏さん。この家も、私も、あなたの力になります」

 

 千冬は深く息を吐き、決断を下す。

 

「──イギリスに留まる。情報収集を最優先に、次の動きを探るぞ」

 

 その瞬間、屋敷の静寂の中に、三人の覚悟が確かに重なった。

 外は曇天。

 厚い雲の向こうで、風が不穏に渦を巻いている。まるでこれから訪れる嵐を予告するかのように。

 しかし、その下で彼らは確かに前へ進む決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 話を終えた千冬が、ハリントンにも話をしてくると部屋を出ていく。

 重い扉が閉まる音が響き、応接室には一夏とセシリアだけが残された。

 しばしの静寂。

 扉の向こうに千冬の足音が消えていくと、部屋の空気がわずかに変わった。

 緊張が薄れた筈なのに、妙に胸がざわつく。

 二人きりになったという事実が、互いの意識を強く刺激していた。

 セシリアは立ち上がりかけた一夏を、そっと呼び止める。

 

「……あの、一夏さん。少しだけ、お時間をいただけますか?」

 

 一夏は振り返り、首を傾げる。

 

「ん? どうしたんだ、セシリア」

 

 セシリアは言葉を選ぶように視線を落とし、それから意を決したように一歩近づいた。

 彼女は胸元で両手を重ね、瞳を揺らす。

 その瞳hあ、まるで深い湖面に小石を落としたように揺れ、そこに映る一夏の姿を必死に追いかけていた。

 

「あなたが傷つくのは……わたくし、耐えられませんの」

 

 一夏は驚いたように目を瞬かせた。

 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。誰かにこんなふうに心配されることに、まだ慣れていない。けれど、嫌ではなかった。

 

「セシリア……」

「もちろん、あなたが戦う理由も、覚悟も理解しています。でも……あなたが無茶をすれば、わたくしは……」

 

 言葉が途切れ、セシリアは小さく息を吸う。

 彼女の喉が震え、声にならない想いがそこに詰まっているのが分かった。

 そして、ほんの一瞬だけ迷った後、そっと一夏の手を取った。

 柔らかく、温かい指先。

 一夏は反射的に肩を揺らしたが、手を振りほどくことはしなかった。

 その温もりが、まるで心の奥に直接触れてくるようで、一夏は言葉を失う。

 

「……あなたがここに留まると言うのなら、わたくしは全力で支えます。ですが……どうか、自分を粗末に扱わないでくださいませ」

 

 一夏は握られた手を見下ろし、少し照れたように笑った。

 その笑みの裏には、戦いへの恐れや迷いが確かにある。

 だが、それ以上に──自分を信じてくれる誰かがいるという事実が、彼を支えていた。

 

「ありがとう、セシリア。でも、大丈夫だよ。俺は……誰かを守るために戦うんだ。自分を捨てるためじゃない」

 

 その言葉に、セシリアの表情がふっと緩む。

 安堵と、ほんの少しの甘さが混じった微笑み。

 その微笑みは、一夏の胸に静かに染み込んでいく。守りたいと思わせるほどに、優しくて、強かった。

 

「……でしたら、信じますわ。一夏さんの強さを」

 

 彼女は手を離さず、むしろ指を絡めるように握り直した。

 距離が近い。

 息遣いが触れそうなほど。

 一夏の心臓が跳ねる。戦場とは違う種類の緊張が、全身を包み込んだ。

 

「それに……」

 

 セシリアは頬を染め、視線を逸らす。

 

「あなたが頼ってくださるのは……その……嬉しいのですわ。……あなたの力になれるのなら」

 

 一夏は少しだけ顔を赤くしながら、真っ直ぐに彼女を見る。

 彼の胸には、言葉にできない感情が渦巻いていた。頼るという行為が、こんなにも誰かを喜ばせるのだと、今さらながら気づかされる。

 

「俺が、お前を頼らなかった事があるか?」

 

 それは、織斑一夏の戦いの記憶。

 

 ──クラス対抗戦で不明機が現れた時は、自分の背中を支えてくれた。

 ──タッグマッチトーナメントでは、震える自分を抱きしめてくれた。

 ──福音との戦いの最中、一夏の胸の中にはセシリアの顔が浮かんだ。

 

 いつだって、一夏の戦いの中にはセシリアがいた。

 だからこそ彼の言葉は、セシリアの心を揺らす。

 胸の奥が熱くなる。自分が彼の力になれていたという事実が、涙が出るほど嬉しかった。

 

「一夏さん……」

「セシリア……」

 

 お互いの瞳に吸い込まれるように、少しずつ距離が縮まる。

 一夏の手がセシリアの肩に置かれ、彼女は「あ」と小さく声を漏らす。

 肩に触れた手の重みが、全身を震わせる。

 あと少しで唇同士が触れようか、と言うところで──

 扉がノックされ、二人は同時に肩を跳ねさせた。 

 一夏は慌てて手を離し、セシリアは咳払いをする。

 

「お嬢様。少しよろしいでしょうか」

 

 チェルシーの声が響き、緊張が一気にほどける。

 

「……い、今行きますわ!」

 

 セシリアは顔を赤くしたまま一夏に向き直り、小さく囁くように言った。

 

「……続きは、また後で。今度は……二人きりで」

 

 一夏は意味を測りかねたように目を瞬かせたが、セシリアはそれ以上何も言わず、軽やかに部屋を出ていった。

 去り際、彼女の横顔には、決意と期待が入り混じった微笑みが浮かんでいた。

 残された一夏は、しばらくその場に立ち尽くす。

 

「……えーと……続きってどこまでやる感じ……?」

 

 幼馴染に、超絶朴念仁と言われた彼の姿はここにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 自室へ戻ったセシリアは、扉を閉めた瞬間──

 背中を預けるようにして、ずるずるとその場に座り込んだ。

 

「~~~~っ……!」

 

 声にならない声が喉の奥で震える。

 頬は熱く、胸の鼓動はまだ落ち着かない。

 手を見つめる。

 つい先ほどまで、一夏の手を握っていた右手を。

 その温もりが、まるでまだ指先に宿っているかのようだった。

 

「ど、どうしましょう……わたくし……」

 

 指先に残る温もりを思い出すたび、胸の奥が甘く疼く。

 彼の言葉が、何度も脳裏で反芻される。

 

『俺が、お前を頼らなかった事があるか?』

 

「そ、そんな……そんなこと言われたら……!」

 

 セシリアはベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。

 金色の髪がふわりと広がり、白いシーツに散る。

 胸の奥がじんわりと熱く、息がうまく整わない。

 恋という感情が、こんなにも激しく心を揺らすものだとは思わなかった。

 

「頼ってくださるだけでも嬉しいのに……あんな、まっすぐ……」

 

 枕をぎゅっと抱きしめ、足先がばたばたと動く。

 普段は気品ある令嬢である彼女の姿は、今やどこにもない。

 

「近かった……本当に、あと少しで……」

 

 唇が触れそうだった距離を思い出し、胸が跳ねる。

 あの瞬間、もしノックがなければ──と考えた途端、全身が熱くなる。

 

「わ、わたくし……どうにかなってしまいますわ……!」

 

 枕に顔を押しつけたまま、セシリアは身をよじる。

 嬉しさ、恥ずかしさ、期待──それらが一気に押し寄せ、心が追いつかない。

 

「続きはまた後でなんて……わたくし、何を言っているのですの……!」

 

 自分の言葉を思い返し、さらに顔が熱くなる。

 

「で、でも……二人きりで……お話したいのは、本当ですわ……」

 

 言い訳がましく呟き、胸元を押さえる。

 鼓動はまだ早いまま。

 そのとき、窓の外で風が揺れ、カーテンがふわりと膨らんだ。

 曇天の空は重く、嵐の前のような気配を漂わせている。

 セシリアは胸に手を当て、そっと目を閉じた。

 彼のためにできることを、全力でしようと改めて心に誓う。

 

──しかし、彼女の頬の熱は、しばらく引く気配を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 ──同じ頃。

 ロンドン中心部から離れた、廃工場の一角。

 薄暗い空間に、電子機器の光だけが点々と灯っている。

 その中央で、少女が一人、無機質なモニターを見つめていた。

 織斑マドカ。

 彼女の瞳は、氷のように冷たく、揺らぎがない。

 その静けさは、怒りや憎しみとは違う。もっと深く、もっと歪んだ感情が底に沈んでいる。

 

「……イギリスに、留まるのか」

 

 モニターには、先ほどの応接室の映像が映し出されている。

 盗撮か、傍受か──方法は不明だが、彼女は確かに一夏たちの会話を聞いていた。

 

「逃げない、か。……一夏らしいな」

 

 千冬とは違う、とマドカは小さく笑う。

 その笑みは、喜びとも怒りともつかない、不気味なものだった。

 その笑みの奥には、執着が静かに燃えている。炎ではなく、氷のように冷たい熱。

 

「でも……逃げないなら、それでいい」

 

 彼女は椅子から立ち上がり、壁際のケースを開く。

 その中から取り出したスーツに、マドカは指を滑らせる。

 指の動きは、愛おしいものに触れるかのように優しい。

 その優しさが、かえって異様だった。

 まるで壊れ物を扱うように、丁寧で、執拗で、狂気じみている。

 

「私達はずっと一緒なんでしょ」

 

 囁く声は甘く、しかし底知れない狂気を孕んでいた。

 その甘さは、毒のようにじわじわと広がる。

 愛情と呼ぶには歪みすぎていて、憎しみと呼ぶには優しすぎた。

 

「次は……」

 

 モニターに映る一夏の姿を指先でなぞりながら、マドカは静かに呟く。

 その指先は震えていた。怒りではなく、期待と歓喜の震え。

 彼女にとって一夏は、奪うべき存在でも、倒すべき敵でもない。ただ──自分の隣にいるべき存在。

 廃工場の外では、風が唸り、嵐の前触れのように空が揺れていた。




(実はマドカは一夏とセシリアがイチャラブしてるところまでしっかり見てました)
(イチャラブシーンを早く出したいがために1日2話投稿とかしてましたので、ここから投稿ペースが1日1話程度に戻ります)
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