ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
政治パートです。苦手です……
意外にも、次の日もそのまた次の日も襲撃はなかった。
一夏からすれば、連日の襲撃だっただけに、三回目もあると思っていただけに、肩透かしを食らった気分である。
もっとも、それは一夏だけではなく、イギリス軍関係者も同じ気持ちだった。
「もっぱら紅茶党であったが、コーヒーも中々どうして……」
コーヒーの入ったカップを持ち上げて唸るハリントン。
IS学園ではない事情もあって、白式を展開しての訓練も出来ない一夏は、例によって趣味のコーヒーのブレンドに勤しんでいた。
そしてその相手はもっぱらハリントンだったりする。
出会った当初に、セシリアは牽制していたが、一夏から話しかける分には問題ない、と目を瞑っていた。
千冬あたりにコーヒーを振舞えばいいだろうに、とセシリアは思っているし、一夏もそのつもりであるのだが、肝心の千冬が一夏を避けている節があり、こうしてハリントン相手に振舞うことが多い。
一応、護衛の部隊に振舞ったりしているが、仕事を邪魔する訳にもいかないので、コーヒーを淹れたポットや水筒を持っていくだけで済ませていた。
「イギリスにも、良い豆が多くて嬉しいですよ」
一夏がにこやかにカップを持ち上げて笑う。
紅茶文化が根強いこの国ににあって、ここまでの豆を揃えられた喜びが、その表情ににじみ出ていた。
一夏がこうしてハリントンと話しているのは一応、理由はある。
一夏としても本来はセシリアと居たいところではあるが、オルコット家当主としての仕事もあり、常に一緒にいるという事が出来ない事情があった。
一夏はセシリアの仕事ぶりには興味もあるが、恋人とは言え、一応部外者の身である。
強奪事件は別として、セシリアの仕事に首を突っ込むつもりはなかった。
「そこは、オルコット嬢の尽力もあっての事だろうな」
そうなると、時点は千冬なのだが、先に触れたように一夏に会いたくないと言わんばかりに部屋に閉じこもっている。
じゃあその次、として一夏はハリントンの元に来ることが増えていた。
もっとも、准将であるハリントンも多忙を極めるのだが、彼は彼で一夏と触れ合う事は
「まあ、でしょうね。なんでも使用人周りに俺がコーヒーのブレンドが趣味だってのを言って回ってる様で……」
「一夏君。パートナーが趣味を理解してくれる事は悪い事ではないぞ? ──むしろ喜ばしい事だ」
ハリントンのどこか含みのある言葉に一夏が苦笑いを浮かべる。
趣味の世界に講じて、白い目で見られている世のお父様方の事を思えば、確かに自分は恵まれているかもしれない。
一夏とハリントン。出会い方は控えめに言っても良いものではなかったが、人間的な相性は悪くないようで、時間が経つにつれ良好な関係を築けていた。
特に一夏なんかは、同性と話せる環境に永らくいなかった反動もあって、それが顕著に表れていた。
ハリントンからの呼び方についても、いつまでも「織斑殿」と言われるのが一夏としては居心地が悪く、せめて君付けにして欲しい、という願いもあってこうして変わっていたりする。
「時に一夏君」
話の流れが変わる。
カップを置いたハリントンが、一夏の目をじっと見つめる。
「君は、卒業後の身の振り方は考えているのかね?」
部屋の温度が下がった──そう錯覚するほど、ハリントンの声音は静かで、重かった。
「……卒業後、ですか」
一夏は思わず言葉を濁した。
考えていないわけではない。
だが、明確な答えを持っているわけでもなかった。
「現時点で、君は唯一のISを動かせる男性操縦者だ。どの国も欲しがるに決まっているだろう?」
ハリントンは淡々と言う。
だがその瞳の奥には、軍人特有の計算と、個人としての情が入り混じっていた。
「……俺は、セシリアと一緒にいたい。それだけは、はっきりしてます」
「ふむ。それは良い事だ」
だが、とハリントンは指先でカップの縁を軽くなぞる。
「彼女の隣に立つというのは、ただの恋人でいるだけでは務まらんぞ」
その言葉に、一夏は息を呑む。
「オルコット家は英国の象徴の一つだ。彼女はその当主であり、彼女自身が操縦者とと言う事情もあって、軍とも深く関わっている。君が彼女の隣に立つという事は、英国という国家と否応なく関わるという事だ」
それは、薄々気づいていた現実だった。
だが、こうして言葉にされると重みが違う。
「……分かっています。分かってるつもりです」
一夏はゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に、重い石のようなものが沈んでいく。
「俺は、ただ……セシリアの隣にいたい。それだけなんです。でも、それだけじゃ足りないってことも──」
「──気づいているのだな」
ハリントンの声は、先ほどよりも柔らかかった。
そこには軍人としての冷徹さではなく、年長者としての温度が混じっている。
「君が彼女を想うように、彼女もまた君を想っている。だが──」
そこで言葉を区切り、ハリントンは椅子の背にもたれた。
「
一夏は唇を噛んだ。
その言葉は、痛いほど理解できた。
セシリアはオルコット家当主。
英国軍とも深く関わる立場。
そして自分は──唯一の男性IS操縦者。
どれだけ
「……俺は、どうすればいいんでしょうか」
その問いは、弱音ではなかった。
ただ、真剣に未来を考えようとする者の声だった。
ハリントンは少しだけ目を細めた。
「まずは、自覚することだ。一夏君。自分は既に
その言葉は、優しくも残酷だった。
「そこから、逃げることはできん。だが──選ぶことはできる」
「選ぶ……?」
「そうだ。君がどの国に属するのか。どの立場で生きるのか。誰の隣に立つのか。そして──何を守るのか、だ」
何を守るのか。
その言葉が胸に刺さる。
セシリアの笑顔。
千冬の背中。
自分を支えてくれた仲間たち。
そして──自分自身の願い。
守りたいものは、確かにある。
「……難しい話ですね」
ハリントンが立ち上がり一夏に背を向ける。
彼が今、どんな表情を浮かべているのか、一夏が知ることは出来ない。
「そんな事はない。たった一言、その一言で世界が変わることもある」
その言葉の意味を、一夏はすぐには理解できなかった。
だが、胸の奥に小さな火が灯ったような感覚があった。
「……ありがとうございます。少し、考えてみます」
「うむ。それでいい」
ハリントンは微笑み、部屋を出ていった。
残された一夏は、冷めかけたコーヒーを見つめながら、小さく呟いた。
「……たった一言で世界は変わる、か」
その問いは、誰に向けたものでもなかった。
ただ、自分自身の心の奥底に向けた問いだった。
☆☆☆
オルコット家の執務室には、重い空気が漂っていた。
二度にわたる襲撃を受けたことから、それはある種当然のことではあるが、それとは違う。
セシリアは書類の束を前に、眉根を寄せていた。
普段なら優雅に紅茶を口にしながら処理する仕事も、今日ばかりは手が止まる。
「……また、ですの?」
机に置かれた文書には、英国軍参謀本部の印章。
内容は──一夏に関する進路の打診。
表向きは卒業後の進路相談。だが、実質は英国軍への正式な所属を求める内容だった。
「一夏さんはまだ一年生ですのよ……? どうして急かす必要が……」
セシリアは小さく息を吐いた。
だが、理由は分かっている。
一夏は、現時点で唯一の男性IS操縦者。
そして、オルコット家当主の恋人。
この条件が揃っていて、軍が放っておくはずがない。
そこへ、控えていたチェルシーが静かに声をかけた。
「お嬢様。軍より、追加の書簡が届いております」
「……追加?」
受け取った封筒を開くと、そこにはさらに踏み込んだ文言が並んでいた。
──織斑一夏氏の英国籍取得についての検討。
──オルコット家との将来的な関係性を考慮した上での提案。
──安全保障上の観点から、早期の決断が望ましい。
「…………っ」
セシリアの指先が、わずかに震えた。
書類を持つ手に力が入り、紙がかすかに歪む。
「……英国籍の、取得……?」
思わず零れた声は、驚愕と怒りと、そして恐怖が入り混じっていた。
英国が一夏を欲しがるのは理解できる。
唯一の男性IS操縦者であり、そして──自分の恋人。
だが、これはあまりにも踏み込みすぎている。
「お嬢様……」
チェルシーが心配そうに声をかける。
セシリアは深く息を吸い、震える胸を押さえた。
「……分かっていますわ、チェルシー。軍がこの状況でどう動くか、という事は。でも……これは、あまりにも……」
英国籍の取得。
それはつまり──一夏を英国という枠に縛りつけるということ。
セシリアの声は低く、怒りを押し殺したものだった。
「一夏さんの……一夏さんの意思は関係ないと言わんばかりの……」
胸の奥が痛む。
軍の意図は理解できる。
だが、それでも。
一夏の未来を、国家の都合で決めさせるわけにはいかない。
「……お嬢様。軍は『安全保障上の観点』とありますが……これは、二度の襲撃を受けたことも関係しているのでしょうか」
「……ええ。間違いなく」
セシリアは書類を机に置き、こめかみを押さえた。
「黒式……あの機体と操縦者が、一夏さんを狙っている。軍はそれを
言葉にすると、より一層その意図が露骨に感じられた。
「……ですが、お嬢様」
チェルシーが静かに続ける。
「軍がここまで踏み込んだ提案をしてくるということは──軍に留まらず、政府としての決定事項として動き始めている可能性があります」
「…………」
セシリアは目を閉じた。
英国籍の取得。
それは、オルコット家当主の恋人としては自然な流れに見える。
だが、実際は違う。
これは、一夏の人生を英国が握ろうとする動きだ。
「……一夏さんは、どう思うのでしょう」
ぽつりと漏れたその言葉は、誰に向けたものでもなかった。
彼は優しい。
誰かのために動いてしまう。
自分のことよりも、他人のことを優先してしまう。
だからこそ──軍の圧力に気づかず、あるいは気づいた上で、受け入れてしまうかもしれない。
「……そんなの、嫌ですわ」
セシリアはぎゅっと胸元を握りしめた。
「一夏さんの未来は……一夏さん自身が選ぶべきものですわ。軍でも、国家でも、ましてや、わたくしでもなく……」
その時、扉がノックされた。
「お嬢様。織斑様がお見えです」
「──っ」
セシリアの心臓が跳ねた。
軍の圧力。
英国籍の話。
そして、一夏の未来。
その全てが頭の中で渦巻く。
「……通して下さいまし」
声は震えていなかった。
だが、胸の奥は嵐のように揺れている。
扉が開き、一夏が姿を見せた。
「セシリア、少し……話せる?」
その声はいつもと変わらない優しさを帯びていた。
だが、セシリアの胸は締め付けられるように痛んだ。
──一夏さん。あなたは、何を選ぶのですの……?
その問いは、まだ口には出せなかった。