ちょっと大人なインフィニット・ストラトス 作:たんたんたんめん@オルコッ党員
一夏が執務室に入ってきた瞬間、セシリアの胸は強く締めつけられた。
薄曇りの午後、窓から差し込む光は弱く、部屋の空気はどこか重い。
机の上に置かれた書簡が、まるで彼女の心を縛る鎖のように存在感を放っている。
軍からの書簡の内容が頭から離れない。
英国籍の取得。
国家の思惑。
その文字の一つひとつが、胸の奥で鈍い痛みとなって脈打つ。
そんな中で、一夏が何を話しに来たのか──怖くて、知りたくて、息が詰まりそうだった。
「セシリア、少し……話せる?」
「……ええ。もちろんですわ」
声は平静を装っていたが、指先はわずかに震えていた。
彼女は膝の上でそっと手を握りしめ、震えを悟られまいと指先に力を込めた。
チェルシーと入れ替わるように部屋に入った一夏が扉を閉め、彼女の前に立つ。
閉じられた扉が、二人だけの空間を確かに区切った。
その事実に、セシリアの鼓動はさらに速くなる。
一夏の表情を見ると、いつもの柔らかさの奥に、何か決意のようなものが宿っていた。
「……さっき、ハリントン准将と話したんだ」
セシリアの心臓が跳ねる。
胸の奥で、冷たいものと熱いものが同時に広がった。
「卒業後のこと……進路のことを、聞かれた」
「…………」
セシリアは息を呑む。
喉がひどく乾き、言葉が出てこない。
軍から届いた書簡と、同じ話題。
一夏は続けた。
「俺……ずっと避けてたんだと思う。ISを動かせるって言われて、IS学園に入学させられて、それから先、俺がどう生きるかってことも……全部、誰かが決めてくれるって、どこかで思ってた」
その言葉は、セシリアの胸に痛いほど刺さった。
彼の無自覚な孤独と重圧が、初めて鮮明に見えた気がした。
「でも……それじゃ駄目だって、准将に言われた。
一夏はゆっくりとセシリアを見つめる。
その瞳は揺らぎながらも、確かな光を宿していた。
「だから……まずは、セシリアに話したかったんだ」
「わ、たくしに……? だって選ぶのは一夏さんの人生で……」
「うん。俺がどうするか……まだ答えは出てない。でも、逃げずに考えようって決めた。その上で──セシリアの気持ちも、ちゃんと聞きたいって思ったんだ」
セシリアの胸が熱くなる。
胸の奥に張りつめていた不安が、少しだけ溶けていく。
軍の圧力でもなく、国家の都合でもなく。一夏は
「俺は……セシリアの隣にいたい。でも、それだけじゃ足りないってことも分かってる。だから……一緒に考えてほしいんだ。俺が、どう生きるべきか」
その言葉は、セシリアの心を強く揺さぶる。
胸の奥で、何かが静かに弾けた気がした。
──一夏は選ぶ側に立とうとしている。
その事実が、涙が出るほど嬉しかった。
「……もちろんですわ、一夏さん」
セシリアは立ち上がり、一歩近づく。
距離が縮まるたびに、彼の体温がほんのりと伝わってくる気がした。
「あなたが選ぶ未来なら……わたくしは、どんな形でも受け止めます。でも──」
セシリアの瞳が揺れる。
その揺らぎは、恐れと決意が入り混じった複雑な光だった。
「あなたの未来を誰かに決めさせるなんて、絶対に許しませんわ」
一夏は驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「ありがとう、セシリア」
その笑顔は、ほんの少しだけ大人びて見えた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
一夏の言葉を聞いたセシリアは、胸の奥に渦巻く不安を抑えきれなかった。
軍の書簡──英国籍の取得。
それは、恋人としての未来を語る前に、国家が先に
窓の外では、雲がゆっくりと流れ、陽光が弱々しく揺れていた。
その移ろう光が、まるで彼女の心の揺らぎを映しているように。
だが、一夏は逃げずに来てくれた。
だからこそ、セシリアも逃げるわけにはいかない。
「……一夏さん。実は、軍から書簡が届きましたの」
「軍から?」
セシリアは迷った末、机の上の封筒をそっと差し出した。
封筒の紙質が、指先に冷たく張りつく。
その冷たさが、彼女の不安をさらに際立たせた。
一夏は受け取り、目を通す。
そして──眉がわずかに動いた。
「……英国籍の、取得……?」
「ええ。『安全保障上の観点から望ましい』……ですって」
セシリアの声には、怒りと悲しみが滲んでいた。
声を発するたび、胸の奥がひりつくように痛む。
「あなたを……国家の都合で縛ろうとしているのですわ」
一夏はしばらく黙っていた。
静寂が部屋を満たし、時計の針の音だけがやけに大きく響く。
紙を見つめる目は、驚きよりも、何かを噛みしめるような静けさがあった。
「……そうか。やっぱり、こうなるんだな」
「一夏さん……?」
一夏はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、覚悟と、ほんの少しの寂しさが混じっていた。
「俺は
その言葉に、セシリアの胸が熱くなる。
彼が抱えてきた孤独と重圧が、ようやく言葉になったのだと感じた。
「だから……セシリア。俺は、英国籍を取るかどうか──セシリアと一緒に考えたい」
その一言は、セシリアの心を強く揺さぶった。
胸の奥に、温かい光が差し込むような感覚が広がる。
「……わたくしと?」
「うん。俺の未来は……
セシリアの目に涙が滲む。
視界が揺れ、彼の姿が少し滲んで見えた。
「……一夏さん……」
だが、同時に胸の奥に痛みが走る。
「でも……英国籍を取るということは、あなたが英国の人間になるということ。軍に、国家に、深く関わるということですわ。あなたの自由が……奪われるかもしれない」
一夏は静かに頷いた。
その頷きには、恐れよりも覚悟が宿っている。
「分かってる。だから、簡単には決められない。でも──」
彼はセシリアの手をそっと取った。
震える彼女の指先を包み込むような温かい手。
「俺は、セシリアの隣に立ちたい。そのために必要なことなら……向き合う覚悟はある」
セシリアは息を呑んだ。
胸の奥で、何かが強く脈打つ。
「……あなたは、本当に……」
「でも、セシリア。もし、お前が
その言葉は、セシリアの心を決定的に揺らした。
涙がこぼれそうになり、彼の手を握る力が自然と強くなる。
「……一夏さん。わたくしは……あなたの未来を縛りたくありませんわ。あなたが選ぶ道を、尊重したい。だから──」
息を吸う。
胸の奥に溜まっていた想いが、ようやく形になろうとしていた。
「あなたが英国籍を取るべきとも、取るべきじゃないとも……わたくしの口からは言えませんもの」
一夏は微笑む。
その微笑みは、彼がどれほど彼女の言葉を大切にしているかを物語っていた。
「それでいいよ。俺も、まだ答えは出てない。でも……セシリアが一緒に考えてくれるだけで、十分だよ。俺は、セシリアとこれからの人生を一緒に悩んで、一緒に決めていきたいんだ」
セシリアは涙を拭い、強く頷く。
その頷きには、揺るぎない決意が宿っていた。
「ええ……ええ、もちろんですわ。一夏さんの未来を……わたくしも一緒に考えます。だから、二人の未来を一緒に考えましょう」
二人はそっと手を握り合った。
窓の外では雲が切れ、わずかな陽光が差し込んで二人の手を照らした。
その光は、まるで未来への道をそっと示すように温かかった。
国家の思惑。
軍の圧力。
その全てが二人の未来を揺さぶる。
けれど──未来を選ぶという行為だけは、誰にも奪わせない。
その決意は、静かに、しかし確かに二人の間に芽生え、温かな光となって部屋を満たしていった。
これもう実質プロポーズとその返事だろ