「なぁフェリクス、シルヴァン、俺来て良い奴だったんコレ?」
「いやぁ、放置していると殿下とドゥドゥーの二人で突っ込みそうだったからさ」
「それに、貴様はドゥドゥーの飯を食っただろう。ならついでに恩を返しておけ」
「へーい」
俺は今、ファーガス神聖王国のダスカー地方にいる。なにかとデリケートな問題の為他国の奴を連れて行くのはどうかと思うのだが、シルヴァンの奴がごり押してオレを引き込んだのだ。
問題自体はシンプル。ダスカー地方にて反乱があり、それの討伐協力に教団が応えたという事。
けれど、問題はそこじゃあない。問題は、反乱軍に対して王国軍が
……虐殺が、起こりかねないほどに。
だからこそディミトリは王子としてこの討伐戦に参戦し、虐殺の起きる前に事を抑えるつもりなのだ。最小限の犠牲で。
普通に考えれば不可能だ。しかし、やらないよりはやる方が良いだろう。
「にしても、多いな」
「何がだ?」
「紋章持ち。全員小紋章だと思うけど、相当な数が西側にいる」
「……冗談だろ? なんで
「わかんねぇ。けど、どいつもこいつも紋章の色が薄い」
「……ヤバそうか?」
「多分な。今までの反乱軍討伐の際に
そして、俺たちに人体実験をしたクソ野郎どもの匂いもする。
義理立てのつもりで参戦した訳だが、案外縁とは転がっているものだ。
この好機、逃さない。
そう話していると、王国兵との最後の軍議を終えたディミトリが戻ってきた。出陣の時間のようだ。
「シルヴァン、フェリクス、イングリット、ジョニー、今回は俺についてきてくれて本当に感謝する。正直ここにいる事自体が無茶だとわかっているが、それでも止められなかった」
「黙れ猪、俺たちは俺たちの勝手で付いてきている」
「だなー。ドゥドゥーに恩を売るって、ディミトリに恩を売るより使い勝手が良いし。コーデリアとしてはだけど」
「お前、その建前必要か?」
「当たり前だ。裏があった方が色々安心するだろ」
「ジョニーは意外とひねくれ者ですものね」
「うっせーですよグリットさん」
そんな様子を見たドゥドゥーは、ただ一言
「皆、感謝する」
とだけ口に出した。
「安心しろ、猪の面倒を見る奴が減るのが嫌なだけだ」
「……なぁフェリクス、自覚はあるが些か言い過ぎとは思わないか?」
「思わん」
そんな会話があった後、俺たちは教団兵と足並みを揃えて進軍を開始した。
そうして、北側に王国軍、東側に教団兵という布陣の中、ディミトリは流石に陣の深い所で待機させられていた。まぁ仕方がないだろう。アレでもファーガスの王子なのだし。
だから、これからの超速作戦に参加できるのは実際のところ俺とグリットさんだけなのだ。
「戦闘が始まりました。行きますよジョニーくん!」
「了解です! やってやりますよ!」
そうして王国軍が北からやってきたその時に、グリットさんと俺は谷を飛び越えて敵陣へと奇襲を仕掛けた。俺は
「は⁉︎」
「バカ野郎! 敵襲だ!」
「あいにくと黙らせる!」
俺を察知した二人の兵士にコイルガンでの連射で足を止め、ペガサスから降りたグリットさんが早業で昏倒させる。これで2人。橋頭堡確保!
「グリットさん、10秒!」
「はい!」
そして地面に刺したワイヤータイプコイルガンを発射し、それを中心にしてブリザーにて氷の道を作る。
即席だが、一人ずつ渡る程度の強度はある。戦場の地図を貰ってすぐに実験はしたのだ。
そしてその氷の道を駆け抜けてグリットさんの援護をするのは流石のフェリクス。上位魔法トロンによりフェリクスは強力な遠距離攻撃手段を手に入れたのだ。う、羨ましい!
それに続くのはシルヴァンとドゥドゥー。流石に馬や重鎧は重量が怖かったので無理だが、その分軽装で動きやすい速戦用の装備へとなっている。
「進軍開始! 最短最速で大将首取るぞ!」
「舐めるな小僧共! ダスカーの怒りを侮るな!」
「……あいにくと、侮ってない。だからこの馬鹿を連れてきたんだよこっちは。巻き込むのはどうかと思ったんだがな」
「照れるぜ」
「照れるな馬鹿が」
なんて言いつつも敵方の兵士たちの半数はもうすでに制圧した。ノッたフェリクスが暴れていると本当に止まらないのだ。そうして教団兵の殆どが通り抜けると、北側での惨状が目に見える。
装備の差、ただそれだけでダスカーの皆の攻撃は一矢報いる事もなくはじき返され、殺されている。
おそらく、俺の想像以上に早く済ませないと、連中は遊び始めるだろう。かつてコーデリアで好き勝手やっていたあの帝国のように。
「教団兵で敵方の将軍への道は封鎖できた。あとは、こちらの説得に応じてくれるかどうかだ。ありがとうジョニー」
「まだ早いぞディミトリ。なんか、嫌な予感がする」
そう思って南側、敵本陣を見る。そうすると、何か覚悟を決めたようなダスカー兵たちが
何か、根本的なものを捨て去りながら。
「「「「WOOOOOOOOO!!!!」」」」
瞬間、ダスカー兵たちは中の紋章の力を暴走させ、その姿を竜と人をぐちゃぐちゃに混ぜたようなものへと変えた。
「殿下! 退避を!」
「……ここは下がるしかないのかッ!」
そんなパニックじみた状況の中、思い出すのはマイクラさんの時の事。
アレが紋章の力を由来のものならば、俺の紋章で相殺出来るはず!
「シルヴァン! フェリクス! 俺に道を!」
「……お前まさか、アレか⁉︎」
「フン、何をするかは知らんがしくじるなよ」
「あたぼうよ!」
そうして竜人たちが巻き起こす暴虐の嵐、教団兵やその装備、そして地面の石などを吹き飛ばしてくる4人のダスカー兵のうち一人を紋章の力を全開にしてぶん殴る。
すると、心が繋がる感覚がやってくる。どうやら不可能ではないようだ。
が、その時俺を待っていたのはマイクラさんの時のような闇ではなく、友を、仲間を、家族を思うが故の覚悟の黒さ。
それが、荒々しい怒りを一つの意志へと変じさせている。
「何者だ、貴様」
「ジョニー、ジョニー=フォン=コーデリア。あんたと話をしに来た」
「……なるほど、貴様は良き者なのだろうよ。甘く、しかし他に根差している。伝わってくるぞ貴様の心が」
「なら、要件はわかるだろ? こんな馬鹿な暴走はやめて、引いてくれ」
「俺一人ならば、その問いには肯いただろう。だが、あいにくと俺はこのダスカーを取り戻すべく動く将軍だ。だから、これからの負け戦の中で一人でも多くの仲間を救うため、ここで命を捨てるさ」
「……なんで、そんな簡単に命を捨てられる?」
「俺にはもう、何もないからだ。……この空間では、思えば見せられるのだろう。見ろ、これが今のダスカーの現状だ」
そうして見せられた場所は、最悪だった。
地獄とは、こういうものをいうのだろう。人々は、みな崩れ落ちている。
「……強い意志を持たぬ子が、まず成った。体を保てない老人が、次に成った。そしてそれを見てきた女たちが、最後に成った。残っているのは、コレを怒りで押さえ込んだ俺のような狂人だけよ」
「……助けられなかった理由はなんだ?」
「ダスカーの知識には、こんな奇病はない。これは、間違いなく奴ら王国の仕業だ!」
「こうなったの者達は、殺して眠らせてやることすら出来ない! 怒りと痛みと狂気の間で、地獄を苦しみ続ける事を見ている事しかできなかった俺たちの怒りが、嘆きがわかるか! もう土地を取り返すなどという些事が目的ではない! 戦い続け、殺し続け、王国にこの痛みを味合わせてやる! それが、ダスカーの最後の反乱だッ!」
「それでも、俺なら!」
「俺は! もう救われる事など望んではいない!」
その強い意志で、俺の心は弾き返された。
「ざっけんなクソオナニー野郎! 俺は死ぬけど仲間は助けてくれってか! そんなん認められるか! 俺は! もうお前も救うと心に決めたぞ! 諦めはしない! その心、蹴り飛ばして真っ直ぐに戻してやる!」
「覚悟しろ! ダスカーの優しい頑固将軍!」
その捨て台詞を最後に、俺の心は完全に浮上した。そして、当然のように放たれる拳に対して左の拳を合わせて放つ。抜き打ちサンダー付きのクロスカウンターだ。
だが、全く効いてやしない。本当に頑固な奴だ!
「マイクラの時と同じじゃダメだ! どうにかしてこいつの心を叩き直す必要がある! 誰か、何かないか!」
「あるわきゃねぇだろ! んなもん!」
叫ぶシルヴァン、黙るフェリクス。そして、項垂れるディミトリ。
「……心を尽くす。それしかない! だが、それを伝える事は今の俺には出来ないッ!」
「殿下の心は、私が保証します。私が信ずるべき、光なのですから」
「だが、彼らの光には成れていない!」
ふわりと風が吹く。その風は、俺の制服の内ポケットに入れていたあの笛を
そして笛を取り出した瞬間に、これをどう使うのか魂で理解できた。
「そうか、この笛は伝える力に特化した神器なんだ。だから俺の繋ぐ紋章が有れば……ッ!」
そう思い立ったが最後、俺は竜人部隊へと適当に魔法を撃ちまくって距離を取りつつディミトリとドゥドゥーの元へと走り出す。
「ディミトリ、ドゥドゥー、心を俺に任せてくれ! お前達の光を、俺が伝えてみせる!」
「できるのかッ⁉︎」
「“やる”んだよ! 俺はあのオナニー野郎の思い通りなんざなりたくない! そんな程度の男が、リシテア姉さんの弟だと胸を張れるものか!」
自然と、指が動く。まるで長年練習し続けていた曲のように、その音は鳴り響いた。
いつもの曲とは違う、ディミトリとドゥドゥーの曲だ。
それが、今戦場に響き渡っている。
「……なんだ、コレは?」
「……戦場で笛を吹くなど、王子の部下には妙な奴がいる者です」
「こんなにも心に響く音など、戦場には不要だろうに」
そして、その音色にドゥドゥーとディミトリの心を共鳴させる。
『俺にできるのはここまでだ。ディミトリ、ドゥドゥー、お前らの言葉で、お前らの心で、アイツらを止めてくれ』
『……全く、意味がわからなさすぎて笑えてきたぞジョニー』
『だが、感謝する。友よ』
『おー、飯には期待してるぜ』
そうして、いつしか暴虐の嵐は止まっていた。
そうして、いつしか両軍は自然と引いていた。
そうして、王国兵の中に復讐心で曇ったものではなく一人の人間を見る目でダスカー人の敵を見る心が生まれた。
これが、ディミトリとドゥドゥーが示した心の光だ。
なんともまぁ、やってくれたものである。やはり俺の言葉は足りなかったようだ。
まぁそれも仕方がない。俺は所詮同盟の人間。王国の人の事を本気で思っていたとしても、その根本にある知識が足りていないのだから。
そうして、竜人の姿から元の人の姿へと戻ったオナニー将軍は、兵を纏めて撤退を始めた。
それを必要以上に追う兵は、どこにも居なかった。
これは間違いなく一時のものだろうが、それでもこの光景が生まれたのだ。ディミトリなら、きっとコレを俺の助けなく作り出す事ができる名君になるだろう。
「ありがとう、ジョニー。……何度目だコレは?」
「数えてる? ドゥドゥー」
「あいにくと、そこまではな」
「そっか」
「ああ、そうだ」
「ジョニー、さらに重荷を押し付ける事になるのだとわかっているが」
「勿論。馬を一頭借りるよ。大修道院にはちょっと遅くなるって言っといてくれよ。……実はまだ補修残ってるんだ」
「ジョニー、よければ戦術論について俺からも教えようか?」
「あ、クラス関係ないテスト勉強会とか楽しそうな感じ。ディミトリからクロさんとエガさんに伝えといてー」
「ああ、わかった」
そんな言葉を交わして、馬を自軍とは逆方向に走らせる。コレを咎められたらまぁどうしようもないが、そんな事を気にして大切なことを間違えてどうするというのだ。
「将軍さん、竜人病(仮)治すマンがやってきたぞー」
「ジョニー=フォン=コーデリアか」
「将軍、どうして彼が?」
「心で教えて貰ったんだよこの道を。つーわけで、ちょっとの間同行お願いしますね、ダスカーの方々!」
「そういえば貴様、俺のことオナニー将軍とか言っていたな」
「言ったさ、間違ってたか?」
「さぁな。それはあの王子が上に立つ時にわかるだろうよ」
「ま、それもそうか」
そうして、俺は少しの間ダスカーの隠れ里を回って竜人病(仮)の治療を終わらせたのだった。
やった事はちょっと不思議パワー付きのコンサートだったのだけれども。
「ジョニー、好き勝手によくもやってくれたな。形だけだが“教会は楽士を戦場に連れていくのか”などと揶揄されたぞ」
「いやいやセテスさん、収穫ありましたしちょっとはお目溢しを下さいな」
「収穫?」
「ルミール村の病気、そのプロトタイプを見つけたかも知れません」
そうして俺が取り出したのは傷薬の瓶。
その中にはダスカーの集落で救えなかった人の血を採血させて貰ったもの。
そこには、ごく小さな石が混在していた。
それには英雄の遺産についているもののように魂は宿っていない。しかし、英雄の遺産と同じ性質を少しだけ帯びており、それが人を人の形をした英雄の遺産へと変えたのだと推測できる。
「小さな人工紋章石。厄介なもん作ってきてますよ敵さんは」
「それも、人の中で成長するものか。……腸が煮えくり帰りそうだ」
「俺はちょっと違いますね」
「もう煮汁も出ねーですよ。この件については」
明らかな人工的バイオハザード。そんなものは、ジョニー=フォン=コーデリアとしても、元消防官の人間としても認められない。
絶対に犯人には報いを受けさせる。その覚悟はもう出来ていた。