「こんな事をして! アナタ、今の姿を彼に誇れますの!」
眼下のコンスタンツェが、そんな事を言う。
バルタザールはどこか納得しておらず、俺のことを睨みつけていた。
ハピは、大体把握しているのかため息を吐かないように注意していたのがわかる。コイツ本当に凄えな。
「そんな事、言うまでもないだろ?」
本心を、目に込めてその言葉を返す。
それが伝わっている事を祈りながら、コンスタンツェの言葉を脳内で反芻する。誇れるのか? そんな事は言うまでもない。
俺は、あいつに誇れる自分である為にここにいる。
ジョニー=フォン=コーデリア
上っ面だけだと思っていた俺の心を気付かせてくれた、俺の友人だ。
「え、何この東京アンダーグラウンド。マジでなにがあるのガルグマク?」
その少年がやってきたのは、間違いなく偶然だった。
いつものようにアビスにやってきた盗賊達、それを俺たちでなんとかしようと行動し始めた時、「助太刀するんで道を教えてください!」と叫びながら現れたのが始まりなのだから。
曰く、なんか空を見たくなくなったとか。
最近じゃドアの鍵の壊れた部屋で寝ることに貞操の危機を感じているから来るそうなのだが、それは笑い話だろう。だが、とにかくそいつはアビスにきた。偶然に、運命的に
そして、俺たちは共闘し、出口までの道を対価に教えてその出会いは終わりだと思っていた。
バルタザールが、「ひと勝負しようや」なんて言い出すまでは。
そうして互いに名乗り合い、ジョニーがある商人の名前を告げるとバルタザールの顔は青くなり。
勝負は借金取りとの鬼ごっこに変わりやがった。
そこでやばかったのが、バルタザールがいた場所が街に近かったこと。
俺が止める間もなく。二人は街へと入ってしまった。
そしてジョニーは、一瞬で顔を変えて。
笛を、吹き始めた。
それは、不思議と勇気の出る曲だった。
たとえそこが地獄だとしても、仲間がいるなら楽園に変えられる。そんな未来への願いがその曲には込められていた。
虐げられていたアビスの皆は、その曲に感動し、少しだけ泣きながら笑顔を浮かべていた。
俺も、そうだった。
アビスの裏切り者でしかない俺にも、その曲の暖かさは分かったのだ。本当に虐げられて、逃げ延びてきた皆にはこれは響く。
そうして、一曲が終わり、ジョニーの周りに人の輪ができてから彼はこう言った。
「俺はジョニー! バルタザールへの借金取り兼、このアビスに笑顔で満たす為に来た男! 歌に笛に奇術に嗜好品の密輸! なんでもやります! だから! 笑顔を諦めるのを諦めてくださいな!」
その言葉に込められたバカみたいな暖かさに、コイツはもうコレで良いのだと、コイツのまま俺たちの味方をしてくれるのだと無条件で信じられていた。
だからこそ、おれはコイツを疑った。必ず裏があると。最悪殺す必要もあると考えるほどに。
するりするりと皆の名前を覚え、娼館出身のジョニーという共通点があって爆笑し、コンスタンツェの夢を決して笑わず意見を交わし、ハピの体質を聞いて哀れみもせずに「ココにいられなくなったらウチ領に来い」と曰い、バルタザールから金を回収しつつ組手をして技を高めあい、いつのまにかコイツは皆の仲間になっていた。
俺が望んでいる、その場所に。
私情はあったと思う。これまでジョニーが使っていた道が盗賊に見つかったので他の道を教えるというお題目もあった。
そしてその帰り道。俺はコイツを殺そうとし、コイツはそれを受けて本気で俺に相対した。
「俺たちみたいな日陰者に、希望を持たせんじゃねぇよ!」
「お前の絶望なんざ知るか! お前の怒りなんざ知るか! だけど! お前の嘆きは、ちゃんと聞こえてた!」
そうして俺の剣はジョニーの拳に弾かれ。
その拳を開いて、ジョニーは俺に手を差し伸べていた。
「俺は、笑顔になって欲しかったんだよ。笑顔の仮面の下で苦しみ続けて助けを求め続けてる、ユーリスって男に」
「綺麗事、だな」
「知らないのか? 目指すべき事だから綺麗事なんだよ」
そうして一歩踏み込んで俺の手を握ろうとし、俺が隠して溜めていたリザイアを受け、それでも止まらずにコイツは俺の手を掴んだ。
そうして、アレが起こった。紋章共感と名付けられるその現象は、互いの心を丸裸にして心で殴り合うようなものだった。
そして、ジョニーの心を理解して、コイツの行動にある裏に気付かされた。そして、俺自身の心にある、仮面の裏の想いに気付かされた。
なんともまぁ、笑える話である。コイツの行動には、裏があった。そこに間違いはなかった。だが、その裏が表より凄まじい善意でできているなど誰が思うだろうか。そしてそれが、俺の願いの追い風になるなどと誰が思うだろうか。
これはもう、認めるしかないだろう。
「……完敗だ。ジョニー」
「るせぇよユーリス。お前の事も知っちまったからそれも手伝うからな。だからこっちの目的には付き合って貰うぞ」
「あぁ、約束だ」
「あぁ、約束な」
「あと、治療してくれるとありがたかったり」
「分かった分かった」
そうしてその日、俺とジョニーは友人となった。
互いに互いを尊敬し合い、互いに互いを助け合い、年相応にふざけ合う。そんな普通の友人に。
「ユーリス、儀式の準備はできました。配置に付いてください」
そうして、肝心な事はただ目で語るだけで終わらせた。
この儀式は、宝杯の儀。俺たち四使徒の紋章を持つものの命の血で発動する命を呼び戻す儀式。
そしてそれは、絶対に成功しない。
そうして、時間外れの鐘が鳴る。
それと同時に、バルタザールは縄を破り周りの背教者を殴り飛ばす。
ハピはため息を吐いて魔獣を出しながら魔法で縄を解き。コンスタンツェは魔法で背教者を縄ごと吹き飛ばし。
そして、入り口から飛んできた俺の友人が、アルファルドの顔面を蹴り抜いた。
自分でも不思議な事だとは理解しているが、その友人が来る事を全く俺は疑ったいなかった。
「無事だな!」
「ああ!」
そうして、彼に遅れて奇縁から仲間になってくれた先生達が、分かれて俺たちを助けにきてくれる。
「おいおいお前ら、水臭えぞコラ」
「ですわ! 私達でなければ気付けませんでしたわよ!」
「まーまー、旦那様も居るわけだし。後はアルファルドさんをぶっ飛ばせば良いだけなんだからゆっくりやろうよ」
そうして、
「まだ、だ!」
「ッ⁉︎」
瞬間、周囲に広がる四本のライン。これが術式の核のようだ。それは宝杯に繋がって、アルファルドさんに力を与えている。
絶対量と感情の量が強すぎて、りゅうそうでどうにかするというのは難しいだろう。儀式を止めなくては。……というか
「おいユーリス! なんで儀式止まってねぇんだよ!」
「んなもん、俺が知るわけねぇだろ! 想定外だよマジに!」
「最後に博打打つからそうなんだよ馬鹿野郎!」
「乗ったのはお前もだろ馬鹿か!」
「馬鹿馬鹿うるさいですわよお二人! 今はコレをどうにかしないといけません! 血が抜かれるせいでロクに戦えませんわ、よ!」
「んー、私たちだとコレに触れないから、誰か変わりにぶっ壊してねー」
「任せて」
「頼りになるな先生! 、おらジョニー! お前はしっかりやれ! 俺らマジで荷物になってるから!」
「自慢気に言ってんじゃねぇよユーリスお前!」
そんな事を言いながらも、宝杯の力で魔力を増したアルファルドの攻撃を
「これならば!」
「スタイルを変えるだけさね! 起きろ、グロスタール! 火炎瓶&ウィンドストーム! 炎の牢獄だ!」
などと格好をつけて言っているがらようは目眩しである。
酸欠で倒れてくれたら万々歳だが、まぁあの力ならそれは意味を為さないだろう。実際驚いたのは一瞬だけで、気合入れただけで弾かれた。
が、狙いはその奥の棺。アルファルドさんの想い人の遺体だ。なら、頭蓋の一つでも取っておけば攻撃の手は弱まるだろう。
そうして天井に着地した俺が見たのは
先生によく似た、緑の髪の女性だった。間違いなく、“肉体を保ったままに”そこにいた。その姿を見て思うことはただ一つッ!
「先生の、お袋さんッ!」
『小僧!』
瞬間、ソテっさんの力により時間が止まる。どうやら俺は死にかけていたようだ。
ありがたい。俺はアレを盾にすることはできない。単純にデカすぎるし、俺の心は違う方に向いていた。
よし、どうせなのだし思いっきりアルファルドさんに文句を言いまくるとしよう。精神攻撃だ。
そうして俺が飛び上がる前まで時間が戻る。
なので俺は、真っ直ぐに行って。
炎の渦越しにアルファルドさんをぶん殴った。
一発で紋章が響かないのなら。連打すれば良い。100%を超えてやれば!
「ちょっとくらいは響くだろうよ!」
そうして、アルファルドさんは予想外の拳に吹き飛んで、聖廟の棺の前に押し込めた。
そこからは、引かずの乱打戦だ。
アルファルドさんの放つ魔法は強力だ。まるで人間のスペックを超えているかのように、暴力的だ。
それを全て、双紋の力を全力で引き出した魔拳格闘で相殺していく。拳に込めている魔法は、自分でもよくわからない。多分アローとかの系統だろう、うん。
だが、強いのだから関係はない。
「何故、引かないッ⁉︎」
「それがわからねぇ男だから、見向きもされなかったんだろうさ!」
そうして、一発をようやく
後は、角度と根性だ。
「あんたの願いはよくわかる! 好きって気持ちは止められなくて! その人の事を考えてるだけで幸せになれて! その人の笑顔を見るために全力以上になれて! それでも、その人の隣には居られないって気持ちは!」
だから、さらに揺さぶる。紛れもない本心全部で、この人の恋心に俺のかつての恋心を叩きつける。
この世界で初めて愛した
「お前に、何がわかる!」
「俺の初恋の人は!」
「俺を守ろうとして、俺の前で殺された」
瞬間、アルファルドさんに理性の目が戻る。
「当時の俺は、戦う事よりも大事なことがあるって信じてた。だから喧嘩程度の力と、皆を笑わせる芸事を練習して、それで良いと思ってた。いつかその笑顔をつくる仕事で、彼女を幸せにしたいと願ってた」
「あんたも、似たようなもんだろ? あんたの魔法の冴えは、治癒魔法のエキスパートのそれだ。体の弱かったその人を助けて、笑顔にしたいと願ってた。その先に愛があると信じてた。そうだろ」
「それが、それの何が駄目なんだ! ああ、私は彼女を愛している! 初めて見たときから、ずっとずっと! だが、彼女を本当に幸せにできるのは私じゃない! だから私は命を捨てられる!」
「ざけんな。さっきからずっと図星だって音が聞こえてるぜ、アルファルドさん。あんたは、蘇らせたことへの報酬として彼女の愛を求めてる」
「ジョニー=フォン=コーデリアぁ!」
そうして、アルファルドさんは強い憎しみを俺に向けてくれた。
その魔法には、彼の思いのかけらが宿っている。そうして少しずつ、彼の思いを理解していく。
彼は、本当に悪人に向いていない人だった。計画の過程にある様々な所で、彼は優しさを溢している。愛を溢している。
彼は、アビスの皆の事を救いたいと願っているし、コンスタンツェの家督問題もいつかなんとかできると信じてその協力のための書物の収集に余念はないし、ハピの体質を封じ込められる魔道具の開発に私費を投じているし、自分の仕掛けたユーリスの仲間たちの件でさえ、ユーリスの仲間たちの命が繋がって良かったと思っている。
それが、当たり前にある彼の愛なのだ。目的という仮面の裏側で、それでも愛を溢していた。
だから、彼に足りなかったのはただ一つ。
「愛は、求めるだけじゃ駄目なんだよ! 傷つくのが怖くても! これまでの関係が壊れてしまうかもしれなくても! たとえ、報われる可能性がなくても!」
「言葉にしなきゃ、スタートラインには立てないんだよ」
告白をするという、勇気だった。
そうして問答をしているうちに、儀式が解ける。先生とエガ姉、灰狼の4人が俺の援護ができる位置にいた。
「儀式が……ッ! こうなったら誰の血でもいい。儀式を!」
「もういい」
「伝えたい、言葉がある」
それは、愛した人の娘である先生が伝える言葉。
それは、愛した人を奪った男のこぼした言葉。
「あいつの初恋は、いつも誰かの助けをしてるお人好しの幼馴染みだったらしい。って」
「なん、ですか。それは」
その言葉とともに、アルファルドさんは膝をついた。
求めていたものは、気付いていないだけでずっとそこにあったのだと。自分とジェラルトさんの差は、告白したかそうじゃないかの差でしかないのだと。
彼は、そう気が付いた。
そうして宝杯の儀は中断された。
「一件落着、か?」
「まぁ、アルフさん殺さないで済んでよかったよ」
「全て納得したわけじゃありませんが、今までのご恩に免じて私は許して差し上げますわ!」
「思うところは多々あるけどな。アルファルドさん。俺たち
「「「「許すけど、それとは別に一発殴らせろ!」」」」
その言葉に涙を流すアルファルドさん。
だが、運命の女神とやらがいるなら残酷なもので、宝杯の儀が中断された事で中にあったエネルギーは先生のお袋さんの中へと流れ込もうとして、それを庇おうとしたアルファルドさんごと、一つの獣と化した。
紅い、翼を持った獣へと。
「キシャアアアアアア!」
だが、その獣へと転じた彼は、抗っていた。自分の愛の形故に。
「まさか、こんなことが!」
やってきたレア様は、今の
「レア様」
「宝杯の儀では、命は取り戻せないというのに……」
「大丈夫」
「ベレス?」
「ええ、大司教様。今、この場には彼を獣から他人と繋がれるヒトへと叩き落とさんとするものたちが居るようですから」
「灰狼の皆、おれの側に」
「あー、でもアレ魔獣なの?」
「似たようなもんだ。だから、似たように助けられる」
「……頼むジョニー、俺たちにアルファルドさんを助けさせてくれ」
「任された!」
そうして、4人の心を繋いだただ一人のための曲を吹く。
遺産の力で繋がった彼らの想いは、一つの意思になって荒ぶる竜の意思に立ち向かう。
そうして、竜は押さえ込まれ、杯の中に押し返された。
その杯に、対してソテっさんの力も込めた斬撃を放つ先生。
その日、始源の宝杯は、天帝の剣により両断され、この世界から消え去った。
「ここは?」
「さてどこだろうな?」
「ユーリス、バルタザール、コンスタンツェ、ハピ……ということは、牢獄か。仕方がない。私はそれだけのことを……」
「あ、アルファルド様起きてる!」
「マジか! 皆に知らせなきゃ!」
「あぁ、アルファルド様。よくご無事で!」
「かぁ! これで美味い酒が飲めるってもんだぜ!」
そんな言葉を切るのは。担ぎ込まれたアルファルドを心配してやってきたアビスに生きる者たち。
「何故ですか? ユーリス。私は!」
「知らないのかアルファルドさん」
「ここはアビス。ガルグマクの闇で」
「表に生きられない人が住む、優しい枢機卿の作った街なのですわ」
「つーわけだ。あんたは罪人としてここで生きてろ。それが、罰なんだとさ」
「どうして、こんな事に?」
「さぁな? ただ、知りたいなら大司教を引っ叩いた奴に聞いてみたら良いと思うぜ、個人的にはさ」
そう言って、彼らは去っていった。
“失恋枢機卿へ”と書かれた手紙をテーブルの上に置いて。
痛む体を引きずり、それの中を見ると
細かい事は明日の彼女シトリーの葬儀の時にジェラルトさんと話すこと。
けれどそこでどんな話を聞いても、それから先は、生きて償えバーカ。
そんな事が、微妙に汚い文字で書かれていた。
「私が若い時に彼に会っていれば、変わったのでしょうかね、シトリー」
アルファルドは空のないこのアビスで、澄んだ気持ちで天を見上げた。
その顔には、今までにない強いものがあった。
まるで、仮面を外したかのように。あるいは、4人の生徒に砕かれたかのように。
以上、煤闇本編終了です。あとはエピローグ兼日常話としてもう1話やってから白鷺杯に行きたいと考えてます。
ちなみになんか書くところなかったのでユーリルの件をちょっとだけ。
彼は事が終わった後、バルトに顔を殴られ、コニーに平手を打たれ、ハピに膝蹴りをボディに当てられました。どっかのが伝染した結果です。