ジェラルトさんの葬式は終わった。
先生は涙を一瞬見せたあと、レア様と俺により作られた手の方を握って何かを願っていた。そして、その別れが終わってからは先生は先生に戻っていた。
いつも通りに冷静で、所々すっとぼけていて、しかし優しく熱いベレス先生に。
「ありがとう」
その言葉を、誰に向けた者なのかはわからない。けれど、きっと誰に向けたモノでもないのだろう。
そうやって、その日は過ぎていった。
その日の夜。いつも通りに夜の笛を吹こうとしていると、何かを追いかけているようなディミトリを見た。
とても激しい感情を撒き散らしながら。
何かの大事なら問題だと、少し首を突っ込んでみる。誰かを尾行するディミトリの尾行だ。
そうしていると、炎帝姿のエガさんとモニカ、そしてタレスが何かを話していた。
現状の手札を確認する。コイルガンの弾はない。今暗殺するのは不可能だろう。
また、奴は高度な術を手足のように使う魔導師でもある。魔法を使っての諜報はさせてはくれないだろう。
息を潜めて、考える。今何をするべきなのかを。
とりあえずディミトリの位置ならば、話を聞けるだろう。出来る限りの隠形を行いながら歩いていく。
「……タレス様が助けてくれるなんて、もーめっちゃ感激! 私今まで以上に頑張っちゃうからねー!」
「お主の死体が出れば、我らが新風ならば理を解き明かす。それを防いだまでよ。貴奴が完全に我らの仲間になるまではな」
「……あの子、そんなに凄いの?」
「間諜からの話では、遠距離通信の雛形を作り出していたそうだ。我らのものと違う方式のな」
「……冗談でしょ?」
「それができるからこその新風よ」
俺作のなんちゃって通信機にモニカが驚いている所で、ディミトリの肩を叩く。
反射的に腰の剣を抜いて斬りかかりそうなディミトリを、自分の口に人差し指を当てて見せる事で味方であることをアピールして止める。
互いに声は出さず、前に集中する。
奴らは敵だと、しっかりと認識を共有して。
「ではクロニエ、貴様はソロンと共に為すべきを為せ。……そして、炎帝よ。貴様の手勢が妙な動きをしているようだが?」
「好きにやれ、という話だったが?」
「だが、貴様には我らの技術の全てが詰まっている。汚れた獣の血を薪にし、神をも燃やし尽くす炎なのだからな。今こそフォドラを洗い流す時。それこそが我らの救いだ」
「ダスカーで、アンヴァルで、コーデリアで、惨たらしい行いを繰り返してきた貴様らに果たして救いなど来るかな?」
「すべては、お主が力を得るためにやったことではないか」
その言葉に息を飲むディミトリ。
しかし、紋章が感じるエガ姉の感情は怒りでも悲しみでもなく、炎だった。
「私は、炎だ」
「……何?」
「次に斯様な戯言を言うのなら貴様から焼き殺す。私は私の選んだ道での罪は背負う。だが、貴様らに背負わされた罪などは要らぬさ。焼き尽くして灰にするとも」
「……余計な想いを取り戻したか」
「私とて、ヒトだからな」
そう言って、モニカとタレスの2人は転移の魔法にて逃がれる。そして、エガ姉も転移をしようとしときに
ディミトリが、先走った。
「見つけたぞ、元凶!」
走る剣戟。それを短剣で弾くエガさん。
しかしディミトリの力で振られた剣は、その短剣を弾き飛ばした。
が、そこからエガ姉は炎を纏った蹴りにてディミトリを蹴り飛ばす。
それが、怒りに我を忘れたディミトリと心に炎を灯したエガ姉の差だった。
「ガハッ!」
「……貴様の復讐心は正しいだろう。だが、私はそれを受けるつもりはない。為さねばならぬ事がある」
その言葉を残して、おそらくレスキューの魔法によってエガ姉は去っていった。
「ディミトリ、無事か?」
「……何故、何故飛び出さなかったジョニー! お前の、リシテアの感じた苦しみを忘れたか! お前達の受けた痛みはその程度か!」
「……聞けよ、ディミトリ」
そう言いながら傷薬をディミトリの火傷痕に塗る。火の届きから言って、あとすこし力を込めていたら命はなかっただろう。
「なぁ、ディミトリ。お前は頭の一人を殺してそれで満足か?」
「……何?」
「俺は違う。タレス、モニカ、ソロン。闇に蠢くもの達の全てを倒してそれで初めて復讐は成立すると考えている。ダスカーの悲劇も、アンヴァルの実験も、コーデリアの地獄も全て奴らの仕業だ。だから、必ず止める。どんな手を使っても」
それは、俺の復讐の想い。今でも耳に残っている彼らの叫びをに報いなくてはならないという心の根。
「ならば奴を殺すべきだろう! 奴こそが元凶なんだぞ! 奴が、奴がいなければグレンも、母上も、父上も!」
その言葉に、普段見えないディミトリの顔を見る。
怒りを表しているのではない。強すぎる優しさが産んだ悲しみから、
この悲しみを止めるのは、俺の役目ではないだろう。だから、一つ頭を小突く。
紋章の力を込めて、ディミトリの紋章と繋がりながら。
「なぁ、ディミトリ」
「なんだ、ジョニー」
「……復讐って、疲れるよな」
「だとしても、やらないわけにはいかない。皆の嘆きを、過去にしてはいけない」
「だからジョニー、お前の復讐が奴らを止める事であるならば、お前は俺の敵だ」
「言ってろ馬鹿王子。お前が俺の敵になっても、俺はお前の心の味方をしてやる。お前の復讐を一人きりのものになんてさせてやるものかよ」
そんな会話を心でして、ディミトリは鬼のように、しかしどこか安らかに俺を睨みつけていた。
「覚悟しやがれよディミトリ。10年後にお前が浮かべる顔は笑顔で、お前が想うのは幸せだ!」
「どうしてそう在れる!」
「格好をつけてないと、あの世でお袋に笑われねぇからだよ!」
そう言って、心が離れる。
ディミトリの心は、やはり怒り狂っていた。
一雫の困惑を心に残して。
「……じゃあ、俺は寮に戻るな」
「ああ」
そんな言葉を最後に、ディミトリと分かれ去って行った。
そうして戻る深夜のガルグマクにて、なんだかオドオドとしたいつも通りの姿の彼女を見かけた。
その手には、花を持っている。ならばどこに向かうかは一目瞭然だ。
……その歩みにあからさまな迷いがなければの話だけれども。
「ベルナデッタ、何してるん?」
「ヒィッ⁉︎ってジョニーくん!」
「救いの神を見つけたような顔で俺を見るな! 抱きつこうとするな鼻をかもうとするな!」
「夜の学校って、怖いんですよぉ!」
「知ってるわ! 不意打ちしてきそうな人とか割といっぱい居るしな!」
と、ある意味いつものテンションに戻ったところでベルナデッタにとある事情を話す。
その言葉を聞いたベルナデッタは、絶望したような顔をした。いつものことだが、引きこもりの割に表情豊かな奴である。
「まさか、就寝時間以降は墓地が閉まってるだなんて! これはベルに対する宣戦布告か何かですか!」
「え、されたらやるの戦争」
「勿論逃げます!」
「そりゃそうだわ。じゃ、寮に戻ろうぜ」
「……ですね! ジョニーくんと一緒なら夜道も怖くありませんよ! あの光る奴があるんですから!」
「はいはい」
そう言って懐から懐中電灯もどきを取り出して点灯する。全手動の魔力式なので面倒だが、自身の魔力量から考えてそうそう枯渇したりはしない。ソロンのいう“アグネアの矢”を使ったりしなければの話だが。
「しっかし、いい加減電池探さないとなー」
「電池ですか?」
「電気を溜め込むものだよ。今度お遊び実験見せてやるべ」
頭に浮かんでいるのは、レモン電池の実験。アレは果物とかなら割となんでも良いので、見た目の華やかなモノになるだろう。
「そういえばジョニーくんは何してたんですか?」
「気ままに散歩……って事で納得してくれない?」
「流石にそれはないです。ベルにもわかるほどジョニーくん辛そうな顔してましたから。なんか話してて戻りしたけど」
「マジか。ベルナデッタセラピー?」
「ベルをそこらの犬猫と勘違いしてません?」
「いや、犬猫のほうが役に立つだろ。狩の友にもネズミ撮りにも」
「……ひどいです」
「だったら外に出ようや。明日、ジェラルトさんのトコ行くならついて行くからさ」
「……はい、お願いします」
そして、翌日の授業を受けて、苦手な白魔法に四苦八苦しながらからかいに来てたユーリス達に笑われて、なんでもない日常だった。
そうして、ベルナデッタとの墓参りがいつの間にやら大事になった帰り道。先生と姉さんが共に笑っていた。
だからこそ、その質問は鋭く刺さった。
「ジョニー、今幸せ?」
それはかつて、いままであった幸せが崩れ落ちて、しかしその両足で立ち上がった強い姉の言葉だった。
「……まだ、100%幸せとは言えねぇよ。姉さんが治ってないと」
「やっぱりあんた私の事だけを気にしてるんだ。馬鹿正直に」
「いやいや姉さんよ。そりゃ気にするって。姉さんが居ないと俺立ててないぜ」
若干茶化しながらも本心を言う。だが、それが伝わっていないのも感じる。
「私は……私はあんたに笑って欲しい。幸せになって欲しい。私に救いをくれたあの時みたいに」
「なんだって今更そんな事を」
「だってあんた、凄く嫌なものを抱え込んでる。伝わってくるのよ私に。ジョニーの心が」
「ねぇ、やっぱり私は邪魔だったんじゃないの?」
「それは違う」
「姉さんが居るから、俺は救われたんだ。それだけは姉さんにだって否定させない」
そうして、少しだけ姉さんと話す
昔のことを。
コーデリアでの地獄が終わる前、俺は姉さんと約束をした。死んでも互いを、仲間を、家族を、きょうだいを忘れない。それだけの約束を。
それは、俺の心を折るには十分なものだった。絶対に生きて帰れない。けれど自分のコンディションなら被験体には選ばれない。
苛烈さを増している実験の最中だ。この実験が終わる頃にはリシテアは死んでいるだろう。そう、心で感じていた。
けれど、それは彼女の発した強い意志によって覆された。奇跡が、起きたのだ。
その代償にリシテアの髪の毛の色は白く落ちてしまったけれど、それでも生きて帰ってきた。
「ジョニー、私まだ、生きてるみたいです」
「リシテア、リシテア、リシテア!」
「泣かないで下さいよ。私はあんたに助けられたからここにいるんですから」
そうして、リシテアは笑顔で、俺は涙を流し続けていた。
そうして次の実験が来ないことに気付き、牢にやってきた、世話役を命じられていた娘がどうにか扉を開けてくれて。
俺とリシテアは地下実験施設の外に出た。
眩しくて、暖かい日の光だった。
「なぁリシテア」
「なんですかジョニー」
「リシテアが姉さんって事でいいか? きょうだい関係」
「ジョニーの方が大人っぽいと思うんですけど」
「その俺がリシテアを姉さんと呼びたいって言ってんのさ。……いいかな?」
「好きに呼んだらいいじゃないですか。私もあんたを好きに呼びますからね、弟」
「ありがとう、姉さん」
それが、俺が姉さんを姉さんと呼ぶ理由。
助け合ったのではない。やった事など声を掛け合ったくらいなのだから。
救けられたのは、俺の心。だから、姉さんには頭が上がらないのだ。俺は。
「何回目です? この話」
「割と事あるごとに聞いたり話したりしてる気がする」
「というかあんた視点だと無敵な私って感じに話しますけど、私だっていっぱいいっぱいな所をあんたに救けられてるんですからね」
「いや、姉さんは俺と会わなくても普通に強かに生きてそうな気がする」
「冗談、そんな人生は選びませんよ。あんたのいない私はリシテア=フォン=コーデリアじゃありません」
そんな風に話していて、思う。
姉さんは、姉さんだけが俺が助けられたと思えた人だったのだ。もし、姉さんが死んで俺が生き残っていたのなら
その事に気がついて、俺は苦笑した。
ディミトリと俺の違いは、残ったものに目が向いたかそうでないのかという違いだけなのだろう。
たからこそ、ディミトリを止められるのは俺じゃない。ディミトリの、彼の行いが生んだ繋がりを持つ彼だけだろう。
そう、話しながら考えた。
「全くあんたは。何度目ですか救けられた合戦。私が救けられたって事で去年は納得しましたよね?」
「姉さん、去年も納得してなかったからノーカンだし」
「子供みたいな理屈を言わないで下さい」
「じゃあ、そう言う事で」
「どう言う事ですか」
そんな、ただ昔の話をしただけで、俺の心のうちは晴れてしまう。俺は、ディミトリとは根本的に在り方が違うのだろう。俺はディミトリほど優しくはない。愛情深くもない。
だけど、だからこそ立ち上がることができた。今を生きる
それを、弱さとは言わせたくない。
なので、いつかディミトリの事はぶん殴ろう。そんなことを心に決めた。
「一曲吹くけど、特等席で聞いて行く?」
「ええ、下手なのを聴かせたら承知しませんよ?」
「よっしゃきた」
そうして、いつとは少し違う曲調で、安らぎの中に優しさを忘れていいんだという願いを込めて吹く。
寮の部屋にいる、ディミトリの心を安らかにする為に。
そして彼の友人達に、気遣う以外のことをしてもいいと示す為に。
「どうだった? 姉さん」
「80点ですね。途中高まったテンションをノリ流そうとしましたよね。多分ドロテアならもっと酷い点にすると思います」
「ひっで」
そんな会話を最後に、姉さんとは別れ自室へと戻った。
そして、鍵のかかっていない(かけられない)部屋を覗いてみると、なんだかむくれた顔の皇女様が、ベッドの上で枕を抱いて陣取っていた。
「ジョニー、あれは私への曲じゃなかったわね」
「そりゃ気分が乗ったんで」
「へぇ……」
だが、こんなところにいて良いのだろうか?
エガ姉は炎帝であるからして、色々とやるべきな気がしているのだけれども。
「いいのよ、私は」
「いいんですか。けど俺は良くないので退いてください」
そんな言葉を無視してジッと俺を見つめるエガ姉どうにも座りが悪い。
「あなた、ディミトリの味方をするの?」
「ディミトリの心の味方をします。あいつの心は、復讐よりももっと気高いものを望んでる。それが何かは俺にはわからないけど、ドゥドゥーかシルヴァンあたりになんとかしてもらいますよ。その辺の味方をするくらいです」
「そう……そういえば、あなたは良く心の味方をするって言うわよね? それはどうして?」
「理由はそんなにないですよ。ただ、理屈とか命とかよりも心を優先したいってだけです。生きながら心が死ぬのって面倒ですから」
そんな会話をしながら、この人なかなか帰らないなと判断し、俺は客用のブランケットを羽織って椅子で寝る事にする。
「ジョニー、身体を壊すからちゃんとベッドで寝なさい」
「じゃあ退いてくださいよ」
「……わかったわよ。けど、ちょっと嫉妬したの」
「ディミトリに?」
「あなたに心を砕かれる他の誰かによ。嫉妬深いから、私」
「そりゃ……意外と多くの人がエガ姉の毒牙に倒れそうなことで」
そんな会話を最後に、エガ姉は去っていった。
しかし、それはそれとして。
「ベットに女の匂いがするとかいつぶりだ?」
ガチ清楚な皇女様となんちゃって清楚系娼婦とでは絶対に違うが、どこか懐かしいような匂いがベッドからした。
それは今世での、義母を思い出す匂いだった。
忘れがちだが娼館育ちのジョニーくんです。なので女性の扱いにいちいちうろたえはしません。
しませんけど、戸惑いはします。“何やってんだこの人?”的な。