ファイアーエムブレム風花雪月 双紋の魔拳   作:気力♪

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第33話 女神の行方 後編

「何、今の!」

「先生たちは!?」

「二人をどうしたぁ!」

 

 困惑するヒルダとマリアンヌ。痛みをこらえながら友と恩師のために叫ぶラファエル。

 

 その叫びに応じて、立ち上がれないだろうと思われていた金鹿の男子勢が起き上がっていく。皆、怒りを抑えきれない状態で。

 

「ザラスの禁呪だ。ただの命では超えることのできぬものよ。これを乗り越えられるのは我らが新風のみ」

「新風新風、って、お前はお前らはジョニーに何を見てるんだよ?」

「かの者は、変革をもたらす者だ。その異界の知識にて、かつて我らは科学というものを学んだ。それが今の我らの礎よ」

「かがく?」

「……ジョニーがたまに言ってたな、魔法を使わない技術の総称だって」

 

 クロードがそういったことに対して、ソロンは笑みを浮かべた。

 

「ならば新風は戻ってくるであろうよ。もっとも、凶星は死に、貴様らもこれから我が手により死ぬだろうがな」

 

 その言葉と共に、ソロンは魔法を放ってくる。

 

 それを回避しながら金鹿の皆は立ち上がる。

 魔獣やモニカとの戦いで疲弊したままではあるが、それでも強い意志の元ソロンへと向かっていく。

 

 ■□■

 

 慣れ親しんだ闇、これは記憶にある。

 

 これは、死の闇だ。

 

 痛みや、苦しみはない。ただ終わるだけの場所。ここで溶けて消えるのが正しいのだと心で理解してしまうその中で。

 

「らぁっ!」

 

 その闇の中で、“自分“を確立した。

 

 一度死に、この闇に溶けないで生まれ変わった時の要領だった。

 

「……なんかできちゃったよ」

 

 もっとも、気合を入れるくらいの勢いでしかなかったので、俺は割と驚いているんだけれど。

 

 そんな事を頭の隅に置きつつ、周囲を見回す。

 

 先生の姿は見えない。だが、命は感じ取れる。

 

 それが、二つ。先生とソテっさんのものだろう。

 

「先生、ソテっさん、無事ですか?」

 

 歩けているのかもわからない闇の中で、その命の方向に足を進める。

 

 そこには、先生に“なりかけているもの”があった。

 

 その傍には、緑の髪の小さな少女。

 ソテっさんは、こんな姿をしていたのかと、普通に納得をした。

 

「ソテっさん、先生はどうです?」

「小僧……お主は本当に意味がわからんの」

「そうですか?」

「当たり前じゃ。……ここは、恐ろしい所なんじゃぞ。痛みも苦しみもなく妾の全てが削られていく感覚は、な」

「あー、アレしんどかったですよねー」

「そのように軽く言えるものか?」

 

 などと言いながら、複雑に、しかし丁寧にソテっさんが命を先生に分け与えているのを感じた。

 

 これに、手を貸すことはできない。

 

「しかし、こうして其方と顔を合わせるのは初めてじゃの」

「確かに、声しか聞こえてませんでしたからね、今まで」

「……わしは、それを喜ぶことができぬよ。それができるという事は、それだけわしとこやつのつながりが弱まっているという事なのだからな」

「けど、そうやって命を削ったらどうなるかわかりませんよ? ソテっさん」

「死ぬのか消えるのかわからぬが、どちらでもよい。わしは、わしが思っている以上にお主やこやつを大切に思っておったのじゃ。記憶を取り戻してもなお、変わらずに愛おしいと思えるほどにの」

 

 そうして、改めてソテっさんの顔を見る。すると、一瞬だけ彼女の顔に神聖さを感じた。

 彼女こそが”はじまりのもの”なのだと魂が言っているのを不思議と感じ取れた。

 

 だが、頭を垂れる気にはならなかった。それは敬意を持てないからではなく、自分にとってやはり彼女は友人としての表情豊かな面白童女と思えるからなのだろう。

 

「じゃあソテっさん。せっかくですし一曲聴いていきますか? 先生の目覚ましになるかもしれませんし」

「……そうじゃな、なら、お主が名付けられなかったあの一曲を頼もうかの」

「了解です」

 

 そうして、懐から笛を取り出して、思いを込めて笛をふく。

 吹く時の感情は、不思議と迷いはなかった。

 ソテっさんとの最後の別れになるのに、その思いに悲しみはなく。ただひたすらに感謝しか浮かばなかった。

 

 今まで共に話し、助け合い、バカをやって、笑いあったソテっさん。

 かつて人を助け、導き、そしていつかの俺の祖先を育ててくれた女神、あるいは神祖ソティス。

 

 その二つへの感謝が混ざり合い、一つになって音色が奏でられていく。

 

 それを聞き終えるころにはソテっさんは先生を助けるための命の受け渡しを終え、俺に拍手をくれていた。

 

「ありがとうございます、ソテっさん」

「わしが何者かを知ってもその態度、お主阿呆じゃのやはり」

「嫌でしたか?」

「嫌なら殴り飛ばしておるわ」

「そりゃどうも」

 

 そうしてからりと笑った後、ソテっさんはこんな言葉をつぶやいた。

 

竜奏の唄(りゅうそうのうた)。今の曲をわしはそう名付けたい」

「竜を、奏でる?」

「そうじゃ、操るのではなく、共に敬いあい、共に踊り、共に歌う。それがそなたの魂だと感じたのじゃよ」

 

 その、竜を奏でるという言葉に、自分の今まで感じていた違和感がすっと消えていくのを感じた。

 自分の紋章に名前を付けられなかった理由。それはもともと名付けられていたからなのだろう。大切な名前が。

 

竜奏(りゅうそう)、竜奏の紋章……」

「そう。じゃがそれはかつての馬鹿息子の力が故に名付けたのではない。其方の、ジョニー=フォン=コーデリアの紋章だからこそ竜を奏でるモノであると思ったのじゃよ。どうじゃ? 少しは見直したか?」

「そもそも見損なってはいませんよ最初から。友人としても女神としても、あなたは信じられる方でした」

「なら呼び名を直さぬかたわけ」

「嫌ですよ。女神じゃなくて友人のソテっさんしか俺は知らないので」

 

 そんな会話を最後に、握手をする。

 

 そうしていると先生が起き上がった。ようやくこの闇に慣れたのだろう。

 

「先生、おはようございます」

「全くしてやられたの」

「……ここは、あの世?」

「みたいなもんですね」

「否定せんか小僧。まだわしらは死んでおらぬ」

「じゃあ、死ぬ前の闇的な場所です」

「適当か!」

「納得した」

「納得するなお主も!」

 

 そんないつもの3人に戻ったところで、改めて周囲を見渡す。

 ソテっさんの力の影響か、どこか神聖さを感じる神殿のようなイメージが自分たちの周りを覆っていた。

 

「さて、お主らよ。ここから抜け出すには……策がないわけではない」

「策?」

「お主の天帝の剣。その力を十全に扱えるようにする」

「……具体的には?」

「わしの力の源を、お主に注ぎ込むのじゃ。そうすればお主はわしの力を十全に扱える。力ずくじゃが、ここから抜け出すのは不可能ではない」

 

 その言葉に即座に先生は反応を返す。

 

「そうすると、ソティスはどうなる?」

「なに、力を失うだけよ。気にする必要はない……といって、気にしないようなお主ではあるまいしの。どう言うべきか……」

「ソティスは、友人だ。見捨てるつもりはない」

 

 その言葉に涙をこらえながら、笑顔でソテっさんは笑った。

 

「わしは大丈夫じゃ。小僧の演奏を聞き続けていればそのうち力も戻るじゃろうて。だから、気楽にの。この闇に生者が長くいるものではない。疾く出るのじゃ」

「ジョニー、本当?」

「微妙に嘘です」

「小僧! そこはわしの話に乗らぬか!」

 

 表情豊かに怒るソテっさん。しかしその様子はこのいつも通りの会話を楽しんでいるようだった。

 

 ソテっさんの心は、もう決まっているのだろう。

 自分に今、彼女を止めたい理由はあるけど、彼女を止める方法はない。

 だから、彼女の心を優先しようと、俺は決めた。

 

 だからこそ、その嘘は認められない。真実は、受け止めさせるべきだろう。

 

「微妙にって言ったじゃないですか」

「なら、ソティスの嘘を教えて」

「……ソテっさんは、もう先生に命を渡しています。この世界で先生が、存在を確立できるように。だから、これ以上先生に力の源を渡したら、ソテっさんは死んでしまいます」

「私に、命を?」

「……ああそうじゃよ! お主をこの闇に囚わせたくはなかったのじゃ! この闇は本当は暗くて、ひたすらに続く恐ろしいものなのじゃよ! わしはここで記憶の全てを削り落とされ、体もこのようになり! 心すら消えていった! そんな中にお主を置いていけるものか! お主にはお主を信ずる生徒も、お主の見つけた恋心もあるのじゃから!」

 

 そんな叫びの中には、ソテっさんが先生を想う感情が、言葉以上にこもっていた。

 けど、だからこそ先生は言うのだろう、自分だけでは考えつかない、”奇跡のような可能性”を見つけられる者として。

 

「それは、違う。その中にソティスが居ないのは、絶対に違う。私とソティスは、二人で一人、だったら、最後まで二人でいたい。……だから」

 

 その言葉と共に、先生の中の紋章が燃え上がるように力を発した。

 これまでの、先生の中でソテっさんが力を使っている感覚ではなく、先生の優しく強く温かい炎の紋章が輝き、先生の体を光で覆った。

 

 そうして現れた先生の姿は、美しい緑の髪をなびかせ、()()輝く天帝の剣を携えたベレス先生がいた。

 

 その天帝の剣の空洞の紋章石の部分には、竜奏の紋章が輝いている。紋章石など存在しないのに、コレはもう”(先生)と共にあることを決めた”のだと言葉もなく告げていた。

 

「……これじゃあ、まだ足りない。ジョニー、ソティス、力を貸して。3人なら、行ける!」

「……なんじゃなんじゃ! わしの覚悟は無駄か! とういかそのようなことができるのであれば捕まる前にやらぬか!」

「何となくやったらできた」

「この感覚派め!」

「良いじゃないですか! 早速ぶっ放しましょう! この闇の(そら)を破る! 俺たちの合体技を!」

 

 そうして、先生の背に俺とソテっさんの手が置かれ、そこに力が流れ込んでいく。その力を受け止めた先生は、青く輝く天帝の剣を構え、その力のすべてを解き放った。

 

「合体戦技、竜奏破天!」

 

 そうして闇の空間は消し飛び、俺と先生は再び現世への道を進む。

 

 その中でソテっさんがこんなことを話した。

 

「お主らよ。済まぬがわしは少し眠る。わしの力は今ので打ち止めじゃ。だから、こやつを頼むぞ、竜奏のジョニー」

「……任されました!」

「ジョニーに任されるのは、少し心外」

「親心じゃよ、許せ」

「……わかった」

 

 その少しがどれくらいになるのかはわからない。しかし、その時まで共にいようと俺と先生は誓い合った。

 

 そして、砕けた空間から舞い降りる。

 

 そこでは、金鹿の皆が必死で戦っていた。闇に蠢くものの魔導士ソロンを相手にしながら、必死の形相で、俺たちを助けるのだと吠えながら。

 

「先生を返してもらう!」

「我が友ジョニー君もだ!」

 

 そう叫んでいるのはクロさんとローレンツ。

 

 二人はボロボロになりながらも手に持った剣と槍でソロンに挑みかかる。

 

 それをサポートできる生徒はもういない。空から見たところ皆はもう倒れていた。

 しかし、誰一人として諦めの目はしていない。倒れ伏しながらも皆魔法を構えていたり弓を引こうとしていたりと、攻撃の手を止めようとはしていなかった。

 

 だからこそ、ソロンは俺と先生に気づくのが遅れたのだろう。

 

「それだけあれば十二分! 先生! 飛ばします! 最後の援護です!」

「わかった。後は任せて」

 

 その声と共に、俺のウィンドにより先生は射出される。そして、先生は、天帝の剣を構えて上空からい一撃を叩き込む。

 

 その剣はソロンの魔導障壁をたやすく叩き切り、ソロンの腕を一本切り落として見せた。

 

 そして続いての一閃。勢いを殺さずに、鮮やかに振るわれるその剣にソロンはたまらず短距離転移魔法にて退避する。そしてその瞬間に時が止まり、数秒の後に世界が戻ると、先生は転移先に天帝の剣の切っ先を伸ばしていた。

 

「ぬぅ!?」

 

 しかしその剣はソロンの咄嗟の泥くさい回避により躱された。地面に倒れこんで回避するという方法だった。

 

 しかし、おそらくそこまでは予測していたのだろう。先生の天帝の剣の青い輝きが何をしようとしているのかがよくわかる。

 

「……仕留めた」

 

 その言葉と共に、天帝の剣の切っ先がひとりでに蛇のように動き、ソロンの背中を刺し貫く。

 

 それが、先生の力だった。

 

「まだよ! 新風に殺されるならよい! だが凶星に殺されてはなるものか!」

 

 その言葉と共に倒れこんでいるソロンは胸に手を当て、そして懐からおそらくクロニエから取り出したと思われる石に最後の力を与え、暴走を始めた。それが紋章から伝わってくる。二つの闇の者の、邪悪で、しかし真摯な思いがただ破壊だけに変わっていくのを感じられた。

 

 そうして現れたそれは、まるで先ほどの世界の闇が凝縮されて形になったようなモノであった。

 

「先生!?」

「あんなのが相手じゃ……ッ!?」

 

 その時、皆は感じたのだろう。先生から放たれる紋章の神気を。女神に認められた先生の、”はじまりのもの”と共に生きると決めた先生の慈悲の剣気を。

 

「戦技、神祖破天」

 

 その一撃は森を割り、大地を抉り、そして闇を砕いて光に変えた。

 

 その一撃の中で立つ先生は神秘的で、しかし少しとぼけた先生のままだった。

 

「皆、ただいま」

「あ、すいません先生、キャッチお願いします」

「着地のこと考えてないんですかあの馬鹿弟は!?」

 

 そうしてあれやこれや起きた結果木に引っかかり無事だった俺は、くたくたな皆と共にカトリーヌさんの騎士団に回収され、治療されるのだった。

 

 それが、封じられた森での戦いの結末だった。

 


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