禁じられた森での、クロニエとトマシュとの激闘が終わってから、ガルグマクは平穏を取り戻していた。
戦闘直後は、俺と先生が仲良くぶっ倒れててんやわんやになったらしいが、それについてはクロさんが面白おかしく語るものだから笑い話になっている。
というか、クロさんは意図的にそういう笑い話にすることで他の皆が深入りしようとすることを避けさせていた。この点は本当に感謝しかない。
もちろん、それでもごまかし切れないことはある。先生の髪の色がそうだ。その色は、レア様と同じ色になったのだから。主の力である天帝の剣を使いこなす先生なのだから、と納得するものもいれば、女神に力を貰ったからという話を推測から切り出すものもいた。
ガルグマクの最高権力のレア様が皆に言ったのだ。聖墓で主の啓示を受け儀式を執り行うと。
それは神祖ソティスの墓での、儀式だそうだ。詳しいことは調べてもわからなかったが、それが今力を使い果たして眠っているソテっさんに悪い影響を与えるものではないだろう、という思いから先生も自分もそれに協力するつもりでいた。
聖セイロスはそこで女神ソティスの言葉を受けたのだから。そこにはソテっさんの力を強くする何かがあるだろうというのが先生と俺の考えた結論である。それならば、そこに通っておけば皆の卒業のころには目を覚ますかもしれない。
ソテっさんは間違いなくこの士官学校でできた親しい友人なので、卒業の晴れ姿は見てもらいたいのだ。そんなことを俺が言うと、先生は「他の生徒たち皆のことも、ソティスは見送りたいと思う」と言った。故にこそ、聖墓での儀式はちゃんと成功させたいものである。
そして儀式の準備が、自分たち金鹿の近節の課題である。
「とは言ったものの、生徒にやることないんですよ。なんでちょっとアビスの様子を見に来ました」
「それはありがたいですね、ジョニー君」
「お前は
「役に立ってんだからいいだろ、ユーリス」
そんな話を、アビスの顔役になっているアルファルドさんとユーリスとしている。
ちなみに今回作った持ってきた発明品は、炭を使った脱臭剤である。炭で空気中の匂いを吸着させ、それを重曹で中和するというものだ。
アビスは地下にある。魔法などで換気にも気を使っているがそれでも匂いは溜まるのだ。
それをなんとかできるかもしれない発明として、今日はこれを持ってきたのである。
トイレでの匂いはあまり変わらなかったものの、それ以外の場所での効果は”何となくいつもより薄い気がする”と好評を得ていた。
「んで、今日来たのはそれだけじゃねえだろ? コイツまで呼んだんだから」
「呼んだというか、そこにいたから話しかけたってだけですけどね」
「……自由ですね、相変わらず」
「いや、ジョニーのコレは無軌道なだけじゃないか?」
「それほどでもあるけどさ」
「いや、否定しろや」
そんな会話の後に、アルファルドさんに話を聞いてみる。
しかし、枢機卿でも聖墓の事は知らされておらず、儀式についても何も知らないという状態らしい。
先生のお袋さんに関しての事件を引き起こしたのだからそう言った裏にも詳しいかと思ったが、別にそんなことはなかったようだ。やはり思い付きで聞いてみてもなにかわかるわけではないのだろう。
「ま、そんなわけで今節は割と暇だから、いろいろ手伝うぜ。アビスに居残る連中は結構いるんだろ?」
「ああ、爺さん婆さんたちはどうしてもな。長旅に耐えられないってのもあるが、こんな地下でもセイロス教の教えに従って祈っていたいんだとさ」
「となると、修道院から人手が必要かもな。ちょっと偉い人探して提案してみるわ」
「……誰に話を通す気だよ」
「レア様」
「ぶん殴った相手によくそんな話持ち掛けられるな」
「死ぬ気で謝ったら許してくれたんだって」
そんなユーリスとのいつも通りの会話を楽しんでから、アビスの上に出る。
すると、フレンちゃんから突然に声をかけられた。
「ジョニーさん! お兄様を見かけませんでしたか?」
「セテスさん? 見かけてはないけど……ちょっと待って、今探す」
そうして竜奏の紋章の感知能力を引き上げてみると、特徴のある力をしているセテスさんはすぐに見つかった。方向だけだが。
「今あっちの方向だから、騎士団詰め所かな?」
「ありがとうございます!」
そんな言葉と共に頭を下げるフレンちゃん。
なにやら急ぎの用事に思えたので、もう少しお節介をしていくことにする。
「案内するけど、邪魔だったりする?」
「邪魔などではありません! よろしくお願いします!」
「よっしゃ、早歩きで行こうか。走ったらセテスさんにまた怒られる」
「あ! ……そうですわね。とっても早く歩きましょう!」
そうして進んでいくと、セテスさんは割とすぐに見つかった。玄関ホールの手前で捕まえられたようだ。
「フレン、ジョニー、どうかしたのか?」
「どうかしたのかではありません! ロディ海岸が大変なのでしょう!? わたくしも参ります!」
「……墓参りに行くのではないのだ。大人しくしていてくれ」
「賊でも出たんですか?」
「いや、反乱だ」
「……穏やかじゃないですね」
「激しい戦いになるのは予測できている以上、騎士団の精鋭で事に当たるつもりだ」
「それでも! お母さまの大切な場所が荒らされるのをわたくしは黙ってはいられませんわ!」
そのフレンちゃんの瞳は強く、気高いものに見えた。
それを見て、セテスさんに耳打ちをする。
「……セテスさん、コレ付いてくるなって言うの無駄だと思うんですけど」
「……だが、戦場だ」
「フレンちゃん、強くなりましたよ」
「それはわかっている。だが! ……フレンはまだ未熟だ」
「それ、感情論入ってません?」
「……それだけフレンが大切なのだ。君ならわかるだろう」
「……守るだけが大切にすることじゃない、と俺は思います」
その言葉に、少しだけ考えるそぶりを見せたセテスさんは、フレンちゃんにこう言った。
「……出立は一時間後だ。それまでに十分な兵力を集められたのならば、同行を許可する」
「お兄様……はい! すぐに、皆さんにお声をかけてきますわ!」
その言葉と共にフレンちゃんは走り去っていく。
……俺を置いて。
「ここで声かけられないとか、俺フレンちゃんに嫌われてたりするのか?」
そんな声に,誰も答えることはなかった。
■□■
それからきっちり一時間後。集まったのは金鹿の面子と先生だけだった。
他クラスにも応援を頼んだらしいのだが、それぞれが課題やらで忙しいようで引き受けたりはしなかったそうだ。
「というか先生、儀式の準備とか手伝わなくていいんですか?」
「許可は取った。大丈夫」
こんな時に説明の補足をしてくれるソテッさんが寝ているのは少し寂しいと思う。先生の言葉足らずをフォローしてくれていたのは彼女だったのだから。
「それはともかく、時間操作の感覚は掴めたんでいいんですよね」
「2回くらいなら連続でいけると思う」
「……先生も何気に凄いですよね。女神の力なのにすぐに扱えるようになってて」
「それほどでもある」
「あるんですか」
などと先生と会話していると視線を感じたので見てみると。そこにはあきれた様子のクロさんがいた。
「先生、ジョニー、女神の力の話とかこんなところで話すもんじゃないだろ」
「そう?」
「女神ってより、共通の友人の話題のつもりでした」
「……どんなんだったんだよ女神様ってのは。いや、おかしいのはこの二人か?」
尚、クロさんは先生がソテッさんと共にいたことは知っている。俺と先生はクロさんからの”さすがに話を聞かせろ”というプレッシャーから逃れられなかったのだ。
もっとも、クロさんはソテッさんがかなり愉快な人であることは信じなかったようだが。それは仕方がないだろう。あんなのでも一応女神だとか神祖だとか敬われている存在なのだから。
「まぁそこはいいか。それより今回の西方教会の話なんだが、俺はちょっと妙な噂を小耳に挟んでてな」
「妙な噂?」
「あのあたりの住人が“帝国領に”避難したって噂だよ。西方教会の反乱が起きるのを予測していたみたいにしっかり身支度整えて逃げたらしい。海賊の手引きでな」
「……なんで、北に行かないんだ?」
「ロディ海岸は王国領のはず」
「そこが妙なところなんだよ。反乱が起きるから逃げるってのは分かる。西方教会の誰かが情報を流したとかだろうしな。だが、いくらなんでも手際が良すぎるだろ」
そんなことができるとするならば、それはもともと帝国領に逃げ込む算段を付けていたという事だろうか? と少しだけ考える。
確かに今の王国はあまりよろしくない。税は重く、政治は民のことを考えていないと見えることも多々ある。
だが、ディミトリという希望もまたそこには存在しているはずなのだ。正当なる王という希望が。
「……考えても分かることじゃないですね。現地でそれとなく探ってみましょうか」
「探るって言っても住人はもういないぞ」
「いや、海賊の方に」
「ジョニー、伝手はあるの?」
「現地で作ります」
「お前ならできそうで怖いわ」
などという会話をしながら、騎士団と金鹿の学級はロディ海岸に向かっていくのだった。
■□■
前評判とは違い、あっさりと追い詰められていく西方教会の手勢。
それはセテスさんの手腕が素晴らしいという事もあるが、どうにも敵軍の士気の低さが決め手になっているようだ。
自分たちは後詰でしかないが、それでも戦場から逃げていく教会兵の姿がちらほら見える。
「なんだか、拍子抜けですわね」
「油断は禁物だけど、これは俺たちが来る必要はなかったかもな」
そう、救護部隊を指揮しているフレンちゃんと話をする。
今回の自分の役割はフレンちゃんの護衛だ。海岸の砂に足を取られることなく近接戦闘が可能であることから、先生に支援の要であるこの部隊の護衛に指名されたのである。
無茶をする場面ではないのだし、いい采配だと素直に思うばかりである。
そうして戦場を見守りつつも、時折逃げるように遭遇する兵を殴り倒していく。すると捕虜にして拘束した敵兵の一人が、奇妙なことをしだしたという話が聞こえてきた。
「ああ、うめぇ……」と、泣きながら水を飲んでいたのだとか。
「……フレンちゃん、ちょっと気になることができたから捕虜の様子を見てくる。いいか?」
「いえ、おそらく
「水に毒が入れられたって見るか」
「はい。この辺りの飲み水は少し離れた貯水湖に依存していますの」
「土の塩気のせいか?」
「そうですわ」
捕虜の数名にそのことを確認してみると、結果は大正解。
そして、それを行ったのは逃げ出した住人を率いた先導者だったようだ。
そんな事実に少しの恐怖を覚えながら、俺とフレンちゃんは方々に伝令を飛ばしこのことを伝えた。
そこからは、一方的だった。十分な水を提供するとセテスさんが言っただけで雑兵たちは一気に寝返り、戦わずして敵戦力の大半を無力化できたのだ。
そして捕虜の面倒を騎士団たちに任せて、手薄になった西方教会本部に後詰の俺たちで攻め込む。捕虜の数が多すぎたことでこういった割り振りになったわけである。
つまり、ここから先はいつもの金鹿の面子(俺とフレンちゃんを除く)とセテスさんといった面子で戦うことになり、そしてあっさりと西方教会は降伏した。
それが、この西方教会の反乱の結末だった。
「……なんてことで、終わらせないよな?」
「はい、こっそり”杖”は取り返してきたので、行けますわ」
そんな言葉を交わして、俺とフレンちゃんは軍勢を抜け出す。
今、俺とフレンちゃんが向かっているのは貯水湖だ。近づくと空気に毒気があるのが伝わってくる。これはかなり強力な毒がある。
そして、その毒を生み出している魔獣の気配が竜奏の紋章から伝わってくる。なかなかの大物だった。
「……ジョニーさんは付いてきてくださらなくても良かったのですよ?」
そんなことをいうフレンちゃん。しかし「今更そんなことを言うか」という言葉はぎりぎりで飲み込み、ちょっとだけ格好をつけることにする。
「フレンちゃんの護衛が俺の今日の仕事だよ。それに、この近くにはまだ残っている住人がいる──そんな人たちにこれ以上戦いの傷を負わせてたまるか」
「心強いですわ、竜奏の戦士様」
「ごめん、ソレかなり恥ずかしいわ」
「格好いいとわたくしはおもいますけどね」
そんな会話を最後に、貯水湖に到達する。
そこでこちらを待ち構えていたのは紫色の巨大な魚だ。周囲に毒を放ちつつ、鋭い敵意を俺たちに向けてくる。
その毒をウインドで払い、正面から相対する。
互いの距離は遠く、敵の遠距離攻撃も俺の魔法も届かない。
だが、ここには今四聖人の一人であるセスリーンの杖を完全に使いこなしている仲間がいる。
「水よ清らかに、
その魔法は、光の柱だった。優しく美しく、そして強い。
その浄化の光に触れた水は一瞬で清められ、その毒に適応していた魔獣は悲鳴を上げていた。
それだけの隙があれば、俺はその魚を殺すのに十分な技を持っている。
足に
「戦技、ライトニングソニック!」
それにより、ただ人への憎しみだけを持っていた魔獣は絶命した。
「これにて」
「一件落着ですわ!」
なお、そのすぐ後に俺とフレンちゃんは巻き上げられた貯水湖の水により水浸しになり、とても格好の付く状態ではなくなったのは俺とフレンちゃんのちょっとした秘密である。
■□■
セテスさんは俺とフレンちゃんの独断専行を当然許しはしなかった。先生も「なぜ私もつれていかなかった?」と割と根に持っていた。
正直それに関しては返す言葉はない。もともと怒られるつもりでいたからそこは甘んじて受け入れる。だが、それは仕方がないだろう。
「わたくしは、わたくしの手でお母さまが眠るこの地を救いたかったんです。お兄様たちに心配をかけてしまったことは心から謝ります。けれど、百度同じことがあっても私は同じことをしますわ」
こんな強い目をした女性を誰が止められるというのだろうか。少なくとも俺には無理だった。
その様子に根負けしたのはセテスさんも同じだったようで、じとりと俺を恨みがましく見た後で「墓参りに行く。お前はどうする?」とフレンちゃんに言った。
「はい!」
そう返したフレンちゃんの笑顔は、とても素敵なモノだった。
そうして、せっかくだからと誘われて俺と先生は一緒に墓参りに赴くのだった。
聖キッホルの記念碑でもある、その石碑に。
■□■
「旦那、あんたが水の浄化をしたってのは本当かい?」
その日の夜。街に繰り出して演奏や手品でアウトローな方々と仲良くなっているとそんな言葉が不意にかけられた。
「正確には俺ともう一人ですけど、合ってますよ」
そうして顔を向けると、そこにいたのは風格のある白髪の老人だった。その真剣な表情に、背筋を正してしっかりと向き合う。
「なら教えてくれ。キール……あの毒魚はどうなった?」
「……すいません。心が殺意に飲み込まれていたので、殺すしかありませんでした」
「……魔獣を退治してとやかく言う奴はいねえよ。だが、どうして謝った?」
「大切な人だったんですよね、あなたの」
「……ああ、息子だった」
「紋章石なんてもので魔獣になっちまったが、それでも息子だったんだよ」
そうしてその老人はぽつぽつと語り始める。今回の西方教会反乱の裏側を。