目を覚ます。
目に入るのは天井
崩れた箇所から雨が降りそうな空が見え、溜息を吐いた。
体を起こして辺りを見る。杖になりそうなモノは見当たらない。仕方がないのでしばらく壁伝いに動くことにする。
「……どうにか、なるかね?」
休みはしたが、体調が好転する気配はない。
右足を失ったことで、『身体を巡らせる魔力の流れ』が歪んだ。
その結果、俺の体は急速に崩壊を始めた。つい先日まで元気に飛び回っていたというのに。
「……ジョニー君! 何やってるんですか!」
ベルナデッタの声がした。
引きこもりである彼女がこんな廃墟に来るとはおかしなモノだ。成長なのだろうか?
「寝てて下さい! きっと誰かが何とかしてくれますから!」
懇願する声に明るさなどはない。いつも以上に悲観に満ちていた。
それもそうだろう。
あれから起こった事を、少し思い返す。
エガ姉の撤退のあと、まず帝国軍がガルグ=マクを神速で包囲した。これは近隣の村村に知られずに兵士を集めていたとかの軍略によるものだ。
これによりガルグ=マクは完全に孤立し、教会のセイロス騎士団と学生達以外の戦力は消えた。
逃げようとした人達、外に知らせようとした人達は居たが、全て拘束されて止められている。
だから、同盟や王国が異変に気付き軍を整え助けが来るまでには最速で半月はかかるだろう。
それだけあれば、エガ姉はここを落とせる。地下に巡らされている隠し道、主要な防衛設備、城壁の弱点、そういった点を知っていない訳はないし、そもそも
よって籠城戦は下策。セイロス騎士団は攻めに出るしかなかった。
……そして、ごく簡単に蹴散らされた。
理由は単純、
レア様を、セイロス教を汚した逆賊。
彼らを殺したいという憎しみが兵の足を進ませ過ぎた。
セテスさんを始めとした優秀な指揮官でも、末端の兵士の心までは制御できない。
カトリーヌさんのような一騎当千の武者だとしても、一度に倒せるのは剣の届く敵だけ。
そんな理由で騎士団の決死隊はエガ姉の顔すら見ることもなく敗走。無駄に命を散らすだけになった。
ここで誰かが言った。『魔獣を使おう』と。
セイロス教団のお偉方の中には、そう言った技術を知っている奴らがいた。
聖墓での戦いで、紋章石は手元に存在していた。
そして彼らは、負ければ間違いなく殺される立場だった。
教団の為なら命を捨てて良いと思っている人が居て、彼らは帝国軍の深くに切り込み紋章石を使うという暴挙をやってしまった。
そして、聖墓の竜達がどれだけ『人間』を憎んでいたかを知らしめた。
その結果が、今の崩壊しかけたガルグ=マクである。
今もどこかで竜が『人間』を殺している。
誰かの書いた絵の通り、『邪悪な魔獣を討つ新たなる皇帝』があった。
それを俺は、見ている事すらできていなかった。
「……ベルナデッタ、姉さんは?」
「ちゃんと生きてます。生きて、戦ってます」
なら、行かないと。そう立ちあがろうとして、
「ジョニーくん⁉︎」
ベルナデッタに抱き抱えられる。足を踏み外したようだ。
「無茶です! 死んじゃいますよ!」
「放っておいたら、何も残らない」
「……知ってますよそんな事!」
彼女は叫ぶ、当たり前のことを自分に言い聞かせるように。
「だけど! 何かをしても残るものなんてありません! 逃げる事も隠れる事も! だから!」
「ここに、居てくださいよ……」
ベルナデッタはそう言った。
彼女の拠り所である自分だけの部屋は崩れて消えた。相当心に来ているのだろう。
「……悪い」
「謝らないで下さい。ベルが間違ってるのは分かってます」
そう言ったベルの肩を借りて、進む。
行き先はレア様の部屋。あの位置からが、一番遠くまで響く。
道中、俺たちを見る目は厳しいモノだった。
仕方がないと分かっている。今までは許されていた俺の『異常さ』を許せる心の余裕が消えつつあるのだろうから。
カトリーヌさんが俺たちを見る。戦場にいないときはずっとレア様の守りを続けている彼女は、傷だらけだ。
「……流れ矢で死ぬなよ、お前ら」
「はい」
レア様の部屋の中に入る。
レア様は目を覚さない。竜になる事は体の負担が大きいらしい。
「……早く、何とかしてくださいよ」
ベルナデッタが呟く。レア様の反応はない。
「何とか、する」
俺がそう言うと、ベルナデッタは泣きそうな顔になった。
そうして、俺は笛を吹く。
戦場全てに響くように強く、魔獣達の心が安らぐように優しく、憎しみが収まる事を願って。
命を使って、笛を吹いた。
「今だ!」
笛の音が聞こえたその時、教団側も帝国側も迷いなく動き出す。
竜の動きが鈍る事を理解しているからだ。
それからの彼らの動きは互いに同じ。
『敵兵への攻撃』である。どちらの軍も竜を倒そうとはしない。
帝国からすれば『敵陣で暴れる魔獣』。
教団からすれば『人の心を捨てても敵を倒そうとする殉教者』。
竜が居なければガルグ=マクはとうに落ちている。だから教会には竜を倒す理由がない。
竜が居れば教会側は勝手に疲弊する。だから帝国には竜を倒す理由がない。むし教会の精兵を弱らせるために竜の援護すらしている。
竜を倒そうとするのは、この戦いを終わらせようとする者。
私たちは、どちらから見ても味方ではなかった。
「“戦技”、破天」
天帝の剣が竜の首を落とす。
これでようやく2匹目を始末できた。被害も多少は少なくなるだろう、そんな考えが浮かんでは、それどころではないと戦場の彼らは切り替えた。
開戦から一週間。建物の被害は甚大だが、実の所兵士以外の
「先生! 引くぞ!」
両軍の激化する前にガルグマクの地下へと滑り込む。
私たちの向かう先は地下にあるアビス。そこには多くの人々がいる。
アビスで暮らしていた人々と、地上から避難してきた人々だ。
「負傷者の治療を優先! 遺産持ちは鍛冶場に! 他は武器を交換しとけ!」
「水と飯持ってきたぞ! 腹に入れろ!」
アビスは今前線基地になっている。焼き払われる筈の民衆を抱えながら。少ない物資を生き残るためにやりくりしている。
そんな喧騒を抜けて鍛冶場へと進む。
英雄の遺産を持っている者たちが揃って武器の調子を確かめている。
「ルーンはまだ保ちます」
「破滅の槍はちょっと補修が欲しいかもしれん。無理をさせすぎた」
「天帝の剣は大丈夫」
残り少ないダークメタルを用いて戦力低下を抑えていく。
私の手にあるテュルソスの杖の修復は難しいだろう。守りの力で消耗したこの杖を直すには残りのダークメタルでは足りない。
シルヴァンの槍の修理にも、足りないかもしれない。それほどに限界だった。
「……偵察終わりました」
自主的に偵察に向かっていたアッシュが戻ってくる。淡々と、どうしようもない現実を告げ始めた。
「……確認できた竜型は、3体。西の二体と南の一体です」
「……アッシュ、数え間違ってねぇか? 4匹いた奴らの二体を俺たちは倒したんだぜ?」
シルヴァンのその言葉に対し、アッシュは首を横に振る。
「蘇った?」
「……南の一体の見た目は、一昨日倒した竜と同じでした。可能性はあります」
「クソッ!」
シルヴァンは拳を壁に叩きつける。現実を認めたくないが故に。
「けど、東の戦況は教会側が優勢になっています。戦力を集中すれば同盟側に行けるかも知れません……犠牲はどうしても出ると思いますが」
「東側って事は……殿下は?」
「無事です。フェリクスもドゥドゥーも」
東側の戦況が変わったのは、おそらくディミトリの獅子奮迅の活躍があっての事だろう。
「ただ……帝国兵にもセイロス騎士団にも、味方から殺された人達がかなり居ます。殿下も狙われていました」
「……そうか」
「だから、教会は落とされていないのか」
エーデルガルトならば、多少のイレギュラーはあっても最短で勝つ用兵にするだろう。教会が彼女の敵だとしても、ガルグ=マクは彼女の敵ではないのだから。
……必要なら虐殺だってやる人間であることも、事実なのだけれど。
「とはいえ、悪い話だけじゃあないぜ」
そんな話の最中にクロードがやって来た。
泥だらけな姿のままで、ニヤリと笑っていた。外への連絡を付けたようだ。おそらく常人では通らないような道を抜けて。
「いけそう?」
「ああ。もうじき同盟、王国へ知らせは届く。包囲を食い破るのは自力でやらなきゃあならないだろうが、そこから先は頼れるぜ」
「急いで逃げる人を纏めよう。馬は使えないだろうから荷物は最小限に」
即断即決。クロードの連絡が届いてもその先にいるのは敵かもしれない。
だが、ここですり潰されるよりはマシだ。
「良かった。これでルーンを家に戻せます」
「イングリット、取って返して戦場に出ようってつもりじゃあねぇだろうな」
「シルヴァンもそうでしょう?」
「それは……まぁ、殿下の命が優先だしな」
ひとまず、方針は決まったようだ。
なら、もう良いだろう。
「クロード、これを」
「……テュルソスの杖? どうしてコレを俺に」
「ローレンツに返しておいて下さい。私はジョニーのところに行くので」
頼まれた事は終えた。なら、最期はジョニーの側に。
『皆の為に、時間を稼いでほしい』
ジョニーはそんなことを押し付けてきた。一生の願いなどと言って。
「……なんだ、ジョニーの事は頼んだ」
「私はジョニーの姉ですから、任されるまでもないですよ」
口にしたのはクロードだけだ。だが、ここにいる皆は同じ思いだったのだろう。
日に日に弱く、しかし激しくなっていく笛の音がジョニーの命を燃やしているように聞こえていたのだから。
「ジョニーくん、ご飯持って来ましたよ」
横になっている俺の元へベルナデッタがやってくる。持っているのは乾パンと具なしスープ。暖かいものがあるのは少しばかり贅沢なのかもしれない、と少し思った。
「ありがと……あ、美味しい」
「ひもじいですけどね」
「そこは言いっこなしよ」
とても暖かい味だった。
誰が作ったのだろうか? と尋ねようとする寸前で、ベルナデッタの表情の不安を見る。
帝国と戦うことも、帝国側で戦うこともしなかった彼女の立場はやはり悪い。黒鷲の連中全員に言える事だったが、目に着く所にいる分向けられる悪意は多いのだろう。
「お疲れさん」
「は、はい……次はもっと頑張ります。料理」
「そうそう料理を……ってこれ作ったのベルナデッタだったのか。ご馳走様、本当に美味しかった。ありがとう」
若干のディスコミュニケーションがあった気がするが。美味しかったから何でも良いや、と思考をぶん投げる。
遠くで爆発音がした。魔法だろうか、魔獣だろうか。もう慣れてしまった。身構えていないからもうすぐ死神が来るだろう。大変だ。
すると、扉越しにドタドタと足音が聞こえて来た。具足であるが、一人。兵士の誰かだろうか?
「ジョニーさん、カトリーヌさんがお呼びです」
門番の人が、喜びの表情を見せながらそう言った。なにやら吉報のようだ。
「ベルナデッタ、頼む」
「はい!」
肩をかりて先に進む。レア様の扉を守っているのはシャミアさん。「中だ」と告げた彼女は程よく気を抜き壁に背を預けていた。
扉を開けると、ベッドから身体を起こしているレア様が見えた。ベルナデッタがビビり始めた為、先に進めない。
「……苦労をかけました」
「話は何ですか?」
単刀直入に話を切り出す。お互いに時間に余裕はない。
「聖墓にて、私は『奴』の悪意に触れました。殺した筈の、仇敵の」
「その仇敵は、あそこに埋葬されていたんですか?」
「それはあり得ません。奴は人間でしたから」
「聖墓の下に何かが作られていたようです。おそらくトマシュが学園に居た時に作られたものの一つ。そこで何が行われていたにせよ、奴が紋章の力の一端を持っていたのは、紋章についての研究結果だからなのではないか、と」
「あなたを救う事が出来るとするならば、そこに行くべきでしょう。奴らの技術の手掛かりで、手の届く所はそこにしかないのです」
そんな言葉が響いてくる。
レア様個人が告げた、俺個人へのメッセージ。
「私は戦いを続けるでしょう。エーデルガルトの怒りは間違っていないとしても、今焼かれながらも戦っているのはガルグ=マクの人々です。私が討たれねば、彼らは止まれない」
「レア様」
カトリーヌさんは、雷霆の柄を強く握りしめている。討たれる前提の突撃なんぞ、大切な人にはさせたくないという気持ちはよくわかる。
だが、もう誰も手段を選べない。
エガ姉の冷徹な戦略に基づいた行動は竜の顕現で崩れ去り、レア様の信仰に基づいた統率は竜の暴走で狂乱に走った。
「私が伝えたい事はこれが全てです。行ってくださいジョニー、あなた自身の決めた道を」
レア様にも語りたい思いは無数にあるのだろう。だが、それを聞かせたい相手は俺ではない。
先生のレア様は、死の前に語り合う事が出来るだろうか?
「失礼しました。……ご武運を」
ベルナデッタはそんな言葉でハッとして「失礼しました!」と声を裏返しながら告げる。
そのときに体勢を崩して俺ごと転んだ所で
爆音が鳴り響き、視界は白く染まった。
大司教レア様の部屋が吹き飛んだコレは、誰もにガルグ=マク攻防戦の最終章を告げたのだ。