1話 墓守と穴熊
土を、かけていく。
戦いで死んだ多くの人がいた。その中には知人もいたし、友達もいた。
士官学校に来てからも引きこもってばかりだったけど、それでも沢山の人達と関わって生きていたという事を、今更になって理解できてしまった。
こんな事になるなら、もっとちゃんと引きこもれるように準備をしておくべきだったのだろう。ヴァーリ家に居た時のように。
「……これで、半分くらいですか」
誰かに命令されたという訳ではない。けれど少しずつガルグマクに転がっている遺体の埋葬は進んでいた。
持ち物から名前の分かるモノが有れば書き残し、そうでないなら似顔絵を描き
……それもできないのなら、せめて祈りだけでもと思って、一人ずつ、一人ずつ。
「……帰りたい」
弱音が自然と出てきてしまう。止めようと思っているけれど、そもそも私の心はそんなに強くないのだから仕方がない。
とはいえ日暮れ前には寝ぐらに戻らなくてはならない。私一人ならすぐに実家に帰っていただろうけど、『今それをできない』と蹴っ飛ばしたのは自分なのだから。
「……ベルナデッタさん、お疲れ様です」
「ど、どうも……」
「お湯を沸かしておきましたので、お使い下さい」
門番をしていた人が、焚き火で沸かしたお湯をくれる。死体に長く触れていると病気になるので、身を清める事は大切なのだとか。
門番さんが優しくしてくれているのは分かるけれど、他人と話すのはやはり辛い。帰りたい。引きこもって過ごしたい。
「……ただいまー」
けどそれは、この娘を見捨てる理由にはならない。
彼女は相変わらずどこも見ていない虚な目をしている。
まだ、良くなっていない。
現実を受け止め切れていない。
私もまだまだ夢心地で、朝起きたら何事もなく学園生活が始まるような気がするくらいだ。
だけど、そんな事は決してない。
私の部屋は潰れたし、死んだ人はもう帰ってこない。
ジョニーくんは、死んだのだ。
「リシテアさん……」
けど、それを受け止められるのかというのは別の話。
大切で大好きなきょうだいだったのだから。辛いのは当たり前だ。ゆっくりゆっくりしていれば良いと思う。
「それにしても、コーデリアの迎えの人は来ませんね」
あの戦いが終わってから、3月。
私は教会を占領した帝国軍に保護された。ヴァーリ家の人間であるという事を証明できていなければ……まぁ変わらなかっただろう。エーデルガルトさんの軍なのだから。
ほかの学級の生徒のほとんどは東から逃れたのだとか。黒鷲の皆は魔獣の討伐のために教会に残り戦っていたけれど、家からの迎えが来て一人ずつ帰っていった。
黒鷲以外で帝国軍に保護されたのはリシテアさんだけ。心を病んで、無気力な状態だった。
──なんとなく放って置けなくて、一緒にいた。
『リシテアさんの迎えが来るまで』との言い訳は実家に帰りたくない今の私には丁度良く、耳触りも良かった。コーデリアが親帝国派な事もあり、実家からの問題はなかった。
問題なのは、コーデリアからの迎えが来ないこと。
同盟に帰る人に、リシテアさんについての手紙を預けた。帰ってくる手紙はまだない。
「……どうしましょう」
とは言っても、どうせ何も思いつかないのは分かっているけれども。
そうして日が落ちる。休む間もない、戦いばかりだ。
「じゃあ、いってきますね」
弓を背負い、矢を揃えて寝ぐらを出る。
リシテアさんを一人にするのは怖いが、リシテアさんを守るためにも打って出る必要がある。
守りの戦力は、少ないのだから。
たいまつの火が目に入る。今日もそれなりの数がいるようだ。
帝国側も教会側も沢山の兵士が死んだ。その武器はお金になる。
ガルグマクの市街地は多くの市民が住んでいた。彼らは教会由来の品々を多く持っており、その金銭的価値は高い。
そして残った人々。
男たちは皆死に、ガルグマクに残ったのは弱く逃げられない者たちだけ。
『故郷に帰れない者』『動くことのできない者』
食い散らかされるだけの、弱い者たちだ。
帝国軍が残っている時は、奴らは来なかった。
ガルグマクが壊されすぎて軍事的価値が無くなり、帝国軍は配置を変える事になった。壊れた全てを顧みることなく。
だから、奴らは来た。
心が凍てついていく。生徒であった時にどれだけの賊と相対した時よりも、鋭く。
音を立てずに、矢を放つ。まず一人。
「……まだ残ってるのかよ『穴熊』ァア!!」
声に覚えがある。一週間ほど前に10人程度で来た盗賊だ。まだ生き残りが居たらしい。
残っている策、使える罠、それらを考慮して迎撃を行う。“今までのやり方”を知っているのだから警戒は深いはず。そこをついて消耗させ、撤退させる。
まず、鏑矢を放つ。風を切って音色を作り出す空飛ぶ笛は狙い通りの場所に着弾した。まずは情報を与えて流れをコントロールする。
──その鏃は、とある部屋から拾ったものだ。
「松明を消せ盾を構えろ!」
「あっちからだ! 身体を出すなよ!」
敵は全員盾を持っている。小さなものであるため力を入れた一撃なら貫けそうだが、複数人相手にその時間は使いたくない。
そそくさと移動する。
視線の通らないルートで、狙える位置に。
そうして賊達が私の元へと詰めてくる。
先鋒は3人。
「……うん、いける」
“そこにあるもの”を警戒している彼らの動きは慎重だ。つまり……狙いやすい。
矢を3本同時に番て放つ。囲いの矢という打ち方を練習しているうちに身についた技術で、それなりの命中率を誇る。
そうして三本の矢は3人に命中した。首、腕、頭と一人仕損じた。
「この野郎!」
後ろの奴らが前に出てくる。盾でしっかりと守った姿勢だが、向きを間違えている。
暗闇の中で複数が同時に倒れると、斧や槍のような力のある武器で薙ぎ払われたとよく誤解される。
だから、姿勢を整えて銀の弓を持たせた『ソレ』をベルだと誤解してしまうのだ。
「サンダー」
そして、その位置には当然罠がある。油壺だ。
サンダーは壺を壊し、火のついた油は敵に降り注いで痛みと共に目印を与えてくれる。
「じょ、冗談じゃ……ッ⁉︎」
あとは普通にやるだけだ。今大将を射抜いたように。
どれだけの数が冷静になって逃げるのかは不明だが、追って仕留める戦力も矢もない。
「……引きこもっていたいです」
攻めて来なければ、引きこもり生活への準備をしながらのんびりやれたとというのに。
そんな事を、考えていた。
あの連中を始めとした『腕のある賊』は何故だかここに拘る。命は賭けない程度にだが。
理由は、レア様の言っていた『ガルグ=マクのさらに地下』だろうか。闇に蠢く者たちの研究施設があるとレア様はジョニーくんに言っていた。それを狙ってごろつきをけしかけたのだろう。
……もっとも、けしかけられた連中だって粗暴だが馬鹿ではない。仲間の命はともかくとして自分の命は大切にしているのだから、『殺される』という確信を抱かせれば、引いていく。
姿を晒す必要はない。気を張る必要もない。
冷静に、冷徹に。最小の労力での撃退を繰り返す。リシテアさんの迎えの人が来るまでは。
「とはいえ、眠いです……」
うっかり眠ってしまいそうな深夜にて、そんな事を呟いた。
と、ここまではいつもの事。今日は少し空気が違った。
引いていない敵がいる。
「死兵?」
そこまでして攻める必要が生まれた? と一考するが何も分からない。
ここで退く意志を見せないのなら、戦場にするべきはもう少し深い場所。
逃げないつもりならもう少し踏み込んで貰おう。心変わりしても逃げられなくなるまでに。
「だけど、あの人と話すのはなぁ……」
「誰の事だぁ?」
「うひぃ⁉︎」
そんな独り言を、聞かれた。
目の前の粗暴な罪人に。
「や、やだなぁ……マイクランさんと話したくないなんて言ってないですよぉ……あはは」
「言ってんじゃねぇか」
目の前のこの男は、賊を殺して回っている男だ。何者なのかは知らないが荒っぽく残虐で、顔が怖い。
『行くアテがないからガルグ=マクを根城にしている』と嘯いているあたり悪いだけの人じゃないのかもしれないが、正直ベルにとっては他人というだけで怖いのであまり関係はない。
「えっと……何人かですけど、逃げる気配がありませんでした」
「無理して踏み込むだけのモノなんざ残ってねぇのに馬鹿な奴らだ」
「お金になりそうなものって、大抵持ってかれちゃいましたからね」
モノだけでなく奴隷として売れそうな人間もあまり残っていない。残ってる人達の大半は老人と負傷者でしかないのだから。
「……えっと、どうします?」
「殺すに決まってんだろ。敵だぞ」
「ですよねぇ……」
中の様子を見せて『旨味がない』と伝えさせる? 無駄だし内部構造を見られる方がまずい。逃げ道がなくなってしまう。
心から面倒だなぁと思う。
そんなに命が軽いのなら、死んだ人にあげられたのなら良いのになぁ。
深く踏み込んできた二人を月光が照らす。
鎧は重装型。草臥れているが着慣れている。獲物は剣。盾は鋼か?
「……心得てやがるな」
狭い場所が多く思うように武器を振るえないような場所では剣が強い。焼き払われたガルグマクの瓦礫は、障害物になりがちなのだ。
「……マイクランさん、魔法は使えませんよね?」
「ぶっ殺すぞテメェ」
「ひぃッ⁉︎」
使えないらしい。
私は無理矢理単位を取った結果サンダーくらいなら使えるが、威力はみそっかすだ。
重装をやるのは、とても面倒だった。
「じゃあねぇ、やるか」
面倒なだけで不可能ではなく、ものの数分で手練れは死ぬ結果となったのだが。
彼らは最近名の上がった者達であり、ガルグマクに攻め入る事は広く知られていた。それが全滅。
誰かが言った。『ガルグマクには墓守が居る』と。
名乗りを上げない何者か。
その者達はいつしか『穴熊』、あるいは『墓守』と知られる事となったのだった。
ガルグマクが落ちてから3ヶ月、まだ知らせはやってこない。
生活の改善の見込みはなく、使える武器は減っていく。
そんなベルナデッタの非日常は、あっさりと終わりを告げた。
「……転移魔法陣?」
瓦礫の下に埋もれていたソレが白日の元に晒された事で、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリの運命は、また変わる。