ひとまず、目の前の転移魔法陣を観察する。
とても複雑な陣となっており、中身はよく分からない。ただ、いつでも起動できるようになっており、上に乗れば何処かへと飛ぶことになるだろう。
「えぇ……?」
その転移魔法陣があるのは、攻防戦によって薙ぎ払われた建物の下にある。どこかの地下にあったものが見えるようになったのだろうか?
つまり、とても怪しい。怪しいのできっちり調べるべきなのだがどこに出るのか分からない以上迂闊に踏み込むのは危険だろう。
「壊しておけば、賊の皆さん帰ってくれませんかねぇ?」
入口はここだけではないだろうから無意味だろう。そしてここの転移を壊しても隠し部屋自体は無事である。そんな当たり前のことを愚痴を言ってから気付いた。
「……一応、リシテアさんに聞いてみますか」
言葉が返ってくるかは分からないが、会話のきっかけになるかも知れない。
会話のレパートリーはとうの昔に尽きている為、二人でいる時間が地味にとても辛いのだ。リシテアさんは話せる状態ではないとは分かっているけれども。
という訳で、寝ぐらでの話としてそれを振ってみることにした。
「り、リシテアさん……あの、魔法陣とか……詳しかったりします?」
「……まぁ」
返事が返ってきたことにとても驚く。会話になると思っていなかったので覚悟が足りてない。どうしよう⁉︎
それからいつも通りに取り乱しながら言葉にする。するとリシテアさんは「行かないと」と口にして歩き出してしまった。
「いやいやいや! 危ないですから! 本当に!」
なんとか追いかけて止めようとするも、止めていいものなのだろうか? リシテアさんは一応動けているのだし。
そうやって迷っていると、リシテアさんを止める前に辿り着いてしまった。
周囲に敵影は見えず、襲われる危険性は少ない。飛んだ先で待ち伏せされている事はあるけれども。
「……行きますね」
「ダメですからぁ⁉︎」
そんな私の迷いなど関係なく、リシテアさんは中に入る。置いていかれまいとする私も陣のなかに入ってしまった。
転移が始まる。一瞬の明滅のあとで景色が変わる。
蝋燭よりも白く明るい、不思議な灯り。
それが照らすのはツルツルとして綺麗な壁や床。
そして、沢山の死体。
「これは……ッ⁉︎」
それは、人間なのか疑問に思えるものだった。生きていた形跡が見えない。命の形跡がない。
けれど、形は人間のものだった。
「……あぁ」
そして、その顔は見覚えのあるものばかり。
全てが、ジョニーくんの顔だった。
「やっぱり、偽物なんだ!」
そう言って喜ぶリシテアさん。
その言葉で、何かが切れた。
手が、自然と出ていた。
現実逃避を行う彼女を許せなくて。
「……他の誰でもなく、私たちだけはソレを間違えちゃいけないですよ!」
「ジョニーくんの最後の言葉も! 死に際の願いも! 消えていった温もりも!」
私たちが、彼を埋葬したのだから。
それを否定しては、いけない。
「じゃあコレは何ですか! なんでこんなに、ジョニーそっくりの……!」
「わかりませんよ!」
怒りのままに弓を引く。その先にいる筈の誰かを狙って。
放った矢はソイツの腕に当たり、悲鳴が鳴り響いた。
「彼らは一体なんなんですか⁉︎貴方なら知っているでしょう!」
「……愚か者がぁ!」
白衣を着ているソイツは、狂気的な輝きの瞳を隠さずに私たちを睨む。
「ネメシスに次ぐサンプルなのだぞ! ただの死体と同じにするなぁ!」
「知りませんよそんな事! 彼が何なのか! 貴方が何をしているのか! 話せ!」
「決まっている! 呼び戻すのだ! その力を! その意思を!」
「竜葬の者を! 解放王ネメシスを! ジョニー=フォン=コーデリアを!」
「ジョニーが、生き返る……⁉︎」
「そうだ! 6号、その姿を見せるのだ!」
男の背後から、ドロドロのモノが動き出す。それはジョニーくんと同じ特徴を持っている。それは、ジョニー君と同じ紋章を持っている。
けれど命ではなかった。魂のない、人形でしかなかった。
「これは研究の過程! そう遠くないうちにその力は蘇るとも!」
それで理解した。この人は、コイツらは『力』にしか興味がないんだ。
ジョニーくんの本当の強さは、その優しさにあるのに。
「──あぁ、目が覚めました」
凍っていた感情が動き出す。煮えたぎる熱が生まれた。エーデルガルトさんがあそこまで燃えていた理由がよくわかった。
『こいつらを殺すためなら、何でもしてやる』
そんな殺意が、種火だったのだ。
「リシテアさん、こいつに聞きたい事はありますか?」
「──ない。私も、目が覚めました」
リシテアさんの激る魔力は空間を歪ませる。無軌道に放たれたその闇は、目の前の男を跡形もなく消し飛ばした。
「とりあえず私の実家に。そこから、エーデルガルトさんの所に行きましょう。あの人の所が、一番敵に近いです」
「ベルナデッタ……ありがとう」
そうして、私たちは教会に残って『今を見ない』のを止め、『敵を殺す』事に決めた。
「行くのか、お前ら」
旅支度を整えた私たちに、マイクランさんが声をかけてくる。え、やだ、怖い。
「あんた、まだ居たんですか」
「うるせぇ。行くアテがねぇんだよ」
「なら、私たちと来ます?」
「寝言は寝て言え。なんで特にもならねぇ殺し合いをしなきゃいけねぇんだよ」
「今ここに残ってる事にも得はないでしょうに」
「……寝る場所にはなる」
「まぁ良いです。達者で」
「はいよ」
そんな軽妙な会話をしていたリシテアさん。リシテアさんは彼が何者なのか知っているのだろうか?
まぁ、どうでも良いか。もう会う事はないのだから。
それよりも馬の調達ができるところは何処になるのか、という事の方が大事だ。
ヴァーリ領まではそこまで遠くはないが、徒歩で行くとなるととても辛い。
できるだけ楽をしたい。先は長いのだから。
「行ったか……」
ガルグマクに残っていた『危なっかしいの』が離れていくのを見る。
正直に言えば、末恐ろしかった。
どこまでも冷徹に罠を仕掛け、人の心も自分の命も考慮に入れずに最短最速で始末をつける。あれに手持ちの兵がいるならば、廃墟だって不落の城になるだろう。
「……あんなのとやり合うのは御免だぞ、シルヴァン」
だが、それはまだ見ぬ未来のこと。
俺が今出来る事の中で最も有効な手はガルグ=マクを使えるようにしておく事。
「旦那、色々仕入れましたぜ」
「おう、詳しく聞かせろ」
そして、あの
ガルグ=マクの地下『アビス』の再整備。貴族どもの目が消えた事を最大限に利用し、コレからの戦いに備えるのだ。
転がり込んだ幸運で生き延びた俺の命を、より効率的に活用するために。