その日のフェルディアは最高クラスの警備が敷かれていた。ディミトリの処刑を止めようと有力貴族が攻めてくる可能性がある為に。
謀略によってその動きは妨害されているが、それを食い破られる事をコルネリアは知っている。
ファーガスの貴族は血族主義で古臭く、頑固で愚昧であるが────強い。
この北の地では弱者は死んでいく。民草は疫病や飢餓などから守られないが故に強い者しか生き残らない。
どれだけ内政が悪化してもファーガスが他国に併合されていない根本の原因は、『兵士が強い』という事なのだ。
それを理解しているコルネリアは襲撃される前に戦力を減らし続けた。諸侯の動きを操り最高のタイミングでの処刑を行えた筈だった。
そんな計画は、『竜人兵団』に蹴り飛ばされた。
「……獣風情が」
コルネリアは眼科を襲う龍人を見る。王都の防備を全てブチ抜いて王城前まで進軍しているそいつらは無傷ではない。
騎士達は果敢に挑み手傷を与えたし、王都の罠は奴らに命中した。
それでも、まだ一頭も討ち取られては居なかった。
コルネリアは考える。これは陽動だと。
でなければ王都を正面から落とせると判断したという事になる。百に満たない数でだ。
流石にそれはあり得ない。
……あり得ないの、だが。
「に、逃げろぉ!!」
「勝てる訳ねぇ! こんな化け物共によぉ!」
「王城は何してやがる! こんな時の英雄の遺産だろうが!」
逃げ惑う兵士たち。兵の練度が低すぎる。
「市街の防衛を優先する。数が少な過ぎる、伏兵を疑え」
「クソが! こんな時に上は何やってんだ! 偉い血だとかで散々に威張り散らしていたろうが!」
練度が高い騎士達。奴らは各自の判断で動いている。命令が届いていないのか、誰も死兵となって足止めに出てこない。
「『クレオブルス』、あの醜い獣共は何だ!」
地下で研究を行なっている魔導師が顔を赤らめてやって来た。アガルタの技を学びながら口先だけしか伸びぬ小物だ。死んでしまえ。
「アホ共が暴れているだけよ」
「……あんな真似をできる阿呆などいるものか! 紋章石をコントロールしているのだぞ⁉︎」
しかも研究者を名乗っておきながらその程度の目しか持っていない。やはり害悪だ。
「外側に力を纏ってるだけ。ヒトの形も崩せてないから力は弱い上、負荷で勝手に死ぬわ」
見れば分かるでしょう? と言外に言えば顔を赤らめて去っていく。プライドしかないゴミ屑だ。
窓から離れ司令室へと向かう。場内を歩いて回っても暗殺者はやって来ない。
ディミトリを救うための陽動ならば私を崩すのがまともな頭のある人間だろう。獣の血で考える事を忘れた犬畜生共が、死んでしまえ。
「コルネリア様⁉︎」
「場内警備の3番隊に銀の槍を持たせて砦に待機、7番魔導師隊、4番弓兵部隊は内壁に待機させな」
「……は、はい。ですがもうすぐ城門に辿り着きます。援兵を出さねば」
「正面からで止められるってんなら、あんたが行きな」
王城に残っている参謀連中は程度が低いクズだ。今まで紋章だの血筋だけだので出世を重ねたコイツらは、権力者に媚びを売ることは知っていても戦う術を知らない。死んでしまえ。
「そうだ、ギュスタヴ! 奴が居るではないか! 鉄壁を誇る奴の用兵術ならば!」
奴を獄に繋ぐ事に積極的に賛成した男が、奴の力に頼っている。塵屑が。
「奴に従うような弱兵はこの城にはいねぇよ」
「それは……」
「妄言は外でやりな、さっさと動け。じゃなきゃ今すぐ死ね」
「貴様⁉︎」
激昂する男の後釜に据える奴はコイツの下働きをさせられていた奴で良いだろう。それなりに使える奴だった記憶がある。
呆れるほどに遅くナイフを取り出し、すっとろい踏み込みで振るわれた一撃の届く前に蹴り飛ばす。手加減を怠って仕留めてしまった。
「さっさと動きな」
『その凶行をただ見ていた日和見共』を見下しながら指示を出す。本当にゴミばかり。
私は技術面で国政に関わっていたが、直属以外への人事権はなかった。なんなら誘導すらしていなかった。
それで
それでもこの国で仕事をしているのは何故だろうか? そんな事をこの
地上からくぐもった爆発音が響いてくる。何やら騒ぎがあったらしい。
自分以外にも誰かが殿下のために動いているのだ。そう思う事にする。
『ドゥドゥー、お前は生きろ』
そのような事を言いながら安堵の表情を見せたあの方を思い出す。
殿下には、自由はなかった。幼き頃より軟禁され、全ての行動は伯父に管理される。
二度あった出兵も、ともすれば殿下を害する為の策略だったかもしれない。
それでも、殿下は懸命に生きていた。その血の誇りに正しく向き合い、その血の責任から逃げなかった。
そんな殿下が報われずに終わるのは、嫌だ。
リュファス様にも彼なりの考えがあったのだろうとは思う。他の者にもファーガスを憂う気持ちがあるのかもしれない。
殿下を助けることが出来ない事を苦しく思っていた方は、殿下やリュファス様方が思っているよりも遥かに多い。
槍玉になる『声を上げる一人目』になる覚悟がなかっただけなのだ。
だから、俺がやる。殿下が助かるのならこの命は惜しくない。殿下の未来は、続く者が助けてくれる。憂いはあるが、迷いはない。
「邪魔だ……!」
地下水路に居る毛色の違う兵士を殴り飛ばし、魔道士を水底に沈める。
そして、己は辿り着いた。地下水路から進んだ先の牢獄へ。
傷だらけの殿下が、繋がれていた。
「殿下!」
「……ドゥ、ドゥー?」
意識は朦朧としているが、生きている。治療の必要はあるが時間はない。
「今、お助けします……!」
「やめ……ろ……来る、な!」
地下牢に踏み込んだその時、カチリと音がした。
音楽が、鳴り響いた。
気がつけば、殿下を殺すべきだと思っていた。
目が慣れて地下牢の中が見えるようになる。殿下の牢の周りには多くの者がおり、その全てが絶命していた。
互いに殺し合った結果として。
「……何かの術か」
原理は分からない。しかしまだ俺は生きている。殿下への殺意も抑えられている。
鉄格子を力尽くで外し、手枷の鎖を引きちぎる。
「脱出します。殿下」
「やめ……ろ……!」
殿下を抱え来た道を戻ろうとする。
振り返ると、眼前には一人の男がいた。
黒いローブで姿を隠したそいつからは音楽が鳴り響いている。殺意を高める音楽だ。
ある意味で都合が良い。殿下に害を向けるよりも、敵を殺すべく力を振るう方が心が軽くなるのだから!
そのように鈍った感覚で拳を振るい
稲妻が、胸に直撃した。
「ガハッ⁉︎」
男の姿に動きはない。魔法の発動の予兆を全く見せない絶技だった。
そして追撃が来る。踏み込みからの肘打ち。痺れた体で受けた一撃により体勢は崩れ、首元を掴まれる。
そして、天地が逆転した。
理解できるのは背中の痛み。地下牢の石畳に叩きつけられたらしい。
生存本能に従いその場から転がる。先程まで頭のあった場所に氷の槍が落ちた。
追撃が来た。体を起こす前に敵の脚が体を捉える。首を守ったのを見られたらしく腹を蹴り抜かれた。
そして魔力が高まり風が放たれる。『シェイバー』の魔法だろう。当たれば首が落ちる。そんな未来が見えた。
「──まだ、だ!」
その風の刃を両腕で受け止める。そして精神を集中させ、戦技『瞑想』による自己回復によってダメージを減らす。
距離は多少離れた。血が流れた事で頭は冷えた。
この敵を倒さなくては、殿下は救えない。
たとえ勝てる目は万に一つだとしても逃げることはできない。決して。
そのようにドゥドゥーが戦っているという事を、私は後で知りました。
勢いのまま動いていたら、王城の中に入れてしまいました。すこし冷静になった頭で考えると、式典の時でも外で見てるくらいだったので初めて入る気がしています。
「嬢ちゃん! そこを左だ!」
「はい!」
同行しているのは二人、詰所でやさぐれでいた騎士のアルベルトさんと私たちを殺そうとしたジョージさんだ。
ダスカーの人達が襲撃を仕掛けてきたこと。それは誰にも予想できなかった事だと思う。道中で出会った私でも、正面からやってくるなんて思いもしなかったから。
けれどこの機を逃してはいけない。準備が足りていないとかそういうのは知らない。今動かなければ可能性はゼロのままなのだから。
「──殿下を助けに行かなきゃ」
そう口に出したら、アルベルトさんは言ってくれた。
「……腐っても騎士団だからな、王城を守るために助っ人くらいは使って良いだろうよ。ドミニク家の魔導師と熟練の短剣使いなら、な」
それがバレるとアルベルトさんは処刑される。『それで良いのか?』とは聞けなかった。自暴自棄になっているような雰囲気だけど、少しだけお父さんと似た感じがしたから。
「──私は、あなた達を「後にしてくれ、こんな自殺まがいの博打を打つには勢いが要るんだからよ」……はい」
人無しラッパは優しい音を流していた。それが心にどう響いたのかは、知らない。
そして防衛線に加わり、明らかに王城よりも市民を守る事を優先する皆を見た。
歪んだ王国の中で、戦い続ける事を選んだ人達。私たちのことを勘付いて無視した人も居たし、他人に惑わされずに信念の為に戦う人もいた。
今日は王都の悪い部分をよく見たけれど、やっぱり私はこの国が好きだ。この国の人達が好きだ。
守りたい。殿下だけでなくこの国も。そう思うと心が温かくなった。ガルグ=マクでの戦いで冷たくなった心が、ようやく解れた気がした。
「城門、突破されましたぁ!」
そして、城門が開く。
竜人たちの力は強く鱗は頑丈で、彼らの心は曲がらない。それを受け止められる盾は今の王国にはなかったらしい。
ふと、遠目に見えた竜人と目があった。芯のある強い目だった。『頑張って下さい』なんて口に出してしまうくらいには応援したくなる目だった。
そして、混乱の真っ只中の王城の中に、私たちは入り込めてしまったのだった。
「ディミトリ殿下を捕らえている牢が何処なのかは分からねぇ。だからジョージの家族を探すのを優先する。良いな?」
「なら西側の地下に行きましょう。魔導研究所ってあっちの方ですから」
「秘密の道があっても大元の位置は変えられねぇから、か」
即断即決。元々手がかりが足りないこともあって、走り出しは早かった。
そして、荷物の中の人無しラッパが音楽を変えた。というか、別の音が混ざった。
「こっちです!」
直感的に、その混ざる音がどこから鳴ってきたのかが分かった。扉には鍵はなく、蹴り開けるとごちゃごちゃとした中で大切な資料を纏めているような痕跡があった。
音の鳴る方へ進んでいく。部屋から続く隠し道は、開き方が分からなかったので斧で破壊してしまったけれど、きっと多分大丈夫。
足を止めずに走り出す。すると、ガラスの円柱が見えた。
そのガラスの中に、不思議な色の液体に浸けられている人達が沢山いた。そしてそのどれもが『同じ人』だった。
「……人間を、作ってるのか?」
ガラスのない方を見る。そこには沢山の死体があった。許せない。
「貴様ら、何者だ!」
闇魔導師が姿を晒す。彼がここの主人なのだろう。
私たちは自然と戦いに移っていた。アルベルトさんの槍が突き刺さり、ジョージさんの魔法が動きを止め、私の『雷斧』がトドメを指す。
あっさりと胴と足が別れたそいつを尻目に奥に向かう。
そこには、一本の槍があった。王国の誰もが知る、英雄の遺産『アラドヴァル』
そして、その槍の前で歌っているモノがある。
腕も足も腐れ落ちて、奇妙な容器の中で優しく歌うそれは。『人間だったモノ』としか言えない。
そんな彼が、歌うのをやめた。
「誰か、来たのか?」
「うん……来たよ」
そう答えるも返事はない。彼に耳はないのだから、聞こえていないのだ。
そう思うと泣きたくなった。
「アラドヴァルは、血を求めてる。ここでの儀式でそれを目覚めさせられた」
誰か聞いているのかもしれない。聞いていてほしい。そんな願いの篭った声だ。
「目覚めたこの槍は、この槍自身の心で『呪い』を選んだ。全てが死ねと歌い始めたんだ」
それを彼は抑えていたのだろう。あの宿で聞こえたのはアラドヴァルの歌で、それに彼の歌を重ねている。
「馬鹿、め!」
「生きてやがったのか⁉︎」
仕留めた筈の魔導師が手元の人無しラッパを起動させる。そのラッパからアラドヴァルが聞こえてきた。
そしてその歌の理由が理解できてしまった。
アラドヴァルは王国を見ていたのだ。ずっと。
腐り切ったコレを滅ぼさなければならないと、槍の身で思うほどに。
周りにある人形が動き出した。人無しラッパと同じような絡繰だ。アラドヴァルの歌に反応して動いている。
「貴様が何者だろうが! 獣の殺意で動くこの機兵には関係はない! ましてや最も多くの血を吸ったアラドヴァルの意志だ!」
「馬鹿な? アラドヴァルがファーガスを滅ぼすだと⁉︎」
「そうだ! 獣によって栄えた貴様らは! 獣によって根絶されるべきなのだ!」
そんな狂気があって、アルベルトさんもジョージさんも理解が追いついていなくて、私も正直何も分かってなかった気がする。
それでも、誰に声をかけるべきなのかは分かっていた。
「ねぇ、アラドヴァル」
「悪い人も沢山いるけど」
「良い人も、いっぱいいるよ?」
告げる言葉に迷いはなかった。
アラドヴァルを手に取る。
『英雄の遺産』は対応する紋章でなくてもある程度は使える。だから、この槍の力の一分くらいは私にも引き出せる(と思う)
アラドヴァルは、どんなに凄まじい力を持っていても槍でしかなく。行きたいところに自分で飛ぶことはできない。
だから、私は構える。槍は苦手だけれど、授業で『手槍』を扱える程度には練習したのだから。
「もう一度、あなたの心で感じてから決めて欲しいな」
できれば殿下を助けながら。と付け加えて、投げ飛ばした。
アラドヴァルが飛びたいと願った先は壁だった。穂先は貫いて進んでいく。
アラドヴァルは阻む全てを貫いていった。
そして、どこかに突き刺さったのを感じた。
私は痺れた右手を見る。『打ち砕くもの』を使った時よりも数倍の痛みがあったけれど。
世界が変わった、気がしていた。
天上よりやってくるそれを俺の手は掴んでいた。子供の頃からずっと感じていたその槍は、父が振るっていた頃と比べ物にならない程に荒ぶっていた。
全てを殺し、破壊し尽くさなければ収まらないだろうその心は鏡のようだ。他を滅ぼそうとする中で、『本当に殺したいモノ』を誰よりも理解している。
今、目の前で俺を助けにきたドゥドゥーが殺されかけている。
ドゥドゥーが来る前にも多くの者が来てくれた。ブレーダッドの青き血を、ファーガス王家の伝統を救わんとして。
そしてその度に無慈悲に殺されていった。目の前の男に。
「アラドヴァル」
黒衣の男はこちらを向いた。その目は機械仕掛けで、その体は魔導ゴーレムのよう。
そしてその意志は、手元にあるこの槍のモノだった。
魔槍を振るって檻を砕く。手にピッタリと吸い付くこの槍は何も応えない。
眼前のアラドヴァルは俺を見る。
「お前を殺す」
語るべき道理より、槍から伝わる悪意より、研ぎ澄まされた意志だけが、そこにあった。
正直描写がいつも以上にふわふわしてるので、気が向いた時に修正すると思います。