盗賊の撃退も終わり、演習場にいた皆とは別ルートでガルグマクへと帰る俺たち。
アロイスさんの話によると、生徒、騎士団員それぞれに死傷者はいないようだ。負傷も治癒魔法で治る範囲なのだとか。
自分たちの勝手な行動で無駄な犠牲者が出なくて一安心といった所だ。
「それじゃあ、ベレスさんはガルグマクは初めてなんですか」
こくりと頷くベレスさん。無表情だが無感動ではない感じだ。これは、ガルグマクに興味があるのだろう。
「ガルグマク大修道院の事は、ちょっと複雑すぎて話しきれないでしょうから、歴史! 施設! 七不思議! の三つから選んで下さいな」
「おいおい、七不思議とかあんのかよ。やっぱ歴史のある建物だと違うな」
「だが、そういった与太話をして良いものか? 彼女はガルグマクを見た事がないのだぞ。信頼できる情報なのか?」
「ああ、事情通の門番さんから聞いた話だから間違いはない」
「……それ、面白がってデマを吹き込まれたのではないかしら? 私は聞いた事がないのだけど」
「なら七不思議を」
「積極的に偏見を持ちに来た⁉︎」
驚く3人。だが、なんとなくこの人ならそう選ぶと思った。この人、表情に出ないだけでかなり愉快な人という見立ては間違っていなかったようだ。
「ではでは、ガルグマク大修道院が建てられたのは、遠く遠く昔のこと。なので、その建築には様々な失われた技術が使われているのです」
「……案外まともな切り口ね」
「確かに、ガルグマク大修道院を研究してる歴史学者もいるくらいだからな」
「でも、だからこそ囁かれる噂話があります。それは、秘密の部屋の話」
『ほう、なかなかに面白そうな話よな』
ビクっとする俺とベレスさん。だからこの美少女ボイスは誰なのだ!
だが、周りの様子から見るにこの声は俺とベレスさんにしか聞こえていないようだ。初めて聞いた時は戸惑ったが、この世の全てを呪うような声でないため、見えない子がいる……くらいに……
うん、やっぱホラーだよ。
だが、ここはポーカーフェイス。娼館の下働きで鍛えられた根性で耐えるのだ!
「秘密の部屋ってのは文字通り。ガルグマク大修道院の何処かにある入り口の無い部屋。そこには、かつて存在していた女神の眷属たちの遺体が安置されているらしいんだ。ただし、その部屋に入るためには必要なものがある。それは……」
「「「それは……?」」」
「……伝説の、女神の血です。だから、女神がこの世から消えて長いこの世界では、その扉は永遠に開かないのでした。まぁ、中にあるのが遺体なら、その方が良いんでしょうけどねー」
「なるほどな……だが、そんな長いこと閉じられている部屋なら、掃除してやりたくなるな」
「おいクロード、お前は秘密の部屋に入りたいだけだろうが」
「おっとばれたか」
「……眷属の遺体」
そんな話をしたら、エガさんが何やら考え込んでいた。これまで楽しんでいた感情が、苦しみのイメージに変わったような感じだ。
何か引っかかる事があるのだろう。それを追求するのは野暮というものだ。
「では、次の七不思議を……と言いたいんですが、実はまだこれしか知らないんですよねー」
「残念だ」
「……ま、仕方ないか。入学して一月経ってないもんな」
「だが、一つ目がそれならば残りの6つも期待できるな」
「では、不詳この私めが一曲披露させて貰いましょう。ここはあえて七不思議にちなまないで、“ルーグの勇気”をば」
「ちなまないのかよ。てか、一曲っ歌でも歌うのか?」
「ディミトリは歌っても構わないですよ? 俺は、コイツを使いますけどね!」
そうして、先程からこっそりと手元に出していた魔獣の爪で作った笛を取り出す。皆からは俺の右手に突然現れたように見えるだろう。
実際、クロード以外は驚いていた。おのれ自称猜疑心の塊、ネタを見抜いてやがったか。
そうして、笛で曲を奏でる。ルーグの勇気は、フォドラ中で、とりわけ王国では知らぬ人もいない曲である。時の帝国の支配から、獅子王ルーグは勇気を持って立ち上がる。それは民にも伝染していき、やがてファーガス神聖王国の建国に至ったのだ。
ミッテルフランク歌劇団でも歌った事があるというドロテアから楽譜を見せて貰った一曲だ。
「へぇ、上手いもんだな」
「……ああ、昔を思い出す。昔、この曲で踊りの練習をしていたな」
「……ええ、そうね」
柔らかい笑顔を浮かべるディミトリとエガさん。今のやりとりはなんだろうか? まさか、スキャンダル的な?
『ほう、あの2人は恋仲なのかの? 次期国王と皇帝が恋に落ちるなどあってはならぬ! という心の葛藤がありそうじゃの』
首を斜めに傾げるベレスさん。そして幽霊少女ボイスよ、わかる。そういう禁断の愛! 的なのはかなり好きなのだ。ハッピーエンドに限るが。
そうして、クロードの「せっかく男女が2組いるんだから、踊るかい?」というからかいを聞いてはっとして表情を作る2人。
だが、顔はどちらも赤かった。
そんな愉快な会話を経て一曲吹き終わった俺。だが、一つ俺は忘れていた事があった。
「いやー、なんど転びかけたかわかりませんね!」
この時代、街道とはいえそこまでちゃんと整備されているわけではないのだ。結構木の根とかがあってものすっごく歩きにくかった!
「歩きながら吹いていればそうなる。だが、いい演奏だった」
「お、ジョニー。卒業後は王国で楽師をやれるかもな」
「いやー、やる事あるんでそれが終わったらですね」
「へぇ、やる事ねぇ」
「ま、言いふらすようなことじゃないんでそこは秘密って事で」
そうして、森を抜ける。そうすると広い緑の丘の上にガルグマク大修道院が見える。相変わらず壮観だ。
「あれが、ガルグマク大修道院。結構いろんな土産物とか売ってるから、友達とかに渡すと良いと思いますよー。おススメはセイロスの紋章が刺繍されているタオルですね。あれ値段の割に良い布使ってるんですよ」
「いや、勧める所そこかよ」
『肌触りは大事じゃからな。ゴワゴワの布で身体を拭くのはなにかと痒いのじゃ。お主よ、わかっておるな?』
「ありがとう、買うことにする」
「いえいえー、所詮教団の寄進集めの一環でしょうから、庶民はおこぼれ預かっとけば良いんですって」
「罰当たりな会話が止まらないッ⁉︎」
「……本当にあなたって型破りなのね、ジョニー」
「俺も割と型にはまってない自信はあったけど、コイツには負けるわ。俺コイツのクラスの級長なのかよ……引き受けなきゃ良かった」
「流石に同情するぞ、クロード」
「ご心配なく! 苦労はかけるでしょうが、それ以上に楽しませてみせるので!」
サムズアップと笑顔でクロさんに意思を伝える。クロさんは、やれやれ、みたいな風な苦笑を向けてきた。
そうして、ベレスさんと先に行っていたジェラルトさんは二階に連れていかれた。報酬の話か何かだろうか。
そう思っていると、慣れ親しんだ感覚が戻ってくる。
どうやら、不安にさせてしまっていたようだ。これは、何か賄賂でも送って機嫌をとる必要があるかもしれない。
だが、今は。走る時だ。
「クロっち、ディミトリ、エガさん。囲まれてた連中が戻ってきたみたいだから、ちょっと迎えに行ってくる!」
「おいおい、俺たちは待機って話だろう?」
「大丈夫! 一曲吹いたらすぐ戻るから!」
「良いんじゃないかしら。大丈夫と聞いてはいても、ジョニーはお姉さんが心配なのでしょうし。それに、怒られるとしてもジョニーとクロードだけだもの」
「確かにそうだな」
「わかってんなら止めろやお前ら」
そうして、ガルグマクの城壁に駆け上がり遠方から登ってくる皆を確認する。
そうして、音が遠くに響くように思いっきり笛に息を吹き込む。
曲は、オリジナルという訳ではない。この世界に転生してから、たまに心に響く音。
この曲に名前はない。だが、聞く人皆が笑顔で仲良くなれるように願われた事だけはわかっている。
だから、今がその時だろう。
「ジョニー……」
「ジョニーは大丈夫って話だろ? 心配しすぎじゃないか? リシテア」
「いんや、レオニーさん。兄貴ってのは妹が大丈夫ってわかってても心配はするもんだ。姉ってのもそう変わらんと思うで」
「……僕はその気持ちはわかりません、弟ですから。けど、ジョニーくんなら大丈夫だと思います。これは、友達として」
「おぉ! イグナーツ! 良いこと言うなぁ!」
「あはは……」
「……ええ、ジョニーくんなら大丈夫です。ほら、城壁の上を見てください」
「マリアンヌ? ……あ」
そうしてリシテアは、奏でられている一つの音楽に気付く。
そうして顔を上げると城壁の上で笛を吹く1人の少年の姿が見えた。
士官学校の制服をほどよく着崩したあの姿、魔獣討伐の際の余り素材から作り上げたという笛。そして、何度も練習して吹けるようになったあの笑顔を作る曲。
「……バカ」
そう呟いて、流れかけていた涙をぐっと堪えた。
『この曲、なにやら踊りたくなるぞ! お主よ!』
踊りはしないが、確かに気分が高揚する。
「この……曲は⁉︎」
「レア? どうした?」
「セテス、今すぐにこの笛を奏でている者を探しなさい」
「ああ、わかった。ではジェラルト殿、詳しくは今夜アロイス達と話し合ってください。……全く、級長達を待たせているというのに」
そうして、皆が帰ってきて無事を喜び合ってから最短ルートで待機させられていた部屋に入り込む。
具体的には窓からホールインワン。靴を脱がない文化であることがここに生きるとは思わなんだ。
「ただまー」
「おかえりなさい。……それにしても、クロードが窓を開けた方がいいって言ったのは当たっていたわね」
「見事に窓から戻ってきたな。ジョニーの操縦はクロードに任せれば良さそうだ」
「……なんだかなぁ……」
そんな時にちょうどセテスさんが戻って来て、今日は帰って良いという事と、ベレスさんがなんと先生になるという事を伝えられた。マジかー。
「時に、ジョニー=フォン=コーデリア。城壁から窓に飛び込んでくる技量は素直に褒めよう。しかし、窓は学舎に入るための入り口ではない」
「……という事は、つまり?」
「明朝までに反省文を持って来い。わかったな?」
それを見て苦笑する3人の級長たち。人ごとだと思って!
「ああ、それと。ここからなにやら愉快な曲を吹いていた奏者は見えたか? レアが探しているんだ」
「あ、俺です。姉さんが帰って来たのがわかったので、元気つけたかったんです」
「……わかった?」
「あー、その辺の事はハンネマン先生を通してもらって良いですか? 紋章学の歴史を覆す新発見! って事らしいのでとりあえず箝口令しかれてるんです」
「そうか……まぁ良いだろう。反省文、忘れるなよ」
「了解です」
そう言って去っていくセテスさん。
「紋章学の新発見?」
「なんかあんのか?」
「興味があるわね、話してくれたりは?」
「しません。だから俺の学費はハンネマン先生持ちなんです。まぁデータ取ったら公表するんで、そん時にでも話しますよ」
そうしてその場は解散となった。
その後食堂や浴場で皆と生きられた事を喜び合い、笑い合えた。
これが自分の行動の結果なのだと思うと、少し誇らしい。
そして、反省文は即座に書き上げたのをその日のうちにセテスさんに叩きつけた。舐めるなよ、前世を含めれば反省文を書いた数など星の数よ!
そうして翌日。いつも通り朝のロードワークを終えてから教室に行くと、なにやら辺りが騒がしかった。
「あ、ジョニーくん!」
「ヒルダの姉さん、どもっす」
「なんで級長の俺にはクロっちでヒルダにはそんなかしこまってんだよお前」
「そりゃ姉さんの人柄ですよ」
「だってさー、クロードくん」
「ニヤニヤすんな馬鹿」
「それよりさ! 昨日ジョニーくんたちを助けてくれた傭兵さんってあの緑がかった髪の美人さん? ガルグマクに残るのかなー?」
「ドウデショウネー」
「お前わざと棒読みしてるな?」
「あ、やっぱ知ってるんだ! なになにー、どうなるのー?」
「いずれ分かる事ですけど、今は言えないんですよ。賄賂とかさせない為ですかねー」
そうして、ベレスさんがイングリットさんと話しているのが見えた。イングリットさんは貧乏貴族仲間として意気投合した仲だったりするのだが、果たしてガールズトークに口を挟んで良いものだろうか?
『お主よ。あの演奏の小僧がおるぞ』
そうしてベレスさんがこちらを見る。なので手を振ってみるついでにロードワーク帰りに温室に寄って分けてもらって来たアネモネの切り花をパッと手に出してみる。
『なんと⁉︎花が無から現れよった⁉︎創造したというのか⁉︎』
「ただの手品ですよー! そしてこれはただの技術! ぷれぜんとふぉーゆー!」
アネモネに風を纏わせて放物線を描くようにベレスさんに届ける。そうすると風の魔法が上手いこと霧散して茎を下にしてくるくる回って落ちてくるのだ。
そうして手に取った切り花をもってベレスさんは手を振ってくれた。やはり、無表情なだけでかなり愉快な人だ。
『見事な芸事じゃの……ってちょっと待てお主よ! あやつ、妾の声に反応しおったぞ! ひっ捕らえて話を聞くのじゃ! ……え、昼食前にはレアとやらの元に戻っておきたいじゃと? 構うものか! あやつなどいつまでも待たせておけばよかろうが! ……ほぅ? それは名案じゃな。確かにそれならばあやつを捕らえるために急く必要はないの。そうと決まれば、レアの元に戻るぞ! お主よ!』
おしゃべりなユーレイだなー、とちょっと慣れて来た自分が怖い。
そうしてすぐに、
昼食会と共に、新しくベレスさんが担任の先生になるという事が正式に発表された。
「これからよろしくお願いしますね! ベレスさん……あと、えっと……謎の美少女Xさん?」
『美少女とはわかっておるではないか! 妾はソティス! ……って、妾の言葉が通じておる事を隠しもせぬぞ此奴は⁉︎……元から隠していなかった? ええい! 妾の独り相撲だったではないか!』
「愉快な人ですね、ソテっさんって」
こくりと頷くベレスさん。『ソテっさんとはなんじゃ! 敬え! 妾をもっと敬わぬか!』と喚くソテっさん。
いや、いくらなんでもその名前を名乗るとかこのソテっさん肝が太いというレベルではないぞ。
なにせ、ソティスとはこのセイロス教の唯一の女神の名前なのだから。
「あの曲は、兄様の……ジョニー=フォン=コーデリア、コーデリア家の取った養子。……兄様の意思は、繋がっていたのですか……?」
愉快に芸を披露する白髪の少年をテラスから見ながら、大司教レアはそう呟いた。
遠い昔に死んでしまった兄の事を、思い出しながら。
笛のイメージは、翠星のガルガンティアというアニメで主人公のレドが作っていた牙笛をイメージしています。
が、特に再行動の力が宿っていたりとかはありません。ゼルダ的に言えば妖精のオカリナポジのアイテムなので。