ベレス先生が担任に就任してから割とすぐに行われる3つのクラスでの合同戦闘訓練。これは、元々のスケジュールに決まっていたことなので変更や延期は聞かないのだとかいう話をヒルダの姉さんから聞いた。たしかに、演習場の使用予約とかあるものなー。コーデリア領ではまったくもって使われなかった制度なので、自警団(元盗賊)の訓練に無償で使わせて貰っていたが。
管理していた家臣が帝国とのゴタゴタで死んでしまったために、こういう無茶がまかり通っていたのがコーデリア領である。真面目に俺があと10年早く生まれてたらガキどもを連れてリーガン領に移り住んでいたと思う。
まぁ、そうはならなかったから自分は姉さんに出会えたのだから、人生万事塞翁が馬なのだが。
さて、とりあえず現在俺とクロさんと先生でうんうん唸っているのは、選出メンバーの話。
今回の模擬戦はまだ士官学校に来て日が浅いという事で、本格的に“戦う”という事の訓練をしていないものが多い。だから、訓練時に怪我がないようにそういうメンバーを外すことが伝統となっており、今回の戦いでは先生含めて5人となっている。
だからこそ、先生は担任を請け負う前にそういう戦える生徒や戦いに向いている生徒を選出するのが通例なのだが、ベレス先生はついこの間士官学校にやってきたばかりの新人教師。そんなものわかるわけないのである。
なので、クラスで顔が広い俺と級長であるクロさんに相談を持ちかけてきたのだ。
「さて、俺が選ぶならジョニー、ローレンツ、ヒルダ、俺の4人だな。単純に貴族ってことで戦える下地があるのは大きいと思うぜ」
「あー、それなら俺はローレンツさん外してマリアンヌ入れたいですね。彼女、かなりの腕の白魔法使いなんですよ。前衛に先生とヒルダの姉さん、中衛に俺、後衛にクロードとマリアンヌさんってのが5人って少ない人数で戦うには良いと思います」
「ヒルダを外さない理由は?」
「「だってヒルダ(の姉さん)強い(です)し」」
クロさんと意見が一致する。ヒルダの姉さんは、口では戦えないとか面倒くさいとか言っているが、滅茶苦茶世話焼きでいざって時に前に出れる覚悟を持っているのだ。そういう人でないならば、ああも慕われはしない。その観点はクロさんも同じだったようだ。
「しかし、前衛2人か……マヌエラ先生とハンネマン先生はどっちも魔導師だから後衛だとして、問題は青獅子のディミトリとドゥドゥーの剛力コンビだな。正直、あの2人を受けるには人数差が必要だと思う。かといってジョニーを抜いてラファエルを出したら今度は黒鷲のヒューベルトが止まらない。さて、どうする?」
「支援があれば、自分が止められる」
「いや、先生ならできるでしょうけど、これ授業なんですよ。だから先生に頼り切って勝利するってのは今後の俺たちの成長にとってマイナスかなーと」
「……難しい」
『色々考えておるのじゃなー、この2人。見た目は悪ガキだと言うのに』
うっさいわソテっさんめ。
「まぁ、今回の演習は捨てて未来に投資するってのもアリですね。イグナーツの観察眼は人数以上に戦いを左右する斥候としての素質アリですし、レオニーさんは戦いの基本が身についてますから戦場での経験で一気に強くなれます」
「ラファエルは1番の力持ちでリシテアは魔導の天才。そしてローレンツは教育を受けてるちゃんとした貴族。これは悩むな。いやマジで」
そうして教室でうんうんと悩んでいると、先生が盤上に置いてある訓練所の地図を見て、一つ言った。
「自分たちの陣営だけ、砦がない」
「「それな」」
ちなみに後で調べた限りでは、これはある種の通例らしい。じゃんけんで負けた先生がこの不利な配置を強いられるのだとか。おのれ逃げた人! (名前知らない)
そうして紆余曲折あった後、俺の案が採用されることになった。2人の見る目を信じて、ヒルダを頑張らせまくる事にしたのだとか。
すまんヒルダの姉さん。全力で援護するので許してくれ!
そうして当日。ローレンツが少々文句を言ってきたりしたが、それはクロさんの“秘密兵器”宣言により一瞬で収まった。鷲獅子戦が本番なのだから、最強の札であるローレンツ=ヘルマン=グロスタールはまだ温存しておくという戦略だと。
どこの桜木花道だとツッコミたくなったが、スラムダンクを知っているのがこの世界に俺だけなので伝わらない悲しみから泣く泣くツッコミを収めた。
「じゃあ、正々堂々行きますか!」
「奇策を練るだけの時間ありませんでしたもんねー。演習場に事前に罠を仕掛けておくのはアウトだったですし」
「ていうか、私の配置おかしくない? なんで最前線なの?」
「ヒルダは頼りになると聞いた」
「そこ2人か!」
「本当の事を言っただけだぜ?」
「そーですよヒルダの姉さん。頑張って下さいね!」
「……あの、どうして私が選ばれたんでしょうか?」
「マリアンヌちゃんは白魔法が上手じゃない、正当な評価だよ! この2人の無理な推しとは違って」
「あの、私やっぱり辞退……」
「マリアンヌさん、自信持って下さい! 大丈夫ですよ! 最悪俺が全員なぎ倒しますので! それに、あなたが頑張れる事を、ちゃんと皆は知ってますから!」
「お、強気だねー男の子! ……だから私と配置変わってくれない?」
「いや、それは無理です」
「……ケチ」
そうしていると時間が来たので、渋々と配置に着くヒルダの姉さん。
「んで、実際一人で全員薙ぎ倒せるのか?」
「……斬首戦術ならワンチャンありますかねー?」
「まぁ、お前の機動力ならやれるか?」
「……まぁ、ディミトリもエガさんも正面からの一撃では倒れてくれないでしょうから、訓練じゃ無理ですねー。あの人たちタフネスが貴族のそれじゃありませんから」
「だよなー、どんな教育方針だっての」
愚痴りつつも、ジェラルトさんの開始の宣言が響く。
さて、頑張るか!
「この、フェルディナント=フォン=エーギルに任せたまえ!」
「ちょっと貴方! ……ドロテア、援護をお願い!」
早速の進軍(それ以外に選択肢がない)をしたところ、なんとカモが釣れた。フェルディナント、お前エガさんへの対抗心をそんなとこで浪費してどうするのだ。
「クロード」
「はいよ!」
そうして、放たれる一つの矢。それを難なく躱すフェルディナントに、ベレス先生の剣が襲いかかる。
「舐めないで欲しいな!」
「フェル君! そっちじゃない!」
「ヒルダちゃんに、おっ任せー!」
後方から大振りで斧を振りかぶってきたヒルダがフェルディナントを襲う。その思い切りの良さはさすがのヒルダの姉さんだ。
そして、その斧を防ごうとした槍は、ベレス先生の剣により弾かれた。
「させない!」
「それをさせない!」
ドロテアが飛ばしてきたサンダーを、同じくサンダーで誘導する。
サンダーは魔力という謎現象が関与してはいるが、基本は雷の性質を持つ。絶縁破壊して電気の通りやすい道を作ってやれば、そちらに電気は流れるのだ。
「嘘⁉︎」
「小ネタに関しては他の追随を許さないのだぜ! というわけで、もう1人貰い!」
「金鹿だけに良いところは渡しません!」
ドロテアに蹴りを放とうとした瞬間、俺とドロテアを狙う形で矢が放たれる。良いところにいるなアッシュ!
「アッシュ! 料理が美味しいからって手加減はしないぞ!」
「それ関係なくない⁉︎あとジョニーも料理美味しかったじゃん⁉︎」
「ありがとよ!」
「……ジョニー君、隙あり!」
ふざけていたからではなく、単純にアッシュの弓のインターセプトが上手かったからドロテアに近寄れなかったため、二発目のサンダーを放たせてしまった。絶縁破壊での誘導をする時間はない、なんせアレは割と集中力を使う一発芸なのだから。
「……躱せないなら、突っ切るまでよ!」
すると、背後から風切り音が聞こえてきた。クロさんの弓を腕を信じて前に出る。
左手にサンダーを纏わせて電撃を誘導、そのまま右腕に仕込んでいたコイルガンを使ってアッシュに迎撃をする。
「弓が砕けた⁉︎」
「外した! 弓に当たるとかどんなピンポイントガードだアッシュ!」
「僕もびっくりだよ!」
そうして、武器のなくなったアッシュに対して無事な右手で風の魔法拳を放とうと
「私のこと、忘れないでよね!」
「忘れてないですよ。まぁ一つ言うなら……頭上注意ですかね?」
「え? ……ッ⁉︎」
クロードの放った曲射がドロテアの肩にあたり、そこにヒルダの姉さんが前に詰めて一撃で昏倒させた。
フェルディナントも倒れたことだし、これは序盤のアドバンテージを完全に握れただろう。
「つーわけで、取らせて貰うぞ!」
「クッ……殿下、すいません」
右拳から放たれた暴風により、敵陣深くに吹っ飛んだアッシュ。これで、青獅子からの介入はない。
「左に大きく回って黒鷲を狙う。マリアンヌ、ジョニーの回復を」
「はい! 女神様、お力を……ライブ」
「ありがとうマリアンヌ。やせ我慢してたけど結構痛かったのよ。じゃあ、もう一回暴れてきますか!」
そうして、防護柵を挟んで睨み合っているクロさんとエガさんとヒューベルトを見る。あの程度の柵なら空から攻め入られるが、それをしたらヒューベルトの良い的だろう。
さて、先生はどう動かす?
「防護柵、壊せる?」
「あれ木製とはいえ対火素材っぽいです。まぁ、種火投げるくらいなら200Gくらいなので、投げましょう! 燃えろ、火炎瓶もどき!」
もどきなのは、中のものがガソリンではなく蒸留したアルコールだからである。黒い水の発見とかないか割と探してるのだが、なかなかにままならない。いや、文明レベルを考えると石油使うより石炭のほうが色々基礎技術ができるから良いのだけれど。産業革命を引き起こせれば、土地がズタズタにされているコーデリア領でも何かしらはできる! とは思っているのだ。まぁ、環境汚染の問題とか知っているからそう簡単に広めることはしてはいけないとわかっている。
などと、現実逃避をしたのは、投げた先に起きた現象を直視したくないからである。
「……森が燃えたな」
「エガさん! 生きてます⁉︎」
「生きてるわ! ジョニー、あなた私たちを蒸し焼きにして殺す気だったの⁉︎」
「そこまで燃え広がるとは思いませんでした!」
「自分の使う武器の性質くらい把握していなさい!」
そんな会話の後、燃え落ちた森を挟んで残りの
「この残り火の中を突っ切って金鹿と戦うのは合理的ではないわね……マヌエラ先生、ヒューベルト。青獅子を攻めるわ。そちらにしか道がなくなってしまったもの」
「お、好都合だな。先生、漁夫の利を取ろう」
「そうもいかないみたいです。青獅子、攻めてきましたよ。……アッシュが回復して弓まで持ち替えてる。メルセデスの弓をアッシュに渡したのか」
そうして、平原の中央で残りの全員が衝突する。ディミトリとドゥドゥーのタフネスを考えると、一撃で終わらせることは難しい。
青獅子がここで攻めてきたのは、メルセデスの回復を考えてゴリ押しで残りを終わらせられるとの判断だろう。あの炎を俺の魔力で行ったと考えたなら、青獅子視点からでは俺は機能停止した魔導師。攻めてくるにはうってつけだ。
「ヒルダはドゥドゥーを抑えて、マリアンヌはその支援。クロードとジョニーは、私と一緒に状況を見て動く」
「もー! ヒルダちゃんに頼りすぎじゃないですか? 先生!」
などと言いながら、ドゥドゥーさんと互角に渡り合っている。ゴネリルの紋章の力もあるのだろうが、その華奢な腕から放たれるパワーはちょっとした見ものだ。
だが、パワー勝負ではドゥドゥーに分がある。それはやはり体格や筋肉の差だろう。それを手数で誤魔化すという戦闘術を咄嗟に組み立てるあたりヒルダの姉さんは戦う者としての天賦の才があるのだろう。
そして、向こうはドゥドゥーにメルセデスの援護を付けている。アッシュに使ったライブでの魔力を考えると、俺の治療に術を使ったマリアンヌと互角だろう。とすればこの戦いは、膠着状態に落ち着くだろう。
つまり、この演習の成否を決めるのは中央での戦いの結果。
ディミトリとアッシュとハンネマン先生、エガさんとヒューベルトとマヌエラ先生、そして俺とクロさんとベレス先生。
奇しくも、前衛、中衛、後衛の3人が3つ。そうなると勝敗を決めるのは単純な要素。
「
「何を⁉︎」
コンビネーションの、強さだ。
敵前で地面を舐めるように滑り込んだベレス先生。そうして、隠れていた射線が通り、俺の風で加速された二本の矢がそれぞれの武器を持つ腕を貫き、そして起き上がったベレス先生が2人を一太刀で薙ぎ払う。
「ここまでか、後を任せ……ッ⁉︎」
「……流石は、魔獣殺しね」
そして、崩れた体勢を狙うアッシュとヒューベルトの攻撃を、風を纏った蹴りで纏めて払う。
闇魔法であるドーラΔを受けた事で多少のダメージはあるが、それ以上にドーラを蹴り返せた事でヒューベルトの動揺が誘えた。
そこを突かないクロさんではない。クロさんは、人の弱みに付け込む事に関しては他の追随を許さない人なのだから。
「クッ、ここまでですね」
「そうね、私がこれから粘ったとしても意味はないもの。ジェラルトさん! 黒鷲は降参するわ!」
「……あとは、ドゥドゥー次第か」
「それなら大丈夫ですよ。マリアンヌさんには習得中の必殺技がありますから」
そうして、ドゥドゥーとヒルダの姉さんとの戦いは、遠距離から狙いを付けたマリアンヌさんの光魔法、リザイアがドゥドゥーさんに当たった事で隙ができ、そこをヒルダの姉さんはしっかりと腰を入れた一撃で追撃をして下がらせた。
そうした先に、いるのは体勢を整えたベレス先生。背後からの一撃で、ドゥドゥーさんを倒して見せた。
これで、残りはアッシュとハンネマン先生だけ。
「傭兵上がりと舐めていたつもりはなかったが、ここまでとはな……青獅子は降参する。アッシュくんと武器のないメルセデスくんだけでは万全の金鹿を倒す道はない。この雪辱は、鷲獅子戦で晴らさせて貰おう」
「以上! 今回の演習、勝者は
観戦席で湧き上がる歓声。ラファエルの声は良く通るなーなんて事を考えながら、近くで転がっているディミトリとエガさんに傷薬を渡す。
「勝負が終わればノーサイド! 後遺症残ってもアレですし、さっさと治して戻りましょう」
「……そうだな、感謝する」
「ええ、あの一矢は効いたわ。クロードの弓の腕前は相当ね。そして、あんな奇策を信じるあなた達3人の度胸も。良い
「本当ですよ。アレ、即興なんですよ?」
「「即興⁉︎」」
「マジで肝が太いですよ、傭兵上がりって凄いですねー」
そんな一幕の後、やってきた学級の皆にディミトリとエガさんを託して学校に戻る。
尚、ヒルダの姉さんがものすっごく文句を言ってきたのは言うまでもない。大金星だったのになー。
「お疲れ様でした、ジョニー」
「リシテア姉さんもお疲れ。歩くだけって結構めんどくさかったろ」
「……まぁ、正直に言えばそうですね。ただ、ジョニーがいるのに真っ当に決着がついたのは少し意外でした」
「……どういう意味?」
「ジョニーの周りはトラブルだらけという事ですよ」
「納得いかねぇ。トラブルが俺に寄ってきてるんだよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
「でも、森を燃やしたのはあのお酒を蒸留させて作った奴ですよね?」
「……いや、そうなんだけどさ」
そんな事を言いながら、浴場へ行くための準備を整える。特に示し合わせたわけではないが、姉さんと一緒に浴場に行き時間を合わせて部屋に戻るというのをこのガルグマクに来てからずっとやっている。
長いこと姉弟をやっていると、なんだかんだと癖になっている行いはあるのだ。
「しっかし、ちょっとホッとした」
「勝てた事ですか?」
「いや、マリアンヌとベルナデッタのこと。マリアンヌにはやっぱり誰かの為に立ち上がれる心の大事な強さがあった。推薦した甲斐はあったよ」
「ベルナデッタは……まぁ、なんだかんだとやれていましたね。リンハルトとペトラが上手いこと周囲の壁になってました。リンハルトは寝てましたけど」
「流石だなリンハルト」
「でも、ペトラがベルナデッタに配慮していたのはちょっと意外でした。何かしたんですか?」
「ああ、ドロテアと一緒にちょっとな。ペトラは優しい奴だからすぐにわかってくれたよ。心の傷、治す、時間いります……ってさ」
「似てませんね」
「えー」
「えー、じゃありません。私を芸の練習台にするのは良いですけど、最低限は形にして下さいよ」
日は落ちて、星が輝く。夜の明かりのないこの世界では、俺の手に持っているコレは相当な異物だろう。
「光の線が、伸びてる?」
そんな事を言ったのは、先程ちょっと心配していたベルナデッタだ。波長はもう覚えたので、これくらいの距離なら大体どこにいるのかわかる。これが紋章学の新発見だったとは、全くもって驚きだ。
まぁ、俺のこの形になってない紋章が本当に未知の紋章なのだから当然らしいのだが、生まれつきコレなのでコレが特別だとは思えないのだ。
「ベルナデッタ、夜道には気をつけろよー」
そう言って、ベルナデッタの顔に向けて
「眩しッ⁉︎」
相変わらずリアクションが面白い奴だ。これだから守られるだけのプリンセスには思えないのだよなー。
そんな一幕の後に、ゆっくりと浴場へと向かうのだった。
その手を、大事な家族と繋ぎながら。