「やめろぉ! それ作るのに一年くらいかかるんだよぉ!」
「でもよぉ! この味がうめぇんだ!」
「そうですよ! こんなソース見たことありません!」
「ダスカーにも、この味はなかった。これなら殿下も……」
「……コレ、ブリギット持ち帰ります! 作る、秘伝、教えて下さい!」
それは、ベレス先生が休日の釣りに目覚めた日のこと。
せっかくなので魚醤を使った料理でも振舞ってみようと考えたのが運の尽き。
人は、旨味成分には勝てないッ!
いや、原材料のアミッドゴビーはいいのだよ、簡単に取れるし。
問題は塩だ。魚醤を作る際に結構な量の塩を使うので、いくらコーデリア領が海に面しているとはいえ金がかかるのだ。
やることやったら何かのドラマで見た鉄板で海水を煮る方法でコーデリアを塩の産地に出来ないかと画策しているが、そもそもこれ以上人を雇う余裕がない。なにせ自警団の連中にさえ畑を与えて屯田兵としてコスト削減をしているのだから。その畑もそう良い所ではないのだがな!
そんな理由から、狩りやらで稼いだ金でようやく買えた塩で作ったのがこの魚醤であった。まだ製法も実験段階だが、とりあえず形にはなっている。量産は難しいだろうが。
「発酵を進める魔法でもあれば荒稼ぎできそうなんだがなぁ……」
そんな事を考えて、そういえばここが学び舎であることに気付いた。書庫番のトマシュさんあたりに聞いてみようか?
でも、あの人なんか
まぁ、それを言うならこの修道院にいるのはどいつもこいつもアレなところがあるのだが、それで足踏みしていて良いことはそんなにないだろう。ちょっと話を聞いてみるのも良いかもしれない。
そんな事を、匂いに釣られてやってきたグリットさんやカスパルにフレンちゃんを見てこれはまじめにやらないとあかんなと思ったのだった。
「お前ら! もう好きに使え! ただし魚醤作るから塩とアミッドゴビー集めてろよ!」
「秘伝、見たい、あります! 私、付いていきます!」
「じゃ、トマシュさんのとこ行くぞー。あの人ならなんか知ってるかも知れないし」
そうして、ペトラを連れて書庫へと行く。クラスも生まれた国も違えど、なにかと縁のある彼女である。ほどほどに遠いので、話題が尽きる事もない。言葉も違うというのに、本当に良く頑張ってるなーと思う次第である。
「……ジョニー、何か、話しやすい、あります。何か、ありますか?」
「あー、俺も言葉覚えるの遅かったからなー。そういうフォドラの言葉のつっかかりってのがわかるのさ。だから、そういう言い回しを避けてるって感じよ」
「ジョニー、フォドラの人、違う、ありますか?」
「んー、実は俺の魂は日出ずる国よりやってきた男なのだ! とか言ったら信じる?」
「信じます。ジョニー、無駄な嘘、話す、人、違います」
「んー、ブリギットの信仰とかの問題かねー? 家族からは鼻で笑われたんだが。英雄病かって」
「英雄病、ですか?」
「英雄病ってのは、自分が特別な誰かだと思い込む心の病気よ。自分は解放王ネメシスの子孫だ! とか結構メジャーらしいぜ?」
「ネメシス、子孫いない、知ってます。それは、嘘、です?」
「思い込みな」
「……少し、わかりました」
「フェルディナントのような、人、ですね!」
「お前割と辛辣だよな!」
フェルディナントはガチもんの貴族なのでそれは違うと伝えるのに割と苦労した。
そんなちょっと馬鹿話をしていると、いつの間にやら書庫の前。
「ども、トマシュさん」
「おや、ジョニーくん。リシテアさんならあちらですよ」
「いや、ちょっと本とかないか探してまして。発酵を進める魔法とかって知ってます? トマシュさん」
「……ふむ、発酵ですか。闇魔法に土地を腐らせるものがありますが、発酵を促すとなるとどうなのでしょうね……」
「……なんか、行けそうな気がします。その本ってどこにあります?」
「7番の棚にある、“闇魔法と農業”ですね」
「了解っす」
そうして、本を取ってパラパラと立ち読みをする。
基本は、闇魔法の魔力そのものに土地を腐らせる能力があるということ。それの実験結果がつらつらと書かれているのが本文だったが、そこは今は関係ないので飛ばす。
結果として作られた術式は、基本のバンシーθのものを意図的に崩して力を抜いたもの。これならば、割と簡単にできるだろう。これでも自分はグロスタールの紋章を持つ魔導の天才(姉さんには負ける)なのだから。
「トマシュさん、これ借りていきますねー」
「ええ、返却は一週間後までに。違反するとしばらく本を借りられないという決まりですから」
「まぁ、すぐ返すと思うんで大丈夫です」
「それはもったいない、本はきちんと読み込んでこそのものですよ」
「いやー、こういう技術書は必要な時に必要なところを読む派なんで」
会話の中には違和感は特にない。だが、俺の中の何かが警告を鳴らしている。これも俺の紋章の力なのだろうか? それとも、ただの勘?
だが、トマシュさんの振る舞いは良き司書のものだ。秘密があろうとそれだけで人を決めつけるのは違うだろう。
そう思って、ゆっくりとここから去る。
だが、あいにくと背中にいた彼女には警戒の色は隠せてはいなかったようだ。
「ジョニー、トマシュさん、嫌う、ありますか?」
「……わからん。ただ、なんか違うんだよなぁ……」
「違う、ですか?」
「なんというか、黒のオーラ的な? ……すまん、自分でもわかってないんだ。だけど、揉め事を起こしたりする気はねぇよ。そんな直感だけで人の心が図れてたまるかっての」
「そうですか。仲良きこと、良い、です」
「だなー」
まぁ、それを言うならばフレンちゃんにセテスさんの白のオーラや、レア様の違う感覚もそうなのだが。
まぁ、こんなファンタジー世界の宗教なのだ。なんかあるのだろう、実は天使だった! とか。
そうして、空の樽と落し蓋になりそうな木蓋を買って、自室から必要なものを持ってきてから食堂に戻る。
するとそこには、バケツに大量の魚を取ってきた皆と、塩を大量に買ってきた金持ち組の姿があった。なんか話広がってないか?
「ローレンツ、フェルディナント、お前らどんだけ使ったんだよ」
「なに、僕も君のソースを少し舐めさせて貰ってね。あれはアミッド大河に面している我がグロスタールの新たな産業になるのではないかと思ったのだよ。あれはとても良い。少々匂いが気になったがね」
「私もだ! 異国の文化に触れるためには多少の出費など惜しむものか! 何故なら私はフェルディナント=フォン=エーギル! 未来の帝国宰相なのだからな!」
「あー……まぁいいや。とにかくこれから作るぞー。外で作るから気になるやつは付いて来い」
そうして、なんだかぞろぞろと大所帯になった者たちで、早速魚醤を作る。作り方は単純なのだ。
「まずは、魚をちゃんと洗います」
「名前から察していたが、あれは魚を使ったソースなのだな。
「下処理、大事です」
「そしたら魚を樽に入れて、それを塩に浸けます」
「魚の塩漬けですか?」
「結構な量の塩を使っているのだな」
「目分量だが、だいたい魚と塩で4:1くらいだな。作り方はこれだけ。あとは落し蓋をして一年くらい待ったのを濾せば完成よ」
「一年⁉︎そんなかかんのか⁉︎」
「そう言ったよなラファエルお前! 一番ガツガツ食いやがった癖に!」
「すまねぇジョニーくん、知らんかったんだ」
「ラファエルに悪気はありません。あの、独特のおいしさを前にしては誰だって魅了されてしまうのです!」
「イングリットさん、何故そんな自分の女子力を下げるような庇い方を……」
まぁいいや、とにかくここからは魔法的アプローチ。
塩が魚に染み込むのを促進させるには、魚の皮の表面にある目に見えない細孔に塩が入り混むからだ。と、前世のうろ覚え知識が告げている。
なので、塩を魔力で触ってその穴に押し込めば、あっさりと(修行期間一年)塩を浸透できるのだ。
「凄い正確な魔力の操作だ……流石魔導の名門コーデリア家が認めた才能だな。使い方はアレだが」
「うっさいわ貴族マン。じゃあ、こっからは完全にはじめての試みだから、気をつけてなー」
「何をですか?」
「匂い」
だから外に出たのかと納得する面々。うろ覚え知識だけでやった初回は散々だったのだ。
「じゃあ、バンシーθを基本にして、収束率がこうで魔力浸透をこう。あとはアドリブでやれるか」
「……アバウトすぎやしないか? それで失敗してしまえばみなの努力が無駄になってしまうのだぞ?」
「だって新しい術式だぞ? いきなり最適な条件が何かなんてわかったら預言者だわ」
「む、それもそうか」
「というわけで、闇魔法、フォーメントβ!」
他人の金なので躊躇なく使える。失敗したらその時はその時だというのがわかるからだろう。
だが、思いの外魔力の通りが良い。腐るというのは微生物が繁殖するということだから、中の微生物が俺の魔力を先ほどの塩を入れた時に覚えたのだろうか。だとしたら、闇魔法とは白魔法の反対というわけでもないのかもしれない。これは命を与える術なのだから。
「魚の匂いがしてきましたわ!」
「木で落し蓋してんだが、流石に全部は止められんか」
そうして、5分ほど経つ。すると、周りの皆があんまりな臭さに離れているのが見えた。
逆に近づいているのは、なんとリンハルト。お前いつからいたのだし。
「あ、続けてよ。魔法陣のスケッチは取ったから」
「まぁいいんだが、匂いに引くなよ?」
そうして、落し蓋を取り払う。そうすると、グズグズに魚の肉が崩れているのが確認できた。
「じゃあ、こっから濾過作業なー。濾紙を適当に張った漏斗に、瓶をセットして、と。ラファエル、ちょっち手伝ってくれない?」
「お、おお! 任せろ!」
「樽を持ち上げてくれよ、床に置いてる瓶のちょい上くらいに。
「おお! 力仕事なら任せろ! 塩はローレンツくんとフェルディナントくんに全部買われちまったからな! ……でもよお、樽の中身をこの瓶に入れるんだろ? 持ち上げるだけでいいのか?」
「いいのだ。その辺はこの大口ホースがあれば事足りるからな!」
ブリザーで氷を作りそれを樽の台座にする。生活魔法として多分最強の利便性を誇るのがブリザーである。このフォドラに冷蔵庫の存在があるのはこの術の存在が本当に大きいのだ。
そして、大口ホースの片方を樽の中に入れ、ウインドでホースの半分くらいまで魚醤の元のグズグズの魚を吸い込み、そのホースの逆の口を瓶の漏斗に入れる。
「じゃ、後は待つだけなー」
「どうして……うぉ⁉︎汁が勝手にホースから出てくるぞ!」
「これ、ジョニーが魔力を流し続けてる……って訳じゃないよね。どうやって?」
「これ、奇術の類、違いますか?」
「物理現象だよ。ほら、水って高いところから低いところに流れるだろ? あれって一度道ができれば一回上通っても流れるんだよ」
「……僕は浅学を恥じている。素晴らしいぞジョニーくん! この技術を一刻も早く布教させねば!」
「私もだ! 魔法を使わなくてもこんなことができるならば、新たな仕事が生まれるだろう!」
「いや、この程度で驚かれるってどうなってんだオイ」
そんなファンタジー世界の色々不思議な技術レベルに困惑しながら魚醤を濾過する。そうして出涸らしになったグズグズになった魚をもう一度煮てからその汁も入れる。これで、取り出せる分の魚醤は取り出せただろう。
思ったよりも集めてくれた塩と魚が多かった為に、これなら皆にちょっとずつ分けても問題はなさそうだ。
「じゃあ、料理に使いたい奴は小瓶持ってきてくれ。食うだけのやつはそのうちまた振舞ってやるからその時になー」
「おお!」
「で、では今晩の料理当番は誰だったでしょうか? いえ、催促しているわけではなくてですね!」
「イングリットさん、今日は僕です! 新しい料理を思いついたので、早速やってみたいと思います。ジョニーくん、小瓶です」
「あいよー。ただ、結構塩っ気強いから、あんましかけすぎるなよ? 体に悪くなる」
「わかりました!」
そうして、第一次魚醤作りは盛況のうちに終わった。
ドゥドゥーやアッシュは料理できるマンだと気付いていたが、ほかの奴らも割と料理ができるというのは意外だった。特にフェルディナント。お前貴族なのによくやるわ。
尚、この魚醤を使った料理はソテっさんにも好評だった。意外と舌が和に近いのな。アッシュが料理上手というのもあるだろうけれど。
風花雪月に和刀があるという事は、お米もどこかにあるはず!と思ってる作者です。パルミラのさらに東あたりですかねー?