「ちわーす、ハンネマン先生来ましたよー」
「おお、ジョニーくん。待っていたよ。さぁ、血を出してくれ」
「……そこだけ切り取ると猟奇的過ぎません?」
「そうだろうか?」
まぁ、そんなことはどうでもいいわけで、パパッとウインドで指を切って血を瓶に足らす。この作業も慣れたものだ。
「しかし、いつ見てもその魔力の精密操作能力には眼を見張るものがあるな。それも紋章の力なのか?」
「あー、まともに使えるようになったのは改造されてグロスタールの紋章が出てからですね。それまでは本当にしょぼい魔法しか使えませんでしたから」
まぁ、程よいブリザーにより夏場のクーラーマンとして重宝されたのだが。
「魔法はどこで学んだのだね?」
「チップを貯めて魔導の入門書買いました。4歳くらいのときでしたかねー」
「4歳⁉︎文字は読めたのかね⁉︎」
「ええ、できることを増やしたくて色々頑張ってましたから。……まぁ、教材が主に娼婦の方々へのラブレターだったので覚えた文字超偏りましたけどね」
「……ふむ、紋章の力とは一概に言いきれないな。君の努力の賜物か」
「いや、紋章の力ありきだと思います。魔導書にあった魔力の認識と操作、アレ俺は生まれつきできたんですよ」
「それは確かに凄いな。あそこで挫折するものは多いのだよ」
そうして、傷を相変わらず上達しないライブで治す前にちょっと紋章装置に垂らしてみる。
そこにはグロスタールの紋章と、それに重なって現れる円が現れた。
この外枠みたいな円が、紋章学的にありえない新しい紋章なのだとか。
もうちょい格好いい形はなかったのかと言いたいが、二つの紋章が重なり合って不恰好になるよりかはマシだろう。
「それよりハンネマン先生、紋章の力っぽいののレポート仕上げてきましたよー。とりあえず挙げられるだけ挙げたんで、そっからグロスタールのと努力の賜物を退かして下さいな」
「ありがとう……ふむ、読みやすいな。コーデリア領での教育は上質のようだ」
「いや、コーデリア領の魔導師達はズタボロだったんでその辺のレポートの書き方は独学です」
帝国ってホントクソだわ。と口に出しそうになるのは止める。一面からだけで物事を判断するのはダメだぞ、俺。
「……しかし、こうしてみると本当に君の力は奇妙だな。他人の紋章を感知する力は、これまでの紋章学における“戦うための力”という私の仮説を離れている」
「他にも、若干感情がわかるってのも戦い向きじゃないですよね」
「うむ、思考が読めるというのであれば戦うための力とこじつけられるのだがな」
「こじつけたらダメでしょ、ハンネマン先生」
「まぁそうなのだがな。……しかし、そうなると君が捨て子だったというのは本当に残念だ。君の実の両親や親類縁者にも同じ紋章が現れていたら比較検討ができたものを」
「そればっかりは仕方ないですね。俺の子供にこの円が出たら、その時はハンネマン先生の後継者が調べて解き明かしてくれたりするんじゃないですか? 知りませんけど」
「未来の事だからね」
「じゃあ、良いですか? 今日はちょっとやりたい事があって」
「なんだね?」
「この前の課題出撃で捕らえた盗賊たちの、遺書の代筆です。多分死罪になっちゃうでしょうから、今のうちに子供達に残せるものは残しておきたいんですよ」
「なるほど、では今日はこれくらいにしておこう。実験サンプルも取れた上に、レポートも見事な出来だからね」
「あざっす」
「言葉を崩すのはあまりよろしくないぞ、ジョニーくん」
「はーい」
そうして立ち去ろうとするその時、ちょっとだけ頭に引っかかる事があった。
「ハンネマン先生、一節だけ生徒をスカウトするってできるんですか?」
「唐突になんだね」
「いや、ウチの今節の課題って王国のロナート卿の反乱鎮圧の手伝いじゃないですか。それでちょっと青獅子から借りたい奴が居まして」
「……あぁ、アッシュくんか」
「ええ、あいつも完全に蚊帳の外のまま育ての親が殺されるってのは応えるでしょうから。後処理だけだろうけれど、それでも関わったって事実が要るんじゃないかなって」
「だが、それは生徒の君が決める事ではない。ベレスくんに提案するのは止めないし、アッシュくんを課題協力という形で連れて行くのは止めないがね」
「課題協力……なるほど、そんなシステムがあるんですか」
「ああ、生徒の適性が偏ってしまう年があるからね。それをなんとかするための仕組みだよ」
「ありがとうございます。とりあえずやる事やったらアッシュを探してみます」
そうして、ちょっと早足で教会の地下にある牢屋へと赴く。
だが、今日はまだ取り調べの途中だったようで生徒を通すわけにはいかないのだとか。まぁ、仕方がないか。
「ちょくちょく見に来れば良いか」
刑が執行されるにしても多少の時間はあるだろう。そのうちに会いに来れればそれでいい。
それよりも、アッシュに話をつけなければ。
居場所は礼拝堂だろう。あいつ何気に信心深いので、どうしようもない時には祈るだろうから。
「よっ」
「……ジョニー、どうしたんですか?」
「いや、お前にちょっと話があってな。今節の金鹿の課題、知ってるだろ?」
「うん、ロナート様の討伐の補佐だよね」
「なんでも、課題協力って事で他学級の生徒を連れて行けるらしいのさ。だから、ガスパール領の土地に明るいお前の協力が欲しい……ってのは建前な」
「ジョニー?」
「……お前、このまま何も知らないままで死に別れるつもりか?」
「そんな事ッ! ……でも、戦場に出てどうするんですか! 子供でしかない僕たちには、どうする事も出来ないのに!」
「そりゃ、何ができるって訳じゃねぇとは思う。けどさ、何も知らないとこで育ててくれた人が死ぬのって結構堪えるんだぜ? だから、最後を看取る事くらいは、しても良いと思う。ていうか、しなきゃどうにも引っかかりが残るんだ」
「……僕は……」
「ま、今節の課題までに答えてくれれば良いさ。授業は青獅子のままで課題の時だけ力を借りるって感じだからな」
そうして、ベンチに座る。暗い話だけというのもなんだし、何か話題がないものかと思っていると後ろから綺麗な歌声が聞こえてきた。どうやら、聖歌隊の練習のようだ。
「そういやアッシュ、お前聖歌隊とか興味ある?」
「んー、ないかな。歌うってあんまり得意じゃなくて」
「俺も。音感ない訳じゃないんだが、歌に関しては壊滅的でなー」
「そういえば笛とか吹いてたよね」
「そ、そのツテでドロテアから誘われはしたんだが……ガチに来るなって言われたのさ。“あんまりにもあんまりよ”ってさ。もっと語彙増やせや歌姫め。俺だって頑張ってるんだよ」
「どんな歌かちょっと気になってきたんだけど」
「そのうち披露してやるから覚悟しろよ?」
「耳栓あったかなー?」
「さらっと酷いなお前」
「じゃ、結構時間経ったし俺はまた面会に行ってくるわ」
「面会? 盗賊を捕らえたんだっけ?」
「そ。けどその盗賊たちは子供達を養うのにやらかしててな。だから死罪は免れないにしても、子供達に残す手紙くらいは作ってやりたいと思ったんだよ」
「……ジョニーって、昔からそうなの?」
「ああ、お節介だとかはよく言われる。そのつもりは特にないんだがなー」
「……うん、そうだね。残す言葉は、残される言葉は大切なんだ。生きている人を縛ってしまうくらいに」
そう呟いたアッシュは少しの間目を閉じてから、しっかりと前を向いている顔で口を開いた。さっきまでの迷いだらけの顔が嘘みたいだ。
「決めたよジョニー、僕は課題協力をする。ロナート様を、ちゃんと義父さんとして見送りたいから」
「よし! ……と言いたいんだけどさ、実はベレス先生にまだ話通してないんだ。だからちょっと待っててくんね?」
「……締まらないなぁ。一緒に行くよ、先生はどこかな?」
「あの人かなり自由に修道院歩き回ってるからなー、捕まると良いんだが」
そうしてその日はソテっさんの声頼りに温室で岩ゴボウをじっと見つめている先生を捕まえ、なんとか課題協力を取り付けることに成功した。やったぜ。
その道中にディミトリと出会った。課題の際にアッシュを借りることを謝ったら、むしろ逆にお礼を言われた。
「俺では、アッシュを立ち直らせられなかった。ありがとうジョニー」とどストレートに。
止めろや、そういうのに弱いんだよ俺は。
「じゃ、俺はそろそろ面会に行ってくる。夜になったら門閉じられるからな。……あれは焦った」
「やったことあるんだ……」
「いや、ちょっと材料の買い足ししてたら迷ってな。……硅砂を個人で買う奴は居ないらしくてなー。マジで町中探し回ったわ」
「硅砂? なんに使うの?」
「絶縁皮膜。要するに電気を通さない薄い膜よ」
「……ごめん、本当になんに使うのかわかんない」
「ここに、なんの変哲も無い鉛の弾があります。それを、右腕に仕込んでいるこの筒に入れてサンダーを流すと……ほい!」
ぽしゅっと鉛玉が飛んでいく。本当はモーターのデモンストレーションでもしたいのだが、あいにくと手元にはない。
「あ、模擬戦の時の!」
「そうよ、これ作るのに使うのさ。他にも色々作れるはずなんだが……肝心の電池の作り方がなー」
ボルタの電池って何が材料だったんだろうか。というか今のファンタジー世界で作れるものなのだろうか?
レモン電池は一発ネタにはなるが、実用化はできないのだ。
理論だけ残して後は後世の人々に任せる! みたいなので良いかとも思ってたりする。俺にはエジソンのように夜を明るく照らすシステムを作れはしないのだ。財政的な理由で。あと宗教的な理由で。異端審問コワイ。
「じゃ、またなー」
「うん、また。門限には遅れないでね」
「うっさいわ」
そう言ってガルグマクの街に繰り出す。日が落ちるまでもうそう長くはないだろう。今日のうちに看守長さんとの話くらいは付けておきたい。
そう思って再び牢へと向かっていくと、どうにも様子がおかしい。
兵士が戦闘のスイッチを入れている。
「
「お前は……あとで話を聞くが、今は周囲の警戒を手伝え。囚人が殺された」
「……まさか、コスタスさん⁉︎」
「ああ、そんな名前だったな」
「犯人の目星は?」
「奴を雇って士官学校のガキどもを襲わせた奴だろうよ。今年の連中を殺して得をする奴は多いだろうからな」
「……畜生が」
あんな短い時間が最後の別れなど、納得できるものではないだろうに。
「ちょっとの時間くらい残してやれよ……」
どうにもならないこんな今に、そんな事を思った。