暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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開眼編
1 アルキード王国第二王女


 眼前の兵士Aの振り下ろす剣を、自分の剣でスルッと逸らしてやる。すると彼の剣は、隣の兵士Bのすぐ前を横切った。

 

「うわっ」

 

 兵士Bは怯み、剣を振るうのを一瞬忘れる。その隙にBに肉薄、柄打ちでダウンを奪いつつ、その立ち位置は同時に『Bを巻き込まないために、ほかの兵士が攻撃を躊躇する』位置取り。

 つまり、一瞬の安全地帯。

 その一瞬が過ぎる前に、Bの背後に回り込んで突き飛ばし、後ろからこちらを狙っていた兵士CDEにぶつけてやる。

 突き飛ばした反動で、すぐ傍にいた兵士Aの突きも避けた。

 

「速ッ――!」

 

 そして突きの直後、腕の伸び切ったAの手首を切断した――設定。

 使っているのは敵も味方も木剣代わりの長い(ひのき)の棒だし加減している、斬れないし怪我もしない。Aは打たれた痛みに剣(棒)を取り落とし、手首を押さえて呻くが、その程度のこと。

 

 そうしてAを無力化すれば、次は突き飛ばしたBと、それに巻き込まれて倒れたCDEに対して、立ち上がる前に首を掻き切って――そういう設定で檜の棒を首に滑らせて――いく。

 最後に改めてAの首も掻き切り、これにて1対5の模擬戦は、1の圧勝で終了となった。

 

「はい、お疲れさまでした~」

 

 言ってにっこりと笑む勝者は、ほんの10歳にも満たないような童女であった。

 雪のように白い肌、流れる銀髪、深い赤の双眸――容姿を切り取ってみればどこか儚げですらあるのに、今は木剣を振って、薄らといい汗を掻いているありさま。

 その濡れた肌ツヤの良さは、食事も運動も睡眠をも存分に取ることのできる、恵まれた生活をしている証。つまり、高貴な身分。

 

 そんな童女を囲み、青年や中年の男性兵士たちは、痛みに耐えながら起き上がっていく。

 そして童女に頭を下げ、感謝を述べる。

 

「あ、ありがとうございました……!」

「お疲れさまでした!」

「最近の姫は、ますますお強くなりましたな……」

 

 姫。そう、童女は姫である。

 アルキード王国第二王女――名をリュンナ。古い言葉で『月』を意味するという。

 

「まったくですな、この幼さで……。何度驚嘆しても足りませんよ」

「なんか僕ら、面目丸潰れですよね。いえ、姫にこうしてご指導いただけるのは、本当にありがたいんですけども」

 

 兵士らが口々にリュンナを褒め称えるのは、決してお世辞ではない。

 模擬戦で、檜の棒で――とは言え、兵士らも本気でリュンナと戦っていた。

 

 こうして模擬戦をするようになった当初こそ、尊い身に傷をつけてはならぬと緊張しながら、姫の剣士ごっこに付き合う――という風情ではあった。

 が、その認識はすぐに一変する。幾度か繰り返すうち、リュンナは恐るべき速度で剣の心技体に熟達していった。気付けばもう、兵士らが本気を出しても、こうして一蹴されるありさまにまでなったのだ。

 

 これを周囲の人々は素晴らしい天賦の才であると褒めそやし、リュンナ当人は、別に戦う予定もないのに、調子に乗って更に力を高め続けているのである。

 

 何しろリュンナは、平和な21世紀日本から、その記憶と人格を保ったままに転生してきた人間なのだ。

 しかもそうして生まれた先がアルキード王国。ほかの国の名や世界地図、各種呪文や道具の存在などからして、確実にドラクエ漫画『ダイの大冒険』の世界である。

 

 そう、ドラクエなのである! じゃあ剣と呪文で戦ってみたいでしょ! そんなミーハー根性でリュンナが動いていることを、当人のほかには誰も知らない。

 もっともそこには、半ば以上に現実逃避も含まれているのだが。

 

 なにしろ、アルキード王国である。そのうちバランがやって来て、国土ごと消し飛ばしてしまう、あのアルキード王国である。未来は暗い。

 そもそも現在も暗い。地上は魔王ハドラーの侵略を受けている真っ最中なのだ。幸いと言うべきか、未だアルキードは王都にまで攻め入られるようなことがなく、リュンナは平和な生活を送ることができている。

 だが、それがいつ壊れるのかは分からない。

 

 何ともストレスなのだ。現実逃避のひとつやふたつ。

 ひとつやふたつというのは、剣の他に呪文にも手を出しているからだ。攻撃呪文なら、ヒャド系やバギ系が得意である。地味。

 

「お疲れさま、リュンナ。ほら、タオルと飲み物よ。兵士の皆さんも」

「ありがとうございます……姉上」

 

 これでもう何戦目になるか、そろそろ模擬戦を切り上げようと使った武器や防具を片付けていると、国の第一王女がお盆に支援物資を乗せて現れた。

 それぞれに礼を述べて受け取り、汗を拭き拭き、冷たい果実水で喉を潤す。

 

 第一王女――黒髪の美しいソアラだ。その名は古い言葉で『太陽』を意味する。

 その名の通りに、暖かく人々を包み込む太陽のような少女で、身分の上下を問わず人気が高い。

 笑顔と包容力を武器に、よく市井に下りては民と交流し、王家の人気を高めることに一役買っている――本人は完全に無自覚のままに。天然ものである。

 

 聖人かな、とリュンナは半ば呆れて思う。

 まあ本当に聖人なら、後のバラン事件は起きない気もするが――とも。

 聖人と言うか、単純に頭の中がお花畑なんだろう。とても綺麗なお花畑。

 

 そんな内心を隠しても隠し切れるものではなく、姉妹仲はあまり良好とは言えない。

 ソアラはリュンナと仲良くしたいらしく、よく構ってくるのだが、リュンナはソアラにどう接したものかを決めかねるまま、どうにも硬い態度を取ってしまいがちなのだ。

 今も果実水を飲み終えると、リュンナは早々に立ち去ろうとした。剣の練習を終えたから、次は呪文を――

 

「リュンナ」

「はい」

 

 ソアラに呼び止められてしまっては、流石に足を止めて振り向かざるを得ない。

 

「父上がお呼びよ。執務室で待ってるって」

「分かりました」

 

 何の用だろうか、小首を傾げる。

 剣だの呪文だの遊んでいないで、いい加減そろそろ帝王学にも身を入れろ、とか?

 何にせよ、行けば分かる。

 

 国の中枢である王の城、その主の執務室は、落ち着いた雰囲気ながらも流石に豪華な装いであった。もう慣れてしまったが。

 既に動きやすい服から王女らしいドレスに着替えたリュンナは、父――アルキード国王と対面する。

 

「リュンナ、参上いたしました。何の御用でしょうか、父上」

「うむ。まず単刀直入に言うと、プレーシの町へ慰問に赴いてもらいたい」

 

 プレーシの町。

 もちろんアルキード王国の領土内であり、先ごろ、ハドラー率いる魔王軍の襲撃を受け、大きなダメージを負った町だ。現在は復興作業中。

 

「復興の激励を?」

「そんなところだ。ソアラでもよいのだが、あれは別の町に行く予定がある。そこでリュンナ……お前は……こういったことは初めてだが。やれるか? もちろん近衛や侍女はつける」

 

 やれるだろうか?

 転生前の日本でも、例えば震災を受けた地域に尊い方々が――といったことがあった。まあ、つまり、そういう感じのアレだろう。

 

 こちとら今は9歳である。そう難しいことは要求されないハズだ。

 いや、難しいことも必要ではあるだろうが、それは大人が代わるか導くかしてくれるだろうという意味で。

 

「問題ありません」

 

 だからそう答えたのだが、父王は少し渋い顔をしていた。

 大人を頼りにする先ほどの思考が、どこか舐めた態度となって表出でもしてしまったろうか、とリュンナは不安になった。

 転生者とは言え、前世で王族経験などないのである。大目に見てもらいたい。

 

「どうなさりました」

「いや、うむ……。そうだな……。気付くのを待つ、という育て方は放任だな。よし、言っておこう。聞きなさい」

 

 居住まいを正す。緊張に生唾を飲んだ。

 王はゆっくりと語り出した。

 

「我々王家は偉大な存在だ――が、臣民の支えなくしては生きていけぬ、か弱い存在でもある。民の尽力や血税を……。リュンナ、お前が着るその美しい衣も、美味で栄養に満ちた食べ物も。好きなことを学ぶことのできる余裕も……。

 国に尽くされた分、国に尽くす義務があるのだ。それこそが我々の使命。まだ幼いお前だが、きっとこの使命を理解し、相応しい行動を取ってくれると信じている。なぜならお前は、ワシの娘だからだ」

 

 最後の言葉を口にする辺りで、王はにっこりと笑った。

 凄むときには本当に凄い形相になる男だが、笑うと愛嬌のある男でもあるのだ。

 前世の家族のことも忘れていないリュンナだが、この父王の笑顔は好きだった。

 

 そしてなるほど、言われた通りである。

 前世の高度な文明に支えられた生活には及ばないものの、それでも大きな違和感や不便もなく毎日を暮らせているのは、リュンナが王家に生まれたからだ。市井の民の生まれでは、きっとこうはいかなかった。

 そのことに気付きもせず、権利を貪ってばかりだったのだ。リュンナは猛省した。

 

 思考の間に俯いていた顔を上げると、よく通るハッキリとした声で述べた。

 

「かしこまりました、父上。未だ浅学の身ですが、必ずや立派な王女になってみせましょう。今はまず、プレーシの町への慰問の成功を」

「うむ! 期待しているぞ」

 

 こうしてリュンナは旅立つことになった。

 


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