せっかくいろいろと武器を運んできたのに――という不満げな顔をベルベルは浮かべた。
苦笑しながらぷにぷに撫でて誤魔化す。
先方は溜息をつき、誤魔化されてくれた。
「じゃあまあ姉上、とりあえず剣を持ってみてください。利き手でね。もう片手は呪文用に空けておくのが基本ですから」
言われたソアラが手にしたのは、兵士の制式装備のひとつである
最初は重さによろけるかとも思ったが、平気な様子で、誰もいない方向に軽く振り回している。
「意外と軽いのね」
「……」
銅の剣は持ったことがあるとのことだから、それとの比較の問題だろうか。
鉄は銅よりも軽いし、当時は今ほどの年齢ではなかったろうから。
さて、リュンナは
大人用の太さでも、軽いこれなら片手持ちができる。
「基本の構えはこうです」
右手、武器を緩やかに前方へ。切先は水平より上を向く、片手持ちだが正眼に近い。左足は引いて半身になり、左手は腰の辺りに。
ソアラにも真似てもらいながら。
「さっき剣は守備力も高いって話が出ましたけど、まあその通りですね。こうして武器を前に出しておくことで、攻防どちらもすぐにできるように。
左手は呪文用です。前に出し過ぎると敵に斬られますから、体の近くに。或いは背中の後ろに隠してしまうか、ともすれば開き直って武器を両手持ちすることも」
「攻撃や防御って、具体的にはどうするのかしら」
「基本はどっちも同じですよ。勢い良く剣を振って、叩き付ければいいんです。ただし攻撃するときは刃を、防御のときは剣身の腹の方がいいですね。本当はもっと細かい注意点やら方法やらいろいろあるんですけど、最初はそれだけで。
例えば正面に敵がいるなら――」
リュンナは左足を引き付けて右足を前へ、一気に踏み込んで――その慣性に引かれるように檜の棒を自然と振り被り、踏み込みが成ると同時に、真っ直ぐに鋭く振り下ろした。
風を切る音が遅れて聞こえる頃には、振るった延長線上にあった訓練場の地面と壁とが粉砕される。
そして手の中の檜の棒もまた引き裂けるようにへし折れ、落ちた。
「……やべっ」
ついうっかり、プレーシの町で戦ったときを超える力加減で振ってしまった。魔物の群れやアークデーモンを斃した今の自分は、どれだけがレベルが上がったのだろうか――ふとそう思ってしまったのだ。
結果はこのありさまである。壁を砕き、床を抉り、備品の武器も壊した。
これで闘気は使っていないのだから、何とも。
訓練中の兵士たちがざわめき、様子を見に来る。
間近で見ていたソアラはと言うと、困りながらも感心している様子。
「ダメじゃないリュンナ、こんなに壊して……。でも檜の棒でこんな威力が出るなんて、凄いのね。離れたところにも攻撃が届いているけれど、これはどうやったのかしら」
「もしかして、今のが噂の真空斬りというヤツでしょうか!? リュンナさま!」
「なるほど、これが」
「凄い威力だ」
兵士たち、うるさい。
「今のはただの余波ですよ。真空斬りとは、もっとスピードやキレを高め――」
壊れた棒を空中に投げ上げ、別の棒をそこに振るう。
今度は余計な力を省き、肉体を鞭のように扱い振るうことで先端速度において音を超え、込めた力の最後までを手首のスナップで空間に伝え切る。
不可視の剣圧が飛び、軽やかな音と共に、投げられた棒がふたつに分かれて落ちた。
そして、それで終わりだ。その向こうまでにも斬撃が飛んでいって余計な破壊をもたらす――ということはないし、手の中の新しい棒も折れない。
真面目にやればこの通り、リュンナの中で、武器を振るう感覚はより深まっていた。
「――こうです」
どや顔。
斬れた棒をソアラが拾う。
その滑らかな断面を覗き込み、兵士たちと共に感嘆の声を漏らした。
「檜の棒で檜の棒を斬るなんて……」
「しかも結構高く投げましたよね、リュンナさま。間合どれだけ広いんです?」
「剣じゃ防ぎにくいハズの、呪文やブレスなどの攻撃も斬り捨てることができそうですね」
絶賛の嵐である。
立場から来る世辞も多分に含まれているだろうが、それを差し引いても気分がいい。
「そういうことです。形なく実体もない真空をすら斬る、故に『真空斬り』」
「おお……!」
まあ要するに、おおむね海波斬なのだが。
一応、あちらが不定形を斬り裂くために剣速を上げた結果として剣圧も飛ぶようになったのに対し、こちらはまず剣圧を飛ばすために剣速を上げたら不定形も斬り裂けるようになった、という成り立ちの違いはある。実現するための体の使い方も違うかも知れない。
とは言え、結局はだいたい海波斬である。
「間合が伸び、不定形な攻撃への防御手段も得られる。この技を体得すれば、戦士として数段上のレベルに至れるでしょう。皆さんも励んでください」
「はっ!」
兵士たちの気合の入ったいい返事に、ソアラの声も混ざっていた。
敬礼まで真似して、悪戯っぽく笑う。
「ついでだから、もうひとつの特技も見せておきましょうか。魔神斬りっていうんですけど」
ゲームでは斧の特技だが、刀で使うキャラクターもいるし、そもそも登場当初は武器を問わなかった。
剣技として使ってもまあいいか、という気持ちである。
「この技は3段階に分かれています。まずは、己が身の出し得る最大限の力を発揮する体遣いを会得します。『魔神斬り・序』――さっき壁を壊しちゃったやつです……」
これはアバン流でいう大地斬に当たる。
その被害を受けた壁にベルベルがホイミをかけてくれているが、効果はない。当然だ。
「『破』においては、殺気で相手の防御を誘導し、逆に隙が出来た部分に打ち込みます」
兵士に武器を持って対面してもらった。
リュンナは明らかに下段に構えているのに、踏み込んだ瞬間に兵士は上段を守り、がら空きの脛を見事に打たれてしまうありさま。
傍から見るとどう見てもヤラセなのだが、兵士らは誰が何回試してもリュンナの檜の棒を防げなかった。
なおソアラは殺気に騙されずに反応したが、剣速が遅すぎて防御が間に合わない、という結果。
なぜもう反応できるのか……。
「最後に『急』。太刀筋を曲げます」
「太刀筋を曲げる」
「はい」
「……?」
再び兵士と対面。
リュンナは上段に構え、兵士は身長差から中段防御の構え。魔神斬り・破の殺気誘導は行わない。
この条件で、リュンナは真っ向から振り下ろし――防御構えの剣に触れる寸前、檜の棒の進む道が不自然に曲がった。一切の減速なく最高速を維持したまま、雷光のように鋭角に曲がり、防御を迂回して胴を打突したのだ。
兵士の反応を完全に超えた一撃だった。
「うッ」
打たれた兵士が呻く。
数秒間、それ以外は静寂に包まれる場となった。
「……とまあ、こんな感じにですね。あとは序破急を状況に応じて組み合わせて、相手の無防備な部位に最大限の威力を叩き込む――『会心の一撃を意図的に繰り出す』のが魔神斬りの本質というワケです」
解説したが、まだ静寂だった。
いや、ソアラが呆然としながらもそれを破る。
「その……太刀筋を曲げるっていうのは、どうやるのかしら」
「ええっと、丹田の回転で螺旋状に力を錬り上げて、任意の間でその遠心力を解放し――」
全員が、何を言っているのか分からない、という顔だった。
「ああ、武闘家いないんですね、ここ……」
武闘家なら分かる。分かるハズだ。きっと。たぶん。
「ごめんね、分からなくて。つまり、武闘家の人たちが時々偶発的に凄い一撃を繰り出すことがあるけれど、それを洗練して剣技に落とし込んだ――ということかしら」
「そういうことです。だいたい。おおむね。はい」
これがリュンナなりの魔神斬りである。
無の瞑想をして剣を振るううち、真空斬りともども、何となく会得していた。
「まあ魔神斬りの急が難しいのは分かりますので……。姉上には、序と破、それから真空斬りですね、ここまで覚えていただければと。兵士の皆さんも」
兵士たちはそれでも絶句した。
やる気に満ち溢れているのはソアラと、
「ぷるる?」
それ自分にもできる? という顔をしたベルベルのみだった。
その後は組手も交えて修行を行い、怪我をすれば治療して、型を修正して、また組手をして。
ソアラが順調に育っていくことを意外だとは、もうまるで思わなかった。