「どういうことだ、ミストバーン!!!」
具現化した闇の衣――星の海の鎧ドレスを纏うミストリュンナに、ハドラーが掴みかかった。
肩を掴む手を、そっとどけようと触れる。
「痛いですよ、ハドラー」
「余計な演技はやめろ! リュンナの声で、リュンナの顔で……! 貴様に言っているのだぞ、ミストバーン!!」
そう言いながらも、掴む力は弱まったが。
「リュンナ……! 俺の声は、届かんのか……?」
「……」
届いては、いる。
ただどう反応を返すか返さないかを決めるのは、この体を動かすのは、ミストだ。リュンナではない。
ハドラーは手を放し、半歩退いた。
「俺はリュンナを取り戻すために、この身を魔獣と変えた。バーンさまもそれをお認めくださった! にも
「今はミストリュンナです」
大魔宮の床が、ハドラーの足元で砕け散った。闘気の噴出に耐え切れなかったようだ。
元気なモノである。原作のように、超魔改造に伴う黒の
ともあれ、ミストリュンナは肩を竦めた。
「バーンさまは仰った――新しい器は好きに探せ、と。だから好きに探したまで。大魔王さまのお言葉は全てに優先するんですから……」
そうだ。バーンは言った。
ならば慈悲深い主の期待に応えなくてはならない。
最強の肉体を得て、最強の守護者となるのだ。今度こそ失敗しないために。
若バーンの肉体は、老バーンの魔力で再生を促されている。
分身に過ぎず自我のない若バーンの肉体では、闘気を生成し自己再生を行うことが出来ないからだ。老バーンが力を加えてもなお遅い。
終われば融合するだろう。
ハドラーとしては歯痒いか。
もし今リュンナが健在なら、黒の
それは先日の鬼岩城で合流できていれば、でもあるが。
ともあれ。
「ぬう……!」
ハドラーは歯を食い縛って唸った。
最早言い募ったところで仕方ないと悟ったか。
いや、数秒の後、覚悟を決めた顔。
「ならば俺の体を」
「え、ヤです」
「なぜだ!!」
その胸の奥に、黒の
そこまでは口にしないが。
ミストは知らないからね。
「くっ……! お前が実体のない存在だとは薄々気付いていたが……その手のモノを取り除くには、光の闘気がやはり最善の手! それは俺には出来ん技……」
「諦めたら?」
「バーンさまにかけ合う! 勇者どもの首を手土産に……!」
ふと目が合った。ハドラーと――リュンナの。
瞬き。アイコンタクト。
ハドラーは背を向け、立ち去っていく。
「待っていろ、リュンナ。必ずお前を奪い返す! 俺はそのために……!」
見送る――と、今度はザボエラがぺたりぺたりと歩いてきた。
「ミストバーン……いや、ミストリュンナじゃったか……。ハドラーさまを放っておいてよいのか?」
「と言うと?」
「今のハドラーさまは……改造したワシだから断言するが、大魔王さまを除いたら地上最強じゃろ」
このミストリュンナより上だと述べるのは、いい度胸だ。
面白い。
ザボエラは寒気を感じたように震えた。
「ともかくじゃ、勇者どもを本当に纏めて討ち取ってしまうかも知れん……! それは困る。手柄首を根こそぎにされるのはな……。オヌシだってそうじゃろ? それこそバーンさまが、リュンナを返してやれ、と言うかも知れんのじゃぞ」
「それは……」
それは、あり得る。
ハドラーに全ての手柄を奪われれば、この器さえ奪われてしまうかも知れないのだ。
先にリュンナの魂を消せれば、手遅れだとしてその沙汰はないかも知れないが、なかなかしぶとく、半端に混じり合っているのが現状である。支配力はミストが圧倒的に上だが……。
ともあれ、手柄を立てねばならない。
「そうですね、ザボエラさん。言う通りです」
「ミストバーンがそれ言ってると思うと気持ち悪いのう」
失礼な。
自分だって妖怪ジジイのくせに。
「そういうのいいですから。で?」
「うむ。つまり、協力して事に当たらんか、ということよ」
「具体的には?」
「それなんじゃが……」
今回、勇者たちが死の大地に攻めてくることは既定事項である。
大魔宮の離陸を祝うため、勇者たちの血で場を彩りたい、というバーンの企てがあるのだ。そのために、離陸準備を兼ねてあからさまに死の大地を変形させた。ここが確かに本拠地だ、と示してみせた形。
じきに海底の魔宮の門の存在にも気付くハズだ。開かずの門だが、双竜陣を以てすれば容易く砕かれてしまうだろう。
しかし海底で自在に活動できる者は少ないことを考えると、大多数は死の大地の地上で敵を引き付けようとするハズ。
つまり、ダイとバランの突入班、それ以外の地上班。こう分かれる。
現状と原作知識を元に考えればこうなる、という想定。
どこにどう介入していくのか。
「ハドラーさまに毒を打ち込むんじゃ。言葉の毒をな……」
ザボエラは嫌らしく笑った。
「ダイ、バラン、ソアラ……。リュンナの家族さえも討ち果たす気か? と。眷属もそうじゃな……。リュンナを奪い返したとして、そのとき受け容れてもらえるか? とな。今は頭に血が上って、そこまで考えが至ってないようじゃが」
「確かに。いえまあ他の仲間なら殺していいってワケでもないですけどね。その辺は確かに、特に」
ミストリュンナは
「その上で、ハドラーさまを突入班の対処に回す。ハドラーさまは攻めあぐねるが、向こうにとってはただの仇敵、容赦する理由はないじゃろ。ハドラーさまは倒れる……。あとはミストリュンナ、オヌシが代わりに平らげたらよい。恩着せがましくな」
「ザボエラさんはどうするんです?」
「地上班を適当に蹴散らすわい。そのための兵器は出来上がった! ザムザは過労で倒れたが、まあよくやってくれたものよ」
超魔ゾンビでも作ったのだろうか。
原作では、この時期のザボエラは魔牢に閉じ込められていたが、この世界では全く自由だったし、ザムザも生きている。そのくらいの余裕はあったということか。
いや、超魔ゾンビは閃華裂光拳対策で、この世界ではその流れにない。何か別の……? 何でもいいが。
「じゃ、そのようにお願いします。わたしが言うより、ザボエラさんが言った方が効果的でしょう」
「じゃろうな。では、ワシのこの貢献を忘れんように……」
ザボエラはぺたりぺたりと去って行った。
ところでリュンナよ――魂に響くミストの声――この際だ、キルを返してもらおう。
キルバーンは鬼岩城襲来のあの日から、
魔氷気が虚空に穴を開けるようにして離れた空間を繋ぎ、この場にキルバーンを取り寄せた。
呪文を解くと、氷が蒸発して消えていく。
「ウウッ……。僕としたことが……! ッ、リュンナ!?」
キルバーンは咄嗟に半歩引きながら大鎌を構えるが、
「ミストだよ、キル」
「なに……。確かに、リュンナとはかなり気配が違う……。むしろミストに近いモノだね」
「でしょう?」
すぐに理解を示してくれた。
旧友とは得難いモノだ。
ミストがどういった存在であるか――バーンの若い肉体のことに関しては伏せたまま、大雑把に説明する。
「なるほどね……。ウフフッ、僕が暗殺したかったのに。でもミストがそうして『着替え』たのなら、あの時失敗したのも善し悪しか」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「……違和感はあるけど」
「魂を消し切れなくて、リュンナと半端に混ざってる状態だからね。そのうち完全に支配するさ。この凝り固まった重い魂を……」
ミストリュンナ、キル、ハドラー、ザボエラ。その他、魔物たちなど。
戦力は意外と残っているモノだ。
一方で勇者たちの戦力も充実している。
原作と比べて、バランはいるわ、ソアラが生きて勇者職と化しているわ、バルトスも生きているわ、ノヴァが大成長しているわ、メンバーが違うとは言え竜騎衆もいるわ。
残りのメンバーも、それぞれレベルは原作より高いハズ。
まるでどうなるのか分からない。
だから、ミストにいいように支配されている場合ではない――のだけれど。
真っ向から抗おうとすれば、より強くぶつかり合うことになる。より混じり合うことに。混じった結果、そこで重要な記憶知識を知られた上で離脱されたら、目も当てられない。
ミストに隠し通さねばならないことが、まだあるのだ。
ミストの方が支配力は強いが、完全ではない。
リュンナが頑なに秘密を抱えているから。裏から無意識を誘導しているから。
その微妙なバランスの上に、ミストリュンナは成り立っている。
どの道、長持ちするモノではないだろう。