暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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101 死の大地にて

 そして勇者たちは、死の大地への突入を敢行した。

 メルルの占術でも使ったのか、海底の魔宮の門にもしっかりと気付き――ダイとバランをそちらへの突入班に、それ以外を地上で敵を引き付ける班としたのだ。想定通り。

 

 原作ではここでフェンブレンが突入班に立ちはだかるが、この世界ではもういない。

 地上班を相手取るのも、親衛騎団ではない。

 

 ミストリュンナとザボエラの傍らに並ぶのは、

 

「お前は――氷炎将軍フレイザード! 僕に斃されたのでは!?」

「魔槍戦士ラーハルトも、俺のブラッディースクライドに散ったハズ……!!」

 

 そう、氷炎魔団長と不死騎団長だ。

 片や禁呪法による記憶と人格を保ったままでの再生成、片や改良された蘇生液による瀕死からの復活。

 トドメを刺したつもりでいたノヴァやヒュンケルは、さぞ驚いた様子。

 

「ギャハハハハハッ! 禁呪法生命体の俺が、そう簡単に死ぬワケねえだろうが!!」

 

 笑うフレイザード、

 

「やかましい奴だ……」

 

 呆れるラーハルト。

 

「ああ!?」

「いきり立つな、暑くて敵わん。どうせ我々は手柄を競い合う者同士、連携などない……。別々に戦うべきだろう」

「ま……一理あるな」

 

 言うや否や、軍団長たちは距離を開けていく。

 裏切り者のクロコダインを含め、ひとつになっているミストリュンナを別々にカウントすれば、さり気なく6大団長が勢揃いしている貴重な場面であった。

 そんなミストリュンナのどうでもいい思考をよそに、敵味方が構えていく。

 

「バラバラに来られると、メドローアで一網打尽にできねえな……!」

「ポップ、欲張っちゃダメよ。むしろ敵が連携しないことを喜んだ方がいいわ」

 

 ポップはパプニカ布による法衣に、輝きの杖を装備。

 マァムは魔法の鎧にドラゴンシールド、ハルベルト。

 

鎧化(アムド)ッ!!」

鎧化(アムド)……!!」

 

 ヒュンケルは鎧の魔剣を、ラーハルトは鎧の魔槍を纏う。

 

「何度蘇って来ようと、その度に粉砕してやる!」

 

 ノヴァは闘気剣(オーラブレード)を形成した。

 

「ザボエラ……ロモスの時の礼をさせてもらおう」

「今回はワシも共に戦おう!」

 

 クロコダインが真空の斧を、ボラホーンが鋼の錨を構える。

 

「リュンナ!」

「我が姫!」

「リュンナさま……!」

 

 ベルベル、リバスト、バルトスはミストリュンナに呼びかけるが、返らぬ反応に悲しんだ。

 

「……」

 

 ソアラは破邪の剣を抜きながら、更なる敵を警戒した。

 一瞬の静寂――

 

「ハーケンディストールッ!!」

 

 最速のラーハルトの一撃が、開戦の合図となった。

 ミストリュンナも滅砕陣を広げながら、一方、鷹の目でハドラーの様子を見る――

 

 

 

 

 ハドラー、対、ダイとバラン。

 (ドラゴン)の紋章を共鳴させることで互いに力を高め合い、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を無尽蔵に生み出す双竜陣の境地――それでなお、ハドラーは互角に渡り合っていた。

 

 既にドラゴラムを唱え、翼と尾を備えた人竜の様相。肩のスラスターの推力に翼の揚力が加わり、ハドラーの素早さと小回りは(ドラゴン)の騎士ふたりを圧倒していた。

 

「遅いッ!」

 

 背後に回り込んだダイの更に背後へと一瞬で移り、ハドラーは小さな勇者の背に覇者の剣を走らせる。

 咄嗟にバランが割って入ってダイを守るも、ふたり纏めて吹き飛ばされる始末。

 

 壁を砕いてめり込むふたりを睥睨しながら、ハドラーは両手に炎熱のアーチを掲げ――考え直し、

 

「ベギラマ!!」

 

 中級に位階を落とした閃熱呪文を放って追い打ちとした。

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)に並の呪文は効かないが、実際のところそれは無効化ではなく極大の軽減耐性であり、並でないなら効いてしまう。

 そしてハドラーの呪文は、既に並ではない。ベギラマとは言えノーガードで受ければ、ダイもバランも小さくないダメージを受ける。純粋な魔法力ではなく、暗黒闘気と混ざった魔炎気で呪文を構成しているからだ。

 

「海波斬!!」

 

 ダイの剣圧が斬り裂き――余波のみでも身を炙られるようだが、それくらいなら闘気防御で充分。

 そしてダイの剣圧を追うように飛び立っていたバランが、真魔剛竜剣で白兵戦を挑む。

 

「かあッ!!」

「ふんっ!!」

 

 鍔迫り合い――拮抗は一瞬。

 

地獄の爪(ヘルズ・クロー)!」

 

 覇者の剣を握るハドラーの拳、その指の付け根から長大な爪が伸び、バランの手を抉った。

 鍔迫り合いの力が緩み、ハドラーが押し切る。

 覇者の剣がバランの肩に食い込んだ。

 

「ぐッ、……!」

「……、」

 

 このまま超魔爆炎覇に繋げば、バランを真っ二つにしながら吹き飛ばし得る――迷って、それが出来る間が過ぎる。

 バランが引き、入れ替わるようにダイが前に出た。

 

「アバンストラッシュ!!!」

 

 迷いの隙に直撃。

 ハドラーは胸を深く抉られながら吹き飛び――しかし壁に激突する前に空中で止まった。その程度のダメージ。

 胸の傷そのものも、ボコボコと泡立ちと共に急速再生していく。

 

 そのさまに、バランが絶句していた。

 いや正確には、胸の傷の奥に見えた黒の核晶(コア)に。

 地獄の爪(ヘルズ・クロー)を受けた手にベホマをかけながら、ダイに解説と注意喚起を行っている。

 ハドラーはそれを聞くでもなく、作戦会議ならさせようとばかり、待ちの構え。

 

 ハドラーはザボエラに言葉の毒を受け、ダイとバランを殺せない。

 ダイとバランは黒の核晶(コア)を恐れ、積極的に攻撃できない。

 互いに消極的な戦いへと移る。

 

 どうやら、それがザボエラの策だった。

 ハドラーの戦いを長引かせ、その隙に地上を平らげて、然る後にダイとバランも自分とミストリュンナが、という。

 

 だがそれは、黒の核晶(コア)の存在を知っているのが、埋め込んだバーン本人以外では改造を担当したザボエラのみ――という前提に基づいている。

 リュンナもハドラーも知っていることを、ザボエラは知らない。

 

 バランが戦闘中に気付くことは計算に入れていたようだが――そのバランが覚悟を決め、この場で敢えて爆発させた上で抑え込むことにより、被害を最小限に食い止めようとすることも計算外だろう。

 そういった戦士の機転と覚悟を、ザボエラは想像できない。

 

 全てを把握している者は、ごく少ない。

 

 

 

 

「デルパッ!」

 

 ザボエラが魔法の筒から繰り出したのは、多数のスライムだった。

 

「スッ……スライム!? どういうつもりだ、妖魔司教! この海戦騎ボラホーンさまに、獣王さえいるのだぞ! 今更そんな魔物が助っ人になると……!?」

「いや待て、ボラホーン」

 

 いきり立つボラホーンを、クロコダインが冷静に宥めた。

 

「敵を侮るな。絶対に何かある! ザボエラはそういう男だ」

「キッヒッヒ……! 一度はワシの策を使っただけあって、よく分かっとるのうクロコダイン。では見せてやろう!」

 

 戦士としての礼儀か、警戒心が先に立ったか。クロコダインもボラホーンも、身構えはするが攻撃を躊躇した――その一瞬だった。

 

「超魔! 合成~~ッッ!!」

 

 スライムたちが飛び上がってザボエラに纏わり、ひとつに融合肥大化していく。

 それはキングスライムへと合体するさまに酷似していた――事実、ザボエラを中に含んだ巨大スライムへと変容する。

 

「超魔……!? 超魔スライム!?」

「そう! スライム族こそは最も単純にして、それ故に最も適応力の高い魔物じゃ! どんな環境にも生息することができる……! その意味が分かるか!?」

「分からんわ!! 喰らえィッ!!」

 

 ボラホーンが凍てつく息(コールドブレス)を吐き出した。超魔スライムは瞬く間にガチガチに凍り付く。

 そこに鋼の錨の投擲。クロコダインも、ここは警戒し過ぎるより攻撃をと思ったか、痛恨撃を重ねる。

 ブレスで凍り付いたところを打撃で粉砕する必勝戦法は――

 

「無駄じゃ無駄!」

 

 凍っていたハズの超魔スライムが突如として柔軟性を取り戻し、錨も痛恨撃もボヨンと弾いてしまった。

 あまつさえそれは、獣王と海戦騎を狙い撃つような、正確な反射。

 

「唸れッ! 真空の斧よッ!!」

 

 バギ系の魔法効力で気流の障壁を生み逸らすが、それでも身が軋む威力。

 

「どういうことだ!? ワシの凍てつく息(コールドブレス)が効かんとは!」

「いや、効かないのではない! 効かなくなった(・・・・・・・)のだ!」

 

 クロコダインが睨みつける先――ブレスが晴れて再び姿が見えるようになった超魔スライムは、まるで雪で出来ているかのように白くなっていた。

 冷気を具現化したようなその姿に、冷気攻撃が効くハズもない、と一目で分かる。

 

「ギョヘ~ッヒャッヒャッヒャ!!! そう、これこそが超魔スライム!! その『適応力』を極大に増幅させたことで、どんな攻撃にもあっと言う間に耐性を得てしまうんじゃよお!!

 そして柔軟極まるボディーは元から打撃を受け付けない! たとえダメージを受けても、身体構造そのものは単純なため再生能力がよく働く! 無敵!! 不死身!! で、操るワシはその中にいる……。一切の攻撃は届かぬ!」

 

 あまつさえ超魔スライムは口を開くと、猛烈な凍える吹雪を吐き出した。耐性どころか、攻撃手段さえ学習吸収してしまうようだ。

 

「カアアーーッ!!」

 

 クロコダインが焼けつく息(ヒートブレス)で対抗するが、この技の本質は高熱よりも、その吐息成分で相手を麻痺させることにある。吹雪を防ぐには威力が足りなかった。押される。

 

「ぬううん!!」

 

 しかしボラホーンは吹雪に強い。彼は前に出て、鋼の錨を直接叩き込んだ。全身全霊で押し込む――が、ボヨヨン、あえなく跳ね返されてしまう。

 

 そうして姿勢が崩れたところに、超魔スライムが圧し掛かった。潰される。

 その重さ、そのちから、その柔軟性。ピッタリと張りつき、呼吸を封じられ、じゅうじゅうと音すら立てて装備や肌が溶かされ始めた。

 

「ぐおおおおおお……!!?」

「無駄無駄無駄ァ!!! 超魔スライムは完全無欠よ!! お前ら如き力しか能のない木偶の坊が敵うかあ~! キィ~ッヒッヒ!!」

 

 なるほど――リュンナは思う――この世界で、閃華裂光拳は未だ魔王軍に披露されていない。だから超魔ゾンビではなく、生きたスライムを超魔化したようだ。

 極めて単純な生物であるスライムには、痛覚のない個体も多い。超魔ゾンビ同様、ザボエラが同調操作をしても苦痛はないのだろう。

 

 だが、つまり、閃華裂光拳なら効くハズ。

 ソアラは――

 

「殺す! 人間は殺す!」

「させないわ。そんなことは」

「ソアラ王妃……!」

 

 ――ラーハルトと戦っていた。

 


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