そして勇者たちは、死の大地への突入を敢行した。
メルルの占術でも使ったのか、海底の魔宮の門にもしっかりと気付き――ダイとバランをそちらへの突入班に、それ以外を地上で敵を引き付ける班としたのだ。想定通り。
原作ではここでフェンブレンが突入班に立ちはだかるが、この世界ではもういない。
地上班を相手取るのも、親衛騎団ではない。
ミストリュンナとザボエラの傍らに並ぶのは、
「お前は――氷炎将軍フレイザード! 僕に斃されたのでは!?」
「魔槍戦士ラーハルトも、俺のブラッディースクライドに散ったハズ……!!」
そう、氷炎魔団長と不死騎団長だ。
片や禁呪法による記憶と人格を保ったままでの再生成、片や改良された蘇生液による瀕死からの復活。
トドメを刺したつもりでいたノヴァやヒュンケルは、さぞ驚いた様子。
「ギャハハハハハッ! 禁呪法生命体の俺が、そう簡単に死ぬワケねえだろうが!!」
笑うフレイザード、
「やかましい奴だ……」
呆れるラーハルト。
「ああ!?」
「いきり立つな、暑くて敵わん。どうせ我々は手柄を競い合う者同士、連携などない……。別々に戦うべきだろう」
「ま……一理あるな」
言うや否や、軍団長たちは距離を開けていく。
裏切り者のクロコダインを含め、ひとつになっているミストリュンナを別々にカウントすれば、さり気なく6大団長が勢揃いしている貴重な場面であった。
そんなミストリュンナのどうでもいい思考をよそに、敵味方が構えていく。
「バラバラに来られると、メドローアで一網打尽にできねえな……!」
「ポップ、欲張っちゃダメよ。むしろ敵が連携しないことを喜んだ方がいいわ」
ポップはパプニカ布による法衣に、輝きの杖を装備。
マァムは魔法の鎧にドラゴンシールド、ハルベルト。
「
「
ヒュンケルは鎧の魔剣を、ラーハルトは鎧の魔槍を纏う。
「何度蘇って来ようと、その度に粉砕してやる!」
ノヴァは
「ザボエラ……ロモスの時の礼をさせてもらおう」
「今回はワシも共に戦おう!」
クロコダインが真空の斧を、ボラホーンが鋼の錨を構える。
「リュンナ!」
「我が姫!」
「リュンナさま……!」
ベルベル、リバスト、バルトスはミストリュンナに呼びかけるが、返らぬ反応に悲しんだ。
「……」
ソアラは破邪の剣を抜きながら、更なる敵を警戒した。
一瞬の静寂――
「ハーケンディストールッ!!」
最速のラーハルトの一撃が、開戦の合図となった。
ミストリュンナも滅砕陣を広げながら、一方、鷹の目でハドラーの様子を見る――
▼
ハドラー、対、ダイとバラン。
既にドラゴラムを唱え、翼と尾を備えた人竜の様相。肩のスラスターの推力に翼の揚力が加わり、ハドラーの素早さと小回りは
「遅いッ!」
背後に回り込んだダイの更に背後へと一瞬で移り、ハドラーは小さな勇者の背に覇者の剣を走らせる。
咄嗟にバランが割って入ってダイを守るも、ふたり纏めて吹き飛ばされる始末。
壁を砕いてめり込むふたりを睥睨しながら、ハドラーは両手に炎熱のアーチを掲げ――考え直し、
「ベギラマ!!」
中級に位階を落とした閃熱呪文を放って追い打ちとした。
そしてハドラーの呪文は、既に並ではない。ベギラマとは言えノーガードで受ければ、ダイもバランも小さくないダメージを受ける。純粋な魔法力ではなく、暗黒闘気と混ざった魔炎気で呪文を構成しているからだ。
「海波斬!!」
ダイの剣圧が斬り裂き――余波のみでも身を炙られるようだが、それくらいなら闘気防御で充分。
そしてダイの剣圧を追うように飛び立っていたバランが、真魔剛竜剣で白兵戦を挑む。
「かあッ!!」
「ふんっ!!」
鍔迫り合い――拮抗は一瞬。
「
覇者の剣を握るハドラーの拳、その指の付け根から長大な爪が伸び、バランの手を抉った。
鍔迫り合いの力が緩み、ハドラーが押し切る。
覇者の剣がバランの肩に食い込んだ。
「ぐッ、……!」
「……、」
このまま超魔爆炎覇に繋げば、バランを真っ二つにしながら吹き飛ばし得る――迷って、それが出来る間が過ぎる。
バランが引き、入れ替わるようにダイが前に出た。
「アバンストラッシュ!!!」
迷いの隙に直撃。
ハドラーは胸を深く抉られながら吹き飛び――しかし壁に激突する前に空中で止まった。その程度のダメージ。
胸の傷そのものも、ボコボコと泡立ちと共に急速再生していく。
そのさまに、バランが絶句していた。
いや正確には、胸の傷の奥に見えた黒の
ハドラーはそれを聞くでもなく、作戦会議ならさせようとばかり、待ちの構え。
ハドラーはザボエラに言葉の毒を受け、ダイとバランを殺せない。
ダイとバランは黒の
互いに消極的な戦いへと移る。
どうやら、それがザボエラの策だった。
ハドラーの戦いを長引かせ、その隙に地上を平らげて、然る後にダイとバランも自分とミストリュンナが、という。
だがそれは、黒の
リュンナもハドラーも知っていることを、ザボエラは知らない。
バランが戦闘中に気付くことは計算に入れていたようだが――そのバランが覚悟を決め、この場で敢えて爆発させた上で抑え込むことにより、被害を最小限に食い止めようとすることも計算外だろう。
そういった戦士の機転と覚悟を、ザボエラは想像できない。
全てを把握している者は、ごく少ない。
▼
「デルパッ!」
ザボエラが魔法の筒から繰り出したのは、多数のスライムだった。
「スッ……スライム!? どういうつもりだ、妖魔司教! この海戦騎ボラホーンさまに、獣王さえいるのだぞ! 今更そんな魔物が助っ人になると……!?」
「いや待て、ボラホーン」
いきり立つボラホーンを、クロコダインが冷静に宥めた。
「敵を侮るな。絶対に何かある! ザボエラはそういう男だ」
「キッヒッヒ……! 一度はワシの策を使っただけあって、よく分かっとるのうクロコダイン。では見せてやろう!」
戦士としての礼儀か、警戒心が先に立ったか。クロコダインもボラホーンも、身構えはするが攻撃を躊躇した――その一瞬だった。
「超魔! 合成~~ッッ!!」
スライムたちが飛び上がってザボエラに纏わり、ひとつに融合肥大化していく。
それはキングスライムへと合体するさまに酷似していた――事実、ザボエラを中に含んだ巨大スライムへと変容する。
「超魔……!? 超魔スライム!?」
「そう! スライム族こそは最も単純にして、それ故に最も適応力の高い魔物じゃ! どんな環境にも生息することができる……! その意味が分かるか!?」
「分からんわ!! 喰らえィッ!!」
ボラホーンが
そこに鋼の錨の投擲。クロコダインも、ここは警戒し過ぎるより攻撃をと思ったか、痛恨撃を重ねる。
ブレスで凍り付いたところを打撃で粉砕する必勝戦法は――
「無駄じゃ無駄!」
凍っていたハズの超魔スライムが突如として柔軟性を取り戻し、錨も痛恨撃もボヨンと弾いてしまった。
あまつさえそれは、獣王と海戦騎を狙い撃つような、正確な反射。
「唸れッ! 真空の斧よッ!!」
バギ系の魔法効力で気流の障壁を生み逸らすが、それでも身が軋む威力。
「どういうことだ!? ワシの
「いや、効かないのではない!
クロコダインが睨みつける先――ブレスが晴れて再び姿が見えるようになった超魔スライムは、まるで雪で出来ているかのように白くなっていた。
冷気を具現化したようなその姿に、冷気攻撃が効くハズもない、と一目で分かる。
「ギョヘ~ッヒャッヒャッヒャ!!! そう、これこそが超魔スライム!! その『適応力』を極大に増幅させたことで、どんな攻撃にもあっと言う間に耐性を得てしまうんじゃよお!!
そして柔軟極まるボディーは元から打撃を受け付けない! たとえダメージを受けても、身体構造そのものは単純なため再生能力がよく働く! 無敵!! 不死身!! で、操るワシはその中にいる……。一切の攻撃は届かぬ!」
あまつさえ超魔スライムは口を開くと、猛烈な凍える吹雪を吐き出した。耐性どころか、攻撃手段さえ学習吸収してしまうようだ。
「カアアーーッ!!」
クロコダインが
「ぬううん!!」
しかしボラホーンは吹雪に強い。彼は前に出て、鋼の錨を直接叩き込んだ。全身全霊で押し込む――が、ボヨヨン、あえなく跳ね返されてしまう。
そうして姿勢が崩れたところに、超魔スライムが圧し掛かった。潰される。
その重さ、そのちから、その柔軟性。ピッタリと張りつき、呼吸を封じられ、じゅうじゅうと音すら立てて装備や肌が溶かされ始めた。
「ぐおおおおおお……!!?」
「無駄無駄無駄ァ!!! 超魔スライムは完全無欠よ!! お前ら如き力しか能のない木偶の坊が敵うかあ~! キィ~ッヒッヒ!!」
なるほど――リュンナは思う――この世界で、閃華裂光拳は未だ魔王軍に披露されていない。だから超魔ゾンビではなく、生きたスライムを超魔化したようだ。
極めて単純な生物であるスライムには、痛覚のない個体も多い。超魔ゾンビ同様、ザボエラが同調操作をしても苦痛はないのだろう。
だが、つまり、閃華裂光拳なら効くハズ。
ソアラは――
「殺す! 人間は殺す!」
「させないわ。そんなことは」
「ソアラ王妃……!」
――ラーハルトと戦っていた。