ソアラとヒュンケルを、ラーハルトはその圧倒的な素早さで翻弄する。ふたりが攻撃しても、ただラーハルトの残像を貫くのみ。
だが噴き上がる闘気に守られたふたりの防具や肌はラーハルトの槍を受け付けず、強固に弾き返してみせるありさま。
「くっ、人間……人間め……!!」
ラーハルトの恨みは深い。
蘇生液で復活したところで、何も変わっていない。
原作ではバランという尊敬できる主に出会えて多少丸くなっていたが、この世界ではそういった出会いに恵まれていない。
人死にを減らそうと思って助けたが、死なせておくべきだったかも知れない。或いは今からでも。
ミストの底で、リュンナは思った。
その思考を斬り裂くように、ソアラが述べる。
「前にリュンナから聞いたわ。魔族の血を引く自分どころか、人間のお母さんまで――と」
「そうだ! 人間は身勝手で薄汚い、最低の生物……!! 俺は必ず人間を滅ぼす!!」
ソアラは片手にイオの光弾を宿し――
「そんなこと、あなたのお母さんは望んでいるのかしら」
「貴様に何が分かる! 人間の貴様に!!」
「分かるわ」
光弾を握り潰すと、光が爆ぜた。
ラーハルトが目を晦まされ、一瞬、動きが止まる。
そこにヒュンケルが海波斬を放ち、ラーハルトの脚を深く抉った。
「ぐあっ! わ、分かるだと……!! 知った風な……!」
「私も
「……ッ!」
ラーハルトが膝をつく。脚をやられた今、自慢の素早さは半減していよう。
動き回るのではなく、後の先を取って紙一重の回避をすることに切り替えたか。
実際、ヒュンケルの続く大地斬も、ギリギリまで引き付けてから避けた。
「どうか幸せに、笑っていてほしい」
「バカなッ! なぜ、なぜその言葉を……!!」
「ね? 分かるでしょう」
それがラーハルトの母の、今際の際の言葉だったのか。
ソアラはそれを、ただ『母』としての感覚のみで当ててみせた――いや、当てずっぽうではない、カマかけではない。
本当に、ただ『分かる』のだ。
「あなたは笑っている? ラーハルト」
「お、俺は……!!」
背後からソアラを襲いかけていた槍が、止まった。
「人間を赦せなんて言わないわ。迫害されたのは事実なんでしょう? でもあなたは、そこに囚われてはいけない。幸せに、笑って生きなくてはいけないの」
「ソアラ王妃!!」
槍は止まったが、いつ動き出すか分からない。ヒュンケルが叫ぶ。
しかしソアラは振り向きもせず、闘気の昂ぶりさえも抑えてみせた。
「母は……母は死んだのだ。病だった。薬を売ってもらえず……苦しみながら……! もう何も思うことはできない。母は……何も言わない……!」
「いいえ」
ソアラは断言する。
「あなたのお母さんは、今でもあなたの幸せを願い続けているわ」
「ッ、……う、……あうう……!!」
何が分かる、とは、ラーハルトはもう言えないのだろう。
本当に分かるということを示されて、納得してしまった。
魔族を愛し、そのハーフを産んだ彼の母――その代弁者として、
「人間を殺して、あなたは、気が晴れたことがあるのかしら」
「あるに決まっているだろう!! だが、……だが、すぐに……! いつも……!」
槍が落ちた。
「ラーハルト!! テメエ何やってんだあーッ!!」
少し離れた場所で戦うフレイザードが激昂する。
「いけ好かねえ野郎だが、人間を滅ぼそうって心意気の強さは認めてたってのによ! けっ、所詮は半分人間か……!」
「よそ見をするなっ! マヒャド!!」
「メラゾーマ!!」
ノヴァとポップの呪文をフレイザードは同属性の半身で吸収しようとし、
「地雷閃!!」
その動きを読んだマァムに体勢を崩され、呪文の直撃を受けていた。
「ウギャアアア~~~~~!!!!」
「あちらは大丈夫そう、か……? こちらは……」
ヒュンケルはラーハルトに未だ警戒の様子を見せるが、容赦なく斬りかかろうとは最早しなかった。
逆にソアラは一度剣を収めすらしながら、ラーハルトを振り向く。
「人間の味方をして、とは言わないわ。でもラーハルト、あなたは幸せにならなきゃいけないし、そのために行くべき道は、人間を滅ぼすことではないの。そこを間違えてはダメ」
「……」
ラーハルトは応えず、槍を拾い、
「貴様ッ!!」
反応したヒュンケルの海波斬を避けて、そのまま姿を消した。
近くにラーハルトの殺気はもうない。
「行ったか……」
「そのようね。少なくとも、この場ではもう敵に回らないでしょう」
「信用できるのですか? ソアラ王妃」
不死騎団によるパプニカ攻撃中には、ラーハルトとは何度も戦ったヒュンケルだ。そう簡単に信じることはできないのだろう。
だがソアラは、あっけらかんと微笑んだ。
「根は悪い子ではないもの。大丈夫よ」
ヒュンケルは呆気に取られ――それから小さく笑うと、次の戦場を見定める。
フレイザードにはポップ、マァム、ノヴァ。
ザボエラ――超魔スライムにはクロコダインとボラホーン。
ミストリュンナには、ベルベル、リバスト、バルトス。
「最も呪文を多用するのは――フレイザード! 俺は奴のところに!」
「ええ」
ソアラはザボエラの方へ。
そちらは超魔スライムがボラホーンを押し潰し、クロコダインを吹雪で氷像へと導いているところだった。
「疾風突き!」
一度決めたら恐れず突き進むソアラの気質が、剣技として昇華された一撃。ただ真っ直ぐに、最速で疾走し斬りつけるその特技。
破邪の剣が超魔スライムの柔軟な肉体に食い込み――その弾性を、素早さと切れ味が上回った。喉(?)を裂かれ、凍える吹雪が中断。
そして破裂するようにスライムの体液が散り、武器が溶解する。
「おっと、言い忘れとったがのう。超魔スライムの細胞は、そのひとつひとつが凄まじい消化液を分泌しとるんじゃ。打撃は通じず……通じても武器が死ぬ! 言ったじゃろう、完全無欠とな!」
ザボエラが述べる間に、超魔スライムの裂かれた傷は復元していく。
ソアラは半分ほどの長さになった破邪の剣を振るって、体液を落とすと、一度下がった。クロコダインの傍ら。
「ソアラ王妃!」
「大丈夫」
自らの頬に散った体液を、表情ひとつ変えずに指で拭い去り、ベホイミを作用させる。
「まずボラホーンを助けましょう。クロコダイン」
「心得ました!」
クロコダインの接近に対し、超魔スライムは再び凍える吹雪を吐いた。
真空の斧が振り被られ、そして迅速に振り下ろされる。
「海割断!!」
アバン流斧殺法、海の技。アバンの書をもとに、アバンの使徒たちに教わり身に付けたモノだ。
キレのある衝撃圧は、ほぼ拡散減衰せぬまま走り、吹雪を断って超魔スライム本体をも斬り裂いた。
消化体液が散る――
「唸れッ! 真空の斧よッ!!」
それをバギ系魔法力で空気流の障壁を作って防ぎながら、クロコダインは肉薄し、その勢いのままに突進した。
巨体のぶつかり合いに、超魔スライムが傾く。
下敷きにされていたボラホーンが自由になった。消化液は皮膚を溶かし、肉にまで達していたが、歯を食い縛って耐える様子。
「ボラホーン!」
「ありがたい、獣王! どっせい!!!」
ふたりは協力して、超魔スライムを宙に投げ放った。
同時にかけられた回転に、中のザボエラが目を回す。
「ぐえええーッ!!」
そこへソアラが跳躍、半ば溶けた剣を突き立てる。
「剣神流――」
剣を使うため、武神流を名乗ることは止められたらしい。だが今この地上において、純粋な『剣術』において最強の人間はソアラだ。
鎧の魔剣を装備したヒュンケルでさえ、組手での勝率は5割を切る。
「閃華裂光剣ッ!!」
剣と合一し、手からではなく剣から呪文を放つ。
命中の瞬間に剣圧と魔法力を合一し爆発させ、大きな作用を生み出す。
過剰回復。
水を与えられ過ぎた植物が根腐れを起こすように、超魔スライムの身は再生力の限界の向こう側へと押しやられた。
まるで石化するように干からび、亀裂が走り、砕け散るのだ。
「ば、ば、バカなァ~~~!!!! ワシの究極の超魔が……!!?」
あまつさえ拳ではなく剣を使うこの技は、その威力がより深くへと突き刺さっていく。
過剰回復の波が、ザボエラ本体にすら届いた。
やった――のか?