暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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103 超魔スライム

 それはほんの僅かな傷だった。

 ザボエラの片手、手の甲に浅くヒビが入った程度。

 

「ぎょええええ~~~~~!!!」

 

 それでもザボエラは絶叫し、取り乱した。

 超魔スライムに守られて安心し切っていたのだろう。その心の隙。

 たとえ超魔スライムにダメージが通っても、しかし自分のみは安全なハズだ、という油断。

 

 ――とぷん、と。

 超魔スライムの、過剰回復が届かなかった後ろ半分が蠢いた。

 中のザボエラが突如としてモガき出す。

 

「がぼっ、ごぼ……っ!!」

 

 気泡、無数。

 ここまで問題なく呼吸し会話していたのに、今は超魔スライムの中で溺れるさま。

 いやそれのみではない、ザボエラの衣装や肌が溶けていく。

 消化液の作用。

 

 混乱によりザボエラの支配が綻び、超魔スライムが暴走しているのか。

 

「がばばっ! あう、ぐええ……!!」

 

 クロコダインとボラホーンが後退し、寸前までいたそこに超魔スライムの巨体が落ちる。

 体液が飛び散り、しかしザボエラが飛び出て来るようなことはない。

 逆に超魔スライムが内部を流動させ、ザボエラを確実に逃がさぬ構えと見えた。

 

「ソアラ王妃、トドメを! ザボエラを助けることになるかも知れませんが」

「いや、ワシにも分かるぞ! 放っておいた方がヤバい!」

 

 クロコダインとボラホーンが口を揃えて述べる。

 聞くや否や、ソアラは再び肉薄し――

 

「閃華裂光剣ッ!!」

 

 ――がきん、と。

 その一撃は、灰色の輝きに遮られた。

 

「これは……! メタルスライム!?」

 

 硬質な金属膜が、再生していく超魔スライムを覆っていた。あっと言う間だった。

 動きに合わせて自在に形を変え、それでいてオリハルコンに次いで頑丈な流体金属装甲。

 しかも生命活動を行っていないらしく、マホイミ効果が通らない。人間で言えば爪や髪のようなモノなのか。

 そして更にその上、闘気を纏って強度が増している。堅牢に過ぎた。

 

「クロコダイン! ボラホーン!」

「は! 獣王激烈掌!!!」

 

 左右ふたつの竜巻めいた闘気渦が、クロコダインの両腕から放たれた。

 重なる回転は、原作ではオリハルコンをも引き裂く威力を見せていた――この世界においても、見事にメタル装甲を拉げ剥がす。

 

「ふんぬっ!!」

 

 そこにボラホーンが鋼の錨を全力で打ち込んで、傷口を広げた。

 ならばあとは、ソアラが今度こそ必殺技を突き刺すのみ――だが現実は無慈悲。

 ソアラは超魔スライムの軟体に突き込んですぐ、あまりにも硬質なクッションめいた矛盾する感触を得た。メタルスライム装甲の感触を。

 マホイミ効果が塞き止められる。

 

「二重に……!?」

 

 超魔スライムがウニめいて無数の棘を全身から伸ばした。メタルスライム装甲の変形したモノだ。

 

「きゃあっ!!」

「ぐわああああああ!!!」

「ぐふっ……!!」

 

 至近距離の3人が3人とも、各所を貫かれる。

 受け流しに長けたソアラと鋼鉄の肉体を持つクロコダインはまだ傷が比較的浅いが、ボラホーンは大きな動脈を断たれたらしく、棘が引っ込んで抜けると、血溜まりを作りながら倒れ伏す。

 クロコダインがボラホーンを掴み、後方に放り投げた。

 

「ソアラ王妃、最低限の回復を! その間は俺が!」

「無理はしないでね」

 

 ボラホーンを追ってソアラが駆けた。

 ベホマ。生命は繋がったが、しばらくは動けないだろう。

 

 一方クロコダインは、超魔スライムの巨体と重量に突き飛ばされ、死の大地の岩山にめり込んだ。

 

「こ、このスライム! 急に大きく……!?」

 

 そう、超魔スライムは――ソアラの閃華裂光剣で体の半分ほどを壊死して失ったハズなのに、今はそれよりも巨大化しているのだ。

 周囲の土石から鉄分やその他元素を吸収し、長く伸ばした触手で地下水を汲み上げて水分を補給し、それらを次々に代謝して膨張していく様子。

 最早クロコダインでは押さえ切れないし、閃華裂光剣も多重メタル装甲に阻まれ効果がない。

 

 やはりザボエラは天才だ。こうまでのモノを創り出してしまうとは。

 だがそれを制御するべきザボエラ本人が飲み込まれ、暴走のありさま。

 (ミスト)としては、それで勇者たちが全滅するなら、それはそれで構わない面があるのだが。眷属たちを相手にしながら考える。

 

「ウゲェーッ!!」

 

 超魔スライムが、フレイザードを踏み潰した。

 あまつさえザボエラの魔法能力を吸収したのか、ベギラゴンをミストリュンナに向けて撃ってくる。

 ダメだ、敵味方の区別がない。闇の衣でベギラゴンを無効化吸収しながら嘆息する。

 

「リュンナ!」

「我が姫、今、我々を……!?」

 

 ミストリュンナと超魔スライムの間には、ベルベルとリバストとバルトスがいた。

 咄嗟に前に出て、彼らを庇った形。

 

「この器を完全に支配するために、あなたたちは自らの手で殺さないといけないんです。そうして『リュンナ』の心を折るのが、『ミストリュンナ』のすべきこと」

「それだけワシらを大切に思っていてくださることの裏返し、か……! リュンナさま、どうか、どうかミストに負けないでくだされ!!」

 

 バルトスが叫ぶ。柳に風と受け流す。

 受け流した――つもりで、本当は、心が揺れる。

 それが『リュンナ』の力になる。

 

「リュンナ……! ぼくのお月さま! 絶対、絶対に取り戻すからね!!」

「我が姫の強さは、その程度の闇に屈するモノではないハズ!」

「ワシもリュンナさまの騎士として……!! と言いたいところだが……!」

 

 超魔スライムは既に、丘を見上げるような圧倒的サイズ感。

 無数のメタル触手を棘状に伸縮させ、更にその先端からメラゾーマやベギラマ、時にベギラゴンをすら乱射し、口からは凍える吹雪を吐く――最早、怪獣と化していた。

 

「マホカンタ!」

 

 ベルベルが前に出て呪文を防ぎ、リバストとバルトスが2本槍や6刀流で棘を防ぐが、ジリ貧のありさまだ。少しずつ貫かれていく。

 かと言って背を向けて逃げようとすれば、それこそその瞬間に急所を貫かれてしまいかねない。

 ミストリュンナは闇の衣で無事だが。鎧ドレスとして具現化されるに至った闇の衣は、呪文や闘気を吸収するのみならず、最早物理打撃にも強いのだ。

 

「こうなったらメドローアで……!!」

 

 マァムの闘気盾(オーラシールド)とヒュンケルやノヴァの剣捌きに守られながら、ポップが覚悟を決める。

 左右の手に同時にメラ系とヒャド系を灯す構え――そのとき、超魔スライムが跳躍した。

 ふわり――とすら形容できるほどに軽々と、だが山のような巨体が重々しく、その場で垂直に跳んだのだ。

 

 着地すれば、凄まじい地震が起こるだろう。

 下敷きにされれば、圧死は確実だろう。

 先ほど踏み潰されたままそこにいるフレイザードは死ぬ、ということだ。

 

「ぐっ、うう……ッ!!」

 

 フレイザードはダメージで動けないのか、逃げる様子がない。

 ポップが超魔スライムの真下へと飛び出していった。

 

「ポップ!」

「待て! 戻れ!!」

 

 マァムにもヒュンケルにも想定外過ぎたのだろう、制止が間に合わない。ノヴァに至っては、手は動かしながらだが、顔はポカンとしていた。

 ポップはフレイザードの傍らに立つと、氷炎を合成した光の弓矢を真上に向けた。

 

「メドローア!!!」

 

 消滅の光が突き抜け、超魔スライムの底から頭頂までに風穴が開く。

 着地したスライムのその空隙に、ポップとフレイザードはちょうど入る位置だった。

 四方をスライム肉に囲われた牢獄の中、揺れ、転ぶ。

 

「テメエ!! なぜ俺を……!?」

「いくら悪い奴でも、味方にやられるなんて……放っておけねえだろうが!!」

 

 ポップは吐き捨てるように叫んだ。

 同時にメドローアで開いた肉の空隙が狭まっていく。

 

「掴まれ!」

 

 掴まれと言いながら、ポップは自分からフレイザードの手を掴んだ。その燃え盛る炎を纏った、灼熱の岩石の手を。

 フレイザードが驚きで固まった。

 

「ルーラ!!」

 

 瞬間移動呪文とすら呼ばれるほどの高速。超魔スライムの胃の腑から、ふたりは逃れ出た。

 一瞬前にいた場所で肉が閉じる。

 

「ポップ! 大丈夫!?」

「とんでもない無茶を……!!」

「何でそんな奴を助けたんだ! くっ、あとで始末してやる……!!」

 

 マァム、ヒュンケル、ノヴァがふたりを迎えるが、殆ど目を向ける余裕もない。超魔スライムの猛攻は続いているのだ。

 ポップはフレイザードを引き摺りながら、3人の後ろへと潜り込む。

 

「ちくしょう、メドローアですら効かねえ……! いや、効きはするけど、サイズと再生力がデカすぎて意味がねえんだ。かと言って放っときゃもっとデカくなるし……。どうすりゃいいんだ!? このままじゃ下手すっと全滅するぞ……!」

 

 フレイザードはそんなポップを眺めて、沈黙のままニヤリと笑んだ。

 


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