暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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104 氷炎将軍フレイザード

 死の大地の鉱物や水分を吸収して肥大化を続ける超魔スライムは、最早ちょっとした山だった。

 その巨体が多重のメタルスライム装甲に覆われ盤石の鉄壁を成し、あまつさえその装甲を触手や棘に変形して自在に伸縮させ攻撃、それぞれの先端から無数に呪文攻撃すら放つ。

 超魔生物は変身すると呪文を使えないのが欠点だが、これは変身機能を省いて元の姿に戻れなくすれば解決する、とハドラーが身を以て証明済み。この超魔スライムも、そういうことなのだろう。

 

 猛攻にボラホーンが倒れ、ソアラを庇ったクロコダインが倒れ、マァムを庇ったヒュンケルが倒れ、ベルベルを庇ったリバストが倒れた。必要ないと分かっていながら、反射的にリュンナを庇ってしまったバルトスも。

 全滅は時間の問題だ。

 そんな中、マァムとノヴァの後ろのポップの陰で、蹲ったフレイザードがほくそ笑む。

 

「クククッ……」

「何がおかしいんだよ……! て言うかテメエも戦え!!」

「いやあ、リュンナさまの言った通りだと思ってな……」

 

 一度は叫び返したポップも、その奇妙な言に眉を顰めた。

 

「リュンナが……!?」

「そこのノヴァにやられて、(コア)だけになっていた俺にな……」

 

 そう、言った。

 ミストリュンナが、リュンナの記憶を拾い上げる。

 

 同じ(コア)を使って同じ魔物を作ることはすぐに出来る――だが記憶や人格を継続させるには、少なくともハドラーには専用の儀式が必要で、時間のかかることだった。

 だから(コア)は保管され、そこにリュンナが密かに接触を図る隙があったのだ。

 

「な、何て言われたんだ……!?」

「どうでもいいだろ、んなこたあ」

 

 もし人間を味方につけることが出来たなら、この上ない栄光が約束されるでしょう。

 

「どうでもいいって、おい……!」

「氷炎爆花散!!!」

 

 突然弾け飛ぶようにして、フレイザードから無数の小さな岩石が飛び散った。

 しかしそれは誰にも、至近距離のポップにさえ当たらない。

 

「なッ……!! テメエ、今のは……!?」

「落ち着けよ。今のは攻撃じゃねえ……。その辺に潜んでいる俺の部下どもへの合図! 間もなく――そら、来やがったぜ」

 

 超魔スライムの跳躍にも負けない地震が巻き起こる。体感するところ、震源地は離れた2か所。フレイザードを中心にして、正反対の位置にだ。

 地を突き破って、それらの位置に生える塔――燃え盛る炎を纏う岩石の炎魔塔、攻撃的に尖った氷で出来た氷魔塔。

 

「げえっ! あれは!!」

「リュンナさまとハドラーが使った、氷炎結界呪法!?」

「ご名答!! なら効果は知ってやがるな?」

 

 氷炎両魔塔がフレイザードの(コア)に作用し、一帯に結界が張られた。

 その内側では、術者の敵の力はおよそ2割にまで抑制される。呪文に関しては魔法力の溜めが必要な水準に達せず、発動自体ができない場合すらあるほどだ。

 

 途端、超魔スライムの動きが鈍った。

 一方で勇者の仲間たちは、誰も動きの鈍った感覚がない。

 

「フレイザード……!!」

「俺の『親』はハドラーさまとリュンナさまだ。この場を切り抜けてよォ、テメエらに手を貸してバーンをぶっ斃したなら!! どうだ? ハドラーさまが新たな大魔王で、俺は魔軍司令の地位に就けるかもなあ……。軍団長から大出世だぜ~!!」

 

 フレイザードがチラリと、意識のみでミストリュンナの様子を窺った。

 魔王軍を裏切るその行為に、しかしミストリュンナは反応しない。

 今は超魔スライムの暴走を止めるのが先だ。そうでしょう? ミスト。

 

 ともあれ。

 

「テメエ、フレイザード……!! そんなこと考えてやがったのか!?」

 

 ポップが驚愕と呆れの中間くらいの声を出した。

 一方、ノヴァは侮蔑の色が濃い。

 

「なんて汚い奴だ……!! そんな裏切りが通用するか!!」

「いえ、心強い味方だわ」

 

 逆にマァムは受け容れる構え。

 慈愛の心の為せる業か。

 

「たとえ今だけだとしても、フレイザードの中に、私たちに対する裏切りの心はないわ……! それは本当だと思う」

「信用してもらえて嬉しいぜ」

 

 そして彼らは超魔スライムを一瞥した。

 ベギラゴン以外の呪文を撃たなくなり、そのベギラゴンも威力はギラ程度にまで落ちている。

 メタル触手の棘は伸縮速度が明らかに落ち、必死に防がずとも回避可能なありさま。

 

 だがメタル装甲の強度そのものはロクに変わらない――硬さと極度な流動性を両立している分、ともすれば硬いばかりのオリハルコンよりも頑丈かも知れないそれが、あまつさえ闘気を纏って硬さを増しているのだ。

 そして肥大化も止まらない。死の大地の土石と水分を吸収し、膨張し続ける。

 しかもそれが、結界に抑えられる現状が気に喰わないのか、めちゃくちゃに跳んで跳ねて暴れ始めた。

 

「これで弱ってやがんのかよ……! そのうち全員踏み潰されちまうぞ!」

 

 必死に逃げ惑いながらポップが叫ぶ。

 その背には倒れたヒュンケルを負っていた。

 

「ポップ、何か思いつかないの!?」

「打撃も呪文もロクに効かねえんだ。メドローアか……さっきソアラ王妃が使ってた、あの何とかって光る剣技を体内に捻じ込むしかねえだろうな! どっちもそう易々と耐性は得られねえハズ……! でもどっちにしたって、破壊の範囲が足りなくてすぐに再生されちまう!」

「範囲が足りりゃあいいんだな?」

 

 フレイザードが不敵に笑み、超魔スライムと相対した。

 

「なっ、何か手が……!?」

「まあ……ある。俺の両手がな……」

 

 氷炎将軍はそう呟くと、左右氷炎の手を開き、指先の1本1本に、同時にメラゾーマとマヒャドを灯していく。

 

「メ、ド、ロー……ア……」

「げえっ!? バカなッ!!」

「ぬうううううん!!!」

 

 あまつさえ、その五つのメラゾーマとマヒャドを、両掌を合わせて纏めて合成、スパークさせる。

 形成された光の弓を引くと、5本もの光の矢が同時に番えられている状態。

 

「一瞬でいい、誰か奴の動きを止めやがれ!!」

「こ、こいつ、俺のを1回見ただけでメドローアを……!? ええい、クソッ!! 動きを止めりゃあいいんだろ! ベタンッ!!」

 

 大魔道士マトリフ直伝の重圧呪文が、ポップの杖を向けた先で超魔スライムを押し潰す。

 

「ベタン――」

 

 ベルベルがそこに、リュンナから教わった同じ呪文を上乗せした。

 

「ベタンベタンベタンベタンベタンベタンベタンベタンベタンベタン!!!!!!」

 

 あまつさえ両手と髪触手を総動員し、圧倒的に連発してみせる。

 

「くっ、この……! メドローアもベタンも、師匠からちゃんと教わったのは俺だろーが!! もいっちょベタン――」

 

 ポップがもう片手からもベタンを放ち、重ね、その先にある感覚を知る。

 

「――おおおッ!! ベタドロンッッ!!!」

 

 天から地へと両手を振り下ろす、極大重圧呪文。

 傍目には合計で無限とすら感じられるほどの超重力が超魔スライムを押し潰し、それでもなお水滴型を保つ威容――とは言え、動くことは最早できないようだ。

 

 だからフレイザードは、そこにメドローアの光を解き放った。

 

「上出来だ……。行くぜ、双手終焉光(ハンズ・オブ・ジ・エンド)ッッ!!!」

 

 同時に5発ものメドローアを、だ。

 ひとつひとつが人の身長の2、3倍を飲み込むような半径の光が、更にその5倍の範囲を一斉に呑み込んでいく。極大消滅の光。

 

 超魔スライムはあっと言う間に穴だらけとなった――いや最早、穴と穴を繋ぐ部分が薄く泡のように残るのみ。

 すぐに泡が凝集し、1匹の普通のメタルスライムの姿と化す。

 逃げる――

 

「――閃華裂光剣」

 

 それをソアラが、疾風突きの早さで貫いた。

 溶けた破邪の剣の代わりに、鎧の魔剣の剣を借りて。

 超魔スライムは石化するように硬く砕け散り、灰となり散った。

 ザボエラの姿はない。既に溶かされ切ったか、フレイザードのメドローアで、諸共に消滅したか……。或いは。

 

「おい」

 

 そのフレイザードに、ポップが声をかける。

 

「あん?」

「テメエのお蔭だ。助かったぜ」

「ふん」

 

 フレイザードは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「そうね。今回はフレイザードのお蔭だわ」

「悔しいが、僕は何もできなかったな……。流石は氷炎将軍ってところか」

 

 マァムとノヴァが追従する。

 

「テメエら……」

 

 フレイザードは不機嫌そうに顔を歪めた。

 

「ありがとう。フレイザード」

 

 しかしソアラが笑顔を浮かべて礼を言い、更にベルベルが偉そうに述べる。

 

「この武勲は無視できないね!!」

「……そうか。武勲か」

 

 するとフレイザードは理解を示した。

 

「なるほど……。どうも慣れねえ言い回しだったが、要は俺の武勲を称えていたワケだな? クッ、ククク……そうか、そうか!!」

「単純な奴……」

 

 嬉しそうに拳を握るフレイザードに、ポップがぼそりと呟いた。

 リュンナの忠実さと、ハドラーの野心を継いだ子である。

 

 かくして、ラーハルトは撤退、ザボエラは超魔スライムごと消滅? フレイザードは味方になった。

 この場に残る魔王軍は――

 

「――リュンナ?」

 

 ベルベルが振り向いた先に、ミストリュンナはいなかった。

 ふと天から轟雷が落ち、メドローアに巻き込まれて消えた山脈の向こうで、死の大地を貫いていった。

 


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