暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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105 黒の核晶

「企みなどないッ!! ――ギガデイン!!!」

 

 バランは上級雷撃呪文を唱え、自らの真魔剛竜剣にその轟雷を宿した。

 雷と竜闘気(ドラゴニックオーラ)が剣を介して合成され、莫大な威力を溜め込んでいく。

 

「バラン……!! 遂に本気になりおったか」

「今まではお前の能力を見るために力を抑えてきただけよ! だがそれももう見切った! もはや手加減は要らん、我が最強剣ギガブレイクで葬ってくれるッ!!」

 

 (ドラゴン)の紋章の共鳴を利用したダイとバランの念話を、竜眼が盗聴する。

 曰く、ギガブレイクでハドラーの首を刎ねて仕留める――これなら、黒の核晶(コア)は即座には爆発しない。その一瞬の猶予に、全竜闘気(ドラゴニックオーラ)を注ぎ込んで爆発の規模を抑える、と。

 

 ハドラーは自分の中の爆弾の存在を知らない――と、思われている。

 そしてハドラーは、リュンナをミストから取り戻す取引材料として戦果を求め、しかしダイやバランを殺せばリュンナに拒まれるという二律背反の毒に冒されている――と、思われている。

 

 つまりバランは本気を出せるが、ハドラーは出せない。

 原作と違い、真魔剛竜剣も腐食していない。

 原作よりもハドラーのレベルは大幅に上がっているが、バランも双竜陣で大幅に強化されている。

 そういう状況が出来上がっていた。

 と、思われている。

 

「あ、あれ……! リュンナ!?」

 

 ふとダイが、ミストリュンナに気付き指さした。

 地上から、地下の大魔宮外周部へと移動し、気配を消して見ていたのだ。

 ハドラーとバランが気を取られ、動き出すのが遅れる。

 

「こっ、ここは危ないよ! おれと一緒に上へ……!」

 

 バランのギガデインで開いた天井の穴を指し示しながら、ダイが述べた。

 ミストリュンナは淡々と拒む。

 

「そういうワケには。あなたたちを殺さなくては……」

「だったら、まずはおれが相手だ! 来いっ!!」

 

 ダイは天井の穴へと飛び上がっていき、ミストリュンナはそれを追う。

 打ち合い――ダイの剣術は更に磨かれていた。

 

「リュンナ……。必ず元に戻してやる」

「元魔王ともあろう者が、随分と人間ひとりに執着するモノだ」

 

 ハドラーとバランは視界の端でそれを見上げた。

 視線そのものは、あくまでも互いを見る。

 

「リュンナは俺の民だ。今や、たったひとりのな……!」

「魔軍司令に民が要るか?」

 

 ハドラーは答えなかった。

 答えに窮したのではなく、必要性を感じなかったのだろう。

 そして示し合わせたように、ふたりは飛び出した。

 

「ギガブレイクッッ!!!」

「超魔爆炎覇ッッ!!!」

 

 牽制はなく、ただ虚実のみがあった。

 剣をどの位置からどの角度でどう振るか、偽を見せかけ、真を隠し、敵の剣を避けて自らの剣のみを当てようという一瞬の駆け引き。

 

 技の威力ではハドラーが上であり、そして駆け引きではバランが上だった。

 もともとハドラーに、バランを吹き飛ばす気などない――技同士を激突させて相殺に持ち込もうとしており、ならばとバランは鍔迫り合いから切先を梃子で押し込んだ。

 

「ぐはっ、……!!」

 

 技同士の激突により、魔炎気もギガデインオーラも周囲へと爆発的に散っていた――だからハドラーの胸を抉るのは、純粋な真魔剛竜剣そのもの。

 剣の位置取りの問題から刎頸を諦めたバランは、魔法力の飛んだ剣で胸を掘り、

 

「ぐああああ……!!」

「ふんっ!!」

 

 切先で、黒の核晶(コア)を穿り出した。

 

「なっ、何だ……これは……!!」

 

 ハドラーの迫真の声音。

 ただちに核晶(コア)が脈動を始めた。バーンが魔法力を送ったのだ。

 

「何なんだッ! これはああーーッッ!! なぜッ、俺の……俺の体に……!!」

 

 バランは真魔剛竜剣を放り捨て、両手で黒の核晶(コア)を握り締めた。

 全身全霊の筋力と竜闘気(ドラゴニックオーラ)を込め、爆発を抑えにかかる。

 

「魔界に名高い黒の核晶(コア)……!! お前も聞いたことくらいはあろう!」

「こっ、これが……! これがッ!? こんなことが出来るのは――俺を改造したザボエラ!? いや、奴はこんなモノ使わん! では、ならば……ならば……!」

「知れたこと! バーン以外にはいまい……!」

 

 バランはハドラーの身を蹴りつけつつ、黒の核晶(コア)と彼とを繋ぐ血管めいた配線を引き千切った。

 

「ぐあおうッ!!」

 

 激痛にハドラーが呻く。

 リュンナの血を改造に組み込んだために得た圧倒的生命力は、黒の核晶(コア)の活性化による体調不良から彼を遠ざけていた。

 この痛みは想定外だろう。

 

 それでも、必要なことだった。

 

「なるほど、道理で……! 道理でな……! 戦い方が消極的だったワケだ! クッ、クク……ッ!」

「笑うか。ハドラー」

「ああ。全て分かっていたからな」

 

 言葉と同時に、覇者の剣が、バランの背後に気配なく出現したキルバーンを貫いていた。

 

「バッ、バカな……! 反応が早過ぎる……!!」

「死神!? いつの間に……!!」

 

 バランが驚く間に、ハドラーは剣を捻って中身を抉る。

 キルバーンが、大鎌――死神の笛を取り落とした。

 

 黒の核晶(コア)の脈動が高まっていく。

 如何な双竜陣状態の竜闘気(ドラゴニックオーラ)とは言え、竜魔人の闘気密度には劣るのか。抑え切れていない。

 このままでは爆発する。

 

「ハドラー! 分かっていたとは、どういうことだ!! 何か手が――」

「あるさ。だろう、リュンナ」

「はい」

 

 ダイと戦っていたハズのミストリュンナが、ふたりの間に割って入った。

 

「リュンナ!? 操られているのでは!?」

「今この瞬間に反逆するために、ずっと気合を溜めてたんですよ!!」

 

 魔氷気が爆発を遅らせる。

 それを見て、キルバーンが呻いた。

 

「ミ、ミスト……!! いや、ミストじゃあ、なかったのか。あの後――僕にバランを暗殺するよう言ったのは!!」

 

 そう、死神にバランを狙うことを勧めたのは、ミストリュンナだ。

 完成された(ドラゴン)の騎士――彼さえ落とせば双竜陣はなく、残る勇者ダイも(ドラゴン)の騎士としては未熟、必ず勝てると。

 

「はい」

 

 死神を唆し、ハドラーに目と心気で最低限のみを伝え、この状況を作った。

 

「ぬおおおおッ!!」

 

 ハドラーが血管配線を全て引き千切り、黒の核晶(コア)を完全に分離する。

 長年埋め込まれていたそれは、最早肉体と一体化していたが――その摘出によってハドラーの生命が脅かされる様子はない。

 リュンナの血を、竜の生命力を取り込んでいるからか。

 

 しかしどの道、爆発はする。

 

「ダイ、お前も闘気を絞り出せ!! 爆発を抑え込むのだ!!」

 

 バランが叫び、天井近くから合流してきていたダイが頷いた。

 だがリュンナは――同時にキルバーンの首を刎ねていたリュンナは、平然と述べた。

 

「その必要はないです」

 

 ハドラーの核晶(コア)と、キルバーンの首。

 今ここに、黒の核晶(コア)が『ふたつ』揃った。

 両手に掴み、左右の手から同時に同じ呪文を発動する。

 

「バシルーラ!!!」

 

 核晶(コア)をこの場から消し去った。

 ――静寂。

 

 ダイが恐る恐る聞いてくる。

 

「リュンナ!? ど、どこにやったの……?」

「あれだけの莫大な魔法力の塊に、平然とバシルーラを作用させるとは……」

 

 バランは呆れていた。

 別に平然ではない。純粋な魔法力の代わりに、暗黒闘気と混ざった魔氷気を呪文に用いていることと、ミストの力でその闘気量が大きく増強していてこそ出来たこと。

 

 しかしそれぞれに答える前に、死の大地の奥深くから響くような地震、轟音。

 周辺が崩れ始める。

 こんなモノは言わば前振りに過ぎず、本来の爆発衝撃波がすぐに来るだろう。

 

 だがそれがどの方向からいつ来るのかは、飛ばした先を知るリュンナにしか精確には測れない。

 説明している時間もない。

 

 だからリュンナは両手に冷気を宿し、それを円を描くようにしてひとつに混ぜ合わせ――そして前方に押し出すように放った。

 

「――マヒャデドスッ!!」

 

 極大冷気呪文。

 本来、ヒャド系の極大はない――メラ系と合わせてのメドローアしかない。極大とは、その系統の発展が終わったことを示すモノだから。

 だが物理的に、温度には下限がある。どんな高温だろうと絶対零度へと導く、究極の冷気がここにある。

 

 それは吹雪ではなく、青白い光の奔流の輝きだった。

 大魔宮の奥へと向けて放射され――襲い来る爆圧を、その大半を呑み込み鎮めていく。

 

 数秒だったのか、数十秒か――数分は経っていないと思うが。

 やがて爆発は止まった。

 場は――天井から空が広く見え、瓦礫だらけだが、辛うじて原形を保っている風情。

 地上班も無事だろうと分かるほどに。

 

 ダイとバランは呆然。

 最初に口を開いたのは、ハドラーだった。

 

「リュンナ、お前……バーンのところに飛ばしたな?」

「はい」

 

 ハドラーに答える。

 

「一石二鳥でしょう? 摘出と同時に、大魔王を始末する。これなら粛清の余裕はないですからね」

「そのために、俺がどれだけ苦しんだと……」

 

 その胸の傷も、既に再生が始まっているが。

 そこにバランが声を向けてきた。

 

「てっきりハドラーは知らぬモノと思っていたが、知っていたのだな……。だがバーンの粛清を危惧し、知っていたことを隠していた……」

「はい」

「そういうことだ」

「いったい、いつからだ……」

 

 バランは呻くが、最早そんなことは問題ではない。

 肩を竦めた。

 先方も、それより気になることに気付いたようだ。

 

「しかし……黒の核晶(コア)にしては、爆発が大人しかったな。キルバーンの首を飛ばしたのも――察するに、そこにも核晶(コア)が仕掛けられていたのだろう?」

「はい」

核晶(コア)ふたつ……。ひとつでさえ、この死の大地が吹き飛んでもおかしくなかったハズ……」

 

 だが死の大地は原形を残している――天井から見える岩山の様相で分かる。

 

「大魔宮の結界のせいだろう」

 

 ハドラーが胸を再生しながら述べる。

 

「死の大地の内側に存在する、真の本拠地……! それを覆う結界がある。リュンナ、お前は核晶(コア)を結界の内側に送り込んだな? だから爆発は結界に引っかかり、全てのエネルギーがこちらまで来ることはなかった……!」

「はい。それが一番安全な処理かなって」

 

 天空で爆発させるのも、どこまで打ち上げればいいのか分からない。

 だが原作で、消し飛ぶ死の大地の中で、大魔宮は全く無事だった。実際ミストリュンナとなって結界の内側に入ってみれば、そのくらいの強度は感じられたモノだ。

 ピラァ・オブ・バーンに配された核晶(コア)に誘爆はしなかった――そこには更に多重の結界が張られていたことは、確認済みだ。

 

「そして……いや……」

 

 ハドラーは更に言葉を続けようとして、一旦、口を噤んだ。

 そして述べる。

 

「ダイ、バラン。貴様らはバーンを斃しに行け」

「生きていると言うのか!? 今の話が本当なら、バーンは核晶(コア)の直撃を……!!」

「だとしても、確認は必要だろう。先に進め。俺はバーンに裏切られていた……。体と融合していた核晶(コア)を抜き取られたダメージがある。少し休んでから、追って合流する。いいな?」

 

 バランは迷う素振りを見せた。

 一方、ダイはすぐに頷いた。

 

「分かった! リュンナはどうするの?」

「ハドラーをひとりで置いていくのは心配ですから……。おばちゃんのことは気にせずに」

「うん、じゃあハドラーをよろしく!」

 

 物分かりがいいというより、本当にもう蟠りがないのだろう。

 ハドラーが味方として振る舞うことに、何の躊躇もない。

 そんな様子にバランは、微かに嬉しそうに笑んで――そしてふたりは、瓦礫を吹き飛ばして先に進んでいった。

 

 その背が見えなくなってから、ハドラーが言う。

 

「ミストバーンを利用したのか」

「はい。この外周部からバシルーラでバーンのところに黒の核晶(コア)を送るには、大魔宮の結界を通り抜ける『許可』が必要でしたからね。『ミストリュンナ』は魔王軍――結界を越えてルーラ系を作用させることが可能です」

「なら、俺は道化か。お前を取り戻す方法を悩む必要は――」

 

 ミストリュンナの闘気剣(オーラブレード)による刺突を、ハドラーは覇者の剣で逸らした。

 

「リュンナ――」

「おのれ!! リュンナァ!!!」

 

 リュンナの口で、リュンナの声で、リュンナでないモノが猛る。

 

「私に、この私に……よくもバーンさまのところに!! 黒の核晶(コア)を! と、飛ばさせるとは……ッッ!!!」

「リュンナ」

「ハドラァー!!!」

 

 更にミストリュンナは斬りかかる。

 ハドラーは魔炎気の爆発で互いを吹き飛ばし、距離を取った。

 

「お前は亡くすには惜しい戦士だが……! バーンさまに叛意を抱いたな? 処刑する。眼前でお前を亡くせば、リュンナの魂も私に屈することだろう!!」

「リュンナはどうした」

 

 ハドラーの声音は静かだった。

 

「気力を使い果たしたようだ。先ほどの瞬間のために、ずっと雌伏していた――私の支配の下で、私に気付かせず!! だがこれでハドラー、お前は『戦闘で負ける』以外では死ななくなった。埋め込まれた核晶(コア)がなくなったからな。

 それで気が抜けたようだぞ。安心して、緊張の糸が切れたのだ。フハハッ!! ミストリュンナは、最早9割以上がミストだ。バーンさま、すぐにコイツを片付けてお傍に……!!」

「そうか」

 

 ハドラーの声音は――

 

「世話の焼ける奴だ」

 

 微笑みを湛えていた。

 

「俺に任せろ、リュンナ。必ず助ける」

 


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