暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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106 魔王

 ミストリュンナも超魔ハドラーも、属性つきの暗黒闘気を習得している。

 片や氷、片や炎。いずれにせよ、魔法力の代わりにそれらの『魔法力と合成された闘気』を用いることで、呪文に耐性貫通力を持たせることが可能だ。

 例えば並の呪文の効かない竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫いてダメージを通すことや、マホカンタでの反射比率を下げるなどである。

 その上でなお、魔氷気により『相手の気の精神性を凍てつかせて無効化吸収する』闇の衣に呪文は効かないし、ハドラーの肉体は魔炎気防御を抜けてきた威力を普通に耐久する。

 

 かつての魔王ハドラーを超えた魔軍司令ハドラーを超えた超魔ハドラーを超えた、ドラゴラム超魔ハドラー。異形の人竜の様相。

 ミストリュンナは、その化物と、ドラゴラムなしで互角に戦っていた。

 

 (ひのき)の棒を芯にした闘気剣(オーラブレード)の二刀流。常人には残像さえ追えないような高速の剣戟。

 対するハドラーは覇者の剣一振り。リーチと筋力で上回り、打ち払い打ち飛ばして、連撃を妨げていく。

 

 魔界のマグマを血液とするキルバーンを斬れば、たとえオリハルコンだろうと、その剣は腐食し切れ味が半減する。

 だが覇者の剣はそのとき、纏った魔炎気が吹き飛んだ直後で、その高熱がまだ残っているタイミングだった。灼熱が魔界のマグマをすら蒸発させ弾いたか、およそダメージはない様子。

 リュンナに至っては、モノが闘気剣(オーラブレード)である。闘気の供給ですぐに直ってしまう。

 

 だから互いの剣そのものは互角。

 

「どうしたミストバーン。ドラゴラムは使わないのか!」

「くっ……! リュンナめ、この期に及んで!」

 

 使わせない。

 でなくばハドラーの勝ち目が大きく減じてしまう。

 ミストリュンナの中で、リュンナは懸命に呪文を抑えていた。

 

「だが問題はない! 時間はかかるが――ハドラー、どうせお前はこの体を攻撃出来ないのだからな!」

 

 ミストリュンナは余裕を見せて、見せつけるように両腕を広げ――その左腕がポロリと落ちた。

 剣圧で斬られていたのだ。

 

「は……?」

「生憎と俺やリュンナの超魔力を以てすれば、その程度の傷は治せるのだ。気にする必要はない」

 

 ミストリュンナは自らの左腕に傀儡掌をかけて引き寄せ、接合治癒を試みた。

 それは攻撃も防御も出来ない隙の一瞬だ。

 左腕が繋がる頃、ミストリュンナの、今度は右腕が落とされた。

 

「お、おのれ……!!」

 

 更なるハドラーの追撃を、ミストリュンナは左手の剣で防御し、がら空きの右脇腹に回し蹴りを叩き込まれて吹き飛んだ。

 

「うがあっ……!!?」

「戦い方が下手だな、ミストバーン。他人から他人へと乗り移るしか能のない寄生虫めが」

 

 吹き飛んだ先で、転がり、瓦礫の壁に激突してめり込む。

 よろめきながら身を引き剥がしていく。

 

「ぶ、侮辱を……! 私はその手の侮辱が、一番嫌いなのだ……!」

「そうか。俺の超魔改造の時間稼ぎをしてくれたことには感謝しているが……今のお前には、尊敬出来るところが少ないな」

 

 ミストは本来、器の戦い方を再現し、それを状況に応じて操縦することが出来る。

 だが今、ミストリュンナは、リュンナ本来の戦い方を喪失していた。

 力は限界を超えている。だが、それのみだ。

 

「フハハ……。私はお前を尊敬しているよ、ハドラー。その飽くなき闘争心! 覇気……! だが結局は力の戦い。それで私を斃すことは出来ぬ。リュンナごと滅ぼす以外にはな……」

「かも知れんな。で? 俺だけを相手にしていていいのか」

「なに……!?」

 

 バランがギガデインで天井に開けた穴は、黒の核晶(コア)の爆発で更に広がっていた。

 そこから下りてくる影、三つ。

 

「闘魔傀儡掌!」

 

 ベルベルの傀儡掌がミストリュンナの動きを一瞬止め、

 

「ブラッディースクライドッ!!」

「ヘキサ・ブラッディースクライド!!」

 

 リバストとバルトスの刺突圧が、その身を穴だらけにした。

 ミストリュンナが膝をつく。

 

「お、お前たちまで……!? リュンナの心配をしないのか!」

「するに決まってるじゃん!!」

 

 ベルベルが叫ぶ。

 涙が散った。

 

「だから……! だからこそ! ぼくの、ぼくたちの……! 返してもらう!」

「我が姫! 帰ったら美味しいケーキを焼くぞ。皆で食べよう」

「リュンナさま! ヒュンケルと生きることの出来るこの恩、まだまだ返し足りませんぞ!」

 

 ハドラーとミストリュンナが戦っている中で、眷属たちは、迷わずミストリュンナを狙ったのだ。

 

「暗黒闘気の技を使え!」

 

 ハドラーは叫んだ。同時に自らも炎の暗黒闘気、魔炎気を高めていく。

 

「おまえに指図されたくない!」ベルベルは憎まれ口を叩き、「でもやる!」

 

 魔族の少女の形をしたホイミスライム、4本腕のオークキング、地獄の騎士。

 それぞれが武器に暗黒闘気を込め、ミストリュンナに繰り出した。

 

 ブーメランの、槍の、刀の――魔神斬りが突き刺さる。

 ミストリュンナは避けられなかった。傷を再生回復しながら、打ち払おうと剣を振るい、しかし空を斬るのみに終わったのだ。それが魔神斬りを受けるということ。

 

「フハハッ! しかし無駄だ!」

 

 闇の衣が、込められた暗黒闘気を吸収してしまう。

 だから無駄か?

 違う。

 

「何だ……この感覚は……!? ざ、ざわざわする……心が……!」

 

 ミストリュンナが苦しみ出した。

 器の苦痛は伝わることはない――だからそれは、ミスト自身の。

 

 ハドラーは淡々と述べた。

 

「その闇の衣は魔氷気で構成されている。リュンナの闘気で、ということだ。お前自身は魔氷気を使えるわけではないからな……。だから吸収した闘気は、幾らかはリュンナのモノになる。いや、普通はならないのかも知れんが、眷属の闘気であれば。

 さっきは9割がミストだと貴様は言ったが……どうだ? 今は8割くらいだと思うのだが」

「そ、そんな……そんなバカな……!?」

 

 ミストリュンナはメチャクチャに剣を振り回し、眷属たちはそれを後退して避け、全員で全霊の傀儡掌をかけた。

 闇の衣で吸収する。吸収し続ける。吸収させられ続ける。

 だが吸収をやめれば、身を縛られるのだ。

 詰み。

 

「必死に考えて、賭けた甲斐があったな。俺の勝ちだ」

「俺たちの、でしょ!!」

 

 ベルベルの指摘を聞き流しながら――ハドラーは、覇者の剣を構えた。

 まるで煉獄めいた高まりを見せる、魔炎気の業火を纏って。

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

 飛び出した。

 ミストリュンナはそれでも傀儡掌を抜け出し、魔氷気を使うのをやめ――闇の衣も消して布の服姿。

 純粋な暗黒闘気を闘気剣(オーラブレード)に収束して、振るった。

 

「闘魔最終剣ッ!!」

「超魔爆炎覇ッッ!!!」

 

 魔炎気の斬撃が闘気剣(オーラブレード)を粉砕した。

 その先の身を断つ。

 

「フハハッ! 私は死ぬ、が……これで、リュンナも……」

 

 闇の衣で吸収しないならそうなる。

 それでいいと、リュンナは思った。

 

 だって、ハドラーの黒の核晶(コア)を処理出来たのだ。

 自分の血を改造に組み込ませて竜の生命力も与え、寿命問題も最初から解決している。

 最早ハドラーは、完全無欠だ。

 

「俺を舐めるなよ、ミストバーン」

 

 だが身を断たれながら、リュンナは感じた。

 

「俺は魔王ハドラーだぞ」

 

 攻撃に込められた全ての闘気を、吸収させられ(・・・・)ているのを。

 

「……ハドラー?」

「俺の中にお前の血がある。お前の『見本』がな。闘気の波長を調整し、お前に合わせたのだ」

 

 闘気が、流れ込んでくる。

 臓腑がハドラーの熱で満ちて――そしてそれは、同時に、リュンナなのだ。

 

 リュンナの支配力が上がる。ミストの支配力が下がる。

 あっと言う間に逆転した。

 

「こ、こんなところで犬死にして堪るかッ! 私はバーンさまに永久にお仕えするのだ……!!」

 

 ミストが抜け出そうとして――額に開いたミストの顔が、凍って微動だにしない。

 

「あ……ああ……! リュ、リュンナ……!!」

「分かりますよ、ミスト。あなたの気持ちは」

 

 ハドラーは何も言わず、剣を引き、リュンナを抱き締めていた。

 リュンナひとりでは、身がボロボロで、とても立っていられないから。

 

「全てはバーンのために。バーンのためと思う、自分のために」

「そうだ! そのために、私は、全てを……!」

「なら――わたしの気持ちも分かりますよね?」

 

 ミストの絶望が伝わってきた。

 

「ううッ……! す、全てはハドラーのために……!」

「そう。ハドラーのためと思う、わたしのために」

 

 ミストが、凍てつき、砕け――リュンナに呑み干された。

 ミストリュンナは、リュンナになった。

 

「ただいま。ハドラー」

「よく帰ってきた。リュンナ」

 

 巨躯のハドラーが、矮躯のリュンナを抱き上げた。

 腕の上に座らせて、顔の高さを合わせる形。

 

「俺の妃になれ。共に世の頂点に立つのだ」

「はい。――わたしの魔王」

 

 ふたつの影は、完全にひとつとなり――

 

「わあ」

 

 リバストとバルトスが晴れがましく見やる中、ベルベルは指の間からそっと見ていた。

 


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