ミストリュンナも超魔ハドラーも、属性つきの暗黒闘気を習得している。
片や氷、片や炎。いずれにせよ、魔法力の代わりにそれらの『魔法力と合成された闘気』を用いることで、呪文に耐性貫通力を持たせることが可能だ。
例えば並の呪文の効かない
その上でなお、魔氷気により『相手の気の精神性を凍てつかせて無効化吸収する』闇の衣に呪文は効かないし、ハドラーの肉体は魔炎気防御を抜けてきた威力を普通に耐久する。
かつての魔王ハドラーを超えた魔軍司令ハドラーを超えた超魔ハドラーを超えた、ドラゴラム超魔ハドラー。異形の人竜の様相。
ミストリュンナは、その化物と、ドラゴラムなしで互角に戦っていた。
対するハドラーは覇者の剣一振り。リーチと筋力で上回り、打ち払い打ち飛ばして、連撃を妨げていく。
魔界のマグマを血液とするキルバーンを斬れば、たとえオリハルコンだろうと、その剣は腐食し切れ味が半減する。
だが覇者の剣はそのとき、纏った魔炎気が吹き飛んだ直後で、その高熱がまだ残っているタイミングだった。灼熱が魔界のマグマをすら蒸発させ弾いたか、およそダメージはない様子。
リュンナに至っては、モノが
だから互いの剣そのものは互角。
「どうしたミストバーン。ドラゴラムは使わないのか!」
「くっ……! リュンナめ、この期に及んで!」
使わせない。
でなくばハドラーの勝ち目が大きく減じてしまう。
ミストリュンナの中で、リュンナは懸命に呪文を抑えていた。
「だが問題はない! 時間はかかるが――ハドラー、どうせお前はこの体を攻撃出来ないのだからな!」
ミストリュンナは余裕を見せて、見せつけるように両腕を広げ――その左腕がポロリと落ちた。
剣圧で斬られていたのだ。
「は……?」
「生憎と俺やリュンナの超魔力を以てすれば、その程度の傷は治せるのだ。気にする必要はない」
ミストリュンナは自らの左腕に傀儡掌をかけて引き寄せ、接合治癒を試みた。
それは攻撃も防御も出来ない隙の一瞬だ。
左腕が繋がる頃、ミストリュンナの、今度は右腕が落とされた。
「お、おのれ……!!」
更なるハドラーの追撃を、ミストリュンナは左手の剣で防御し、がら空きの右脇腹に回し蹴りを叩き込まれて吹き飛んだ。
「うがあっ……!!?」
「戦い方が下手だな、ミストバーン。他人から他人へと乗り移るしか能のない寄生虫めが」
吹き飛んだ先で、転がり、瓦礫の壁に激突してめり込む。
よろめきながら身を引き剥がしていく。
「ぶ、侮辱を……! 私はその手の侮辱が、一番嫌いなのだ……!」
「そうか。俺の超魔改造の時間稼ぎをしてくれたことには感謝しているが……今のお前には、尊敬出来るところが少ないな」
ミストは本来、器の戦い方を再現し、それを状況に応じて操縦することが出来る。
だが今、ミストリュンナは、リュンナ本来の戦い方を喪失していた。
力は限界を超えている。だが、それのみだ。
「フハハ……。私はお前を尊敬しているよ、ハドラー。その飽くなき闘争心! 覇気……! だが結局は力の戦い。それで私を斃すことは出来ぬ。リュンナごと滅ぼす以外にはな……」
「かも知れんな。で? 俺だけを相手にしていていいのか」
「なに……!?」
バランがギガデインで天井に開けた穴は、黒の
そこから下りてくる影、三つ。
「闘魔傀儡掌!」
ベルベルの傀儡掌がミストリュンナの動きを一瞬止め、
「ブラッディースクライドッ!!」
「ヘキサ・ブラッディースクライド!!」
リバストとバルトスの刺突圧が、その身を穴だらけにした。
ミストリュンナが膝をつく。
「お、お前たちまで……!? リュンナの心配をしないのか!」
「するに決まってるじゃん!!」
ベルベルが叫ぶ。
涙が散った。
「だから……! だからこそ! ぼくの、ぼくたちの……! 返してもらう!」
「我が姫! 帰ったら美味しいケーキを焼くぞ。皆で食べよう」
「リュンナさま! ヒュンケルと生きることの出来るこの恩、まだまだ返し足りませんぞ!」
ハドラーとミストリュンナが戦っている中で、眷属たちは、迷わずミストリュンナを狙ったのだ。
「暗黒闘気の技を使え!」
ハドラーは叫んだ。同時に自らも炎の暗黒闘気、魔炎気を高めていく。
「おまえに指図されたくない!」ベルベルは憎まれ口を叩き、「でもやる!」
魔族の少女の形をしたホイミスライム、4本腕のオークキング、地獄の騎士。
それぞれが武器に暗黒闘気を込め、ミストリュンナに繰り出した。
ブーメランの、槍の、刀の――魔神斬りが突き刺さる。
ミストリュンナは避けられなかった。傷を再生回復しながら、打ち払おうと剣を振るい、しかし空を斬るのみに終わったのだ。それが魔神斬りを受けるということ。
「フハハッ! しかし無駄だ!」
闇の衣が、込められた暗黒闘気を吸収してしまう。
だから無駄か?
違う。
「何だ……この感覚は……!? ざ、ざわざわする……心が……!」
ミストリュンナが苦しみ出した。
器の苦痛は伝わることはない――だからそれは、ミスト自身の。
ハドラーは淡々と述べた。
「その闇の衣は魔氷気で構成されている。リュンナの闘気で、ということだ。お前自身は魔氷気を使えるわけではないからな……。だから吸収した闘気は、幾らかはリュンナのモノになる。いや、普通はならないのかも知れんが、眷属の闘気であれば。
さっきは9割がミストだと貴様は言ったが……どうだ? 今は8割くらいだと思うのだが」
「そ、そんな……そんなバカな……!?」
ミストリュンナはメチャクチャに剣を振り回し、眷属たちはそれを後退して避け、全員で全霊の傀儡掌をかけた。
闇の衣で吸収する。吸収し続ける。吸収させられ続ける。
だが吸収をやめれば、身を縛られるのだ。
詰み。
「必死に考えて、賭けた甲斐があったな。俺の勝ちだ」
「俺たちの、でしょ!!」
ベルベルの指摘を聞き流しながら――ハドラーは、覇者の剣を構えた。
まるで煉獄めいた高まりを見せる、魔炎気の業火を纏って。
「うおおおおおおおおおお!!!」
飛び出した。
ミストリュンナはそれでも傀儡掌を抜け出し、魔氷気を使うのをやめ――闇の衣も消して布の服姿。
純粋な暗黒闘気を
「闘魔最終剣ッ!!」
「超魔爆炎覇ッッ!!!」
魔炎気の斬撃が
その先の身を断つ。
「フハハッ! 私は死ぬ、が……これで、リュンナも……」
闇の衣で吸収しないならそうなる。
それでいいと、リュンナは思った。
だって、ハドラーの黒の
自分の血を改造に組み込ませて竜の生命力も与え、寿命問題も最初から解決している。
最早ハドラーは、完全無欠だ。
「俺を舐めるなよ、ミストバーン」
だが身を断たれながら、リュンナは感じた。
「俺は魔王ハドラーだぞ」
攻撃に込められた全ての闘気を、吸収
「……ハドラー?」
「俺の中にお前の血がある。お前の『見本』がな。闘気の波長を調整し、お前に合わせたのだ」
闘気が、流れ込んでくる。
臓腑がハドラーの熱で満ちて――そしてそれは、同時に、リュンナなのだ。
リュンナの支配力が上がる。ミストの支配力が下がる。
あっと言う間に逆転した。
「こ、こんなところで犬死にして堪るかッ! 私はバーンさまに永久にお仕えするのだ……!!」
ミストが抜け出そうとして――額に開いたミストの顔が、凍って微動だにしない。
「あ……ああ……! リュ、リュンナ……!!」
「分かりますよ、ミスト。あなたの気持ちは」
ハドラーは何も言わず、剣を引き、リュンナを抱き締めていた。
リュンナひとりでは、身がボロボロで、とても立っていられないから。
「全てはバーンのために。バーンのためと思う、自分のために」
「そうだ! そのために、私は、全てを……!」
「なら――わたしの気持ちも分かりますよね?」
ミストの絶望が伝わってきた。
「ううッ……! す、全てはハドラーのために……!」
「そう。ハドラーのためと思う、わたしのために」
ミストが、凍てつき、砕け――リュンナに呑み干された。
ミストリュンナは、リュンナになった。
「ただいま。ハドラー」
「よく帰ってきた。リュンナ」
巨躯のハドラーが、矮躯のリュンナを抱き上げた。
腕の上に座らせて、顔の高さを合わせる形。
「俺の妃になれ。共に世の頂点に立つのだ」
「はい。――わたしの魔王」
ふたつの影は、完全にひとつとなり――
「わあ」
リバストとバルトスが晴れがましく見やる中、ベルベルは指の間からそっと見ていた。