暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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108 大魔王バーン その2

「くっ……! フェニックスウィング!!」

 

 バーンはメドローアをギリギリまで引きつけ、凍った左手ではなく右手で上空へと弾いた。

 引きつけた――いや違う。

 天地魔闘で一時的に力を使い果たし、再び動けるまでの硬直があったのだ。竜眼は誤魔化せない。

 

「くそっ! もう魔法力が残ってねえんだぞ……!!」

 

 ポップが嘆く。

 だが仕事はしてくれた。原作通り、天地魔闘には隙がある。

 そしてその隙を、メドローアを陰から追っていたソアラが突く。

 

「閃華裂光剣!!」

「バカなッ……!!」

 

 バーンのフェニックスウィングで振るった右腕を、肩口から斬り落とした。

 傷口には石化したようにヒビが入り、更にそれが広がっていく。

 

 原作では、腕を飛ばされたバーンは呆然自失に陥り、更なる被弾を招く流れ。

 だがこのバーンは、違った。

 若い肉体側に芽生えた自我が、新たな本体となったせいか。

 

「ぬうんッ!!」

「ぎ、っ……!!」

 

 バーンは即座に蹴りでソアラを吹き飛ばし、骨の幾つも折れる鈍い音を響かせた。口から吐き出された鮮血が尾を引く。

 更にバーンは傷口へと暗黒闘気を収束し、壊死した細胞を除去し再生を働かせようとする様子。

 

「背伸びした弱者が、余に傷をつけおって……!」

 

 先の天地魔闘のダメージから、魔王と勇者たちがようやく立ち上がる頃には、バーンの鬼眼から放たれた光が一行を貫いていた。

 ポップもソアラも、傷付きながら共に来ていた他の仲間たちも――皆、宝玉と化して落ちる。超魔スライム戦や、その後のマキシマム部隊戦での疲労もあるのだろう。

 

「それは『瞳』。余と戦うに値しない弱者や重傷者は、そのような宝玉と化すが定めよ。『見る』『聞く』『考える』以外の、一切の行動を取れぬ状態にな……!」

 

 述べながら、バーンは右腕を生やすと、凍った左手も斬り落として再生した。

 ここまでに与えたダメージは無に帰した――だが仲間たちのお蔭で、天地魔闘のダメージから復帰する前に追い打ちを受けることは避けられた。

 いきなり全滅せずには済んだのだ。希望は繋がった。

 

「リュンナ、ハドラー、ダイ、バラン……。そなたらには、まだ資格があるようだな。戦うことが出来る――というだけのことだが。勝つことは出来ぬ。この天地魔闘を破ることはな……」

 

 先ほどは一瞬焦っていたバーンだが、すっかり余裕を取り戻した様子。

 再び天地魔闘の構えを取る。

 

 この構えを破らねばならない。

 なぜならバーンは構えを解かない――如何な大魔王とは言え、地上最強の猛者4人を同時に相手取ろうというのだ、それだけの警戒が必要と判断しているハズ。

 事実、こちらがベホマや再生能力で回復を施しても、向こうからは攻めてこない。完全回復には至らないことも理解されている。

 

「バラン、竜魔人にはなれないんですか?」

「なれるにはなれる――が、恐らく双竜陣の効果でダイも竜魔人化してしまう。人間の血が濃いこの子の体は、それに耐えられんだろう」

 

 双竜陣はふたりの(ドラゴン)の紋章を共鳴させて力を高め合い、無尽の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を得る技術だ。その際には思考や感覚、闘いの遺伝子もかなりの部分が共有されるらしい。

 だが度を超えた共鳴は、原作ダイも危惧していたように、危険があるのか。

 ふたりのレベルは、個々がおよそ双竜紋と同程度と見ているが、事実上、それが限界のようだ。

 

「そう言うお前は、ドラゴラムを使わんのか」

「ミストを食べた今の体が、まだ馴染み切ってないんですよ……」

 

 今ドラゴラムを使えば、制御できずに全身が内から弾け飛んでしまうかも知れない。

 

「すぐ馴染ませろ。時間は稼ぐ。ダイ」

「うん、父さん」

 

 ダイとバランが前に出た。

 

「来るか……。(ドラゴン)の親子よ」

「俺も忘れてもらっては困る」

 

 ハドラーもその隣に立つ。

 闘気を高めていく……。

 

「ちょっ、待ってください! そんなことしなくても、バーンの天地魔闘には弱点が!」

「なに?」

 

 バーンが聞き咎めた。当然だ。

 

「余の究極の奥義に弱点がある――だと? 妄言も大概にしろ」

「さっきのメドローア。随分と引き付けてから弾きましたよね? その割には、こっちに跳ね返すでもなく……」

 

 リュンナは半笑いで述べた。

 

「一瞬で3動作――そのための莫大な力の消費。それは直後、一時的に、体がまるで動かなくなるほどに……」

「確かにおれも見た! かなりシビアなタイミングだけど……!」

 

 まず頷いたのはダイだった。

 やはり勘がいいのは、誰よりも彼だろう。

 

 バーンはしかし、それでも笑みを浮かべる。

 

「なるほどな……。先ほどの硬直はそれか。天地魔闘で相手を仕留め損ねたことなどなかった故、まるで気付かなんだわ。

 そしてそなたらに対しては、構えを解いて普通に攻めれば、逆に余が負けてしまうだろう可能性がある」

 

 やはりそれを認識していたか。

 バーンは構えを解かない。

 

「余は天地魔闘の構えを取らざるを得ず……そなたらはその弱点を突く間合を見切った! なるほど、絶体絶命だ。――ならば試してみるがよい。天地魔闘の3動作を全て受け切り、直後の隙に必殺の一撃を当てる! やってみろ」

 

 あくまでも余裕の態度だった。

 その理由を、こちらも認識している。

 

「ただし……3動作だから、3人プラスひとりの時間差で攻めればいい――とは、ならんぞ。そなたらの攻撃をぶつけ合わせ、同士討ちを狙えることは先ほどもやってみせた通り。3人だろうが4人だろうが、10人だろうが、余の3に敵わぬのだ」

 

 それだ。

 同時攻撃では、同士討ちさせられる――いっそひとりで突っ込んだ方がいいと思うほどに。

 だがそうすれば、そのひとりは確実に死ぬ。

 僅かな時間差での連続攻撃でもダメだ、やはり先頭のひとりが死ぬ。

 

 原作ではシャハルの鏡の呪文反射効果を用いてポップひとりで凌ぎ切ったが、この世界ではそうは行かない。

 リュンナ、ハドラー、ダイ、バラン――誰もシャハルの鏡を持ち込んでいないからだ。

 ミストリュンナがサババ港を去ったあと、誰かがシグマから回収はしただろうと思うのだが、どうやらその誰かは今『瞳』と化しているらしい。

 

「そうやって待ちの構えで……。わたしたちが逃げるとは考えないんですか?」

「逃げるなら逃げればよい。余を斃すには、今しかないと思うがな……。余には永遠に近い寿命がある。最悪、生涯を逃げに徹すれば必ず勝てるのだ」

 

 プライドが高いくせに、逃げを選べる合理性もある、か。

 それにバーンは口にしなかったが――逃げようと背を向ければ、その瞬間に構えを解いて攻撃してくるだろう。流石にそれは死ぬ。逃げようという体勢は、攻撃力も守備力も下がってしまうモノだ。

 

 ここで決める他ない。

 そのために、誰かひとりが犠牲になる必要があるとしたら――

 

「おれがやるよ」

「私がやろう」

「俺に任せろ」

「わたしが――ってちょっと!!」

 

 ほぼ同時だった。

 協調性があり過ぎて協調性がない。

 思わず笑ってしまった。

 

「ははっ」

「フッ……」

「ククッ」

「あは」

 

 バーンも流石に唖然としていた。

 すぐに憮然に変わったが。

 

「うぬら、余を舐めているのか……?」

「まさか」

 

 ただ、誰も彼も、覚悟が決まっているのみだ。

 なんて頼もしい仲間たち。

 夫と、義兄と、甥だ。

 気付けばリュンナを中心に、全員が家族だった。

 

「それでリュンナ、会話で時間は経ったが」

 

 バランが問うてくる。

 

「ダメですね。もう2、3発ほど必殺技を撃たないと、ドラゴラムは……」

 

 体に慣れるのには、時間のみならず、体を動かすことが必要なようだ。

 ならば。だから。

 

「わたしが天地魔闘を抑えます。その後に3人で」

「リュンナ」

 

 ハドラーの静かな声。

 

「死ぬなよ」

「はい」

 

 もちろん。

 

「来るのはリュンナ――そなたか。同じ開眼者同士、仲良くしたいのだがな……?」

「ごめんなさい。わたしはハドラーのモノですから」

 

 前に出る。

 (ひのき)の棒を芯にした闘気剣(オーラブレード)を手に。

 

「では、ハドラーを殺せば余のモノかな?」

「いえ夫婦になりましたんで、そういうのはちょっと」

 

 バランが真魔剛竜剣を取り落としそうになった。

 

「えっ、そうなんだ!? おめでとう!」

 

 ダイの笑顔が眩しい。

 

「ありがとう。おばちゃんは幸せですよ、ダイくん。だから――これからもっと幸せになるのに、死にませんから。安心して、任せてください」

 

 闇の衣、星の海の鎧ドレスをはためかせ、ストラッシュの構え。

 

「気のせいかな、リュンナ……。手が足りないように見えるぞ」

 

 バーンはせせら笑う口調だった。

 

「そなたのその技――確かに生半可なモノではない。余の一手と同等だろう。そなたほどの猛者ならば、瞬間に2動作は可能ゆえに、更にもう一手を稼げるだろう。が……それまで! 3手目はない……! 死ぬぞ」

「死にませんよ」

「簡単な計算も出来ぬのか?」

「あなたの知らない3手目がある――としたら?」

 

 バーンは目を細めた。

 笑みを消し冷徹に睨みつけるそのさまは、こちらを見透かすようだ――

 が、見透かすことは出来まい。これまでの感触からして、竜眼は感知に、鬼眼は力に特化している傾向がある。強いのはバーンだが、感知すること、そしてさせないことに関してはリュンナの方が上なのだ。

 

「良かろう」

 

 地の底から響くように、大魔王は言う。

 

「来い」

 

 後ろでは男たちが、必殺技の準備をしている。

 リュンナを信じて。

 だからリュンナも、信じている。

 

「――ゼロストラッシュッ!!」

「フェニックスウィング!!」

 

 絶対零度の斬撃を、バーンは究極の掌圧で砕き弾いた。

 

「ポーラドラゴンッ!!」

 

 すかさず左手に冷気の氷竜を形成、投射する。

 大魔王のメラゾーマがカイザーフェニックスなら、竜眼姫の本気のマヒャドはこうだ。

 

「カイザーフェニックスッ!!」

 

 火炎の不死鳥と冷気の氷竜は生きているかのように喰い合い、敵本体を傷付けるには至らぬ。

 

「終わりだッ! カラミティ――」

 

 究極の手刀が迫る。

 リュンナに手はもうない。

 幻の3手目などないのだ。

 リュンナには(・・・・・・)

 

 ふとリュンナの背後に、男がひとり。

 

「!? お前は……!」

 

 その時には既に、男の手から黄金の羽根が5本投射されていた――バーンを囲うように床に刺さり、五芒星が描かれる。

 

「――マジャスティス」

「お前はッ!!」

 

 聖なる光が迸り、大魔王の身を、力を縛る。

 カラミティエンドは一瞬のみ停止した。

 

 その隙にリュンナと男が、射線からどいた。

 ダイのギガストラッシュが、バランのギガブレイクが、ハドラーの超魔爆炎覇が、今度こそ命中。

 バーンの右腕が飛び、腹が抉られ、胸が弾け飛ぶ。

 

「バカな……! バカな、そやつは……!! 生きていたなら、必ずどこかで発見出来ていたハズなのに……!!」

 

 それでも生きているのだから、まったく驚くべき生命力だが。

 

「切札は最後まで隠しておくモノですよ。ねえ先輩」

「全く恐ろしい人に成長しましたね、リュンナ姫は……」

 

 大勇者アバン――帰還。

 


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