暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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110 鬼眼王バーン

 頭部と胸の一部しかない――半死半生どころか8割以上死んでいるも同然なバーンの様相に、油断しそうになる。

 腕すらない以上、鬼眼を抜いて自己進化を施すことも出来ないハズ。

 それでも、ここまで来て、たった一瞬の油断で全てを台無しにはしたくない。

 

 そして油断しないとは、反撃を警戒して様子を見ることではない。相手が何かする前に、迅速にトドメを刺すことだ。

 

「ポーラドラゴン」

 

 竜眼姫のマヒャド――冷気で形成された氷竜が飛ぶ。

 属性的に相反するハドラーは魔炎気を使わず、後詰めとして剣を構えていた。バーンがポーラドラゴンを回避するなどすれば、即座にその回避先に剣が飛ぶだろう。

 先ほどカラミティエンドで潰された心臓はまだ回復していないようだが、彼には心臓が左右にふたつあり、ひとつが残っていれば行動に支障はないのだ。

 

 氷竜がバーンに噛み付き――内から弾け飛んだ。

 その際、一瞬、鬼眼から闇の輝きが見えた。圧縮した暗黒闘気の放出だろう。鬼眼閃とでも呼べようか。

 鬼眼は彼の魔力の源。文字通りに手も足も出なくなっても、鬼眼さえあれば戦えるらしい。

 

「バーン! 往生際が悪いぞ!!」

 

 ハドラーが疾駆し、覇者の剣を走らせる。

 その瞬間、悪寒に襲われた。

 

「ダメ! 止まって!」

「なにッ――」

 

 剣が纏うのは、リュンナの攻撃を邪魔しないよう魔炎気ではなく純粋な暗黒闘気であり、威力的には一段下がるモノだった。

 それでも込めた必殺の気迫は、超魔爆炎覇に決して劣らないレベル。止まれと言われて、急には止まれない。分かっていた。

 

 だから即座に次のポーラドラゴンを撃つ。せめてハドラーより先にこれでトドメを刺すしかない。

 だがハドラーは素早かった。魔炎気を噴き出す肩のスラスターと、風を切る竜翼。

 間に合わない。バーンは切先で頭を割られ――ながら、凄絶に笑んでいた。

 

「感謝するぞ、ハドラー」

「きっ――斬れん!?」

 

 覇者の剣は頭頂から入り、額を割って、だが鬼眼で引っかかった。

 それでもなお振り抜く威力と、バーンの絶妙な首の角度により、鬼眼がコロリと、額から抉れて落ちる。

 暗黒の血が、不自然なほど大量に迸った。ポーラドラゴンが阻まれ、散る。

 

「くっ、これは……! これがバーンの鬼眼が持つ真の力なのか!?」

 

 暗黒の血は魔力の具現化だ。まるでバーンを包む巨大な岩山めいたモノが形成されていく。

 伴って凄まじいエネルギーの波動が吹き荒れる。

 巻き添えを避けるためにハドラーは下がったが、それは魔力の嵐に煽られるようでもあった。

 

「すまんリュンナ、俺のせいで……!」

「いいえ。たぶん、わたしが自分で斬りかかっていても……」

 

 バーンを覆う暗黒の岩山を見上げる。雲が近い気がした。

 いや、気のせいではない――この天魔の塔跡は浮いている。もともと浮遊する材質で建造された大魔宮が、黒の核晶(コア)2発による破壊を受けたことで制御機能を失くし、浮力を遮るモノがなくなったのだろう。

 戦いの中で既に浮き始めていて、今、ようやくそれに気付いたのだ。

 

「このバーン、本当に感服したよ。うぬらの強さ……全く想像を超えていた……」

 

 中天の太陽から光を浴びながら、青空を背景に、バーンは語った。

 

「特にそなただ、リュンナ。そなたの……その『狂気』の強さ……!! 依存的な狂気だ。王女に生まれては国に尽くし、ハドラーに拾われてはそやつに尽くし……。

 なぜそうまで徹底的に、『自分』というモノを持たずにいられるのだ? 地上も人間もどうだってよいにも(かか)わらず、余の足元を掬い、追い詰める執念……。理解しがたい」

「――マヒャデドスッ!!」

 

 返答は言葉ではなく呪文だった。

 万象を絶対零度に導く極大の冷気が突き刺さり――あっさりと弾かれた。特殊な耐性というより、純粋な強度そのものが高過ぎる手応え。

 

「ならばこれはどうだ!! 超魔爆炎覇!!」

 

 一瞬ごとに肥大化していく暗黒の岩山に、ハドラーの必殺剣が突き刺さる。

 着弾点を中心に、蜘蛛の巣状にヒビが走り――それのみだ。

 

「くっ……!!」

「お前もだ、ハドラー。聞けばリュンナを妻としたとか……。こんな女の何がよいのだ。力か? それなら分かる。従順さか? それも分かる。だが薄っぺらな人格の持ち主を伴侶に選ぶことは、お前自身の品格をも貶めるのだぞ」

「黙れ! この期に及んでつまらん侮辱はやめろ!!」

 

 バーンの言うことも一理ある。

 尽くされたから尽くす――それのみならば、そこに心の介入する余地はない。ただの機械だ。その歪さが、アルキード王国との関係が破綻した遠因なのかも知れない。

 ゼロストラッシュを打ち込んで更なるヒビを入れながら、思う。

 ハドラーへの気持ちは恋と自覚しているが、それすらも依存の誤魔化しではないと証明はできないのだ。

 

「力こそが正義! 常々そう考えてきた余だが、事ここに至って、ひとつ悟ったぞ。力には相応の品格が伴うべきだ――とな。つまらん侮辱はやめろとお前は言ったが、それは余のセリフなのだ、ハドラー。うぬら如き矮小でつまらぬ精神性に……大魔王が負けるワケにはゆかぬ!!」

 

 暗黒の岩山は、刻んだ亀裂が広がり、内から弾け飛ぶように崩れ去っていく。

 圧倒されながら、それでもハドラーは叫んだ。

 

「確かにリュンナは、その意味では脆弱な精神だろう。それがどうした!? 俺が守れば済むまでよ!」

 

 こんなときだが、胸が高鳴ってしまった。

 気力が湧いてくる。勇気が湧いてくる。

 

 そしてバーンの纏う岩山が完全に崩壊した。

 その後に残るモノは、異形の巨人の姿。バーンの僅かに残った本体が、その額に埋まっているのが見える。胸には巨大化した鬼眼。

 

「こっ……この姿は……!?」

「第三の目の超魔力による進化――それを自分自身に施したみたい。でも、それをすれば……!」

「そうだ!」

 

 バーンが3本指の手を振るった。

 リュンナとハドラーは避ける間もなくまとめて薙ぎ払われ、瓦礫の壁に叩き付けられた。

 壁を貫通して外に落ちずに済んだのは、殴られたその時点で運動エネルギーの大半が肉体の破壊に消費され、逆に吹き飛ぶ勢いが弱かったからだ。

 

 ふたりで血を吐き、折り重なるように床に落ちる。

 竜の生命力があっても小柄なリュンナより、大柄なハドラーの方が一瞬早く復帰した。

 続くバーンの踏み潰しを、ハドラーはリュンナを抱えて回避。

 

「魔力の源である自分自身を進化させれば、二度と元には戻れぬ……! 鬼眼の全力を解放した鬼眼王! ――それがどうした!? 余が負ければ魔界はどうなる!! 永遠の地獄のままだ……! 赦せるモノかよ!!」

 

 ふたりは続く拳圧に煽られながらも、空中で散開。

 それぞれ魔炎気と魔氷気を漲らせた剣を叩き込む――が、ロクに効いていない。傷は付くのだが、あまりにも小規模なのだ。

 

 原作の竜魔人ダイは、オリハルコンの剣で充分な傷を与えていた。今の人竜超魔ハドラーとミスト吸収人竜リュンナは、彼にも劣らないレベルと武器を持っている――にも(かか)わらず。

 バーンが『若さと力』の肉体を本体として合体したせいか? 肉体的な力が、本来よりも強まっているとでもいうのか。

 

「先生、フレイザードだ……! フレイザードの魔法力を回復してやってくれ!!」

 

 ふと、ポップの声。

 鬼眼の全力がバーン自身に費やされたことで、『瞳』が解除されたらしい。天魔の塔跡の端に、仲間たちの気配があった。

 

「極大消滅呪文を同時に5発! あの化物みてえなバーンをぶっ飛ばすには、もうそれしか考えられねえ!!」

「確かに、リュンナもハドラーも攻撃が殆ど通じてない……!! おれたちより強いハズなのに……!!」

 

 言いながらも、ダイは飛び立とうとしていた。

 

「ダイ!」

「行こう、父さん!! 最後まで戦うんだ!! 地上を守るために……!!」

「よく言った!!」

 

 ダイとバランが(ドラゴン)の紋章を輝かせて、戦線に復帰した。双竜陣。

 ソアラはベホマで自己回復すると、仲間たちの前に立ち、吹き飛んでくる瓦礫の流れ弾を打ち払い始める。

 アバンはフレイザードにシルバーフェザーを何本も刺した。

 

「来た来た来た! 魔法力が回復するのを感じるぜ~~~!!!」

 

 気合を入れるフレイザードを守りながら、傷付いた仲間たちは悔しげな表情。

 ここに来て役に立つ能力のないことが苦しいのか。

 ポップのみは違った。フラつきながらトベルーラを使う。

 

「ポップ、どこへ行くの!?」

 

 マァムが制止の声。

 

「戦いに行くに決まってんだろ……!! 魔法力がロクになくたって、ダイたちの弾除けくらいにはなってやれる! 前衛がシッカリしてりゃあ、フレイザードだって当てやすいだろ!」

「いえポップ、貴方もメドローアの担当ですよ」

 

 アバンがシルバーフェザーをポップに投げ刺す。

 

「うっ……!!」

「弾除けはそれ以外です。私も含めてね。ここが最後の踏ん張りどころ……!! ポッと出の私が言うのも何ですが、皆さん、死力を尽くしてください!! 弱点は胸の鬼眼!!」

 

 もう、誰も気後れはしなかった。

 頷きが重なった。

 

 巨躯のバーンに殴り飛ばされ、後ろにいたハドラーに受け止められて、入れ替わりにダイとバランが雷撃を纏う剣を繰り出していく――そんな中、リュンナは不思議と安らかな気持ちでいた。

 ハドラーだけじゃない。皆を守るためになら――この竜眼を抉り出しても、

 

 ……いや。

 

「そうだリュンナ。独りで戦うな」

 

 ハドラーに後ろから抱きすくめられる。

 

「俺は魔王だが……。人間の強さと尊さが、今、確かにここにある。いや、人間だの魔族だのを超えたモノが。――信じてみたいのだ。お前もそうだろう?」

 

 ああ。

 わたしの弱さを知って、理解して、一緒に戦ってくれる。

 本当に、本当にそうなんだ。

 

 ただ尽くし尽くされるとは違う。

 支えてもらえる。

 そしてそれによって、彼はより力を得る。

 支えてあげることも出来ているのだと、感じられる。

 

「大好き」

「俺もだ」

 

 負ける気がしない。

 


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