暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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111 大空に戦う

 例えば人間に襲い掛かる蜂の群れは、こんな気分なのだろうか。

 

 異形の巨人、鬼眼王バーン――彼は最早呪文も闘気技も使うことなく、ただただ圧倒的な肉体による打撃のみを繰り出してくる。

 それがあまりにも強過ぎた。リュンナはもう、どこの骨がどれだけ折れているのかを考えることをやめていた。どうせベホマと竜の生命力――自動回復で治るのだ。

 体力と魔法力が尽きる前に決することさえ出来れば、それでいい。

 

「虫のように群がって来おって、うざったいわッ!!」

 

 バーンが手足を振るう度、誰かしらが落とされる。前衛の4人を守る誰かが。

 パラディンのマァムはバランを庇い、闘気盾(オーラシールド)ごと腕を砕かれて落ちた。

 ダイを庇ったクロコダインは、死ぬような叫びを上げて倒れた。

 ハドラーを庇ったボラホーンもそれに続く。

 

「ドルオーラ!!!」

「ドルオーラァッ!!」

 

 だからダイとバランは、竜闘気砲呪文を溜めて放つことが出来た。竜魔人化せずとも、双竜陣による強化状態ならば放てる。

 魔法力によって超圧縮された竜闘気(ドラゴニックオーラ)の奔流は、それこそ黒の核晶(コア)の爆発さえ抑え込めるようなモノだろう。

 

 バーンは腕を十字に組んで堪え――跳ね返した。

 ダイとバランが落ちた。

 

「超魔爆炎覇ッ!!」

「ゼロストラッシュッ!!

 

 その間に溜めた闘気を漲らせる剣、二振り。

 バーンは片腕で纏めて弾き、もう片腕で更なる打撃を打ち込む。

 

 ヒュンケルとバルトスがふたりを庇った。

 鎧の魔剣が砕け散り、骨の身が砕け散っても、そうして倒れるまで一歩も引かなかった。

 

 防御の際にゼロストラッシュが掠めたか、バーンの右手を呪いの氷が這っていた。

 リュンナは魔氷気を高める。

 

「この鬼眼王の身すら凍てつかせようとは……!! だがほんの僅かだ! 問題なく叩き殺してくれるッ!」

「させるかッ!!」

 

 ハドラーが魔炎気を高め構えるが、間に合わない。

 

 だからベルベルとリバストがふたりを庇った。

 手足がもげて吹き飛び、ベルベルに至っては顔が半ば抉れても、笑っていた。

 

「超魔爆炎覇アアアッッ!!!」

 

 渾身の一振りが、凍てついて脆くなったバーンの右手を粉砕する。

 だがバーンは怯まなかった。

 

「今更この程度でッ!!」

 

 砕けた手首の断面でハドラーを殴り飛ばし、その向こうのリュンナにすら襲い掛かる。

 リュンナは避けなかった。

 受けて、身を砕かれ、その血をたっぷりとバーンの傷口に浴びせる。

 

凍結封印呪文(ヒャドカトール)ッ!!」

「ぐ、ぬう……!!」

 

 硬い皮膚よりも傷口に触れた方が、呪いを浸透させやすかった。

 氷竜としての血を浴びせれば、そこに宿る力が呪いを増強した。

 バーンの右腕があっと言う間に凍てつき、それは胴体までをも侵蝕する。

 動きが、鈍った。

 

 リュンナもハドラーも、ダメージと消耗で力尽きて落ちていく中。

 

「今で――」

 

 メドローアを構えるふたりにアバンが叫びかけ、それでもなお素早過ぎるバーンを見た。

 撃たれる前に術者を潰そうと迫ってくる。

 

「「「アストロン!!」」」

 

 だからアバンとソアラ、ノヴァは、特殊な鋼鉄の塊へと身を変え、ふたりを庇った。

 無敵のハズのその状態でさえ殴り飛ばされ、身を砕かれても。

 

「よう、バーン! テメエをぶっ殺して!! この世の英雄になれば、最強の武勲だぜーッ!! 気持ちいいーーーッッ」

「くたばりやがれ、大魔王! 地上は俺たちのモンだッ!!」

 

 流石にアストロン体を殴り飛ばすのは、鬼眼王と言えどかなりの力が要ったのか。右半身が凍てついていることもあり、バーンの動きが――遂に、一瞬、止まった。

 故に当たる。

 

「メドローア!!!」

双手終焉光(ハンズ・オブ・ジ・エンド)ッッ!!!」

 

 極大消滅の光の矢――ポップは1発、フレイザードは左右10本の指を組にして同時に5発。

 計6発の破滅がバーンを襲った。

 

「余は大魔王バーンなりッッ!!」

 

 フェニックスウィング――この姿でもそう呼べるのだろうか、バーンの左手が超高速で振るわれる。

 光の矢がひとつ弾かれ、別のひとつと激突し相殺。

 更に蹴りが同様にひとつを弾き、別のひとつと激突させ相殺。

 

 そして腕が足りない。

 右腕が凍っておらず自由に動けば、バーンはこれをすら無傷で切り抜けたのだろう。

 

「うっ、おおおお……ッ!!」

 

 鬼眼に向かう光の矢を、バーンは腕を無理やり動かして防御した。

 バーンの両腕が消し飛んだ。

 それのみだ。

 

「メドローアで貫通出来ねえ!? 腕で止められたッ!」

「逆だぜポップ。腕を奪ったと考えろ……! もう防げねえってことだ! もう一度ッ!」

「お、おう!!」

 

 ポップがメドローアの構えを取る。

 一度で魔法力を使い果たしたフレイザードは、アバンから受け取っていたシルバーフェザーを使う。

 

 しかしその僅かな動作でさえ隙なのだ。

 バーンの蹴りが、ふたりを吹き飛ばした。

 血反吐と、岩石の破片が散る。

 

「勝った……!!! フッ、ハハハハッ!!」

 

 天魔の塔跡の中心で、鬼眼王が高らかに笑う。

 浮遊する材質で作られたこの大魔宮の一部は、制御を失い、既に雲を眼下に見下ろす高度へと達していた。

 

「おお……! 太陽に手が届きそうではないか!! 素晴らしい光景だ……!! ククッ、まずは腕を再生せねばだが……」

 

 バーンは光を見上げ、歓喜に打ち震え――だからほんの小さな、ゴメちゃんの存在を見逃した。

 ダイと共に在り、ずっとついてきて、そして今また寄り添うゴールデンメタルスライムを。

 

「ピィー!」

「リュンナと、ハドラーを……。ふたりが、いちばん、おれたちより……強いから……」

「ピィ!」

 

 それはまるで、ゴメちゃんが『何』であるかを理解しているような。

 これまでの冒険で、一度たりとも『神の涙』としての奇跡の発動はなかったのに。

 それ自体、「今、助けが欲しい」というダイの願いを、ゴメちゃんが叶えた結果なのかも知れない。

 

「ピピィー!」

「何だ……?」

 

 バーンが気付いたときには、だから、竜眼姫と魔王が立ち上がっていた。

 傷だらけで、今にも倒れそうで、実際に直前まで倒れていたが、それでも。

 

「見てよ、ハドラー。バーンの腕がなくなってる」

「ああ……。だが放っておけば再生しよう。それに脚だけでも、今の俺たちでは……」

 

 バーンが憤怒と侮蔑の入り混じった表情を浮かべた。

 

「そこまでしぶとく戦って、何の意味があるのだ……? 余の鬼眼とリュンナの竜眼では、開眼してからの歴史の重みが違うのだぞ。断言しよう! もしそなたが『竜眼王』と化しても、余には敵わぬとな……!!」

 

 リュンナは自嘲の笑みを浮かべた。その通りだ。レベルアップの幅が異なろう。

 それにもともと、鬼眼は力に、竜眼は感知に特化している傾向がある。今更感知力が上がったところで、鬼眼王の圧倒的な力には追随できまい。

 それでも。

 

「それでも、まだ、手はある」

 

 リュンナは闘気剣(オーラブレード)を右手に、ハドラーは覇者の剣を左手に。

 空いた逆側の手を握り合った。

 

「心中でもするか?」

 

 バーンが嘲り、踏み潰しを繰り出して――その足が弾かれる。

 

「おおッ……!?」

 

 魔氷気と魔炎気が、渦巻き、混じり合って、場に漲っている。

 ふたりを中心に、氷炎の気が台風めいて。

 

 それはリュンナの主導で、しかし、ハドラーもまた察した。

 

「上手く行くか?」

「行く」

 

 勝てるかと問われて、勝つと答えたのだ。

 今、それを遂げるとき。

 

 だって、今なら出来る。

 最後の最後、追い詰められた極限の集中力で。

 竜眼を開いた時のように。

 

「わたしを薄っぺらだと……そう言いましたよね……。バーン」

 

 その通りだと思う。

 

「でも刃は、薄いほど鋭いんですよ」

 

 凡人だからこそ、ここに至ることが出来た。

 崇高な信念、確固たる矜持、輝ける正義――そんなものを持っていては採れない道を、幾つも歩んできたのだ。

 

 ハドラーのために、ハドラーのためと思う自分のために。

 今は、仲間たちのために、も付け加えてもいい。

 

 ああ。

 そんなちっぽけな愛も、きっと、人の強さなのだから。

 

 竜眼が、ハドラーの心を覗き込む。

 見られていると、彼は感じる。その視線から、リュンナの心を知る。

 感じ合う。ひとつに混じり合うほどに。

 

 ならば、呼吸は重なる。

 ならば、心気は重なる。

 

 精神性を凍てさせ死へと誘う魔氷気と。

 精神性を昂ぶらせ生へと導く魔炎気と。

 ひとつになり、スパークして、新たな気がそこに生じる。

 

 それはまるで世界に開いた暗黒の穴。

 絶対無の虚空そのもの。

 

 あまつさえその暗黒を、ふたりはそれぞれの剣に宿し――

 

「さらばだ。大魔王」

「さよなら……バーン」

 

 飛び込んで斬撃を放ち、交差させた。

 バーンは弱点の鬼眼のみでも守ろうと瞼を閉じ――何の抵抗も出来ずに消え去った。

 腹部で斜めに十字を描いた剣閃、その交差集中点で増幅された威力が全身に波及して。

 それで終いだ。断末魔の声すらない。

 

 額に埋まる程度の本来の大きさに縮んだ鬼眼のみが、ただ、こつん、と床に落ちた。

 下り立ったリュンナは、それを拾う。

 




次回、完結。

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