例えば人間に襲い掛かる蜂の群れは、こんな気分なのだろうか。
異形の巨人、鬼眼王バーン――彼は最早呪文も闘気技も使うことなく、ただただ圧倒的な肉体による打撃のみを繰り出してくる。
それがあまりにも強過ぎた。リュンナはもう、どこの骨がどれだけ折れているのかを考えることをやめていた。どうせベホマと竜の生命力――自動回復で治るのだ。
体力と魔法力が尽きる前に決することさえ出来れば、それでいい。
「虫のように群がって来おって、うざったいわッ!!」
バーンが手足を振るう度、誰かしらが落とされる。前衛の4人を守る誰かが。
パラディンのマァムはバランを庇い、
ダイを庇ったクロコダインは、死ぬような叫びを上げて倒れた。
ハドラーを庇ったボラホーンもそれに続く。
「ドルオーラ!!!」
「ドルオーラァッ!!」
だからダイとバランは、竜闘気砲呪文を溜めて放つことが出来た。竜魔人化せずとも、双竜陣による強化状態ならば放てる。
魔法力によって超圧縮された
バーンは腕を十字に組んで堪え――跳ね返した。
ダイとバランが落ちた。
「超魔爆炎覇ッ!!」
「ゼロストラッシュッ!!
その間に溜めた闘気を漲らせる剣、二振り。
バーンは片腕で纏めて弾き、もう片腕で更なる打撃を打ち込む。
ヒュンケルとバルトスがふたりを庇った。
鎧の魔剣が砕け散り、骨の身が砕け散っても、そうして倒れるまで一歩も引かなかった。
防御の際にゼロストラッシュが掠めたか、バーンの右手を呪いの氷が這っていた。
リュンナは魔氷気を高める。
「この鬼眼王の身すら凍てつかせようとは……!! だがほんの僅かだ! 問題なく叩き殺してくれるッ!」
「させるかッ!!」
ハドラーが魔炎気を高め構えるが、間に合わない。
だからベルベルとリバストがふたりを庇った。
手足がもげて吹き飛び、ベルベルに至っては顔が半ば抉れても、笑っていた。
「超魔爆炎覇アアアッッ!!!」
渾身の一振りが、凍てついて脆くなったバーンの右手を粉砕する。
だがバーンは怯まなかった。
「今更この程度でッ!!」
砕けた手首の断面でハドラーを殴り飛ばし、その向こうのリュンナにすら襲い掛かる。
リュンナは避けなかった。
受けて、身を砕かれ、その血をたっぷりとバーンの傷口に浴びせる。
「
「ぐ、ぬう……!!」
硬い皮膚よりも傷口に触れた方が、呪いを浸透させやすかった。
氷竜としての血を浴びせれば、そこに宿る力が呪いを増強した。
バーンの右腕があっと言う間に凍てつき、それは胴体までをも侵蝕する。
動きが、鈍った。
リュンナもハドラーも、ダメージと消耗で力尽きて落ちていく中。
「今で――」
メドローアを構えるふたりにアバンが叫びかけ、それでもなお素早過ぎるバーンを見た。
撃たれる前に術者を潰そうと迫ってくる。
「「「アストロン!!」」」
だからアバンとソアラ、ノヴァは、特殊な鋼鉄の塊へと身を変え、ふたりを庇った。
無敵のハズのその状態でさえ殴り飛ばされ、身を砕かれても。
「よう、バーン! テメエをぶっ殺して!! この世の英雄になれば、最強の武勲だぜーッ!! 気持ちいいーーーッッ」
「くたばりやがれ、大魔王! 地上は俺たちのモンだッ!!」
流石にアストロン体を殴り飛ばすのは、鬼眼王と言えどかなりの力が要ったのか。右半身が凍てついていることもあり、バーンの動きが――遂に、一瞬、止まった。
故に当たる。
「メドローア!!!」
「
極大消滅の光の矢――ポップは1発、フレイザードは左右10本の指を組にして同時に5発。
計6発の破滅がバーンを襲った。
「余は大魔王バーンなりッッ!!」
フェニックスウィング――この姿でもそう呼べるのだろうか、バーンの左手が超高速で振るわれる。
光の矢がひとつ弾かれ、別のひとつと激突し相殺。
更に蹴りが同様にひとつを弾き、別のひとつと激突させ相殺。
そして腕が足りない。
右腕が凍っておらず自由に動けば、バーンはこれをすら無傷で切り抜けたのだろう。
「うっ、おおおお……ッ!!」
鬼眼に向かう光の矢を、バーンは腕を無理やり動かして防御した。
バーンの両腕が消し飛んだ。
それのみだ。
「メドローアで貫通出来ねえ!? 腕で止められたッ!」
「逆だぜポップ。腕を奪ったと考えろ……! もう防げねえってことだ! もう一度ッ!」
「お、おう!!」
ポップがメドローアの構えを取る。
一度で魔法力を使い果たしたフレイザードは、アバンから受け取っていたシルバーフェザーを使う。
しかしその僅かな動作でさえ隙なのだ。
バーンの蹴りが、ふたりを吹き飛ばした。
血反吐と、岩石の破片が散る。
「勝った……!!! フッ、ハハハハッ!!」
天魔の塔跡の中心で、鬼眼王が高らかに笑う。
浮遊する材質で作られたこの大魔宮の一部は、制御を失い、既に雲を眼下に見下ろす高度へと達していた。
「おお……! 太陽に手が届きそうではないか!! 素晴らしい光景だ……!! ククッ、まずは腕を再生せねばだが……」
バーンは光を見上げ、歓喜に打ち震え――だからほんの小さな、ゴメちゃんの存在を見逃した。
ダイと共に在り、ずっとついてきて、そして今また寄り添うゴールデンメタルスライムを。
「ピィー!」
「リュンナと、ハドラーを……。ふたりが、いちばん、おれたちより……強いから……」
「ピィ!」
それはまるで、ゴメちゃんが『何』であるかを理解しているような。
これまでの冒険で、一度たりとも『神の涙』としての奇跡の発動はなかったのに。
それ自体、「今、助けが欲しい」というダイの願いを、ゴメちゃんが叶えた結果なのかも知れない。
「ピピィー!」
「何だ……?」
バーンが気付いたときには、だから、竜眼姫と魔王が立ち上がっていた。
傷だらけで、今にも倒れそうで、実際に直前まで倒れていたが、それでも。
「見てよ、ハドラー。バーンの腕がなくなってる」
「ああ……。だが放っておけば再生しよう。それに脚だけでも、今の俺たちでは……」
バーンが憤怒と侮蔑の入り混じった表情を浮かべた。
「そこまでしぶとく戦って、何の意味があるのだ……? 余の鬼眼とリュンナの竜眼では、開眼してからの歴史の重みが違うのだぞ。断言しよう! もしそなたが『竜眼王』と化しても、余には敵わぬとな……!!」
リュンナは自嘲の笑みを浮かべた。その通りだ。レベルアップの幅が異なろう。
それにもともと、鬼眼は力に、竜眼は感知に特化している傾向がある。今更感知力が上がったところで、鬼眼王の圧倒的な力には追随できまい。
それでも。
「それでも、まだ、手はある」
リュンナは
空いた逆側の手を握り合った。
「心中でもするか?」
バーンが嘲り、踏み潰しを繰り出して――その足が弾かれる。
「おおッ……!?」
魔氷気と魔炎気が、渦巻き、混じり合って、場に漲っている。
ふたりを中心に、氷炎の気が台風めいて。
それはリュンナの主導で、しかし、ハドラーもまた察した。
「上手く行くか?」
「行く」
勝てるかと問われて、勝つと答えたのだ。
今、それを遂げるとき。
だって、今なら出来る。
最後の最後、追い詰められた極限の集中力で。
竜眼を開いた時のように。
「わたしを薄っぺらだと……そう言いましたよね……。バーン」
その通りだと思う。
「でも刃は、薄いほど鋭いんですよ」
凡人だからこそ、ここに至ることが出来た。
崇高な信念、確固たる矜持、輝ける正義――そんなものを持っていては採れない道を、幾つも歩んできたのだ。
ハドラーのために、ハドラーのためと思う自分のために。
今は、仲間たちのために、も付け加えてもいい。
ああ。
そんなちっぽけな愛も、きっと、人の強さなのだから。
竜眼が、ハドラーの心を覗き込む。
見られていると、彼は感じる。その視線から、リュンナの心を知る。
感じ合う。ひとつに混じり合うほどに。
ならば、呼吸は重なる。
ならば、心気は重なる。
精神性を凍てさせ死へと誘う魔氷気と。
精神性を昂ぶらせ生へと導く魔炎気と。
ひとつになり、スパークして、新たな気がそこに生じる。
それはまるで世界に開いた暗黒の穴。
絶対無の虚空そのもの。
あまつさえその暗黒を、ふたりはそれぞれの剣に宿し――
「さらばだ。大魔王」
「さよなら……バーン」
飛び込んで斬撃を放ち、交差させた。
バーンは弱点の鬼眼のみでも守ろうと瞼を閉じ――何の抵抗も出来ずに消え去った。
腹部で斜めに十字を描いた剣閃、その交差集中点で増幅された威力が全身に波及して。
それで終いだ。断末魔の声すらない。
額に埋まる程度の本来の大きさに縮んだ鬼眼のみが、ただ、こつん、と床に落ちた。
下り立ったリュンナは、それを拾う。
次回、完結。