思えば例の勇者パーティーも、結界に囚われて出られなくなったのだろう。
そして起点を破壊して結界を解除するべく、アジトの場所を察知し、そこへ向かったハズだ。
というのも、アジトへ向かう道行きで、真新しい野営跡を発見したのである。その様子からして、少なくとも2日ほど前まではこうして生きていた痕跡――続いて1日前の痕跡をも。確実にアジトに近付いていた。
リュンナたちがスムースに移動している距離に彼らが数日をかけたのは、魔物の数が違うからだろう。先行した勇者パーティーが粗方を倒したからこそ、後続のリュンナパーティーが楽に進めているのだ。
その事実を示すように、腐り始めたばかりのような野獣系の骸や、打ち砕かれた鎧兵士の破片などが、そこかしこに転がっていた。
「どうやらこの勇者パーティー、実力は本物みたいですね。早く追い付いて共闘したいところです」
「そうね、とても頼りになりそうだわ」
リュンナとソアラはあくまでもマイペース。
一方、隊長や熊さんは戦慄の様相。
「このゴールドオーク、たった一太刀で……。リュンナさま以外に、これほどの実力者が……」
「合流したら、もう俺いなくてもいいんじゃねえか」
仮にいなくてもいいとしても、帰ることはできないのだ、行くところまで行ってもらうしかない。
そしてもちろん、いてくれた方が助かる。
と、思うだけなら意味はない。
「そんなことないですよ、熊さん。あなたの斧捌きは頼りになるものです」
「へへっ……! 勇者姫さまにそう言われちゃあ、気張るしかねえや! 前は任せてくだせえ!」
熊さんが力強く笑みを見せ、パーティーの士気は取り戻された。
隊長? 彼女は「流石はリュンナさま」の平常運転だから……。
ともあれそんな矢先であった、不意に殺気が飛んできたのは――
「前ッ!」
――投げ槍であった。
リュンナの叫びに、弛緩していた熊さんが一気に緊張。前に出てバトルアックスの巨大な刃で受け、逸らし、それでもなお衝撃に押され轍を作る。
「ぐううう、……ッ!」
彼はバトルアックスを取り落とし、膝をついた。両腕がブランと垂れ下がっている――肩が外れたのか。
「大変……! ベホイミ!」
ソアラが慌てて回復呪文をかけるが、脱臼相手には効果が薄い。
駆け寄ったリュンナが彼の肩を嵌め込み、ベホイミがその痛みを緩和する間、隊長が盾を構えて前衛に出た。
向かってくるのは、青い毛皮の猪獣人――オークキングだ。
先ほど投げてきたのとは別に、まだ槍を持っている。
「ここまで来ただけはある……! 俺の槍投げを防ぐとは!」
重く力強い声、人語を介する高等な魔物だ。山の野獣系のヌシか何かか。
彼は見事な刺突を放ち、しかしそれを隊長が鉄の盾で受け流す。
「王女さまがたに手は出させぬッ!」
「ぬかせ」
隊長はカウンター気味に
そして引き寄せ、鎧をモノともせずに隊長の胴に膝を入れる。
「うぐ、ッ……!」
隊長が崩れ落ちる――と、その頭上を高速で通り過ぎるのは、ベルベルの刃のブーメラン。
オークキングは余裕の顔でそれを弾こうとするが、ブーメランは変化球めいて突如として軌道を変化、猪の腹に突き立った。
「うおおっ!?」
傷は浅いが、虚を突くには充分。
前衛を迂回して左右からオークキングを挟み撃ちにする立ち位置に、既にリュンナとソアラは移動していた。
「ヒャダルコ!」
「ギラ!」
冷気呪文がオークキングの脚を氷漬けにし、地に釘付けに。
同時に閃熱呪文が顔面を狙ったが、これは片腕で防がれた。逆に言えば、片腕を焼いてダメージは確実に与えたのだが。
「小癪な人間どもめ……! だが!」
続いて白兵戦に移ろうとしていたリュンナとソアラの背後や、ベルベルの呪文治療を受ける隊長と熊さんの脇――木々の陰から不意に気配が湧く。
伏兵としてゴールドオークどもが隠されていたのだ。こちらが勝ったと油断した瞬間を突くために!
「まあ油断してないんですけどね?」
リュンナの真空斬りが、ソアラのメラミが、隊長の剣や熊さんの斧が、ベルベルの予備の刃のブーメランが、ゴールドオークどもに逆にカウンターを浴びせた。
瞑想までせずとも、リュンナの気配察知は優秀なのだ。あまつさえ目線で仲間たちにも合図済み。
アイコンタクトにそこまでの情報量を詰め込めるのは、殺気による威圧の親戚――単純に相手の感覚に訴えるのみの、言わば心気を飛ばすことによる言葉なき会話の賜物。
ゴールドオークどもは目を剥いて驚愕、狼狽し、万全の攻撃力を発揮できない。
だがオークキングのみは揺れない。脚を固める氷を気合の踏み込みで内から砕き、身を自由にするや否や、
「ならばこうだ! ザラキ!」
その手から死の言葉の奔流を放った――隊長、熊さん、ベルベルを巻き込む角度で。
「しまった……!」
「みんな!」
そこで咄嗟に3名に駆け寄ってしまうところが、ソアラの戦闘者として未熟な点だろう。ザラキの範囲に踏み入れば、自分もその威力を受けることになってしまうのに。
あまつさえ、ソアラが突き飛ばして救ったのはベルベルだった。生命力を活性化する回復呪文使いだけに、死の威力に耐性があるのか、ベルベルや隊長は比較的余裕がありそうだった――最も危険そうなのは、熊さんなのに。
こうしてソアラ、隊長、熊さんが死の言葉の渦に囚われた。今すぐに即死する気配こそないものの、全霊の気力体力で耐えるために身動きが取れない状況。
顔を青くし、頭を抱え、蹲る様子。熊さんに至っては、完全に地に伏している。呼吸はしているが……。
すると今、敵はオークキング1、ゴールドオーク4に対し、味方は動けるのがリュンナとベルベルのみ。
ゴールドオークどもは、ザラキに耐える人間たちにトドメを刺そうと、その範囲外から槍による刺突を繰り出そうとしていた。
「ベルベル!」
リュンナは鋭く心気を飛ばし、オークキングをベルベルに任せた。
ベルベルでは4匹ものゴールドオークを押さえ切れないが、たった1匹のオークキングなら、しかもザラキで片手が塞がっているなら何とかできる。いわんやもう片手はギラの負傷があり、満足に槍を振るえないのだから。
「ぷるん!」
気合の声、刃のブーメランの投擲。
顔面に纏わりつくようなその軌道にオークキングは鬱陶しげ、集中が欠けてザラキの威力が緩む。
同時にリュンナは、ゴールドオークどもに剣圧を飛ばした。
ただの真空斬りではない――それでは仲間たちを囲む形の猪どもを、一撃で一網打尽にはできない。その隙に誰かが突き殺されてしまう。
魔神斬り・急による、一切の減速なく自在に曲がる雷光の太刀筋。そのジグザグの軌跡の切先が、ほぼ同時とすら言える瞬時に、それぞれ別々の方向に真空斬りを放つ――味方の間を縫って、確実に敵の群れのみを斬り裂くつるぎのさみだれ。
「――五月雨剣ッ!」
ゴールドオークどもの首が飛び、心臓が穿たれ、内臓が弾け、頭頂から股下までが両断された。
今は一振り四斬が限界、オークキングまでは手が回らなかったが。
「なんと……!」
しかしこれにはオークキングも驚愕したようだ、ベルベルへの警戒が疎かに。
その瞬間、自在に飛び回るブーメランとベルベル本体との波状攻撃により、オークキングは遂に完全に集中を切らし、ザラキが掻き消えた。
「ぷるるるー!」
ベルベルがまず、最も重症の熊さんの体力を補うためベホイミをかけに行き、入れ替わりにリュンナがオークキングと対峙する。
「最後は一騎打ちか……! 良かろう!」
「楽しむ余裕はないと思いますけどねッ!」
互いに踏み込んでいく。距離が殺される。
オークキングは無事な手に槍を移し、螺旋を描く回転をかけての強烈な刺突。
リュンナは魔神斬り。雷光の太刀筋で槍を弾き、返す刃でほぼ同時にその胴を割る――ハズだった。
槍の回転に巻き込まれ、剣が手から弾かれて飛んでいくまでは。
「!」
「ぐはは! 勝った――ッ」
しかしリュンナは構わず懐に潜り込み、素手の掌打をオークキングの胴に叩き込んだ。
ベルベルが最初に投げて突き立てた、刃のブーメランを狙って。
「油断ですよ」
ブーメラン自体は浅い刺さりだった。ベルベルの力はそこまで強くない。
だがリュンナがそれを更に深く打ち込み、あまつさえその威力に暗黒闘気を乗せればどうなるか。
闘気の威力はブーメランを介して確実に猪に突き刺さり、有り余る衝撃が背中を内側から弾け飛ばして、その臓腑をぶち撒けさせるのだ。
体重の数割を背後に撒き散らしたオークキングは、それでも立ち続け――
「お前の勝ちだ……人間……」
その獣面が笑ったように、リュンナには見えた。
肺も吹き飛んだから、既にその言葉は声ではなかったのだが、辛うじて心気で聞き取れる。
「リュンナです。人間ですけどね」
「リュンナ……俺を斃した勇者は、リュンナか。俺は……俺は……。俺は、オークキングだ……」
その言葉は、どこか悲しげにこぼされた。
そしてオークキングは前のめりに倒れ、地に伏す。
久しく見ない強敵だった。プレーシの町のアークデーモンと同等以上のレベルはあっただろうか。
流石のリュンナも、一息をついて気を抜いた。ベルベルが呪文治療を施している仲間たちの方へと歩く。
そこで、ちょうどこちらを向いたソアラと目が合い――彼女が焦った顔で、リュンナの後ろを指さした。