暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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14 勇者パーティー

 ソアラが指さす背後――この気配、殺気、ここまで接近を気取らせないとは!

 

「くっ、……!」

 

 咄嗟に振り向きざま剣を振るう、相手の剣を受け止めた――いや重い、鍔迫り合いから押し込まれてしまう。肩に刃が食い込む。

 

「あなたは……!」

「魔物を連れて――暗黒闘気まで使うだあ!? テメエ魔族だなッ! 人間のフリをしやがって!」

 

 桃色の髪が印象的な、人間の若い男だった。鋼鉄(はがね)の装備に身を包み、大剣を握り締める戦士。

 これはどう見ても――などと考える余裕もない、このままでは純粋に力で押し切られる。暗黒闘気を呼び起こして肉体の強化を図っても、なお男の方が力が強いのは、彼もまた闘気を纏うがゆえ。

 剣を両手で支えねば、刃は肩に食い込むどころか心臓にまで達するだろう。呪文を使うために手を空けることができないし、僅かでも力を抜けばその瞬間に死ぬ。

 

 あっと言う間にリュンナが片膝をついた、男はますます体重をかける。

 だがその体勢は、リュンナの後方にいる仲間たちが男を狙いやすくなった、ということでもあった。

 

「ギラ!」

「ぷるん!」

 

 ソアラのギラとベルベルのブーメラン投擲、男は怯みもせずに鉄兜で受け止めた。

 が、そのために首を捻る僅かな姿勢の乱れが、リュンナにかけるべき力の緩みを呼ぶ。

 その僅かな隙に、リュンナは力を抜いて男を巻き込むように後ろに倒れた――巴投げの特技。

 

「うおおお!?」

 

 男は頭から地面に落ちた、流石に起き上がるまで一拍の間がある。

 その間に隊長と熊さんが組み付いた。隊長は腕の関節を極め、熊さんは巨漢の体重でのしかかる。

 

「くそっ放しやがれ……!」

「賊め! このお方をどなたと心得る!」

「だから魔族――って待て待て待ていきなり首を刺しにくる奴があるか! お前も魔族なのか!?」

 

 隊長が短剣を抜いて男にトドメを刺そうとし、男は必死に身をよじってそれを避ける。

 が、組み敷かれている以上、時間の問題だろう。

 

「隊長、そこまでで――」

「あーすみません、謝りますので赦してやってもらえませんか」

 

 リュンナの声と、どこか爽やかな青年の声とが重なる。

 振り向く。そこに彼はいた。

 

 原作通りならば精々14~15歳前後といったところだろうに、既にして大人の落ち着きと余裕があり、年齢以上に成熟して見える。

 青い髪は先端近くでくるりと巻かれ、その笑顔はどこか剽軽さと、その裏に相反する静かな凄みとを湛えていた。

 

 その後ろに黒髪の僧侶だろう少女と、魔法使いだろう老爺とがいたが、青年の印象に比べれば霞んでしまう。

 彼らを見上げて、組み敷かれた男が暴れて喚く。

 

「てめえアバン! 何言ってやがんだ! こいつら魔王軍の――」

「だったらあんな風にオークと戦ったりしないでしょう? そこはどうなんです、ロカ」

「うっ……」

 

 一瞬で論破されて、戦士の男――ロカが呻いた。

 

「まったく短気なんですから。すみませんね、皆さん。ウチの仲間が早とちりを……。

 ただ彼の言った通り、魔物を仲間にしていたり、暗黒闘気を使ったり……そこは気になります。どういうことなのか、教えていただくことはできるでしょうか?

 あ、私はアバンと申しまして、元々はカール騎士団にいた者です。そこの彼は戦士ロカ、それから僧侶レイラと、魔法使いマトリフです。よろしくお願いしますね」

 

 仲間をひとりひとり指し示しながら、アバンは滔々と語っていく。

 もう彼のペースだ。

 

 リュンナは咳払いして気を取り直した。

 

「あっはい。えーっと。アルキード王国第二王女、リュンナです。この子はベルベル」

 

 傍らに浮いてきたホイミスライムを抱きながら。

 残りの仲間たちも自ら名乗り、それから、ロカを渋々解放した隊長が語り出した。

 

「どういうことか知りたいと言ったな。ならば浅学な貴様らに教えてやろう……。暗黒闘気にも種類があるのだと!

 リュンナさまのそれは、言わば夜の気。安らかに眠る人々をそっと包み込む、慈悲深い夜のような闇……。古語で月を意味するその名に相応しい、そう、正義の暗黒闘気なのだッ!」

「正義の暗黒闘気」

 

 アバン一行が目を丸くした。

 それを敬服とでも受け取ったのか、隊長がますますヒートアップする。

 隊長の語る設定は、言い訳としてリュンナ自ら考案し伝えたモノであり、しかしまるで中二病のような内容に気恥ずかしさがあるのだが。頬が熱い。

 

「人間に善人もいれば悪人もいるように、暗黒闘気の使い手にも、正しい者と間違った者がいる。リュンナさまは前者! 圧倒的前者……! 民を守り国を救う勇者姫ッ! それを下賤で愚劣な魔族どもといっしょくたにするなど!」

「隊長」

「だいたい、いつまで突っ立っておるのだ! 両王女殿下の御前だぞ! 頭が高い、控え――」

「隊長」

「はうっ」

 

 隊長に膝カックンを入れて暴走を止めた。

 

「熱くなり過ぎです。控えなさい」

「は――ッ、ははっ。ご無礼をいたしました……!」

「そっちも跪かなくていいですからね、別に。えっと、レイラさん?」

「いえ、そういうワケにも……。ってむしろなぜ私だけが!? ロカなんて騎士団長でしょう!?」

 

 仲間のアバンをすらアバンさまと呼ぶほど生真面目なレイラだけが、つい跪いていた。そして自分のみがそうしていることに驚く。

 

「そうだけど、こんなところに王女さまがいたりするか?」

「これでいかがですか」

 

 リュンナの持つゾンビキラーは特別性で、鍔にアルキード王家の紋章が刻まれている。

 アバンが「失礼」と一言断って確認した。

 

「本物ですね。この種類の細工技術は、王家お抱えの彫金師しか持たないハズ……。大変失礼しました」

 

 そう言って跪くアバンに一拍遅れ、ロカとマトリフも倣う。

 

「申し訳ありませんでした! 自分の早とちりでした!」

 

 そしてロカの謝罪。もはや地面に頭突きのありさま。

 良くも悪くも、一度こうと決めたら迷いのない男だ。

 ここまで来ると清々しい。

 

 しかし魔物も出る山の中である。いつまでも跪かせているのも不味いだろう。

 特にリュンナは人格的には凡人を自認しており、こういう場面があまり得意ではないのだ。

 立ち上がるように促し、そのようにしてもらった。

 

「えー、とにかく、そういうワケです。わたしの暗黒闘気は決して邪悪なモノではありませんし、わたしは人間です。ベルベルも、仲間になってから人を襲ったりしたことはないですし」

「確かに、よく懐いているようです。霜降り肉――はありませんが、干し肉ならありますよ。食べますか?」

「ぷるるん!」

 

 アバンが肉を差し出すと、ベルベルは嬉しそうに齧りついた。

 初対面の人間に、彼女がここまで気を赦すのは初めてだ。

 自身はもちろんリュンナに対しても、アバンの中に敵意は全くない――そのことを見抜いているかのように。

 いや、見抜かされたのか。アバンの、あまりにも開けっ広げな雰囲気によって。

 

 心気の感覚により、会話の間中、アバンはリュンナを探っていた。そして同時に、「あなたも探って構いませんよ」とばかり、自らの心気をだだ漏れにしていたのだ。

 だから既に、互いに理解していた――相手がどれだけ邪悪から遠く、頼もしい人物であるのかを。

 

「アバンさん。ルアソニドの町で聞いた勇者その人とお見受けしますが」

「いえ、私は勇者なんていうガラでは――」

「おお、このアバンの奴が勇者ですよ! 魔王ハドラーを追い払ったことだってあるんです! ハハハ!」

 

 アバン当人ではなく、ロカが自慢げに述べた。

 

「勘弁してくださいよ、ロカ。実際追い払っただけで、倒したワケではないんですから」

「そう言うなって! で、そっちの姫さまも勇者……? 勇者姫? でしたっけ? こんなにちっこいのに……」

 

 ちっこいは余計だ。

 とは言え、悪気はないのだろう。

 感情と行動が直結しているような印象を受ける。騎士団長という話だが、それにしてもあまりにも若過ぎる――先代が魔王軍との戦いで没するなどした結果の、緊急的な人事なのだろうか?

 

「そのうちすぐ大きくなりますから……。ところで、情報交換をしましょう」

 

 それぞれの代表として、リュンナとアバンとが向き合った。

 まずリュンナが話し出す。

 

「山は結界に包まれていて、徒歩でもルーラでも脱出不能。敵のアジトはマヌーサで隠されています、あそこです、」発見当初より随分と近付いたその場所の方角を指さす。「そこに結界の起点があり、これを破壊すれば脱出できると見ています」

 

「やはりそこまで察していたのですね。我々も同じ観点で動いています。しかしアジトの警備はここまでの比ではない。抜け道でもないかと探していたのですが……」

 

 アバンがニヤリと笑む。

 

「共同戦線と行きましょう。リュンナ姫」

「ええ。勇者アバン」

「だから勇者はやめてくださいって……!」

 

 一行から笑い声が漏れた。

 真面目な話をしながらも緊張し過ぎない、この適度に弛緩した空気。

 これもアバンの力の一端か。

 


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