暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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15 砦への侵入

 境の山に蔓延る魔王軍のアジト、その警備は、なるほど桁が違った。

 雲霞の如き大量の魔物が地を埋め尽くすそのさまは、さながら魔物の絨毯だ。特に鎧兵士が多い。

 

「これは……凄まじいな……!」隊長は呻き、

「悪いんだが俺待ってちゃダメ?」熊さんは弱音を吐いた。

 

「ひとりで待つより、みんなでいた方が安全だと思いますけどね。それでアバン先輩、」

「先輩!? ですか!?」

 

 アバンがツッコミの顔になった。

 これは割と貴重なシーンでは?

 

「勇者の先輩とゆーことで。ともかく、ここから具体的にどうします?」

 

 仰ぐアジト、それは巨大な砦。石造りの建物部分と、山肌の岩をくり抜いた洞窟部分とが有機的に各所で連結する、どこか不気味な威容。

 大規模な幻惑呪文(マヌーサ)で隠されていたが、その幻の膜の内側に踏み込んでしまえば、こうして普通に見えるモノだった。

 

「まずは攻撃呪文を派手にぶっ放して道を開きつつ、そいつが目立って陽動になる」

 

 マトリフが厳しい顔つきで述べる。

 王家という存在にまだ幻滅していない時期ゆえか、最初は丁寧な言葉遣いだったのだが、リュンナにとっては違和感が凄まじかったため、素で喋ってもらうことにした。

 ソアラも気にする様子はない。意外と隊長もだ――曰く「リュンナさまの仰ることは全て正しい」そうである。最早どうにかできる気がしない。

 

 ともあれ。

 

「ベギラマを使える奴は?」

 

 一旦顔を見合わせて、それから全員で首を振った。

 

「俺だけか……」

「私も使えるじゃないですか」

 

 アバンが言うが、マトリフに小突かれる。

 

「テメエは侵入役だろうが、ここで魔法力を消耗するな。おい、この際イオラでもいいんだが」

 

 後半はリュンナパーティーに向けて。

 それを受けて、ソアラが手を挙げた。

 

「それならわたしが」

「よし。合図で同時に撃つぞ、一発撃ったあともどんどん撃て。そしたら敵は混乱しつつもこっちに向かってくるから、ロカと熊が俺たちを守る。レイラと、何っつったっけな、隊長? お前らもここで回復役だ。持久戦になる」

 

 マトリフは滔々と言葉を紡ぐ。

 魔法使いとは常にクールでなくてはならない――それを体現するような、冷静な指揮官ぶりだった。

 

「そうして引き付けてるウチに、アバンとリュンナ姫が、敵の目を掻い潜って侵入する」ベルベルが触手パンチをマトリフに繰り出した。ぷにっ。「ああ、お前もだ、お前もな」

「侵入方法は?」

 

 リュンナひとりのみならば、無の瞑想で気配を消し去るのは得意なのだが。

 そこにアバンが手を向けてきた。

 

「こうします。レムオル!」

 

 それは透明化の呪文。リュンナ自身にさえ、見下ろした自分の身や、抱き締めているベルが半ば透けて、その向こうの地面が見える。

 余人からは、半ばどころか全く透けているのだろう。ソアラたちの驚く声が重なった。

 そしてここで使うということは、ゲームと違って魔物にも見えることはないハズだ。

 

「そしてもういっちょレムオル――と」

 

 アバンは自分も透明になった。

 

「これは結構高度な呪文でして、多人数に長時間かけようとすると、魔法力が持たないんです。すると全員で侵入することはできず、ならばとパーティーを分ければ、片方に陽動を全うできる力が残らないため、侵入役も結局発見されてしまい囲まれ、力尽きる……。

 それゆえ我々のみでの侵入は難しいと判断していたのですが……。リュンナ姫たちが来てくれて助かりました」

「よし、準備はいいな? それじゃあやるぞ。いいか、1、2の、3だ。3のタイミングで呪文だ、俺も撃つから2までしか言わねえが」

 

 準備を問われて慌てて武器を抜くリュンナパーティーに対し、アバンパーティーはとうに落ち着いて構えていた。勇者一行としての経験値が違う。

 

「リュンナ、気を付けてね。ベルベルも」

「ええ、姉上もご武運を」

「ぷるんっ!」

 

 透明でも声は聞こえる、互いを激励し、別れていく。

 そして作戦が始まった。

 

「1、2の、ベギラマァ!」

「――イオラッ!」

 

 閃熱の砲撃が奔り、光球が炸裂する。アジト前を埋め尽くすような無数の魔物たちの一部が焼き尽くされ、或いは砕け散った。

 生き残った大半の魔物たちが攻撃に混乱しながらも、更に途切れることなく飛んでくる閃熱と爆裂とに、その出どころにすぐに気付く。

 

「人間ども!」

「遂にここまで!」

「殺せ! 殺せー!」

 

 人語を解するのは指揮官級の個体だろうか、発見したマトリフたちに向け進撃の合図を飛ばした。

 魔物の濁流が迫る――その先頭を打ち砕くのは、隊長、熊さん、そしてロカ。

 

 隊長の剣技は地味ながらに堅実、無理に急所を狙わず、手足を削いで確実に行動力を奪う。

 熊さんの斧は豪快、重いそれを遠心力で加速し振り回せば、まさに斧無双。

 そしてロカの大剣は闘気を纏い、刃の触れた敵はもちろん、その向こうの触れてもいない敵すら問答無用で斬り飛ばす、常人の限界を超えた技。

 魔物たちは敵に触れることもできず――しかしその後ろに、まだまだそれ以上が控えている。

 

「何だこいつら! 強いぞ!」

「ええい、怯むな! 数で押せ、数で!」

「くっ、ボスに報告を……!」

 

 そしてそんな派手な戦いを後目に、透明と化したリュンナ、ベルベル、アバンの3名が、こっそりと砦に侵入していく。

 あくまでも姿のみで、音や匂いまでは消せていないとは言え、マトリフらに完全に注意が向いている魔物たちは、その気配に気付くことはなかった。

 

 砦の内部は、如何にも魔物の拠点ですと言わんばかりに、悪魔の意匠が多用された禍々しい装い。

 それも落ち着いていれば不気味な威圧感となったかも知れないが、魔物たちが外の戦闘へ応援に行こうとバタバタと駆ける現状では、そんな雰囲気もない。

 3名は魔物たちにぶつからないよう、通路の隅を渡って奥へと踏み入っていく。

 

(先輩、起点の位置は分かります?)

 

 目線とハンドサイン、心気による、声を出さない会話である。

 

(事前に解析呪文(インパス)で空中魔法力の密度勾配を調べておきました。それによると、どうも上の階のようですね。最上層近い)

(上――)

 

 リュンナは軽く瞑想、鷹の目の特技を発動。

 

(――確認しました。それならあそこの角を右、最初の階段は無視して、次の階段を上がると近いです)

(おお、やりますね! 流石は勇者姫!)

 

 アバンが笑顔で親指を立てると、リュンナは俯いた。

 この勇者に認められることが、たとえ些細なことでも、こんなに嬉しいとは。

 誤魔化すように、胸に抱いたベルベルを撫でる。

 

(ぷるる~)

 

 触手でよしよしされた。

 

 ともあれ、鷹の目によって経路を確認し辿っていく以上、初見のダンジョンでありながら一切迷うことはなく、またレムオルによって戦闘に発展することもなく、あまりにもスムースに進んでいく。

 外でマトリフやソアラたちが奮闘し、敵を引き付けてくれているからでもある。そもそもすれ違う魔物の数自体が少なくなってきた。

 

 しかし流石に、最後まで一切戦闘なしとはいかないようだ。

 砦の最上階、奥には明らかにボスがいそうな巨大な門。起点の気配はその向こうであり、その手前には上位の鎧兵士――地獄の鎧が2匹、門番として立っていた。

 斃せば門の向こうのボスに気付かれ、かと言って斃さずに門を潜ることはできないだろう。

 

(ちょうどレムオルの維持もツラくなってきたところです。ひとり一匹ですよ、リュンナ姫)

(了解)

 

 アバンがレムオルを解く――と、3名の姿が露になる。

 しかし気付いた地獄の鎧が構えを取るより、勇者たちが肉薄する方が早い。

 

「大地斬!」

「魔神斬り!」

 

 アバンが渾身の力を込めた一太刀は、地獄の鎧を構えた盾ごと左右に両断。

 リュンナは抱えていたベルベルを振り回し、2名分の力で、ベルベルの持つブーメランを投擲――回転する刃は地獄の鎧の胸を狙うと見せかけて防御意識を誘導、唐突に軌道を変えて、がら空きの顔面をぶち抜いた。

 

 強い生命力を持つ者は、意識を集中することで、その部分の攻撃力や守備力を大きく上昇させることができる。原作でヒムが解説していたことだ。

 そして逆に、どんな強者であっても、意識を集中していないなら、素の硬さでしか防御できない。原作でバーンがやられたことだ。

 

 鎧兵士でも同じこと。

 ある箇所に防御意識を集中させれば、そこは鋼鉄を超えるが、それ以外の部分は素の鋼鉄のままなのだ。

 素のままの箇所ならば、高速で運動する鋼鉄の塊で破壊できるのは道理だろう。厚みや運動量がまるで違う。

 

 地獄の鎧の残骸を足蹴にしながら刃のブーメランを回収し、ふたりで門を押し開けた。

 その向こうへと突入する――

 

「がはッ!」

「ぷる、ッ……!」

 

 ――唐突に、アバンは赤い血を噴いて膝をつき、ベルベルは青い体液を撒き散らして割れ、くたりとうなだれた。

 

「は……?」

 

 リュンナは呆けながらも、ベルベルを抱えたまま、反射的にアバンも引き摺って門の陰へ。

 追撃はなかった。

 

「あ? ああー? 心臓狙ったのによ……抱えてた奴が盾になったか……」

 

 居丈高な声音。突入の一瞬に見えた姿――黄金の鎧兵士の声だろう。

 そいつが手にする剣を振るったのと、2名がやられたのと、いったいどちらが早かったのかは、今思い返しても分からない。

 

「まあいい。どの道、俺に勝てるのはこの世でハドラーさまくらいよ。剣の錆にしてやろう――他でもない、この『皆殺しの剣』のなッ!」

 


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