――皆殺しの剣。
ゲームでは4から登場した武器だ。
ダイ大の世界では、1~3の魔物が地上の魔物、4から登場する魔物が、より強力な魔界の魔物として位置付けられている。ならば4から登場する武器も、魔界の武器なのだろうか。ハドラーが魔界から持ち込んできた、地上のそれよりも強力な武器。
ゲームでの仕様は、呪われていて装備すると守備力がゼロになるが、通常打撃が全体攻撃になり、作品によっては更に道具として使うとルカナンの効果がある。
恐らくはこの中の『全体攻撃』が、唐突な斬撃の正体だろう。全ての敵を纏めて攻撃できる――つまり、間合という概念を超えた剣。対面してさえいるなら、距離や位置取りや人数にすら関係なく、同時に刃の届く魔剣。
リュンナが助かったのは運が良かっただけだ。恐らく見えていないモノには攻撃できない――リュンナの胸が、抱えたベルベルで隠れていたから。
だからベルベルは、ベルベル自身に向けられた攻撃と、リュンナに向けられた攻撃と、その両方、計2発を受けることになった。
頭を割られ、触手の付け根を裂かれ、満身創痍のベルベル――まるで割って溶かれる生卵のように、今にも崩れて流れ落ちそうだった。両目の位置は歪にズレて。
潰してしまわぬよう注意して抱き締めながら、必死にベホイミをかける。
ベルベルもまた、自分自身にベホイミをかける――生きていて意識もあるのだ、この惨状で。生物としての構造が単純なスライム系でなくば、既に即死していて助からなかっただろう。
それでも命に関わる重傷には違いない。なぜ未だベホマを覚えていないのか、自分自身を殴りつけたい衝動。
だがそんなことをしている場合ではない、魔法は集中力だ、もっと、もっとベホイミに、全ての意識を回復呪文に――
横合いから覆い被さるようにして、アバンがリュンナ諸共に床を転がった。
気付けばアバンに押し倒されているような格好、目を白黒させたが、すぐに理解する――巨大な門の陰に隠れていたが、その門が斬り裂かれて崩れ落ち、今にも潰されるところだったのだと。
「リュンナ姫、集中力の配分を間違えないように。現実から目を逸らしてはいけません。敵がすぐそこにいる、という現実から……!」
それこそ殴りつけられたような衝撃だった。
そうだ。黄金の鎧兵士。ベルベルを斬った怨敵。
ベルベルはリュンナに尽くしてくれている。
抱っこすることも、撫でることも、したいときにはいつでもさせてくれる。
回復呪文ばかりか武器戦闘まで覚え、その腕前はブーメランで魔神斬りの急までを再現するほどだ。
そして今も、図らずもリュンナを庇うことになった事実を、毛ほども後悔していない。むしろ守れて良かったと思っている。そんな心気が見えてしまう。
尽くされたなら、尽くさねばならぬ。
それは敵の首を取り報復することか? 何が何でも回復させることか……?
どちらせによ、これ以上の被害は許容できない。集中力の配分を、決して間違えてはならないのだ。
「ごめんなさい、助かりました」
「いえいえ、しっかりとベルベルを治してあげてください。奴は……私が……!」
立ち上がり、リュンナは門の脇の壁の陰へ。
アバンは――鎧の胴に、心臓を通る位置で袈裟懸けの傷がついているが、鎧で軽減された分だけ傷は浅かったのだろう。既に自前の回復呪文で傷を塞いだのか、門の残骸を越え、決然と広間に入っていった。
抱えたベルベルの呪文治療を続けるまま、鷹の目でその様子を追う。
「よう! さっきぶりだな。そしてサヨナラだ」
20歩分は離れた位置、黄金の鎧兵士が剣を振る。
同時にアバンも剣を振る。
アバンの眼前で、実体のない斬撃が弾かれ、消えた。
「! ぬ……」
「斬撃は飛んでくるワケではない……。狙った位置に『発生』するようだな? 貴様の太刀筋と全く同じ形で……。ならばそれを打ち払う形で同時に剣を振れば、確実に防げる道理!」
アバンは皆殺しの剣の能力をたった一度で見切ったらしく、そのまま走り距離を詰めていく。これが大勇者の実力。
しかしそれは、一度は受ける必要があったということ。魔剣のもうひとつの能力を、一度でも受けてはならない――守備力の下がった状態では、防御に失敗する可能性がある!
「スゲエじゃねえーか。え? だがな――」
「ルカナンです、避けて!」
「――遅いッ! 蝕め、皆殺しの剣ッ!」
遅くはない。アバンの行動は早かった。
鎧兵士の魔剣から青い閃光が広がる寸前、既にアバンは大地斬で足元の床を砕いていた――文字通りの粉微塵にされた石材は煙となって噴き上がり、アバンの姿を覆い隠す。
光は煙に遮られる、届かない。
黄金の鎧兵士が悔しげに地団駄を踏んだ――
「かァーッ! 何なのテメエーら!? どういう勘してりゃあここまで見切れんだよ……。初見のハズだべ!?
ま、だがよォー、煙はいい防御策だとしてもだ……そこから出てきたら、その瞬間に今度こそルカナンをかけるぜ。俺は待つだけだ……。どうせいつまでも漂ってるモンでもねえしな」
――が、すぐに余裕の声を出す。
距離は未だ10歩分程度があるまま、アバンは肉薄まではできていない。鎧兵士の方も、背後に見える大きな六芒星を刻まれた水晶塊が結界の起点だろう、そこから動こうとはしないが。
アバンはどうする、いっそ床を割り砕きながら歩を進めるか? その隙に踏み込まれ、直接斬撃を受ける危険性がある。有効な策とは言えまい。
レムオルは高度な集中が必要なハズ、戦闘中には発動できないだろう。
だがアバンは勇者であり、つまり、取り柄は剣のみで終わらない。
煙の中から、炎の渦が立ち上った。
「おおッ……!?」
アバンが右拳を繰り出せば炎熱が収束――光の砲撃となって迸る!
「ベギラマッ!」
「おおおおおお……ッ!」
黄金の鎧兵士が閃熱に飲み込まれ――
「はい無駄ァー」
――閃熱が、丸ごと跳ね返った。
「うわああああッ!」
「先輩、ッ……!」
彼のもとに飛び出そうとして、しかしベルベルはまだ放置できる傷ではない。踏みとどまった。
アバンは自らのベギラマを反射され、咄嗟にヒャドの冷気で少し防御したものの、それが限界だった――ヒャダルコすら使う余裕がなかったのだ。
全身を焼かれて倒れ、煙も吹き飛ばされ晴れてしまった。
「蝕め、皆殺しの剣!」
青い閃光が走り広がり、アバンを飲み込んだ。一見、何も変化は見えない。
しかし彼が剣を杖代わりに立ち上がろうとしたとき、異変が生じた。
――ぐにゃり、と。剣がまるで粘土細工のように折れ曲がったのだ。アバンは地に突っ伏すように倒れて、慌ててそこにもう片手をつき、それも乾いた音を立てて手首が折れた。
アバンの体重がかかったくらいで、
その『あり得ない』を、魔法が現実にしてしまう。
「ぐ、ッ、あああ……! これは……この効果は……!」
「そう、ルカナンの魔法効果よ。守備力の低下ッ! 分かるか? 今……自分がどれくらい脆くなってるのかよォ~。体も、服も鎧も、武器もだ……光を浴びたモノは全てッ!」
言いながら、黄金の鎧兵士は魔剣を振るった。
アバンは先と同様に眼前に剣を振るって防ぐが、その刃は根元から折れて吹き飛んだ。
「くっ……!」
「やるねえ~ッ。で、次はどうする? 呪文で防ぐか? 俺の体は、さっきので分かったと思うが、呪文を跳ね返すんだ。『ミラーアーマー』なんだよ、俺は。
だが皆殺しの剣の斬撃までは違う……。そいつは呪文で相殺なり何なり防げる。どれだけ持つか――試してみるのも悪くねえよなァーッ!?」
魔剣が振るわれる、何度も、何度も。
発動の早い下級呪文で防げる威力ではなく、中級呪文では発動が一瞬遅い。
辛うじて防ぎ、防ぎ、防ぎ、防ぎながら斬られる。
イオラの爆裂で『全体攻撃』を散らすも、線の攻撃に対して面の攻撃では防ぎ切れず、鎧に傷が増えていく。その奥の身にも。急所こそ守っているが、これでは時間の問題だ。
しかもイオラの溜めが段々遅く、威力も低くなっていく。防げる度合いの低下。
アバンが斬られ、だが、血が滴ることはない――至近距離のイオラは同時に自爆に近い、その炎熱で傷を焦がして、出血を防いでいるのだ。
もしアバンが万全なら、そこまでせずとも、もっと防げたハズだった。ここに来るまでに、レムオルで魔法力を大きく消耗していなければ。
もしアバンの仲間がここにいれば、ルカナンを受けてもフォローし合って、苦戦はするかも知れないが勝てただろう。
恐らく本来の歴史では、アバンはここを強行突破で攻略したのだ。侵入と陽動でパーティーを分けることなく、レムオルも使わずに。
それが結果的に、ミラーアーマーを相手に、4人全員で戦うことに繋がった――それが勝因だった、のだろう。
だが今、彼は、ひとりで。
初見殺しの塊を相手に、どんな達人でも、たったひとりで勝てるワケがないのに。
助けなくては。だが――これだけベホイミをかけ続けているのに、なおもベルベルが峠を越えない。
それどころか、傷の治りが遅くなってきているような。回復呪文の効きが、悪くなってきているような。
不意にベルベルが、結び付けられた鈴を鳴らしながら力なく触手を持ち上げ、頬に触れて――
「ぷる……」
まるで別れを告げるように、笑って。
「や……ダメ……。ダメッ……! ベルベルッ!」
ベホイミでは数分の延命が限界なのか。ベホマがあれば、いや、最早、この生命力の減り方では、恐らくベホマですら。
視界が歪むのは、涙のせい? 気が遠くなっているから?
「負ける――もの、か……!」
「無理だよ。テメエーは負ける。仲間もな……。皆殺しだ!」
満身創痍のアバン。
臨死のベルベル。
リュンナは何もできず。
――来た道、通路の先に、ふとオークキングの姿が見えた。