暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

18 / 112
18 我が姫

 ベルベルもアバンも満身創痍。

 ベルベルを助けようとすれば、最早風前の灯火の生命力には回復呪文が効かず、ベルベルは死ぬし、アバンも助けられない。

 アバンを助けようとすれば、彼を庇って2発分の斬撃を防ぎ続ける必要がある。とても防ぎ切れない、共倒れするのみだ。当然、ベルベルも万にひとつの奇跡すらなく死ぬ。

 

 二律背反ですらない、どちらを選んでもどちらも死ぬのだ。

 なまじ実力をつけ、勇者姫などと持て囃され調子に乗った結果、アバンに間違った戦略を採らせてしまった。

 

 どうする? どうすればいい? どうしようもない。

 ここまで詰んだ状況を覆す策などあり得ない――事前に手を打っておかない限りは。そして、事前に打ってなどいない。

 

 あまつさえ、来た道、通路の向こうに、オークキングの姿が見えた。走ってこちらに向かってくる。

 殆どの魔物は外の陽動に引っかかって出払っていたが、残りがまだいたのか。

 奴が肉薄してくれば、ベルベルとアバンとのどちらかを選ぶ余裕すらなくなる。リュンナがオークキングを倒しているうちに、どちらも……。

 

 なのに、なぜだろう。そういう絶望的な思考が妥当なハズなのに、オークキングが近付くにつれて、逆に不思議なほど安心感が湧き起こってくるのは。

 敵意を感じない。親近感がある。これは、この感覚は――ベルベルと同じ。

 確率なのか、何らかの条件があるのか? あれ以来、どれだけ魔物を斃しても起き上がっては来なかったが。今。

 

「我が姫!」

 

 重く力強い声、オークキングが叫ぶ。

 オークキングと言えば、確かゲームでの得意技は――どうか習得していて!

 

「お願い、ベルベルを……!」

「御意!」

 

 オークキングは最早意識を失ったベルベルを受け取ると、その身を床にそっと横たえ、傍らに跪いて祈りを捧げる構えに移った。

 

「神よ、ご加護を。その御名において、この者の尽きようとする生命の炎に、今一度輝きを与えたまえ……!」

 

 ベルベルの身に重なるように、十字の光が浮かぶ。

 邪悪の六芒星、正義の五芒星に加えての、生死の四星十字。

 

「ザオラル!」

 

 生命力を活性化させ自然治癒を強化する回復呪文を超えた能力、失われた生命力そのものを補い魂を繋ぎ止める――蘇生呪文。

 完全な死からの復活ではそれでも失敗の可能性が高かったろうが、臨死状態から引き戻すことならば。

 

 その神々しくもどこか不気味な光がベルベルを包むと、回復呪文の光が更に重なる。対象の生命力のなさゆえに行き場を失い蓄積されていたベホイミの作用が、今、一気に噴き出したのだ。

 更にそこに闇の色もまた混じる。暗黒闘気の奔流。バーンがハドラーにしたように何度でも死から蘇らせるのは無理そうだが、死の淵から辛うじて引き摺り上げる助けとなる程度のことは。

 

「……ぷる?」

 

 だからベルベルは目を開けた。

 

「ぷるん! ぷるるん!」

「ベルベル――ッ!」

 

 抱き締める。力いっぱい抱き締めても、斬られ割れたところから体液が漏れて潰れたりはもうしない。ひんやりふにふにした触手を絡め、ベルベルからも抱き付いてきた。

 とは言え死ぬところだったのだ、すぐに戦線復帰はできないだろう。

 リュンナは改めて、ベルベルをオークキングに預けた。

 

「しっかり守ってね、リバスト」

「御意、――リバスト?」

「名前」

 

 それは逆転の一手、伏せられていた切札。リバースカード。

 それは希望の光明、再生の呪文の使い手。リバーススペル。

 そしてそこから、窮地を救う『英雄』の名へと繋ぐ。

 

「いいでしょ?」

「感謝する。我が姫よ……!」

 

 リバストは、跪くまま、深く頭を下げた。臣下の礼。

 もう、人間だのオークキングだのと呼び合うことはないのだ。

 

「俺は間違っていなかった。我が姫ならばきっと、欲するものをくださると……。我が群れのオークたちを、魔王の邪気から解放してくださった姫ならば。この俺も!

 ゆえにこの命、全て捧げよう。生も死も……。我が偉大なるリュンナさまに!」

 

 ふと、殺到の気配。ここまで突破してきたリバストを追ってか、遂に通路の向こうに魔物の群れが現れた。

 リバストは決然と立ち上がると、片腕にベルベルを抱え、もう片手に槍を取って迎え撃つ構え。

 そして激突前、アバンのもとへと向かう間際のリュンナに呪文をかけた。

 

「スカラ」

 

 守備力強化、物理的強度の向上。

 先の戦いでは使わなかった――もともと契約はしていたモノが、暗黒闘気の力で偶発的に蘇った影響で使えるようになったのか?

 皆殺しの剣を使うミラーアーマーを相手に有効な呪文だとも、何の説明もなしに知らないだろうに。

 やっぱりわたしの英雄だ、リュンナは満面の笑み。

 

「ここは頼んだよ!」

「我が姫もご武運を!」

 

 門の残骸を越え、広間へと。

 それはアバンが遂に魔法力をほぼ使い果たし、イオラで魔剣の一撃を防げなくなった瞬間――

 

()った! 死ねィッ!」

 

 リュンナがアバンの前に飛び出し庇う。

 黄金の鎧兵士の視界に入った以上、皆殺しの剣の『全体攻撃』はふたりを狙い、2発が発生。リュンナを狙った分と、アバンを狙ったがリュンナに庇われた分――2発ともがリュンナを襲う。

 

「ぐ、う……!」

「リュンナ姫!?」

 

 1発をミラーアーマーと同時に剣を振って防ぎ、1発をスカラを頼りに身で受けた。

 それでもなお斬撃が食い込み血が散る。かわすことのできないこの攻撃が待つと知っていたなら、身かわしの服でなく鎧を着てきたものを!

 

「硬えな。しかしならば――蝕め、皆殺しの剣!」

 

 ルカナンの青い光が迸る、リュンナは無視して突撃した。

 黄金の鎧兵士とアバンとの間、ちょうど敵の視界の中でアバンを覆い隠す位置取り。満身創痍のアバンに、これ以上斬撃が向かないように。

 ルカナンでスカラは引き剥がされたが、逆に言えばスカラのおかげで一度はルカナンを受けても平気ということ。

 もしルカナンを2度受けてしまえば――

 

「うっ、ごほ、ぐ、うお……!」

 

 今のアバンのように、呼吸による肺の圧力のみで肋骨が折れるほど、身が脆くなってしまうから。

 流石に不定形に広がる光からは、完全には庇い切れなかった。

 真空斬りで斬り捨てて防ぐことはできたろうか? できたかも知れない。だがリュンナはそれよりも、『気合溜め』を優先した。

 

 歩数にしてあと5歩の距離、ミラーアーマーが魔剣を振る。

 

「オラァッ!」

 

 その場に身を縮めるように蹲ったアバンはリュンナを遮蔽物にして、すっかり敵の死角に入った。

 これで最早『全体攻撃』も、一度に生じるのはリュンナを狙う一発のみ。

 敵と同時に剣を振って、眼前に発生する斬撃を打ち払い――ほぼ同時に真空斬りが飛んだ。五月雨剣、一振り五斬。

 

 気合を溜めたその威力は大きい。並の鎧兵士相手なら、五斬合わせて20匹以上に至る数を一気に斬り伏せるだろう。

 しかし敵も然る者。ミラーアーマーの体は単純な守備力も高いのか、剣圧は食い込むのみで断裂には至らない。しかし体勢を崩させ、肉薄までにもう一度剣を降らせることは防いだ。

 

 しかし皆殺しの剣の呪いで守備力はゼロになっているハズでは? 呪いに耐性があるのか。

 いや違う、心気の感覚で分かる――奴は自分の身のどこにも、意識を集中して守備力を上げるということができない。全気力が常に攻撃に傾いているのだ。

 それがこの世界における呪いの仕様。ミラーアーマーとしての素の硬さは変わらないらしい――が、それは突破し得ると既に証明された。

 直接攻撃で決める!

 

「蝕めェーイ!」

 

 体勢を崩されて剣を振れないならとばかり、道具効果を発動してきた。

 ルカナンを浴びる、リュンナの守備力が下がった。だがここまでは耐えられる。先にスカラをかけてもらったから、まだ自壊領域には届かない。

 近付いた分だけ、アバンに届く光も完全に遮ることができた。

 そして遂に、剣の間合へと。敵も体勢を取り戻している。

 

「終わりだ勇者ッ!」

「魔神斬りッ!」

 

 両者の刃が激突――普段なら敵の剣を弾きながら踏み込んで一閃するところ、リュンナの剣に敵の剣が食い込んでいた。

 ある種の聖剣であるゾンビキラーは、その名の通り不死者によく効く以外にも、純粋な剣としての性能においてもかのドラゴンキラーにすら迫るという、圧倒的な強度を誇る。

 しかし万全の皆殺しの剣を相手に、ルカナンを受けたゾンビキラーでは、あまりにも分が悪かった。

 

「言っただろおーが、終わりだってよォッ!」

 

 黄金の鎧兵士が、リュンナにまで刃を届かせるべく、そのままゾンビキラーを断ち切ろうと力を込め――つるりと姿勢を崩した。

 

「あっ……?」

「――ヒャド。今ですリュンナ姫!」

 

 アバンのヒャドが、奴の足元を凍らせていた。摩擦が死に、滑る。

 たとえその身が呪文を反射しようとも、その身以外には普通に呪文は効くのだ。

 

「流石です先輩! だいたい全部先輩のおかげ!」

 

 そして自らの剣に敵の剣が食い込んでいるということは、自らの剣で敵の剣を挟んでいることと同義。

 魔神斬り・急、雷光の自在な太刀筋――滑ったその勢いを後押しし加速するように、剣ごと鎧兵士を振り回す。単純な力任せではなく技による、それは『投げ』だった。

 あまつさえ聖剣による螺旋状の『巻き』の動きが、魔剣をその手からもぎ取り弾く。代償に聖剣は、食い込んだところから完全に折れてしまったが……

 

「終わるのは――お前の方ですッ!」

 

 ミラーアーマーが落ちて床に叩きつけられる頃には、リュンナは、宙を舞う皆殺しの剣を手に取っていた。

 

「お、俺の――」

 

 一閃、唐竹割り、両断。

 それで終いだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。