暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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19 勇者アバン

 黄金の鎧兵士――ミラーアーマーを斬り、戦いは終わった。

 リバストも魔物を平らげ終えたらしく、アバンに駆け寄ってベルベルと共に回復呪文をかけ始める。

 

 リュンナの手には皆殺しの剣。それはまるで誂えたように手に馴染んだ。

 大人の体格をした鎧兵士が普通に振るっていたのに、今はリュンナが片手で振って違和感のない柄の太さ、剣身の長さ。物理的なサイズそのものが変わっている。

 そして一体感も凄まじい。武器は手足の延長である、剣は体の一部である――などと王城で読んだ武術書にはあったが、それを強く実感する。

 

 ふとその切先をアバンに向け、虚空で刃を翻す仕草を見せる――と、

 

「おお……っ? 体が楽になりましたね。今のはリュンナ姫が?」

「ええ。ルカナンを解除しました」

 

 ミラーアーマーのかけた魔法効果が消え去った。自分自身にも同様にする。

 

 皆殺しの剣は従順だった。守備力ゼロの呪いも、逆に意識しないと発現しないほどに。

 前の持ち主から奪い殺したことで、剣に認められたのか? それとも暗黒闘気の影響か。両方かも知れない。

 

 ともあれ、ボスを斃した以上、あとは結界の起点である。元々そのために来たのだ。

 ミラーアーマーの立っていた場所のすぐ後ろ、大きな六芒星を刻まれた水晶塊。それに向けて魔剣を振るい――

 

「ストップですリュンナ姫! ストップ!」

 

 ――振るいかけて、止まる。

 振り向いて首を傾げた。

 

「この砦の魔物は大半が片付いたと思いますが、まだまだ残党はいるでしょう。単純に結界を解除すれば、彼らも大将の敗北を察し、周辺へ散ってしまうことになる……。そこで、結界に手を加えます。

 あ、もう大丈夫ですよ、ありがとうございます」

 

 リバストとベルベルの呪文治療に礼を述べながら、アバンは立ち上がり、水晶塊へと歩いてきた。

 唐突に加入したオークキングにも、全く動じていない。流石はアバン。

 

「今の結界は、魔物たちは出入りでき、それ以外――我々など人間ですね、は入れるが出られない、というモノです。これを逆にしちゃいましょう。我々は出ることができ、魔物たちは出られないという形にね」

「そんなことが可能なんですか? いえ、可能だから言ってるんでしょうけど」

「もちろんですよ。私は学者の家系でしてね、こういったことは得意なんです。ちょっと失礼」

 

 リュンナに水晶塊の前からどいてもらうと、アバンはそこに魔法力の光を走らせ、何やら作業を始めた。

 

「インパスっと。えー、ここがこうなって? なるほど、じゃあこっちをこう繋げ替えて――」

 

 そんな光景を後目に、リュンナは黄金の鎧兵士の残骸から鞘を奪い、皆殺しの剣を収める――が、こちらはサイズが変わらず、ブカブカになってしまった。王城に帰ったら、鞘を作らせなくては。

 折れたゾンビキラーも回収。鍛冶師が精魂を込めてくれた逸品だった。最後に役目は果たしてくれたと言えよう。

 

 それから仲間の方へと歩を向けると、先方も寄ってきていて、中間地点で止まった。

 

「我が姫! お怪我は――」「ぷるん!」

 

 まず診察しようとしたリバストを置いて、ベルベルが飛び付いてきてベホイミをかけ始めた。

 胸を横一文字に裂く傷、血が滲んでいる。

 

「こらベルベル、何でもかんでも回復呪文をかければよい、というモノではないのだぞ。傷をよく見て適切なかけ方をしないと、例えば骨が歪んで繋がったり――」

「ぷるる?」

 

 やってるけど? みたいな顔のベルベル。実際のところ、彼女は触手を使った繊細な触診により、問診を経ずとも即座に負傷状態を見抜ける特技を持っている。

 そして言いたいことは、リバストにも通じたようだ。

 

「そ、そうか……。ともあれ、我が姫! 何とも見事な戦いぶりだった! 流石はこのリバストを打ち破った勇者姫だと感服の至り」

「ありがと。リバストも――凄いね、全部返り血?」

「おっと、お見苦しいところを。申し訳ない」

 

 彼の身は血に染まっていたが、自らが負傷している様子はない。もちろん既に回復したのだろう、とは言え流血はそれで消えるモノではないのだ。

 慌てて一歩下がる彼を、頭は手が届かないのでその胸を、汚れるも構わずぽんぽんと撫でた。

 

「いいよ。わたしとベルベルのために頑張ってくれたんでしょ? わたしの英雄」

「おお……! うおおっ! なんと勿体ないお言葉……! これからも貴方を支えさせてほしい、我が姫よ!」

 

 感激して臣下の礼を取るリバストに苦笑していると、ベルベルが顔に纏わりついてきた。

 

「ぷるる? ぷるるん?」

「うん、ベルベルはね、わたしの友達。無二の親友! 英雄とは違うけど、掛け替えのない大切な存在だよ」

「ぷるん!」

 

 撫でながら答えると、嬉しそうにぷるぷると震えた。

 実際ベルベルに対しては、互いの立場を気にせずに接することができて、とても助かっているのだ。心の癒し、清涼剤。頼れる相棒でもある。

 ベルベルのためならば、リュンナはきっと何でもしてやれるだろう。具体的には――まずはベホマを覚えることから。

 

 さて、そうこうするうちに、アバンが作業を終えたようだ。仕上げにマホカトールで結界起点を覆い、魔物たちが仕掛けに気付いても解除できないようにすらしている。

 

「フフッ、私も一緒に戦ったハズなんですが、リュンナ姫の英雄の座を取られてしまいましたね……! うーん残念です」

 

 冗談交じりにおどけて言う様子、いったいどこまでが本気なのか。

 

「あ、ごめんなさい先輩。でもほら、先輩は先輩ですから」

 

 てへぺろ。

 

「勇者の先輩、ですか。ロカが先走って名乗るから勇者ということになってしまってますが、自分で名乗ったことはないんですけどね。

 しかし――国民に勇者姫と認められている貴方に先輩と呼ばれるなら、それも悪くないでしょう。ええ、これからは勇者アバンということで」

 

 笑顔で人差指を立ててウィンクする、その所作だけでドキッとする。

 戦いに夢中で気にしていなかったが、見れば見るほど爽やかなイケメンぶりだった。ズルい。こっちはちんちくりんなのに。

 

「それじゃあ先輩、砦を出ましょう。外でまだ戦ってるかも……。行くよベルベル、リバストも」

「ぷるん!」

「はッ!」

 

「――リュンナ姫」

 

 来た道を戻ろうとしていた足を、ふと止めた。とても真剣な声だった。

 振り返る。

 彼は窓を指さしていた。

 

「飛び降りちゃった方が早くないですか?」

「あっ」

 

 このくらいの高さで怪我をするようでは、勇者は務まらないだろう。リバストも体は頑丈だし、ベルベルに至っては浮ける。

 

「ですね! じゃあ早速――」

「ところで、こんなことを一国の王女さまに言うのもアレなんですが」

 

 窓を開けて足をかけたときだった。

 

「一緒に魔王ハドラーを倒してくれませんか」

「……えっ?」

 

 振り返った。

 とても穏やかな、そして決意に満ちた顔つきをしていた。

 

「いや、あの……わたしは、この国を……」

「もちろんそうでしょう。それは分かります。しかし守っているだけでは勝てない……。根元を断たねば、いつまでも戦いが終わらないんです。そして貴方には、それを終わらせることが出来る。私はそう思います」

 

 手を差し伸べてきた。

 

「貴方には実力があり、魔物さえも仲間にしてしまう魂の力がある。貴方のような仲間がいてくれれば、我々は決して挫けず、何度でも立ち上がることができるでしょう。どうかお力添えをお願いできませんか? リュンナ姫」

 

 ――この砦を攻略できなければ、ルアソニドの町は滅ぼされていただろう。そしてそれを取っ掛かりに、アルキード王国がどれだけ食い荒らされていたことか。

 尽くされたなら、尽くさねばならぬ。

 アバンはこの国に庇護されているワケでもないのに、命懸けで戦ってくれたのだ。

 対バランに協力してもらうために恩を売りたい気持ちもあるが、それよりも恩を返したい気持ちの方が強い。

 

「分かりました」

 

 だから自然とその手を取っていた。

 意外と柔らかい――剣ダコがないのは、太刀筋にブレがなく、剣を振るう衝撃負荷が偏らないから。皮膚が分厚くも硬くはなっていないのは、余計な力を抜くことで逆に最大限の力を出す大地斬を会得しているからか。

 

「おや、柔らかい手ですね。その歳でよくぞここまで」

 

 アバンもリュンナの手に同じ感想を持ったのか、きゅっと握って微笑んだ。

 熱くなる頬を見られまいと、慌てて俯く。

 

「それでは、これから――」

「あっいえ、あの、仲間にはなりますけど、すぐは無理ってゆうか……。わたしがいなくても大丈夫なくらい、我が国の武力を……もっと、こう。全体的に上げて。それからでないと」

「ああ、それはそうですね。ではそれまで、旅を続けながら待っていますよ。まあ先に私がハドラーを倒しちゃうかも知れませんが!」

 

 カンラカンラとアバンは笑った。

 完全に彼の空気だ。敵わない。 

 

「それでは行きましょうか。仲間たちのところへ!」

 

 アバンはリュンナを横抱きにして、颯爽と飛び下りていった。

 あの、地元にフローラさんいるんですよね? あんまり王子さまムーブして大丈夫なの? それともこれが素なの!? ちょっとー!?

 


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