仲間たちと合流すると、魔物の群れも残り僅かだった。挟み撃ちにして磨り潰すように殲滅する。
逃げ散る敵も多かったが、結局味方に死者はなし、重傷者も回復済み。全員五体満足での完勝となった。
そんなことよりも、アバンがリュンナを抱き上げて飛び下りてきたことの方が、いろいろと問題を生じたが。
あまつさえリュンナが嫌がるどころか、しっかりと彼のマントを握り締めていたことが、余計に隊長の憤怒を助長した。いや別に、落ちないためにね。
「リュンナさま、騙されてはなりませぬ! こんなどこの馬の骨とも知れぬ男に……!」
「カール王国のアバン=デ=ジニュアール3世だって判明してますよね……? そもそも騙されてませんし」
隊長はリュンナを崇拝し理想化するあまり、最早リュンナ自身の手にも負えない存在となり始めていた。怖い。
「騙されていない!? 真実の愛ということですか!?」
「何が愛ですか! そりゃ勇者の先輩として好きではありますけど」
「好き!!?!?!?!?!?!」
もうやだこの隊長。
「惚れたの腫れたの……! 早い! あまりにも早過ぎますリュンナさま……! その清らかな身を守らねば!」
「まずリュンナ自身の気持ちを大切にしてあげないの?」
ソアラがそっと問う。
隊長はうんうん唸ったあと、渋々といった感じで引き下がった。
「今日のところは、これくらいにさせていただきましょう……!」
「小悪党の捨て台詞ですか。ともあれ姉上、ありがとうございます。別に気持ちとかそーゆーのはないですけどね!」
ない。
そりゃイケメンで勇者で強くて何でもできて性格も良くて、しかもそれを鼻にかけない、かなり完全無欠な男ではある。歳も言うほど大きく離れているワケではない。
が、それとこれとは話が別だ。
勇者としてパーティーに誘われていることも。
「ところで先ほど、リュンナ姫を勇者としてパーティーに誘ったんですが」
「ちょっと先輩?」
この流れで!?
案の定、隊長が再びいきり立ち、今度はソアラさえもが不満そうに頬を少し膨らませた。
「アルキード王国をもっと強くしてから、とお断りされてしまいましたよ。いやー残念です」
「あー、テイのいい断り文句だな。行けたら行く、みたいな」
マトリフが鼻をほじりながら言った。
続けてロカとレイラは落胆を隠さず。
「何だよアバン、一瞬期待したじゃねーか。俺の剣をあれだけ防ぐ腕前、絶対心強いと思ったのに」
「リュンナさまは、こんなに小さいのにアバンさまのように立派な方ですからね。私も少し残念です」
会話が進む度、隊長やソアラの様子がホッとしていく。
空気の熊さんを、ベルベルとリバストが両側から肩を叩いて慰めていた。
しかしこの流れは良くない。
断ったつもりはなかった。普通に言葉通りに、自分がいなくても安心なくらいに国を強化できたら、アバンに合流する予定なのだ。もちろん、間に合うかどうかの問題はあるが……。
原作展開をどこまで変えられるのか? という実験の意味合いもある。ようやく出会えた原作展開なのだ。
この世界に対して、原作はどの程度の強制力を持っているのか。歴史を変えることはできるのか?
例えば、もしもアバンではなくリュンナがハドラーを倒せたら。魔王が倒れるという点では変わらないが、後世に伝わる勇者の名は変わるし、復活ハドラーの恨みの対象や行動も変わる。歴史を変えられるハズ。
それともその場合、リュンナがアバンの役をこなすのみで、実質的に変わらないのか?
いい加減、この世界が『現実』なのか『漫画の中』なのかを知りたい。
自分が会話している相手が、『人間』なのか『キャラクター』なのかを。
運命に支配されているのかどうかを。
それはそれとして、国には尽くす。国の脅威であるハドラーは斃したい。
勇者姫にその意志なし、と外堀を埋められては困る。ここはしっかりと明言しておかねばなるまい。
「いえ、あの、誤解ですよ。合流はいずれするつもりです。ホントに」
隊長に二度見された。怖い。
「ただ、アルキード王国には、まだまだわたしが必要ですから。最低限、姉上が今のわたしくらい強くなったら、になりますけど」
「えっ?」
「えっ?」
なぜソアラに不思議そうにされるのか。
「わたしはリュンナと一緒に行かなくていいの?」
そういうことか。
「流石にふたりしかいない王女が、ふたり揃って国外遠征は無理でしょ……。どっちかは保険で残らないと。そして残るのは、もちろん継承権順位の高い姉上です」
遺書も書いておかないと。
「リュンナ……それは……」
「もちろん、死ぬつもりはないですよ。まだ国のために尽くし足りないですから」
バランのこととかね! いっそ来なければ――バーンで詰むが。
原作展開を変えたいと思いつつ、原作通りに進んでほしいこのジレンマよ。
もうバーンも来るな。
ともあれ。
「姉上だから、安心して後を任せることができる――ってつもりなんですけど。いけませんか?」
潤む上目遣い――に、負けたワケではないだろう。
それでもソアラは折れて、頷いてくれた。溜息と共に。
「父上には何て説明したらいいのかしら」
「その前に、絶望的な顔で固まってる隊長に何て説明したらいいのかを、わたしは知りたいですけどね」
本当にこの人は、もはや愛国心というより、愛リュンナ心で困る。
自分は置いていかれるということに関しては、言葉にせずともしっかり理解してくれている辺り、どうも憎めないのだが。
「我が姫! そのとき我々は……」「ぷる?」
リバストとベルベル。
「えー、どっちかをどっちかに、ですかね……」
片方は国に残し、片方は連れていく、くらいの想定を雑に行う。
と、
「フッ……。負けぬぞ」「ぷるるん!」
両者は平和的に張り合い始めた。
ついてくる方が勝ちのようだ。
「というわけで、いずれは先輩のところにお邪魔する予定です。そのときはよろしくお願いします。まあ理想は、その前に皆さんが大勝利しちゃうことなんですけどね~」
アバンパーティーに頭を下げた。
「そう上手くいきゃいいがな。まあ俺は反対しねえ、精々頑張んな」
「よーし、よろしくお願いしますよリュンナ姫! 女の子だけど剣の稽古に付き合ってもらえそうだな……これはノーカン……?」
「何がノーカンなのかしら……。私もリュンナさまに負けないように頑張りますね」
女の子なんか好きにならない、一生剣に生きる、というアバンとの賭けの話だろうか?
まあこの場合、好きになるとしても純粋に友情で、どの道ノーカンと見た。
ともあれ、あとはルアソニドの町まで帰るのみだ。結界の構造を書き換えた以上、最早徒歩はもちろん、ルーラも阻害されない。
比較的魔法力の残っていたリュンナとマトリフが、それぞれのパーティーを分担してルーラを唱え、山を後にした。
以上、秘密裏に軍勢を整えて町を襲う、という魔王軍の計略は中途で阻止された。
山に陣取っていた魔物の大半は蹴散らされたし、残党も結界で外に出られない。そのうちルアソニドの町の兵が部隊を編制し、少しずつ処分して、それで山は元の姿を取り戻すだろう――野獣系の魔物は棲みつき続けるにしても。
収穫は皆殺しの剣と、ミラーアーマーの残骸と。
剣はリュンナが自分のモノとしたため、鎧の方はアバンに譲ろうと思ったのだが、旅の身には嵩張るから、と断られてしまった。
ならばと、鎧はリュンナが買い取るという形にし、アバンに金銭を進呈することに。これも固辞されかけたが、何とか押し通した。地上の命運を背負っているのだから、アバンはもっとお金や道具に拘るべきだ。
なおアルキード王家からの公式的な支援という形にしたところ、纏まった現金のほかに、必要なときに王家からお金を引き出す権利をも与えることになった。
そしてそれら諸々の手続きのため、しばらくはこの国に――具体的には、王城に留まってもらう、ということに。
「何だか悪いですねえ……」
などと、城のテラスで優雅にお茶をしながらアバンは述べる。
「悪いとお思いなら、そのケーキ貰ってもいいですか?」
「まだイチゴを食べていないのですよ! ダメです」
お茶請けのケーキを、大事そうに抱えるように守られた。
晴れた昼下がりの平穏である。
――リュンナは構わない。国内の視察巡りがおおむね一段落した今、あとは己や仲間の修行に専念する段階であり、王城に留まることに問題はない。
だがアバンは、ハドラーを倒す旅を急がねばならぬ身ではないのか。
なぜ付き合ってくれているのか。
リュンナが挑発するようにフォークをチョイと振るうと、その剣圧(フォーク圧)が宙を駆け、アバンのケーキのイチゴを左右に分かった。
「『それ』ですよ……」
その途端、まるで見透かしたようにアバンが言う。
「あなたの武術です。それが気になっている。ロカに協力してもらいながら独自の『アバン流殺法』を構築しているのですが、最近ちょっと行き詰まりがありまして。新しい刺激をね……。参考にさせていただきたいんです」
「えー。逆にわたしが、先輩の技を参考にするばかりかも知れないですけど」
「それはそれで構いません。その分だけ貴方が強くなってくれるのならね」
これだもの。
だからアバンには敵わない。
「模擬戦をお願いします。もちろん、このケーキを食べ終えてから……」
言って、アバンは美味しそうに頬張った。