暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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21 リュンナ対アバン その1

 かくしてリュンナとアバンの2名は、訓練場で対峙した。

 装備は木剣代わりの長い檜の棒と、あとは布の服程度。

 両者ともにスカラの呪文を既に受けており、その守備力の高さと使用武器の貧弱さにより、直撃しても致命傷にはなるまいと普通に攻防を行うルールとなっている。ただし呪文と闘気の使用は禁止。

 

 訓練場には見物人――ソアラやベルベル、リバスト、隊長、アバンの仲間たちや、城の騎士兵士たち。更には王や大臣たちすら。

 暇を持て余している人物は少ないハズだが、揃って詰めかけているありさま。とは言え、見ることもまた修練であるし、文句を言うつもりはリュンナにはなかった。

 

 およそ10歩分の距離を置いての対面。

 構えはいずれも無形の自然体。

 静かな睨み合い――闘気の使用は禁止されているが、闘気に限りなく近い心気が、その意思の昂揚を表すように張り詰めている。

 触れれば斬れるような凄みが、そこには確かにあった。

 

「先輩」

 

 リュンナが口を開く。ハッキリとした、よく通る声。

 

「たかが模擬戦、されど模擬戦……勝たせてもらいますよ」

 

 アバンが受けて不敵に笑む。

 

「おや、頼もしいですね。しかし残念ですが、リュンナ姫相手と言えども、今回ばかりは花を持たせるワケにはいきません。何しろ、この勝負――」

「ええ、わたしも同じ気持ちです。だって――」

 

 ごくりと誰かが生唾を飲み、

 

「「――明日のケーキがかかっている!」」

 

 と、ふたりの声が重なった。

 

「負けた方が差し出す約束! 無慈悲! 遠慮容赦なく……!」

「コーヒーやチーズを使ったケーキだそうですね、先ほど料理長からお聞きしました」

「ああティラミス。美味しそう」

 

 空気は弛緩するどころか、より緊張を高めていく。

 審判役の老騎士が、咳払いをして進めた。

 

「では、準備はよろしいですな? 始め!」

 

 ――動きはない。

 合図が聞こえなかったのか? 違う。

 既に始まっているのだ。

 

 心気を発し、或いは相手の心気を読み、虚実と、その看破と、こう来るならこうする、そうするならああ来る、無数の分岐する想定、2手3手先どころか10手も20手も先を読み、詰んだ枝を廃棄して、確実に攻撃の通る一なる未来を選び取っていく過程。

 ただの睨み合いではない、達人同士のそれ。

 

 綻びは合図から7秒後。

 アバンが突如として虚空を振り払い、その反対側面に、既にリュンナが踏み込んでいた。

 

「くっ!?」

「ふ、ッ――!」

 

 魔神斬り・破、アバンが虚実に引っかかった。

 もともと心気の扱いにおいて、リュンナは戦闘面に、アバンは非戦闘時の交流面に特化している傾向があった。

 戦闘そのものはアバンに一日の長があっても、戦闘における心気の使い手としては、リュンナの方が一枚上手なのだ。

 

 しかし勇者たるもの、そう容易く敗れもせぬ。

 リュンナの切先で引っ掻くようなコンパクトな剣(棒だが)に片方の手首を抉られながらも、それを盾に脇腹は守った。同時に弾かれたように距離を取り、

 

「海波斬!」

「真空斬り!」

 

 剣圧がぶつかり合い、弾け合う。

 その位置は両者の中央――よりもリュンナ寄り。体格と筋力の差か、剣速はアバンが明確に上。

 掻き乱された大気が歪み、余波が土埃を撒き散らして、互いから互いの姿を隠す一瞬。

 

 直後、更なる海波斬が煙を斬り裂き散らし、視界を取り戻す――が、そこにリュンナの姿なし。

 訓練場の平坦な地面の上、煙も散った今、最早遮蔽物はないのだが。

 上かと仰げど、影すらない。

 

 リュンナはどこに行ったのか?

 瞑想――死の感覚――無の境地。気配を無にして背景に溶け込ませる隠形、常軌を逸した『忍び足』。

 煙を晴らせば見えるハズ、という心の隙を突いた一手。

 既に眼前まで肉薄、アバンは気付かず――

 

 ――笑った、だと?

 

「大地斬ッ!」

 

 渾身の振り下ろし――リュンナは攻撃をやめ、即座に防御へ移行。隠形も維持する余裕を吹き飛ばされた。

 鍔迫り合いへ至るが、これはやはりフィジカルに勝るアバンが有利。押し込まれる。

 

「なぜ……!?」

 

 そう、しかしなぜ、アバンはこうまで正確にリュンナを捉えた。

 目は合っていなかった、アバンの心気は確実に見失っている気配だった。

 見失ったまま、彼はリュンナに当てたのだ。

 

「貴方の性格上、拍子を半分ズラしたこのタイミングで、真正面から来るでしょうね――と」

「そんな……!?」

 

 隠された心気をその場で読めずとも、見切りの土台となる性格そのものを、試合前から既にアバンは把握していた。

 気の昂ぶる戦闘中における読みでは劣るが、平常時の読みでは上回ること。

 

 かくん、リュンナが唐突に膝を抜き後ろへ倒れ込むさま。押し合う力の方向性を奪い、引き摺り込むような巴投げ。

 だがアバンは自らの力に振り回されることなく、冷静に半歩引いて投げを外す。

 ただしそれは、リュンナが後方へ跳ね起きるようにして間合を取ることを赦してしまう選択でもあった。

 

「コォォォォ――」

 

 深く濃い呼吸、気合溜めのリュンナ。大技で決めに行く構えだ。

 アバンは応じるように剣を右の逆手に構え――ようとして考え直したのか、別の構えに移った。

 それは剣を左腰の鞘に収めたかのような、抜刀直前の形。そしてそのまま静止。目すら閉じている。

 

 同じく気合いを溜めるのかと思えばそうでもなく、むしろアバンの心気は凪の水面めいて落ち着いていく――最早眠っているのかとすら思うほどの落ち着きぶり。瞑想……?

 何を企んでいる? 波がなさ過ぎて読み取れない。

 ならば全て纏めて吹き飛ばすのみ。

 

「五月雨剣――ッ!」

 

 一切の減速なく鋭角にすら曲がる雷光の太刀筋が、その各頂点で真空斬りを刻んで飛ばす。一振り五斬、超常の剣技。防げるものなら――

 

 ――そこまで思って、リュンナは、それが幻覚であると気付いた。

 自らの心が先走り、現実ではなく願望を見ているのみだと。

 

 アバンは既に剣を振り抜いていた。その鋭利な剣圧は迅速で、気配なく、リュンナをして斬られたことにすら気付かせないほど。

 そして技の起点となる丹田を精確に撃ち抜かれ、溜めた気合も散り、五月雨剣は不発に終わっていた。

 あまつさえ立つ力すらも。体が痺れるようだ。膝をつく。

 

「うッ、――先輩、今の……!」

 

 ――空裂斬。光の闘気は使っていないが、それに限りなく近い。

 完成形を蝶とするなら、蛹に当たるような技だった。

 

「未完成の技ですが……今、完成に一歩近付いたようです。リュンナ姫、貴方のおかげですよ」

 

 アバンは動けぬリュンナに近付き、首筋に剣を添わせた。

 決着だ。

 

「し、勝者アバンどの!」

 

 審判の老騎士が、何秒も遅れてようやく判定を出す。

 誰の目にも明らかなことだったが。

 

「先輩、わたしのおかげって……?」

 

 リュンナ、悔しげに見上げながら。

 

「ええ。リュンナ姫は心気と呼んでいましたか、相手の動きや考えを心の目で読むというのは、非常に難しいことです。

 リュンナ姫には普通に出来てしまうことのようですが……。しかしそれも納得ですね。試合前に教えてもらったあの瞑想、あれをやってみたのですよ。剣を収めて心を沈め、肉眼に頼らないよう目を閉じて……。

 見事に弱点を見抜いて撃ち抜けました。貴方が強いから、私も強くなれたのです。ありがとうございます」

 

 穏やかに笑みながら差し伸べられた手を、リュンナは掴む。

 会話のうちに痺れも抜けてきた、支えてもらえば立ち上がれる。

 

 しかしそれにしても、無の瞑想を戦闘に直接組み込むとは。

 リュンナにとってのそれは、修練であったり、気分のリフレッシュであったり、鷹の目の予備動作であったり――戦闘外で使うばかりであった。

 戦闘中にもこれほど有効なモノだと、教えられてしまった。

 

「うー。わたしのおかげ、ってゆーのはいいですけど。ホントに花持たせてくれないんですね……」

「ケーキは大事ですからね! リュンナ姫はいつでも食べられるかも知れませんが、私はほら、旅の身なもので。なかなかね」

 

 カンラカンラとアバンの笑い。

 リュンナは虚空に武器を振り回し、空気に八つ当たりした。

 

「でもアレですよ先輩! そんな風に解説されたら、こっちだって同じ技を使えるようになりますからね!

 次はこうはいきません……。明後日のケーキを賭けて! 第2戦目といこうじゃないですかッ!」

「おや、いいんですか? また私が勝ってしまうかも……」

「だとしても何かしらは吸収してみせます!」

「ベリーグッド!」

 

 向上心に溢れるふたりであった。

 なおケーキは根こそぎ取られたし、「代わりに」とアバンが作ってくれたお菓子は美味しかった。

 二重に勝てない。

 

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