暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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22 リュンナ対アバン その2

 剣を収めた瞑想の構えのアバンは、意外なほどに攻略しにくかった。

 殺気立ち昂ぶった心の正反対、生半可な平常心をすら超えた凪の水面。

 心に殆ど波が立たず、心気をロクに読めないのだ。読みやすい殺気レベルにまで、心気が高まらない。

 

 すると一瞬、リュンナはアバンを見失ってしまう。目には確かに映っているのに、存在が消え去ったように感じるのだ。

 同じことはリュンナにもできる――死の感覚から来る無の境地による隠形――が、敵に回すとこれほど厄介だとは。

 その状態から繰り出される攻撃は空裂斬であり、その状態そのものは最早無刀陣の域にすら達しつつあると思えた。

 

 そして、それをウッカリ口に出さないように自制した。

 アバンはまだ技名をつけてないのだ。ここでその技名をリュンナ考案という形にしてしまうワケにはいかない。

 

 ともあれ、2戦目は互いに同じ構えでの対決となった。

 リュンナは無の境地の恩恵により、戦闘中でも気の昂ぶる心の部分と、落ち着いた心の部分とを同時に持つことができる。だがそれをひとつに集約したなら、より強力な心気使いになれるハズ。

 そう考えての、同じ空裂斬の構えだ。ルール上、飛ばすのは闘気ではなく剣圧に過ぎないが、それでも動きの起点や力の集中点などを撃ち抜くことで、相手を麻痺させることができるのは証明済み。

 

 いくら心が凪でも、立って構えている以上、必ずどこかに力の偏りはある。相手のどこを狙うかで、部位ごとの力の入り具合が変わるからだ。そうして弱点が生じる。

 自分のそれを隠しつつ、相手のそれを見付けて先に撃ち抜く。早撃ち決闘めいた勝負は、しかし、

 

「あっ」

「えっ」

 

 と、アバンが急に目を開けて明後日の方向に意識を逸らした瞬間、釣られてそちらを見てしまったと同時に撃ち抜かれる――という酷い負け方を喫した。

 

「ああああああああああああああ」

「はっはっは。弱点探しに集中し過ぎましたね~。ダメですよ、集中力の配分を間違えては……。せっかく才能があるんですから」

 

 あまりの悔しさに絶叫しながら、四つん這いで訓練場の地面を叩くありさま。

 第二王女として転生してからこちら、ここまでの醜態を晒したことがあっただろうか。見物人たちもキョトンとするか、ざわめくか。

 

 そんな周囲を気にする余裕もなく、リュンナは今にも溢れそうな涙を湛えた双眸で睨むようにアバンを見上げ、3戦目を希望した。

 

「3日後のケーキも賭けるのですか? うーん、流石に太ってしまいますね」

「もう勝った気ですか! 屋上へ行きましょう……。久し振りにキレちゃいましたよ……」

 

 思えばキレて冷静さを欠いた時点で、敗北は決まっていたのだが。

 屋上での3戦目は、最早開始の合図すら待たないリュンナの不意打ちで始まった――が、殺気がだだ漏れであり、あっさりと対処されてしまう。

 しかしそこで反則のバギマ。真空の嵐が暴風を生み、アバンは吹き飛ばされ、屋上から中庭へと落ちた。

 

 これで勝ったと思った。そもそも実戦にルールなどない、何をしてでも生き残った者が勝ちなのだ! という自己正当化も、半ば以上に本気で叫んだ。

 屋上の胸壁の向こうから、巨大なドラゴンがぬうっと顔を出すまでは。

 

「えっ」

「呪文解禁ルールなんですね? ドラゴラムです」

「ちょ……」

 

 焼かれた。

 真空斬りで炎を斬ろうにも爪攻撃で阻害してくる上、ヒャダルコではジリ貧の灼熱。

 それでも何とか粘りはしたものの、最終的に酸欠でダウンと相成った。

 

 運び込まれた医務室でベッドに上体を起こしながら、見舞いに来たアバンを涙目で睨むのは、その一刻後の光景である。

 

「大人げない……」

「勇者姫として活躍している以上、リュンナ姫だって大人ですよ。大人同士、対等の試合をしたつもりです。いけませんでしたか?」

「ぐぐぐ……! うぐうううう……!」

 

 最早唸り声しか出ない。

 抱っこしたベルベルをびよんびよん伸ばして八つ当たりする。ここで大人しく伸ばされてくれるから好きだ。あまつさえホイミをかけてくれる、いや、もう既にダメージは抜けているのだが、温かくて気持ちいい。

 傍らに座るソアラは目を白黒させながら、果物を切って食べさせていた。

 

「はい、あーん」

 

 リュンナ、雛鳥めいて大人しくいただく。

 

「こんなリュンナは初めてね……。本当に……。いつも冷静で、それはちょっと冷たいくらいで、でも内にはちゃんと熱い感情を持っている――という印象だったのだけど。どうしてアバンには……。少し嫉妬しちゃうわ」

 

「どうしてでしょうねえ……。しかしそうやって」あーんの構えで次を催促するリュンナをアバンは目線で指し示した、「遠慮なく甘えるのも、ソアラ姫やベルベル相手にくらいではありませんか? 人それぞれ、相手によって見せる顔が違うのは普通のことです」

「そういうものかしら」

「そういうものですよ」

 

 穏やかな空気。

 アバンとソアラの方が、よほど大人の会話をしている。

 転生前なら年上だったのに、どうしてこうなってしまったのか。転生したからだ。精神年齢は単純に足せないし、ともすれば下がりすらするのである。

 

「だとしたら……この子がこんなに感情を露にする相手がアバンだけなら……。アバン、あなたはきっと、リュンナに必要な人なのね」

「だと嬉しいですね。私としても頼もしい仲間ですし」

「そうではなくて」

「?」

 

 にっこりと分からない顔をするアバン。

 分からないフリをしているのかどうか、見た目では分からない。

 ともあれ、リュンナとしてもそういう感情はないので、これはソアラの先走りである。

 

「ところで先輩」

「はい?」

 

 話題を変えることにした。

 

「屋上を火炎の息で焼いてくれた件に関してですが……」

「焼いてませんよ?」

「えっ」

 

 屋上にいるリュンナに、思い切り炎を吐いていたハズだが。

 

「バギマで作った空気膜を、屋上にはこっそり纏わせておきました。空気というモノは、意外と断熱性が高いんです。さっき見てきましたが、焦げ跡どころか、煤がついていたくらいですね。ああ、もちろんお掃除させてもらいましたとも」

 

 にっこり笑顔のアバン。

 勝てない……!

 

「て言うかドラゴンの炎ってバギ系で防げるんですね……」

「石造りのお城ですからね。同じ方法で人体を守ろうとしても、炙り焼きにされてしまうでしょう。ヒャド系か海波斬――リュンナ姫の場合は真空斬りですね、その辺りがやはり有効かと」

「真空斬りでもヒャダルコでも防ぎ切れなかったんですけど!?」

「はっはっは」

 

 笑って誤魔化されてしまった。

 単純にレベルが足りないのか。かなり強くなったつもりでいたが、上には上がいる。

 

「それにしても、先輩はいろいろ呪文使いますよね。ウチじゃ契約方法が分からないやつも……」

「学者の家系ですからね。よろしければ呪文書を差し上げましょうか?」

「あら、いいんですか」

「伝えちゃダメなのはちゃんと省きますから。それじゃあ明日にでも」

 

 と言ってアバンは医務室を辞していった。

 持っている本をくれるのではなく、どうやら今から自分で書くらしい。

 

 その後ろ姿を、溜息と共に見送った。

 あまりにも遠過ぎる背中だ。

 見えなくなっても、ぼーっとそのままの方向を眺め続ける。

 

「リュンナ……。やっぱりそうなの?」

 

 何がやっぱりで、何がそうなのか……。

 いや、言わなくていいです。聞きたくないです、姉上。

 

 聞けば本当に、『そのつもり』になってしまいそうだから。

 それは困る。色々と困る。

 意に反して熱くなる顔を、ベルベルのひんやりぷるぷるボディーに押し付けて冷やした。

 

「ぷるる~」

 

 触手でよしよしされた。

 おお、絶対の味方はあなただけだよ。あ、リバストもか……。

 

 果たしてアバンがこの国から再び旅立つまで、何事もなくいられるのだろうか。

 ちょっとだけ不安になった。

 


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