ルーラ――空を貫いて飛ぶ。
つい先ほど、ルアソニドの町から、緊急用のキメラの翼で伝令が飛んできたのだ。
曰く、ベンガーナ王国に行って帰って来た貿易船が魔物に襲われている、と。
船には人はもちろん、ベンガーナで購入した輸入物資も山と乗っている。これが海の藻屑となれば、ルアソニドの町はもちろん、アルキード王国そのものに大打撃だ。
アルキードは海軍力もあるものの、魔物が多すぎてジリ貧とのこと。
ゆえに勇者姫に救援要請が出されたのであり、そして要請されたなら、文字通りに飛んでいって解決するのが、勇者姫の役目。
民を守る、国を守る。尽くされた分だけ、尽くす。
高速で流れていく地上の景色、ルアソニドの町が近付いてきた。このまま行くと町中に着地してしまう――それは時間のロスだ。
リュンナは上空にいるうちにルーラを解除。手を繋いでいたベルベル、リバスト、ソアラ、隊長ともども、激しい向かい風の中で落下に移る。
だがそれは一時的なこと。
リュンナが気合を溜め、それを呪文と共に一気に解放すれば――
「ド・ラ・ゴ・ラ・ムッ!」
爆発的な冷気が一瞬吹き荒れ、最早そこには白銀の巨竜1匹。
滑らかに輝く鱗、皮膜の翼、長い尾――竜と化したリュンナは仲間たちを背に乗せ、翼で大気を斬り裂き、直接に現場へと向かう。
間もなく海上――ルアソニドの町近海。
1隻の大型貿易船が、3匹もの大王イカに纏わりつかれていた。甲板にも、マーマンやお化けうみうし、ガニラス、しびれくらげ――無数の魔物の群れ。
船員や駆けつけた海兵、船乗りたちが剣を取り必死に戦っているが、次々と倒れていくさま。特に大王イカが辛そうだ。
しかしそこに、アバン一行が先行していた。
もともとベンガーナ王国からルアソニドの町へ来るに当たって海路を使っていたらしく、ルーラで一気に海上まで飛ぶことができたためだ。あとはそこから、眼前の船の上へと近距離ルーラ。行ったことがなくても、見えているならルーラで飛べる。
「海波斬!」
「オラァッ!」
「バギマ!」
「ベギラマ!」
それぞれの剣が、呪文が、魔物の群れを屠っていく。
それは大王イカさえも例外ではなく、白い巨体が沈んでいく――だがそこに、より上位のイカであるテンタクルスが入れ替わりで現れた。
アバン一行は攻撃後の一瞬の隙。触手が迫る――
――それをイカの胴体や頭部ごと、竜の爪が引き裂き散らした。
船とすれ違うように低く飛びながらの、ドラゴラムリュンナの会心の一撃だ。
同時に仲間たちが甲板に飛び下りていく。
「ゲェーッドラゴン!」
「こんなのまで襲ってくるなんて! もうお終いだ!」
「いやでも、今攻撃したのテンタクルスだよな……?」
船乗りたちは恐慌、混乱の様子。中には冷静な者もいるようだが。
リュンナは構わず、大きく息を吸い込んだ――そうして口から噴き放つのは、極低温の凍てつく息。
続いて浮上してきたテンタクルスの群れを次々と海ごと凍らせ、鞭めいた尾がそれを打ち砕き、砕かれて飛んだ破片が更に後ろの個体を撃ち抜く弾丸とすらなる。
同時に腕は、船によじ登ろうとするマーマンどもを爪で引っ掻いて落とす。船は傷付けないように注意しながらだ。
そのありさまに、船員たちも、この竜はどうやら味方のようだと気付いたか。混乱は治まり、彼ら自らも再び魔物に対処していく。
そこにソアラたちも加勢。
「うおっ、俺見たことあるぞ! 第一王女のソアラさまだ!」
「そういえばさっきも、あのドラゴンから飛び下りてきたような……? やっぱり味方!」
「リュンナさまはいないのか!?」
「あ、わたしがリュンナです」
海上を迫るしびれくらげの群れを爪真空斬りで薙ぎ払いながら、思わず喋ってしまった。
巨体ゆえに声は大きく、だが声の高さは変わらない便利仕様。
一瞬の沈黙、と、爆発。
「ゲェーッドラゴン!」
「そうか……。あれはドラゴラム!」
「知っているのか!?」
「唱えたその身を巨竜へと変えるという伝説の呪文……! 俺たちの勇者姫は、そんな凄まじい技すら……!」
船乗りたちに理解が広がっていく。
喋れないベルベルを除き、ソアラたちもそれを肯定する声を上げた。
あまり自分たちから説明しても逆に胡散臭いかと思って、控えてもらっていたのだが。
「おのれええええええええええええ」
そこで突如の怒号、海が割れ、巨大な水柱が上がる。
これまでの大王イカやテンタクルスは、それでもまだ貿易船そのものよりは小さかった。
だが海の化身めいて出現したその橙色の巨体――クラーゴンは、最早船を軽く掴んで振り回せそうなほど。
「ミラーアーマーの奴が死んで、海と陸から挟み撃つ作戦は頓挫……! ならばもう好き勝手させてもらうぜ! ――と思えばこれだ! どいつもこいつも邪魔しやがってよおおおおおお! どうして俺と部下どもに気持ち良く殺戮させねえんだ!」
人語を解する高等な魔物――のようだが、あまりにも理不尽なことを大音声で述べるものだから、リュンナは唖然としてしまった。
愚劣極まりないとは、このような者のためにある言葉だろうか。
「死ねィ、ゴミどもおおおおおおお!」
その触手を振り下ろす先は船だ。
させるワケにはいかない。リュンナは飛翔し、その勢いで鋭い爪を振るった。
半ばまでは断ち切れた――太く肉厚で靱性が高い、刃が食い込みにくい。そのまま押され、船に落とされそうになるのを堪えて身を捻り、海に落ちる。
そして触手はそのまま振り下ろされ――
「アバンストラッシュ!」
アバンの放つ光の斬撃の威力が触手を完全に断ち斬り飛ばし、船を救った。
その威力はあまつさえ触手の向こうにまでなおも伸び、クラーゴンの片目を破壊し奪う。巨体がよろめき後退した。
「ぐおああああああああああ!」
「リュンナ姫! 今です!」
言われるまでもない!
海から飛び出したリュンナは、クラーゴンの潰れた片目、その死角に入り込んだ。
触手は闇雲で単調、避けるのは簡単。しかし船を叩いてしまいそうなものもある――だから巨大イカの腹部へ突進、更に後退させ、まず船から引き剥がす。
流石にそうして触れていれば、相手もこちらの位置が分かってしまう。触手に打たれる――が、鋼鉄を超える竜の鱗は、その衝撃を見事に拒んだ。
とは言えイカの触手の本領は、打撃ではなく拘束にある。巻き付かれ、締め付けられ、だが、それは狙い通り。
翼と尾を最大限に利用して全身を回転、触手を巻き取るようにしながら浮き上がり、自らの力とクラーゴンの重過ぎる自重とを利用して、触手をブチブチと引き千切ったのだ。
「ぎゃあああああああああああああ!」
「さあ、一丁上がりですよ!」
最後の悪足掻きに墨を吐いてきた――それは目潰しでは済まない、その質量と速度自体が一種の兵器とも言える液体砲の威力だったが、千切った触手を盾にして凌いだ。
その触手が粉々に弾け飛ぶのだから、竜の身と言えど直撃は危険だったろう。
そして敵の第2射――リュンナはそこを見計らって氷の息を噴きつけ、漏斗を凍らせて出口を塞いだ。つまり、
「あばあああああああああああ!」
暴発、自爆だ。墨袋は破裂し、最早吐くことができない様子。
ならばあとはトドメを刺すのみ。海面に浮かぶクラーゴンの巨体を持ち上げて宙に放り、それを追って飛翔。暗黒闘気を漲らせた爪の一閃――クラーゴンはバラバラになった。
そうする頃には、船に上がった魔物は全て掃討され、更に周囲から迫っていた魔物の群れも、親玉の死によって逃げ散っていく形。
「リュンナ! お疲れさまー!」
「ぷるるーん!」
ソアラとベルベルが笑顔で手を振ってくる。
「おお、流石は我が姫」
「ああ、流石はリュンナさま」
リバストと隊長は似てきた気がする。
いや、最初から似ていた……?
「ドラゴラム状態であそこまで自在に動くとは……。いやー、あれは私にも真似できませんね」
アバンは素直に褒めてくる。嬉しい。
別に才能でも努力でもなく、いつもの無の瞑想による恩恵なのだが。もともとそれで心身の使い方を悟って剣術ですら熟達したのだ、体が変わっても、その使い方をすぐに知れるというもの。
ともあれ船へと飛び、その上でドラゴラムを解除――甲板に下り立った。
船乗りたちがざわめく。
「リュンナさまだ……!」
「本物……なのか?」
「す、凄い戦いぶりだったな……凄過ぎた……」
普段なら歓声が沸き上がるところ、現実は戸惑いがちに遠巻き。船乗りたちは互いに顔を見合わせ、どうにも態度が定まらない。
これはあれか。原作で、ダイがベンガーナでヒドラと戦ったときの……。
彼と異なるのは、第二王女という強固極まりない立場がリュンナにはあること。
彼らがどんな反応をしようと、税を納め国民として生活する以上、それはリュンナに尽くすことである。ならばリュンナも、彼らに尽くすのみだ。
今は――これ以上ここにいないことが、尽くすことだろう。
「帰りましょう」
一行はどこか不満そうに、しかしそれを口に出すことはなく、ある者は悲しげに、ある者は淡々と、ある者は飄々と、ある者は唾を吐き、手を繋いでいった。
――ルーラ。
ただリュンナのみが、平静だった。