暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

27 / 112
27 凍れる時間の秘法

 ――凍れる時間の秘法。

 数百年に一度来る皆既日食の瞬間にだけ使える大呪法。対象の時間そのものを止め、半永久的に封印してしまう術である。

 アバンが古文書を頼りに研究を重ね、遂に発動を可能としたものだ。

 

 数百年に一度のその日がつい先日に訪れたのは、偶然か、天の配剤か。

 アバンはこれを以てハドラーを倒そうとし――レベル不足で自身も呪いに巻き込まれ、ハドラー諸共に時が凍ってしまった。

 

「そんな……。ストラッシュだってもう完成したのに! 普通に斃せば……!」

「足りなかったんだよ。頭数がな」

 

 王城の応接室で向かい合いながら、大魔道士の老爺は重々しく述べた。

 ロカとレイラは密かに愛し合っており、それは既にレイラの妊娠にまで至っていたことを。新たな家族の誕生をアバンは気遣い、彼らをパーティーから外したことを。

 

 武術の神とも呼ばれる拳聖ブロキーナを臨時に加えはしたものの、長きを共に戦った仲間ほどの連携力は期待できず、そもそも彼は高齢から体力に難がある。

 幸いハドラーを荒野に誘き出し、本拠地である地底魔城の攻略を省いて決戦に挑むことはできた。しかしそれでもなお、頭数と連携力と継戦能力の低下は無視できなかったのだ。

 

 マトリフが呪文で雑魚を散らし、ブロキーナがハドラーを押さえる。

 そこでハドラーに生じるほんの僅かな隙は、あまりにも僅か過ぎた。渾身のストラッシュを急所に直撃させるには、到底足り得るものではなかったのだ。

 ロカとレイラがいれば可能だったろう。特に気心の知れたロカとの連携は、アバンの戦果を何倍にも高めるものだから。

 

 ――ロカとレイラ。

 リュンナは忘れていた。何しろ9歳、転生して9年である。原作の細かいところまで、完璧には覚えていない。

 この後1~2年程度の時を経て封印は自然に解除されてしまうのだから、元々変える必要のない歴史ではある。

 だがまるで、自分と交流してアバンが強くなったことが、自分の存在が、まるで無駄だと世界に否定されているようで。

 

 だが現実は、その更に上を行く。

 

「そして問題なのは、アバンが凍っちまったことじゃない。凍り方が不完全なことだ」

「不完全」

 

 マトリフは語る。腕を組み、ソファに深く腰を下ろして。

 その顔には、濃い疲れが滲んでいた。

 

「アバンは、秘法を発動できる程度にはレベルが高かった。だが完全に制御できるほどには高くなかった。自分も巻き込まれて凍っちまった――その上で、その巻き込まれにほんの少し、奴の魔法力は抵抗しちまったんだ。

 分かるか? ほんの少しだ。秘法は遠からず解け始める、そのときにムラが出る(・・・・・)可能性が高い。

 例えば、心臓が動き出しても血管は凍ったままだったら? 破裂だ。血流は正常に動いても、肺が凍ったままだったら? 窒息だ」

 

 それは、なんという――おぞましい死に方だろうか。

 そんな死に方をしなければならない理由が、あの勇者にあるワケがない。

 嘘だと言いたかった。言えなかった。マトリフの心気は、本物だ。

 

 リュンナがいたからだ。リュンナと交流し、アバンは本来のこの時期よりもレベルを上げていた。半端にレベルを上げたせいで、秘法に殺される。

 

 頬から顎へ、熱いものが流れた。

 

「ごめん……なさい……」

「あん?」

「ごめんなさい、わたし……わたしが……! わたしがいなければ……!」

 

 堰を切ったように溢れ出す。拭っても拭っても止まらない。

 生まれてきたことを後悔させてやる、などというセリフがフィクションにはよくあるが、今はリュンナがその後悔する感覚を実感していた。

 原作通りなら上手くいくのだ。そこに異物が入って、ぶち壊した。

 望んだ転生ではないけれど、それならそれで、もっと大人しくしていれば良かったのだ。

 民が、国が、どれだけ傷付こうとも、最終的には上手くいくのだからと――

 

 そんなことできるかッ!

 

 できるわけがない。たとえ過去の自分に戻っても、リュンナは何度でも同じことをするだろう。

 だから、自分が自分であることをも後悔する。

 心がぐちゃぐちゃで、もう、何も考えたくない。

 

 ――ドガンッ! と。

 戦士並の力感をすら伴い、マトリフが拳をテーブルに打ちつけた。

 驚いて固まる。

 

 マトリフはそこから怒鳴るでも激昂するでもなく、中身がこぼれて濡れたカップを気にもせずに摘まみ、茶を啜る。

 それをリュンナは、固まったまま見詰めていた。マトリフの落ち着きぶりを。

 すると自分が泣いていることの方が不思議に思えてきて、嗚咽の衝動が薄まってくる。

 間もなく、未だ時折しゃくり上げながらではあるが、涙の追加は途絶えた。

 

 そのタイミングを見計らったように、マトリフがやっと言葉を紡ぐ。

 

「悪かったな。話す順番を間違えたかも知れん。女を泣かさねえのが俺の主義だったんだが……」

 

 どことなく気まずそうに視線を逸らしている。

 そもそもガキに興味はないなどと言われ、女扱いされていなかった気がするが。

 

「オメエがいなければってのは、よく分からん話だから置いておくぞ。まあ感情がいっぱいいっぱいになって、混乱しちまうこともあるわな。どこもオメエのせいじゃないってのによ……。

 重要なのは、助ける見込みがあるってことだ」

 

 目を見開いた。

 マトリフもリュンナに視線を合わせてくる。

 

「要は先に秘法を解いちまえばいいのよ。内からの自然解凍でムラができる前に、外から一気に解く!

 奴の持ってた古文書やその他の文献をいろいろと漁って、方法にも目星がついた。桁外れの大呪法とは言え、魔法力による技だって点じゃあ普通の呪文と同じだ。だから、魔法を消し去る手段があればいい。もちろん、メチャクチャ強力な手段が必要だが……。

 或いは、時間の止まったものさえも消し飛ばせるような手段があれば……。ハドラーの野郎を消しちまえば、秘法の効果の中心はそっちだ、巻き込まれたアバンの奴も解放されるハズ」

 

 魔物が大人しくなってから、マトリフがここに来るまでに、日数的に間があった。

 それを調べていたのか。

 

「タイムリミットは」

「半年――あるかどうか、ってところだ。俺の見立てじゃな」

 

 半年。長いのか短いのか。

 いや、短いハズだ。

 ポップはメドローアをたった数日で習得した。師匠が良かったからだろうが、原作においてそれを開発したマトリフも、リュンナが概念さえ伝えればすぐに開発できるだろう。

 

 思うにメドローアとは発想とセンスの問題であり、センスはあるのだから、メドローア開発にかかる苦労の殆どは発想にあったハズである。

 それをリュンナは、原作知識によって省ける。この世界の異物だからこそ、アバンを救えるのだ。

 

 もちろんその場合、ハドラーは消滅してしまう。跡形がなくなっても、バーンは彼を拾い上げるのだろうか。もしかしたら、ここからの歴史がまるきり変容してしまうかも知れない。

 だが既に変わり始めているし、アバンが死ぬことに比べれば、あまりにも些細なことだ。

 

 最悪、万が一今のマトリフに、ポップに教えたときほどのセンスがないとしても、それならリュンナ自身がメドローアを開発する手もある。

 左右の手で同時に呪文を使うことはできるようになった――両方同じ呪文なら、だが。しかし別々の呪文を使うことも、そのうち出来るようになりそうな感触がある。

 

 行ける。アバンを助けられる。

 マトリフが来てくれて良かった。子供だからと侮ることなく、助けになるハズだと、頼ってきてくれて。

 リュンナはマトリフの手を握った。細いのに、無数の年輪を刻んだ大樹のような手。

 

「頑張りましょう、マトリフさん。必ずアバン先輩を……!」

「おうよ。オメエはなかなかセンスがある方だしな……。この大魔道士と勇者姫とのふたりがかりだ、不可能なんざぶっ飛ばそうぜ。

 ――悪かったな」

 

 リュンナは首を傾げた。

 

「俺が止めてりゃ良かったんだ。自爆の可能性がある手なんかやめろってな。だが奴ならできると思っちまった……。信頼と盲信は違うってのに……」

 

 マトリフはリュンナの頭に手をやると、傾げた首の角度を戻させ、――あれ、今撫でられた? 一瞬だった。

 いや、それから肩に手を置かれた、そこに手を移動するまでの経路が、たまたま撫でるように感じられただけだろうか。

 

「今度は『信頼』するぜ……。やるぞ、リュンナ姫」

「はい!」

 

 今は、アバンを救うことを。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。