メラ系とヒャド系は、熱を操るという点で、実は同じ呪文系統である。
魔法力をプラスに高めれば加熱を行うメラ系に、マイナスに低めれば冷却を行うヒャド系になる。
どちらも同じ――故に、メラ系単体、ヒャド系単体での極大呪文は存在しない。極大とは、その系統の発展の終着点だからだ。
そしてだから、メラ系とヒャド系とを合わせた極大呪文が別に存在する。
運動をプラスにする魔法力と、マイナスにする魔法力とをスパークさせ、その中間であるゼロにする魔法力を生む――『存在にゼロを乗算する』消滅のエネルギー。
これなら時間が止まっている相手でも消し飛ばせる。
――といったことを、それとなくマトリフに伝えてみた。
原作だの未来だの面倒なことを省くため、あくまでも自分の思いつきとしてだが。罪悪感はゴミ箱に放った、そんなものは今は重要ではない。
「極大消滅呪文――ってところか。なるほど、理論としては面白え」
ところ変わって、王城近郊、郊外の森。
魔物が大人しくなったとは言え、これまでの習慣から特に誰も寄りつく場所ではない。
「無理そうですか?」
「分からん、というのが正直なところだ。確かに俺は左右両手で同時に別々の呪文を使えるが、それを合成するなんぞ考えたこともなかったからな。しかし――そのために、ここなのか?」
「はい」
メドローアを試すなら、屋内ではダメだ。壁も天井も、その向こうの人も、丸ごと消えてしまう。
屋外で空にでも向かって撃つのがいいだろう。
相殺できる人材がいれば別なのだが……。
「よし! 試してみるか。メラ、ヒャド――と」
マトリフは、左右の手にそれぞれ火炎と冷気を宿した。
「これを……?」
その両手を合わせるように閉じると、火炎と冷気は相殺されて消えた。
「……」
「……」
再び左右の手に火炎と冷気を宿す。
両手を合わせる――今度は反発し、まるで合成されない。
「……スパークさせるって何だ……?」
「えぇ……」
原作で未来のあなたが言ったことなんですけど。
「いや、まあ、どっちも俺自身の魔法力だ。元々は同じもの! 合成ってのはできるんだろう。例えばメラとヒャドじゃなく、メラとイオで爆発する火球だとか、そういった呪文を作ることはできると思う。
だが極大消滅呪文は、メラともヒャドともまるで性質の違うものになる。そんなことが本当に可能なのか……?」
深刻な顔で考え込みながら、再びメラとヒャドを合わせる。
どちらも消え去ったが、相殺というより、純粋な魔法力に還元され、呪文として分解されたように見えた。
だがマトリフは、落ち込むどころか奮起する。
「いや、可能かどうかじゃねえ、やるんだ。極大消滅呪文! 理論上は確かに、時間が止まっていようが問答無用……! それでハドラーを吹っ飛ばせば、アバンの奴は助かる。
リュンナ姫、俺はこいつを何とか完成させる。そっちはそっちで動いてほしい。魔法の無効化手段を探ってみるんだ」
「別行動ですか?」
「どっちかが失敗しても、どっちかが成功すりゃあ、それでいいんだからな。もしひとつの策に拘って失敗した場合、目も当てられねえ。手分けをするべきだ」
一理ある。
努力は必ず報われるとは限らない。
見えている道も、ひとつではない。
「分かりました。ただ、進捗は毎日報告し合いましょう。それとまず、魔法の無効化についての講義をお願いします。文献を漁るにしても、やっぱり大魔道士に基礎を教わってからの方が効率がいいと思いますので」
「よし。善は急げだ、今ここでやるぞ」
ちょうどいい高さと広さの岩があった。ふたりで腰を下ろす。
「魔法ってのは魔法力を加工して放つ以上、魔法力そのものを消し去るか、加工された構造を消し去るかで無効化できる。
攻撃呪文に攻撃呪文をぶつけて相殺するのとはワケが違うぞ。それは言わば、剣を剣で打ち払うようなもの。剣を材料の鉄の塊に戻すだとか、剣を構成する鉄そのものをその場から消し去ってしまうだとか、そういう尋常じゃねえレベルの手段が必要だ」
つまり――現実的には、非常に難しいのだろう。
「例えば強力な防具の中には魔法に耐性を持ってるモノもあるが、大抵は特別な素材に特別な呪法をかけて作るもんだ。それでさえ、メラは遮断できてもメラミは軽減するだけ、のようなものがザラにある。装備してる奴の魔法力次第で、効果は上下するが……」
ソアラが冒険に着ていく魔法の法衣は、魔法に耐性がある。
彼女はそれでマッドオックスのギラを受け切ることができていた。だがベギラマは流石に無理だろう。
その程度のレベルでは、話にならない。
「或いは呪文だな。マホステっつってな、俺も契約方法は知らないんだが……。受けた呪文を全部無効化しちまう凄まじい呪文が、かつてあったそうだ。もしこいつをアバンにかければ、凍れる時間の秘法も解けるかも知れねえ」
「ああ、ウチの古文書にもありましたね、名前と効果だけ……。魔法陣が見付からなくって」
「そうか……。まあ戦闘面では、攻撃を跳ね返しちまうマホカンタの方が有用だからな。魔法陣を残す価値もないと思われて、廃れちまったんだろう」
「そのマホカンタじゃ――ダメ、ですよね」
マトリフは嘆息しながら頷いた。
「飛んできた呪文を光の壁で反射するのがマホカンタだからな。既にかかっちまった魔法にはどうしようもねえ。
あとは、そうだな――ああ、凍てつく波動なんてのもあったな」
凍てつく波動。
「その技は……?」
「既にかかってる魔法効果を全て消し去る――らしい。ただ大昔の大魔王が使ったくらいしか情報がなくてな、そもそも実在するもんじゃなく創作の可能性も高い。
――今どうして技って言った?」
一旦は説明を終えたマトリフが、ふと疑問に気付いてリュンナを二度見した。
リュンナは目をぱちくりする。
「どうしてって……?」
「凍てつく波動だぞ。そりゃいわゆる呪文っぽい名前じゃねえが、それ以外の何らかの呪法や、儀式の可能性もあるだろ。技かどうかは……。いや、アルキードの古文書にはそうあるのか? 凍てつく波動は『技』だと……!」
マトリフが身を乗り出すように迫ってきた。
唾が飛ぶが、気にしている場合ではない。
「えっ、えっと。あー」
「どうなんだ!? 俺が知ってるより詳しいことが分かるのか!?」
肩を掴まれ揺さぶられる。
魔法使いの老爺とは思えないほどに力が強い。
痛いくらいに。それは必死さの表れ。
リュンナは目を泳がせながら、混乱を押さえて思考を巡らせた。
「む、昔……その……。その古文書がどこになくなっちゃったかは、もう……」
「何かが嘘だな。古文書ってところか?」
「……」
「だが凍てつく波動を知ってるのは本当だろう。話せ! 言えることは全て! 思い出すんだ!」
凄まじい形相だ。
怖い――とは、思わない。
「ぜ、ぜんぶ、『たぶん』ですけど。わたしが言えることは」
「構わん!」
マトリフの手首に触れると、彼はようやく、自分がリュンナの肩を掴んでいることに気付いたらしい。ゆっくりと手を引っ込めていった。
深呼吸。
咳払い。
「凍てつく波動は、特技です。極まった魔王や勇者の一部が使うような……」
「勇者……。……!」
マトリフの視線が、リュンナを真っ直ぐに貫いた。
慌てて首を振る。
「む、無理ですよ! アバン先輩でさえ使えない技を、わたしが……!」
「アバンは知らなかった。知らないことは誰もできねえ。だがお前は知ってる! なら、それなら可能性は……! アバンの奴を……!」
アバンを助けられる可能性。
尻込みしている場合ではない。
「習得方法は」
「分かりません。でも……歴史上、いちばん最初に凍てつく波動を使ったとされるのは、闇の衣を纏い、冷気の攻撃を得意とする大魔王だったそうです。だから『凍てつく』波動なのだと」
ドラクエ3、大魔王ゾーマ。
それより昔の時代の物語である11にも使い手はいるから、その意味ではゾーマが最初ではないが、メタ的な意味なら話は別だ。
「闇の衣――恐らくその名からして、暗黒闘気の力に染まった防具か。或いはそういう防御技か……」
勇者姫リュンナの闘気は、しかし光ではなく闇。
「そして冷気」
リュンナの得意呪文はまずヒャド系、バギ系はそれに次ぎ、炎熱系は苦手。
ドラゴラム状態では氷の息を吐く。
「たぶん……暗黒闘気と冷気呪文、それらの力を混ぜ合わせたものが凍てつく波動だって、ことに、なりますね……現状……」
「そうだ、リュンナ姫。つまり――お前が身に付けるんだ。それを!」
マトリフはメドローアを。
リュンナは凍てつく波動を。
あとは半年以内に実現できるか、だ。