そうしてリュンナとマトリフの戦いが始まった。
まずは文献を漁る。リュンナが第二王女の立場をフルに使って父王に直談判、アルキード王国内のあらゆる文献・古文書の類を読める権限を得た。リュンナ自身はもちろん、マトリフもだ。
メドローアに似た呪文がないか、凍てつく波動の情報がないか、ひたすらに探す日々。
いちいち解読作業が必要な古語や、或いは魔界の言語による禁書すらも。
同時に技量を磨き、文献に頼らずとも自らで実現できないかを探っていく。
マトリフは、メラ系とヒャド系をスパークさせる感覚を掴むために。
リュンナは、ヒャド系魔法力と暗黒闘気を重ねられないかを。
――アルキード王城内、訓練場。最早リュンナの定位置となった隅の方。
胡坐を掻き、手指を組んで、目を閉じ、額の第三の目のイメージだけを開けて、瞑想に沈む。
己の内を見る。
闘気とは――攻撃的生命エネルギー。中でも暗黒闘気は、怒りや憎しみなどといった負の感情から生じるもの。リュンナの場合は愛国心の裏返し、国を害するものへの敵意。
魔法力とは――魔法力とは?
魔法を使うための力、それは分かる。だが、魔法を使うために魔法を使うための力を使うのでは、あまりにも同語反復が過ぎる。何の説明もしていない。
魔法力とは――それが理解できねば、暗黒闘気と重ねることはできない。
逆にそれが分かれば、取っ掛かりは掴めるハズだ。
原作において、超魔ハドラーは魔炎気を操った。あれは彼がもともと炎熱系の呪文を得意とし、更に暗黒闘気を戦闘利用する技術を得たからこそ可能なことだろう。キルバーン曰く、彼の体は魔炎気を発する超魔生物細胞でできていたと言うから、技術でなく生物的な機能として実装されたモノかも知れないが……。
他にフレイザードの炎半身も、ミストバーンの手で魔炎気生物と化していた。彼は炎を吐き、炎の呪文を操る以外に、そもそもの体が炎でできていたから、参考にはならない気もするとは言え。
瞑想――死の感覚――無の境地――全てが消え去れば、全てが見える。
全てが見えるは流石に誇張だが、それでもそう考える。自己を鼓舞する。
原作を更に思い出す。暗黒闘気について。
竜闘気が攻防に、光の闘気や普通の闘気(?)がほぼ攻撃にしか使えないのと違い、暗黒闘気には多岐に渡る利用法がある。
それこそ攻撃の他、拘束、操作、使役、回復、蘇生――魔法を増幅して撃ち返す。
ミストバーンが一度見せた技だ。あれは何だったのか? 確かベギラマを受け止め、ベギラゴン級の威力にして一行に返した、あれは。
本人がベギラゴンを使ったのではない。受け止めたのも、寧ろ受け止めたというより飲み込んだという方が近いような。
真バーンの肉体は時が停止していて呪文は使えまいし、あれはミスト本人の技だと考える方がしっくり来る。つまり、暗黒闘気による技だと。
暗黒闘気は魔法力を飲み込めるのか。
魔法力が何なのか、が分からずとも?
「ヒャド」
瞑想状態のまま呪文を唱え、手の中に冷気を生み出す。
その過程で、無意識の深層にあるヒャドの脳内魔法陣が魔法力を引き込み、分子運動をマイナス方向に傾ける魔法力として加工、放出した。
「ヒャド……ヒャド……ヒャド……」
その魔法力の流れを辿るため、とにかく呪文を唱え、魔法力を流しっぱなしに。
邪魔な冷気は空気を凍らせた氷を作り、その辺に投げ捨てていく。
傍らに氷の山ができても、魔法力の何たるかは未だ掴めず。
魔法力を感じるのは、非常に難しいのだ。リュンナの無の瞑想を以てして、脳内魔法陣に引き込まれて加工されている一瞬しか分からない。どこから来て、どうなるのか、捉えられない。
原作ではあのマトリフでさえ、呪文が不発して初めて魔法力不足に気付いたシーンがあるほどだ――いや、あれは体力不足だったのかも知れないが。それでも、自分が魔法力を操れるかどうかを、咄嗟に分からなかったのだ。
だからと諦めるワケには、いかない。
リュンナはただ続けた。反復した。深い瞑想に沈み、ヒャドを唱え続け、魔法力を知ることを試み続けた。
瞑想――死の感覚――無の境地。殆どのことは、それですぐに何とでもなった。
こうまで必死に繰り返し練習をするのは、生まれて初めてだ。
何日も、何週間も、何か月も。
そのうちに、マトリフが遂にスパークの感覚を掴んだ。
「随分と遠回りしちまったが、気付いてみりゃあ簡単なコツだったぜ。お前も両手で別々の呪文を使うことさえできりゃあ、すぐに同じことができるハズだ。俺がやるのを1回見ればな」
そう述べ、次には両手の呪文のパワーを全く同じにする修行に入っていった。
気付き。暗黒闘気と魔法力を重ねることにも、気付きが要るのかも知れない。
例えば闘気に関しては、それが攻撃的生命エネルギーであると、原作で知っていた。認識があったのだ。だからこそ闘気があっさりと目覚めたのだとしたら。
いやそれでは、魔法力を知るために魔法力を知る必要がある、堂々巡り。
考えてみる。発想してみる。イメージしてみる。
闘気は、攻撃的生命エネルギー。では魔法力も、何らかの生命エネルギーでは? 何だろう。魔法的生命エネルギー? それでは何も変わらない。例えば、精神的生命エネルギー。それは感情で色の変わる闘気の方が、より精神的だな。それに漠然とし過ぎている。それに呪文は、誰が使っても、規模の大小はあれど基本的には同じことが起きる。使い手ごとに個性的な剣技や闘気技とは違う。そうなると、例えば秩序的生命エネルギーとか? この世の秩序、法則に、働きかけて――それは生命エネルギーか? 逆だとしたら。もっと個人的な、けれど、共通の。共通。同じ呪文。同じ呪文名。で、同じことが起きる。同じ現象。呪文名を聞けば、それを知っていれば、誰でも同じ現象を思い浮かべる。例えば、メラは小さな炎だ。なぜ『メラ』なの? なぜメラという文字列、メラという発音なのか。メラ――メラメラ燃える様子。だからメラは炎の呪文だと覚えやすい、誰でも、そこから炎を想像できるから――
あっ。
想像的生命エネルギー。だ。
掴んだ。
何らかのイメージを結び、それを現実に変える力。それ自体は材料に過ぎず、加工を経ずにはおよそ役に立たない力。それのみでは役立たずなのは想像そのものも同じ、だが、想像力こそが、誰かが何かを実現する原動力である。
火炎を想像し、火炎を作るのがメラで。
冷気を想像し、冷気を作るのがヒャドなのだ。
簡単なことだった。あまりにも簡単な。
ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャド。
アバンに追いつくために契約した呪文、それら脳内魔法陣がひとつに融合し、魔法力と暗黒闘気とを合わせて引き込む。飲み込み、溶け合い、混ざり合い、ひとつに――そして現実に放たれる。
ただどす黒いのみだった闘気に、無数の光の粒が浮かぶ様相。寒々とした星の海めいた光景――極寒、極低温、その具象化。
氷の暗黒闘気――魔氷気、といったところか。
この世界の遥か過去に存在した大魔王ゾーマは、きっと魔氷気の使い手だった。
闇の衣を纏い、凍てつく波動を放つ彼。ああ、想像できる。
ならば、現実にできるハズ。
魔氷気をどう使えば凍てつく波動になるのかは、まだ分からない。
だが確かに、一歩、近付いたのだ。
あとは手遅れになる前に。
アバンの自然解凍まで――あと、1か月。